ユーリア・ワイルドスミスの開発日誌 作:かませ犬
「へえ、あの子がハリー・ポッターなんだ……」
生き残った男の子の第一印象は、「普通」だった。
カリスマがあるわけでも、強力な魔法が使えるわけでも、並外れた知力があるわけでもない。ただの普通の男の子だった。
ハリー・ポッターに英雄のイメージを重ねる人間は少なくない。
イギリス魔法族の家庭で育った子供は、ポッター少年が「例のあの人」を倒し、長きにわたる戦争を終わらせたことを、まるでお伽噺のように聞かされてきたのだから。
だからこそ、みんながほんのり期待を抱き、みんながほんのりがっかりした。
ユーリアもハリーに「何か」を期待して、ちょっとがっかりして、そんなふうに彼を見た自分が、ものすごく悪い人間であるような感じがしたものだった。
──いいや、やっぱりポッターは普通じゃない!
一年生でクィディッチチームのシーカーに大抜擢されて(何と百年ぶりだそうだ!)、ハロウィーンの夜にはトロールを倒し、おまけにこの間の試合ときたら!
ユーリアはふとした瞬間に試合を思い出し、そのたびに胸を躍らせる。
グリフィンドールとスリザリンの試合。
ユーリアと全生徒たちは、ポッターの並外れた
ポッターの口からスニッチが飛び出てきた瞬間は、きっと、一生、忘れないだろう!
ポッターは英雄の割には普通かもしれない。
でも、普通の少年の割にはずっと特別な男の子だとユーリアは思った。
◇◇◇◇◇◇
大広間の入り口の扉のすぐ近くには、寮の得点を示す大きな砂時計がある。
砂時計には四種の宝石が使われ、それぞれが寮の得点として溜まっている。グリフィンドールにはルビー、レイブンクローにはサファイアといった具合に。
寮の得点を気にしているのは七年連続で寮杯を獲得しているスリザリンか、そのスリザリンを打ち負かしたいグリフィンドールくらいだ。
だから、グリフィンドールから一五〇点、スリザリンから二〇点が引かれた次の日の朝、レイブンクローの宝石がごっそり減っていることに気づいた人間はほとんどいなかった。
ある夜、ユーリアは一人で玄関ホールに向かった。
許可をもらって深夜に寮を出るのがこれが初めてだ。
ユーリアは玄関ホールにすでに人がいたので面食らった。プラチナブロンドのスリザリン生と管理人のフィルチがいたのだ。
「遅い」
フィルチが懐中時計を見ながら言った。
「おや、粉狂いのワイルドスミスじゃないか」
スリザリン生がユーリアに話しかけた。
ユーリアはこの子を授業で見たことがあるような気がした。一年生かな。でも、話したことはないはずだ。
「どうして私の名前を知ってるの?」
ユーリアが聞くと、彼は不快とばかりに顔をしかめた。
「学校中に
「撒き散らしてるわけじゃないよ。置いてるの」
「違うとは思えないね」
それからそのスリザリン生は、目を合わせないどころか口もきいてくれなくなった。
数分と経たないうちに、つづいて三人のグリフィンドール生が玄関ホールにやってきた。
ユーリアはそのうち二人を知っていた──ハリー・ポッターとハーマイオニー・グレンジャーだ。もう一人のおどおどした少年は、授業で一緒になったことがある気がしたが、名前までは知らなかった(ネビル・ロングボトムというらしい)。
ユーリアを見て、ポッターはひどく驚いた様子でこう言った。
「僕ら以外にもベッドを抜け出した一年生がいたって聞いたけど、君のことだったんだね」
フィルチにつづいて、一向は夜の校庭を歩いていく。
光源はフィルチのランタンと月明かりだけで、足元は見えない。おまけに昼に雨が降ったせいで、草が湿って歩きにくかった。
だが、ユーリアは歩きにくさを
「ねえ、ハリー・ポッターだよね?」
ポッターはちょっとうんざりした顔を見せて、小さくウンと言った。
「この間のクィディッチの試合を見たよ。すごかったね!」
「アー……ありがとう。君はワイルドスミスだよね」
ユーリアはどうやら、ハリー・ポッターにも名前を知られているようだった。
「どうして知ってるの?」
「フレッドとジョージが言ってたんだ。面白い発明をするレイブンクロー生がいるって。ねえ、時々
ポッターの質問に、ユーリアはにわかに興奮した。
「煙突飛行の代替になる移動ネットワークを城の中に構築する実験をしてるの!
「へェー……」
ユーリアが想像したより、ポッターの反応は薄かった。
その反応に少しがっかりしていると、フィルチから無駄口を叩くなと怒鳴られた。ユーリアはポッターから離れて歩き始めた。
歩きながら考える。
ポッターは
嫌そうな顔をしてたかも。
私、難しいことを話すぎた?
早口だったのが良くなかった?
耳元でしゃべってたかも......。
そこまで考えて、ユーリアはあることを思い出した。
フレッドとジョージが言っていた。ハリー・ポッターはマグルの家で育ったのだと。
彼は
そりゃあ、興味がなくて当然。だって知らないんだもの!
興味をもってもらう余地がある。それだけでユーリアの心は踊った。
ユーリアは鼻歌をうたいながら、ポッターの後ろをついていった。
ポッターは鼻歌が気になるのかチラチラ振り返り、フィルチはうるさいと怒鳴りちらしたが、ユーリアはまったく気にしなかった。
◇◇◇◇◇◇
禁じられた森に入る直前、引率がフィルチからハグリッドへと替わり、この罰則の趣旨が説明された。
日が昇るまで森を探索し、傷つけられたユニコーンを探し出すのが、夜にベッドを抜け出した少年少女に与えられた罰だった。マルフォイは終始文句を言っていた。
「ネビルとハーマイオニーは俺についてこい。ハリーは、ユーリアとマルフォイと一緒に行ってくれ」
ハグリッドの言葉を聞いて、マルフォイは露骨に嫌そうな顔をした。
「どうして僕がポッターとワイルドスミスと一緒なんだ」
「不安か? じゃあファングを連れてけ。それにユーリアはお前さんらの中じゃ一番森に詳しい。そうだろ?」
ユーリアは満面の笑みで頷いた。
ユーリア、ポッター、マルフォイ、ファングの三人と一匹は、ハグリッドたちと真反対の方向に進み始めた。
木々が風に揺れ、冷たい空気の向こうから狼の鳴き声が聞こえてくる。
ユーリアはランプを掲げて周囲に目を凝らした。
昼間に何度か通ったことのある道だったが、月明かりの下ではまったく違う景色に見えてくる。森の空気も温度も違う。怖くはなかったが、胸のあたりがずっとざわめいていた。
「さっきハグリッドが言っていたこと、本当? 禁じられた森に詳しいって」
ポッターの問いにユーリアは答えた。
「うん。よく実験の材料を探しにくるの。薬草とか、珍しいキノコとかをね」
「学期始めに『禁じられた森には入るな』って言われたのを聞いてなかったのか?」
「そんなこと言ってたっけ?」
一同はさらに森の奥へと入っていく。
風はますます強さを増し、三人の身体を芯まで冷やした。ポッターとマルフォイは始めこそ嫌味の応酬をしていたが、三十分も経つころには元気を失い、すっかりしゃべらなくなった。
ユーリアも帰り道が分からないほど森の深くまで入り込んでいた。
「一度、引き返さない?」
ユーリアの言葉に誰も反対しなかった。
「『
杖の方角に従って戻っていると、ポッターが大量の血痕を見つけた。
銀色のねばねばとした液体。
ユニコーンの血だった。
そこには開けた平地があり、純白の体毛の美しい馬が倒れていた。
水銀のような輝く血だまりさえなければ、きっとユーリアはユニコーンが穏やかに寝ていると思ったに違いない。
そのとき、黒いフードを被った
一同は呆然としてその光景を見ていたが、
フードの下は陰になって見えない。
「わーーーー!!! あっち行け!!」
ユーリアは咄嗟に胸の巾着を投げつけた。
巾着は
「い……今のは? 一体どうやって?」
息があがって、ユーリアはすぐには答えられなかった。
地面には巾着だけが残されていた。
これは、ユーリアが使うまいと、だが念のためにとっておいたものだった。
「すごくすごく遠くに行っちゃう
「そりゃすごいや……君のおかげで助かったよ」
これは意図せぬ結果だったが、ハリー・ポッターはユーリアと
その後、二人はフィレンツェというケンタウロスに保護され、無事にハグリッドたちと合流することができた。
ハリーは、ユーリアのホグワーツでの三番目の友人になった。
ユーリアが罰則を受けた理由は、夜に禁じられた森で材料を探していた帰りにマクゴナガルに見つかったからです。