赤城山(峠)麓にて
ギャァァァ…
「もうそこまで来てるな…、果たしてどっちが勝ってるのやら……」
先程からうっすらとしか聞こえてこなかったエキゾースト音が大きくなってきてもうすぐそこまで来ていることに気づいた史浩は、多少息を飲み込みながらも若干身構え気味に見つめていた。
隣では賢太がストップウォッチ片手に目をしっかり開けながら道路の上側を見ていた訳だが、ヘッドライトの光が見えた瞬間に反射的に声を上げていく。
「……(ゴァァァァァ)…!!来ましたよ史浩さん!」
音的に2台とももつれ合っているのは間違いなく、予想外に啓介が苦戦しているという現実に賢太は少し驚き気味で困惑した表情を浮かべる。
ただ相手は妙義とはいえナイトキッズのリーダー格2人を倒し、赤城の歌姫とバトルをすることになった走り屋。それを考えると苦戦してしまうのは必然的なのかもしれない。
「この感じだと2台もつれ合ってるっぽいですね…、まさか啓介さんがここまで苦戦するなんて…」
「…無理もない、涼介が言ってた通り相手はナイトキッズのリーダー格を倒している上に赤城の歌姫とバトルする予定の奴だ…。アイツが目をつけた奴は総じて速さを秘めてるからな…」
ゴァァァァァ
そうこうしているうちに先程から照らしてきていたヘッドライトは、エキゾースト音が大きくなるにつれて更に光が強くなっていきコーナー奥か2台が飛び出すように姿を現す。
いくらか不安はあるものの最終的に啓介が勝っていればいい…そう思って待ち構えていた賢太だったが、頭を抑えているのがMR2ということに気づくと思わずえっ…と驚きのあまり一瞬硬直。史浩も何がどうなってんだ…とその横で混乱を隠せずにいた。
ギャァァァ
「…!?えっMR2が前…!!啓介さんが負けた…!?」
「おいおい…啓介が負けただと…、一体どうなって…」
まあレッドサンズでもナンバー2な上、涼介や赤城の歌姫程ではないが地元を知り尽くしている啓介が他所者ともいえる走り屋相手に負けたのだ。そうなってしまうのも無理はない
相変わらず何がなんだかという表情を見せている2人の目の前を通過した2台は、ゆっくりと駐車場へと入ってきて停車
。少しすると両者の運転席ドアが開き、明日香と啓介が降りてくる。
ウォンウォン!
ーいくら涼介や歌姫ほどじゃないとしても、啓介はレッドサンズでもかなり速い…。普通なら他所者相手に負ける理由なんて…ー
「……」ボムっ
「……っと」
するとそれを見た賢太は慌てて駆け足で啓介の元へと駆け寄っていき、これは一体…と驚きを隠せないまま尋ねていく。…がそのまんまの光景で説明するほどでもないため、見た通りだよ…と口にしながらすぐに明日香の方へ視線を戻しながら会話を切り出す。
「…!!啓介さんっ!これは一体……」
「…これも何も見た通りの結果だ…、俺の完敗ってやつだ…」
「………」
「…(視線を戻し)流石だな、この俺を地元で倒すとは。他所者相手のバトルで負けたのはお前が初めてだ」
もちろん彼女もあのレッドサンズの高橋啓介に勝てたことは嬉しかったが、流石にここでそれを表に出すのもアレかな…ということで少し控えめ気味に話していく。
とはいえ自分に勝ったことには変わりないため、啓介はもう少し誇ってもいいと思うぜ?と観念しながらそんなことを口にしていると、特徴的なロータリーサウンドが聞こえてきた。
「いえ、そんな大したことはないですよ。勝ったとは言えどギリギリでしたし…、何より私の狙い通りにならなかったらけっこうヤバかったので」汗
「ふっ、この俺を地元で下しておいてよく言うぜ。そこまでのテクニックがあるならもう少し誇っていてもいいと思うがな…(ゴァァァァァ…)っと来たか…」
しばらくすると見慣れた白色のFC3Sがエンジンサウンドを奏でながら啓介達のいる駐車場へとゆっくりと入ってくる。
その後明日香や啓介達の目の前に停車すると、運転席のドアが開き車内から涼介が姿を現すが、どうやら雰囲気で察したようで、史浩が話す前にバトルの結果を的確に当てていく。
ウォンウォン
ボムッ
「……どうやら、この感じだと君が勝ったようだな」
「……まだ何も話してないぞ、なんで分かった?」
「分かるも何も、流石にこの雰囲気なら誰でも分かるさ」
まあ実際その通りであり、啓介はアニキに視線を向けながらすまない…と申し訳なさそうな表情で謝っていく。他所者相手に、しかも地元で負けたとなればそれこそレッドサンズナンバー2として示しが付かない。
少し気を落としすぎとも見えるが、ここ最近連敗が重なって期待に応えられない状況が続けばそうなるのも無理はないだろう。だが涼介自体はそこまで気にしていないようで、気にするなと宥めた。
「……すまねぇアニキ、負けちまった…」
「…そう気を落とすな啓介、地元で他所者相手に負けた以上確かにレッドサンズの名に傷がついたかもしれないが…」
「……」
「だからと言って常に勝ち続けられる訳じゃない、こうやって負けたからこそ得られるものもあるんだ。負けた結果よりその先を考えろ」
とまあ啓介を励ましていた涼介だったが、それが終わると雰囲気を察しておとなしくMR2の横で聞いていた明日香に視線を向ける。
まだどういったバトル内容かは流石の彼でも分からないが、少なくとも自身の弟をホームコースで下した相手なのは確か。
それになんとなく面白くなりそうな予感はしていたため、彼女に対して流石だと口にしながら褒め称えていき、明日香もそれに答える形だが、わざわざバトルを引き受けてくれたことに対してお礼を述べていく。
「…にしても明日香…さんでしたかな?まさかうちの啓介を倒すとは思ってもみませんでしたよ、流石といったところだ」
「いえ、勝ったと言ってもけっこうギリギリでしたし…。それより私の急なお願いに応えてくださってありがとうございます(ペコッ)。お陰で貴重な体験が出来たので」
妙義出身の走り屋とは思えないほど礼儀正しいな…とそんなことを思っていた啓介を横目に、涼介は今週の水曜日に行われる赤城の歌姫との一戦について触れる。
せっかく勝ったのに何もしないというのは釈なのだろう、…まあ本心としては更に面白いバトルを期待しているのかもしれない。
弱点とはいかないが彼女の走り方について有益な情報を与えようと涼介は口にしていき、それを聞いた史浩はマジかよ…!?と驚きながら本当にそれはいいのかと尋ねていく。
ー…やれやれ、妙義の走り屋にしちゃ礼儀正しいな…。それに走りも速いって………ー
「…さて、今回の勝負は君の勝ち…な訳だが。これで俺たちから何もしないというのは失礼だ」
「……?」
「せっかくだ、弱点とはいかないが彼女…いや赤城の歌姫に関して有益な情報を1つ与えよう」
「……!?まっまじかよ涼介、いいのかそれ…!?」
恐らくそれによって彼女が歌姫を倒してしまえば、それこそレッドサンズのメンツが立たなくなることを危惧しているのかもしれない。しかし涼介はその辺はあまり気にしていないようで、その程度で歌姫が負けるなら期待はずれだと口にしていく。
それに明日香からすれば歌姫に関しての情報を得ることが出来るため、他所者というハンデを更に埋められるいい話でもあるのだ。
「心配するな史浩、むしろその程度で歌姫が負けると思っているのか?もしそうなら俺からすれば期待外れと言ってもいい」
「……だっだが…」
「それにあの子としても悪い話じゃないだろ?赤城の歌姫の情報を得ることでより対等にバトルができる、きっと更に面白いことになるぞ」
実際彼女もなかなかに面白そうな提案ですね?とちょっと乗り気気味の表情を見せていたが、その後に申し訳ないがその提案は断る胸を伝えていく。
「…というわけでだ、どうだ?こちらの提案に乗る気はないか?」
「へー、なかなか面白そうな提案するじゃん。…けどすみません、その案は申し訳ないですがお断りしますね」
どう考えても彼女にとって非常に有益となるはず…しかしそれを承知の上での回答に、啓介は思わず嘘だろ!?と驚きの声を露にしていく。
だが涼介は冷静な表情を崩しておらず、その理由を聞こうか?と尋ねていき、明日香もそれに答える形で話し始める。
「嘘だろ!?なんで…」
「…とりあえずその理由を聞こうかな」
「確かに私にとって有益な取引かもしれません、相手の情報を得れば歌姫とのバトルでハンデを埋められる…。でも…」
いくら相手が赤城の歌姫とはいえどドライバーは彼女にとって親友同然でもある友奈、だからこそそんな手を使わずに正々堂々と勝負したいという思いがあるようだ。
例えそれが相手の地元という自分にとって非常に不利な状況だとしても…であり、同時に今の自分でどれくらい通用するのか…というのを試したい思いもあるようだ。
「相手が赤城の歌姫とはいえドライバーは私にとっての親友、だからこそ正々堂々勝負をしたいんです」
「……」
「もちろんそれも峠のバトルで必要な情報戦なのは知ってます、それでも今の自分で何処まで行けるか試したいって思いがあって…」えへへ
そんな話を聞いた啓介は今までに会ったことがないようなオーラを感じると、頭をポリポリかきながら最近の女走り屋はなんか調子狂うぜ…と呟く。
だが一通り彼女の言い分を聞いた涼介は、改めて面白い走り屋だな…と笑みを零していき、念を押すように本当にいいのか?と確認するように尋ねる。
「……」
ーいやいやだとしてもだろ…、自分から有利になるような提案を拒むとは……。ったく最近の女走り屋はなんか調子狂うぜ…ー
「なるほど、なかなかに面白い返答だな。君みたいな走り屋は初めてだ、…だが本当にいいのかな?」
もちろん明日香からすればそれ以外に答えがあるはずもなく、当然です…!と自信満々のドヤ顔を浮かべながら胸を張って答えていくのであった…。
「もちろんです…!!私の答えに狂いはないですから…!!」
明日香と涼介達が赤城で出会ってからバトルをおっぱじめる少し前、いつも通りの秋名では静寂な雰囲気を消し去るようなエキゾースト音が響き渡っていた。
ゴァァァァァ
その頂上、普段なら秋名スピードスターズやダウンヒルバトルを行う際のスタート地点の溜まり場として使われているストレート(旧料金所)を見慣れたライムグリーンツートンのS13、池谷の愛車が疾走していく。
ゴフッ
赤城レッドサンズとの交流戦直前に痛々しくガードレールにぶつかり大破したS13は見違えるように復活を遂げており、車から響き渡るエキゾースト音は久しぶりに走れる喜びを体現しているようにも聞こえる。このまま流れ的にダウンヒルを走る勢いにも思えたが、元料金所端に差し掛かると直後リアが一瞬ロック。
そのまま先ほど走っていた方向とは逆に向き直るように停車した
ゴアァァァァァァ
クッ
ギョワァァァァァ
だがその様子を見ていた樹と健二、祐也の三人は特に気にした様子は浮かべず、スピンして向きを変えてから再び走り出して目の前を横切っていくS13を見送っていく。
ゴワアァァァァァ
どうやら先ほどスピンした原因はステアリングを握る池谷がサイドを引いたからであり、今度は反対側の元料金所端に差し掛かると再びサイドを一瞬上げていきまたしてもあえてスピンさせながら向きを変えるようにリアを滑らしながら半回転していく。
クッ
ギョワアァァァァ
何度もその動きを何回もしていくように繰り返しているところを見るにどうやら池谷はサイドを使ったリアを滑らせる練習をしているらしい、実際健二達の目の前で停車するようにスピンしたS13が来ると健二と樹が面白そうだから自分たちもやってみようかなという口調で盛り上がっていた。
ギャアァァァァァ
「面白そーですね」
「オレもやってみようかなー」
そんな二人を見ながらも運転席から顔を出した池谷は何回も同じ動作を繰り返したことでサイドを引いてリアを滑らせるタイミングが分かってきたと口にしていく。しかしただ単純にリアを滑らせるならやり方さえわかればだれでも出来ることだが、あくまでサイドを引く練習はドリフトのきっかけをマスターするためのもの。
なのでサイドを引いてリアを滑らせるだけではなく、ステアリングとのタイミングが極めて重要でもある。
「サイドでケツを出すコツがかなり分かってきたぞー、ステアとのタイミングがキモなんだよなー」
「ドリフトのきっかけ作りでサイドを引く練習ってわけかー」
だがその会話を聞いて違和感を感じたのか、樹が前に拓海が操るハチゴーの横に乗った際、サイドブレーキを一回も引いてなかったことを口にしていく。ただそれも池谷からしてみると立派なドリフトの一種のようで、正確にはフットブレーキだけで荷重移動を起こす超上級者レベルのテクニックらしい。
実際拓海と同レベルのテクニックを持つ友奈もフットブレーキだけで荷重移動を起こすドリフトが出来るようで、過去にドリフトが出来るサーキットで横に乗ったことのある祐也が説明していく。
「拓海のはフットブレーキだけで荷重移動を起こすハイテクニックなんだよ、多分友奈ちゃんもそれぐらいテクニックはあるんじゃないか」
「まあそうっすね、前サーキットであいつの横に乗せてもらったことあるんですけど…、全然サイド引いてなかったので…」
「まっ俺たちレベルがあそこまで行くにはまだまだ先の長い道のりだがな」
しかし羽南のほうは全然サイドを使ったドリフトを使っているようで、ストリートではまだ試したことはないが峠に近い群馬県内の某サーキットではバリバリにやっているとか…
それを聞いた樹はまじかよ…という表情をみせており、健二に限っては自分たちはコーナー出口でタイヤ滑らせて喜んでいるのに完全に先を越された…とちょっとショックを受けている様子。
「あっでも羽南の奴はサイドを使ったドリフトしてますよ、まだストリートではやってませんけどそれに近いサーキットとかではもう当たり前のように…」
「うぇ!?まじかよ…」
「俺たちはコーナー出口でタイヤ滑らせて喜んでたのに…、完全に先を越されてんなこりゃ…」
ちなみに健二の言っていたコーナー出口でタイヤを滑らせるテクニックは池谷曰くパワースライドというもので、ドリフトとは違った初歩的な技だそうだ。本当のドリフトというのは拓海や友奈みたいな流しながらコーナーに侵入して出口でスライドを抑えて立ち上がるらしい。
もちろん誰でも出来るテクニックかと言われればそんなことはないが、それが一番早いうえにカッコいいのは間違いないだろう。
「ちなみにその健二と俺がやってたコーナー出口でリア滑らすのはパワースライドってドリフトとは違う初歩的な技。本当のドリフトってのは拓海や友奈ちゃんみたいに流しながらコーナーはいって出口でスライドをおさえて立ち上がるんだ」
「へぇー…」
「あれが一番速いしなんたってかっこいいんだよな…!!(難しいけど)」
前とは見違えるように詳しくなった親友に健二は驚いており、ずいぶん勉強したなと感心した表情を浮かべていく。まあS13が直ってくるまで暇だったので、その開いた時間に色々とドリフトに関する勉強をしていたようで、実際助手席にはドリフトに関する雑誌(土〇圭市の特別集)が何冊かおかれていた。
「なるほどー、おまえずいぶん勉強してんなー池谷」
「S13直ってくるまでヒマだったからな…。いろいろ本読んで研究したのさ」
すると池谷の話を聞いてみて興味を持ったのか二人(いつの間にか走り屋のイツキ)もサイドスピンの練習をしてみようかと盛り上がり始め、樹が祐也にもやってみないかと誘っていく。一様祐也もドリフトは友奈や拓海、あと羽南ほどではないが出来るレベルではあるが、面白そうということでやってみることにしたようだ。
「オレもやってみようかなー、サイドスピン」
「なんかワクワクしますよねー、オレもやってみようかな。祐也もしないか?」
「そうだな、なんか面白そうだしやってみっか。まっ一様ドリフトは出来るしついでに本物のサイドスピンでも見せてやるよ」ニヤニヤ
「なんだよー、それはドリフト出来ない俺たちに対する自慢かー?」
そんなメンバー(一人違うが)を微笑ましく見ていた池谷だったが、ここでの練習はコツを掴んできたということで次のステップに行くらしい。いまやっていたのは直線でのサイドスピンだったが、次は低速コーナーでのスピンに挑戦するようで車を発進させていく。
「オレはコツつかんだから次のステップに行くよ、今度は今みたいな直線じゃなくて低速コーナーのスピンに挑戦してくる」
先ほどとは違い落ち着いたエキゾーストサウンドを響かせながら夜の暗闇に包まれたダウンヒルに消えていくS13の後ろ姿を見送りながら、三人は自分たちもあとからそっちに行くこと、対向車や他の車に気を付けるように呼び掛けていくのであった。
「池谷先輩、気を付けてくださいねー」
「他の車に気をつけろよー」
「俺たちも後から行きますよー!!」