赤城山(峠)
麓 駐車場
その後涼介からいろいろと説明を受けたことでようやく納得したようで、電話で会話をしながら史浩はそういうことか…という表情を見せていた。
妙義を中心に走り、今啓介とバトルしている女性走り屋のMR2乗りが赤城の歌姫と知り合い。そして今週の水曜日に彼女とここでバトルするという情報となれば、そりゃ彼が喰い付かないわけがないとも言える。
「なるほど、要はその赤城の歌姫とMR2乗りは知り合いってことか…。んで今週の水曜日にここでバトルをすると…」
『まあ知り合ったっても最近ではあるらしいが、啓介とのバトルを許可したのもそれが主な理由だ。面白そうだからな』
「…そりゃお前が喰い付かない訳がないよな」
ただ相手の実力は話を聞くだけでは並ではないのは明らか、なんせ非公式とはいえナイトキッズのツートップをバトルで倒しているのだ。
走り慣れた地元とはいえそのへんは大丈夫なのか…?と少し啓介を心配するような口調で話す史浩に対し、事前に得た明日香に対する情報を現時点で知る限り説明していく。
「とは言っても啓介の奴大丈夫なのか?いきなりのバトルはともかく、相手はナイトキッズの連中に勝っている相手だぞ?まあ地元だからある程度のアドバンテージはあるが…」
『…とりあえず俺が知っている限りだが、彼女はナイトキッズでブレーキングドリフトの達人と呼ばれているらしい』
「ブレーキングドリフトの達人?」
『あぁ、特に妙義のダウンヒルじゃその実力はかなりずば抜けているらしくてな。本気のブレーキングドリフトならほとんどの連中は根負けするそうだ』
いくら非公式戦で情報が少ないとはいえ、涼介が今後伸びてくるであろう走り屋の存在をスルーする訳がない。というかそもそもそのMR2乗り自体よく妙義に現れてはナイトキッズとつるんでいるため、情報自体は案外彼の元に入ってくるそうだ。
妙義での高いブレーキングドリフトや、先行させて相手の情報を盗み後半で仕掛けるタイプの走り屋だと分かると、思ってたより手強そうだな…と史浩は眉を密かに細める。
『それとあとは相手の情報を走りながら盗むというのも得意だもか、バトルする際そのMR2乗りは必ず相手を先行させるらしい』
「……ということは前半で相手の情報を盗んで、後半で一気に畳み掛ける…感じか。ブレーキングドリフトといい、思ってたよりも啓介にとって手強そうだな」
ただ相手はいくら走り込んでいたとはいえ数日程度しか赤城のダウンヒルを攻め込んでいない、地元でのバトルなら流石に啓介へ軍配が上がるだろう。
どっちが勝つと思う?と尋ねた史浩に対し、涼介はどうだろうな…と知っていそうで知らない含みのある返答を返していく。
「っと言っても流石に今回は勝てるだろ?相手は数日ぐらいしかここを走っていない、赤城での経験なら啓介の方に軍配が……」
『さて、ソイツはどうだろうな?ストリートのバトルには絶対もない。こういうのは必ず面白いことが起こるんだ』
まあ涼介としてはぶっちゃけた話勝ち負けの有無は関係ないのかもしれない、彼女(明日香)が赤城の歌姫とバトルするほどの値があるのか…それが彼の注目する理由だ。
もし啓介に大差をつけて負けるようなら、その程度の実力だったで済む話。それを聞いた史浩はお前らしい考えだな…と口にする(ただそれで負けた場合、啓介にとっては可哀想なことだが…)。
『あのMR2乗りが赤城の歌姫とバトルするほどの値があるよか、正直オレはそこに注目してると言ってもいい。もし啓介に負けるようならその程度だったで済む話だからな』
「…涼介らしい考えだな、まあ別にだからと言って間違ってはないが……」
ーまあ…それで負けた場合啓介にとっては可哀想なことではあるが…ー
とまあ2人がそんなことを話している間にも激しい競り合いを続けていた2台は中間セクションの後半へと突入、前半と違いヘアピンが少なく比較的ストレートの多いことか、ハイスピードで突っ走る。
そんな中未だに先頭を抑えている啓介は、忙しくステアリングを操作しながら相変わらず張り付いてくる後ろのMR2をバックミラーでチラチラ見ながら焦りの表情を見せていた。
ドシャァァァァ!!
「…ちっ!」
ークソっ!離れるどころか食い付いてやがる!!どうなってんだよこれ…!!ー
確かにストレートなどは圧倒的な馬力差もあってか、立ち上がりはともかく後半の伸びは勝っているためじわじわと差は開く。しかしコーナーに差し掛かった途端のフルブレーキング勝負で、あっという間にその差を埋められてしまいう。
まさにじれったいともいえる状況で、尚且つ自分より走る回数が圧倒的に少ない相手に追い回されているためか、彼自身かなりフラストレーションが溜まりに溜まりに溜まっていた。
ゴギャァァァ
ーストレートじゃ馬力差もあってか後半は確かに差が開く…、けどコーナー手前のブレーキング勝負じゃあっという間に詰められてこのザマだ…!ー
ゴフッ!!
ギャァァァ
ーじれったいぜクソったれ!さっきからこの繰り返しだ…、なんで走る回数が圧倒的に少ない奴に追い回されてんだ俺…!ー
それはもうまるで自分の突っ込みが甘いんじゃないか…と錯覚するレベルであり(実際はそうでもないが)、必死で振り切ろうとしてかコーナーをクリアするたびにブレーキングの踏み込むタイミングが自然と奥よりになっている。
しかし啓介とは対照的に明日香は相変わらず冷静ながらもステアリングを操っており、むしろレッドサンズナンバー2の高橋啓介相手に地元で張り合えていることを楽しんでいた。
ーまさか俺の突っ込みが甘いのか…、だとしたらもう少し攻め込まないと…!!くそっ!!ー
ゴフッ
ギャァァァ
ーいいよいいよこれ!こういうのだよ!レッドサンズのナンバー2相手に地元で張り合ってる、これ以上に燃えないことあるか…!?もうアドレナリンドバドバで最高!ー
ただいつまでも後ろで楽しんでいる場合ではないのはちゃんとわかっているようで、相手の隙を作るため先程からコーナー勝負でもうプッシュをかけていた。
走りからして熱くなりやすいのは明らかであり、何より啓介が操るのはハイパワー系のFD。ヒルクライムならいざ知らず、ダウンヒルというものは車…特にタイヤやブレーキの負担は大きい。
ーまっそれはさておいて、プッシュかけてるのがじわじわと効いてきてるな?さっきよりブレーキの踏み飲むタイミングが段々と奥よりになってきてるー
ギャァァァ
ー…他所者にこんなへばりつかれちゃ誰だってそーなるよね、けどいいのかなー?そんなハイパワーな車で、しかもダウンヒルでガンガンに攻め込んじゃってー
その状態で無理な走りをさせれば後半になるにつれ車がヘタってしまうのは間違いなく、明日香はそれによって生まれたミスを利用してぶち抜くことを狙っているらしい。
だがそんな策略に知らぬ間で引っ掛かっているとは知る由もない啓介は、今までにないハイスピードで赤城のダウンヒルを攻め込んでいた。
ー無理な突っ込みはタイヤやブレーキがへたりやすいからねー、しかもハイパワーなFD。きっと後半になるにつれてきつくなるだろうなー
「…まあ、それが狙いでもあるんだけど」
「くそっ!!」ゴクン!!
ゴシャァァァァ
赤城の歌姫ほどではないことは充分に分かっていたつもりだ、しかしコーナリング勝負で負けている現実に啓介は混乱する頭をなんとか抑えながら再度フルブレーキング。
頭に叩き込まれたヒールアンドトゥで2速に叩き込むとブレーキランプを点灯させながらリアを滑らせ、ハイスピードの四輪ドリフトで左(35)コーナーへと突っ込む。
ージョーダンじゃねーぜ…!!これじゃ完全にコーナリングとブレーキング勝負で負けてるようなもんだ…!!しかも他所者相手だぞ…!ちっ!ーゴクン
ウォンウォン
ギャァァァ
やはりレッドサンズのナンバー2であり走り慣れているということもあってか、自身の得意としているブレーキング勝負に張り合えるほどの突っ込みを連発するようになってきた。
流石は地元だな…と感心した表情を浮かべる一方、そろそろ限界なんじゃない?と内心笑みを浮かべる。
ーおぉ…凄い突っ込み、やっぱレッドサンズのナンバー2は伊達じゃないか…私の得意なブレーキング勝負に張り合ってきた…。けどそろそろ限界なんじゃない?特にタイヤとか…ー
ゴシャァァァァ
実際明日香の予想通り33コーナーに差し掛かり、啓介先程と同様にフルブレーキングを行った直後、タイヤの食いつきが一瞬だが悪くなった。
もちろんこれには啓介も気づいており、ここで思ったより攻め込み過ぎた反動が響いてきたか…と軽く舌打ちしながら眉を細める。
ギャァァァ!!
「……っ!!?」
ークソっ…!タイヤの食いつきが…、しくじった…。何時もより攻め込み過ぎた反動がここに来て…!!ーチッ
だが今更気づいたところでどうすることも出来ず、タイヤの食いつきが悪いためオーバー気味の車体をコントロールするしかない。しかし明日香にとっては願ったり叶ったりな状況、まさにぶち抜くための材料は揃ったと言ってもいいだろう。
ーやっぱり…(ニヤッ)タイヤが垂れてきたな、オーバー気味になった。けど、それこそ私が狙ってた状況のようなもん…!ー
ギャァァァ!!
そうこうしているうちに舞台は中間セクションからコーナー区間が連続してストレート区間が減少する最終セクションへと突入。
スピードレンジは下がるもののそれでもブレーキング勝負とコーナリングが肝になるため、2台はもつれ合いながらブレーキングドリフトでリアを流しながらコーナーを1つ1つクリア。
ウォンウォン
ゴギャァァァ
しかし啓介の方はタイヤの状態にほぼ余裕がないため、コーナーをクリアするたびに食いつき状態が悪くなっていき、じわじわとアウトに膨らんだりしてインにつきにくくなっていた。
だが今はなんとか己のテクニックで騙し騙しコントロールしているため、幸いにも飛び込ませるスペースは与えずに済んでいる。
ギャァァァ
ーくっ!コーナーをクリアするたびにタイヤの食いつきが…特にフロントの応答性がゴミだ…!けどこれぐらいならテクニックでカバーすれば…ー
何よりこの最終的セクションもあと2つコーナーをクリアすればゴールはもうすぐ、最後の最後で抜かれることだけは絶対にあってはならないし、タイヤの消耗を負ける言い訳にはしたくない。
そんなことを思いつつも、残る2つのうち1つ目の左コーナーに差し掛かるとフルブレーキング。2速に叩き込みながらステアリングを切り込んでいく。
ー何よりこの最終的セクションもあとコーナー2つクリアすりゃ終わるんだ!!そうすりゃゴールは目前!何が何でもこのまま逃げ切ってやる…!ー
ギャン!!
ウォンウォン
…がやはりテクニックでいつまでもカバー出来るかと言われればそうでもなく、クルマにとって生命線ともいえるタイヤがヘタれた状態でギリギリの走りをすればいずれはボロが出てしまう。
途中まで多少膨らみながらも堪えるようにドリフトでコーナーを流していたが、中間当たりから急に車体がアウト側へと膨らみ始める。
ーっ!!ー
ギャァァァ
ギョン
「な…!?」
当然啓介もこれには気付いたがその時点では立て直すことは不可能に近く、みるみるうちにイン側を開けるようにFDはアウト側へとズルズルと広がっていく。
もちろんタイミングを見計らっていた明日香は待ってましたと言わんばかりに笑みを見せるとアクセルを更に踏み込み、ガラ空きのイン側へとMR2を突っ込ませた。
ーしまっ…急にフロントの応答性が無くなって制御が…、くそっ立て直しも出来ねぇ…!!じわじわとアウト側に膨らむ…!!ー
ギャァァァ
ーチャンス!!それを待ってたのよっ!ー
ゴクン
ゴァァァァァ
ギャン!!
相手がアウトに膨らんでいる…というのもあるが、やはりブレーキング勝負に自信があるということもあり飛び込むと同時にフルブレーキングでFDと並びながらコーナーを通過。
啓介もインに入られたことには気づいていたが、並ばれてしまえばラインを防ぐことは不可能。
むしろあまり広くない峠のコーナーで隣に並ばれてしまったら、ラインの制約で思うようにアクセルが踏めず、本来のパワーを発揮出来ない。
ーっと!!ー
ウォンウォン!!
ギャァァァ
「くそっ!」
ー並ばれた…!けどここまでこられたらラインを塞ぐことは……、ってかライン制約されてるせいでアクセルが踏めやしねぇ!!ー
その間にも並ぶようにコーナーをクリアした2台は、相変わらず超接戦の競り合いを繰り広げながら短いストレート疾走。
いくらタイヤが消耗しているとはいえ純粋なパワー勝負では啓介に軍配が上がる、なので立ち上がり加速は若干FDが頭を出しながら加速。
ゴァァァァァ
ーけどストレート勝負ならこっちが上だ!みすみす簡単に前なんか出すか!!ー
ただ比較的短いストレートなのであっという間に最終の右コーナーに差し掛かったため、先程と同様にフルブレーキングで減速。
ラストのコーナー勝負ということもあり、両者一歩も譲らない姿勢のまま、ヒールアンドトゥからの2速に叩き込んでステアリングを切り込んだ。
「……っ!!」
ウォンウォン!!
「っと!」
ギャァァァ!!
だがやはりここでもタイヤの消耗が響いているFDは突っ込みが甘くなってしまい、もはやラインを塞ぐことが出来ず、再びイン側を譲る形でジリジリとアウト側へと広がる。
…がそれとは対照的に明日香のMR2はタイヤに関して全然余力があるため、お得意のブレーキングドリフトでインを刺しながら一気にFDの前へと躍り出ていく。
ギャァァァ
「……くっ!!」
ーくそっ!ダメだ!フロントがゆうことを効かないせいでインにつけねぇ…!!(ギャン!)なっ!?ー
ーそんなヘロヘロタイヤじゃ私とMR2は止められないよっ!!このままブレーキングドリフトで一気に蹴りつけてあげるっ!ー
ギャァァァ
まさかレッドサンズのナンバー2である高橋啓介に勝つことが出来たことに、ステアリングを握りながらフリーになった左手で嬉しさのあまりか明日香はガッツポーズをしながら喜びを露にしていく。
「よっしゃ!!勝った!!」ガッツポーズ
…しかし最後の最後で呆気なく前に出られた啓介は、あまりにも一瞬すぎる光景にただただ唖然としながら前を疾走していくMR2のテールランプを見つめることしか出来ずにいる。
そんなドライバーの気持ちを代弁するかのようにFDからは悲しげなエキゾースト音が赤城へと児玉していくのであった。
ー負けた……この俺が……?他所者相手に地元で………ー
プシャァァァァ
ー何がどうなってんだ…くそったれ…ー