赤城山頂上
「何!?それは本当か…!!」
明日香が友奈を抜いたのと同時刻、赤城峠頂上で抜かれたポイントのコーナーで陣取っていたギャラリー達からの報告を聞いていた史浩は思わず声を上げてしまう。
その後一言二言やり取りを交わすと無線でのやり取りを終えて、啓介や涼介の方に視線を向けると歌姫が抜かれたことを明かしていく。
「あぁ…ああ、わかった(ピッ)。43コーナーから連絡が入った、…歌姫が抜かれたらしい」
「…!?おいおい、マジかよ…」
啓介が驚きを隠せずに動揺している中、他のギャラリー達もマジか…と言った感じでざわつきを見せていた。しかしナイトキッズのギャラリー達は明日香が抜いたことに対して喜びを見せており、やってくれると信じていたと口々に話す。
「歌姫が抜かれた…!?どうなってんだ…」
「啓介さんや賢太でさえ太刀打ち出来なかったのに……、何もんだ…そのMR2は…」
「よっしゃ!流石明日香さんだ!やってくれると信じてたぜ…!!」
「伊達にナイトキッズの毅さんや慎吾さんとつるんで走ってるだけはあるぜ…!」
だがそんな中涼介だけは落ち着いた表情を見せるどころかやはりな…という感じを見せており、それに気づいた啓介がなんか知っているのか?と尋ねていく。
もちろんここまで来たら隠すものでもないため、涼介は啓介に対して歌姫が明日香に抜かれた理由を説明し始める。
「……」
ーやはりな…ー
「おっおいアニキ…!その表情はなんか知ってそうだな…」
「…そうだな、ここまで来たら隠す理由もない。一度しか話さないからしっかり聞けよ?」
確かに赤城の歌姫は物凄いテクニックを持っているため、一見すれば弱点がないようにも思えてしまう。
しかし世の中それが絶対という保証はなく、必ず弱点というものが存在するというもので、現に歌姫にもそれが当てはまるのだ。
とはいえその弱点がなんなのかという疑問も出てくるが、涼介曰く歌姫の弱点は特定のコーナーで突っ込み速度が遅くなるというものらしい。
「確かに歌姫…いや彼女はなかなかの実力を持っている、一見すれば弱点がないパーフェクトな走りをしているが…世の中には絶対という言葉がない。もちろんそれは歌姫にも当てはまる」
「…ってことはアイツにも弱点があるってことか?」
「そういうことだ。彼女の弱点、それはとある特定のコーナーで突っ込み速度が遅くなるというものだ」
だがあからさまに遅くなるというものではなく、わずかに遅くなるというものなので後追いで追いかけないとハッキリとはわからないとのこと。
しかし涼介から言わせてみればその突っ込みの甘さは敢えてそういった走りにしているようで、その理由は友奈が得意としているライン取りに影響しているとか……
「突っ込み速度が甘くなる…?しかも特定のコーナーでって…」
「まあそれも僅かながらの差、後追いでしっかり見ないとわからないレベルだがな…」
「…でもなんで特定のコーナーで?別に苦手とかそういうのじゃないんだろ?」
「あぁ、俺から言わせれば特定のコーナーで突っ込み速度が甘くなるのは彼女が得意としてるライン取りに理由があると思ってる」
というのも彼女の走りは誰もが惚れるような綺麗なライン取りにドリフトといった誰でも真似できるような走りではない、だがそれが出来るのも決まったラインをなぞっているから可能なテクニックなのだ。
しかし一瞬でもそのラインを外せば走りが乱れるどころか最速の走りができなくなってしまうため、一種の金縛りみないなものと言ったほうがいいだろう。
「ライン取り?」
「そうだ、彼女が惚れるような綺麗なライン取りと最速の走りができているのも決まったラインをなぞっているからこそなせる技と言ってもいい」
「……」
「だがそれを一瞬でも乱せば走りが乱れてしまう、まあ一種の金縛りみたいなものだな」
だがそれと抜かれたことに何の関係が…そう言いかけた啓介だったが、何かに気づいたのかハッとした表情を浮かべる。
そうつまり例え突っ込み速度が遅くても自分の走りを保つために変えることがほぼ難しいため、接戦などで相手が後追いの場合見抜かれても対処が出来ないのだ。
そんな啓介の反応を見てようやく気づいたか…と涼介はやれやれという表情しながらも笑みを浮かべていく。
「けどよ、それとこれがなんの関係…っ!?まっまさか突っ込み速度が遅いのが分かっても対処が出来ねぇってことか…!というかそのMR2乗りはそれに気づいて……」
「ようやく気づいたか…、相変わらずまだまだ分析が甘いな」
まあそれも後追いが得意としている明日香だからこそ気づけたというものではあるが、このままでは歌姫が負けてしまうどころか歌姫に連敗しているレッドサンズの顔に泥が塗られてしまうのでは…と啓介は不安そうに尋ねる。
「まあそれも後追いを得意としている彼女だからこそ気づいたのだろう、彼女のテクニックとMR2の性能を考えれば出来ないものではないしな」
「まっまってくれアニキ…!?それじゃこのままあのMR2乗りに歌姫が負けるかもってことか!?もしそうならレッドサンズの顔に泥が…」
だがフォローするように涼介が補足した通りまだバトルは始まったばかり、最後まで何がわかるか誰も予想なんてつかないもの。
それにここは歌姫のホームコース、彼女の性格上諦めるということは考えられないため、これからがこのバトルの本番であるとも言えるだろう。
「そう慌てるな啓介、まだ勝負が決まったわけじゃない。むしろこれからが本番だ」
「こっこれからって…」
「お前も分かっているだろ?ここは彼女のホームコース、それに性格も考えれば彼女が諦めるなど考えられないしな」
当然それは少し離れた場所で話を耳にしていた拓海も同じ意見のようで、隣で友奈が抜かれたことにショックを受けていた樹を宥めるように話していく。
「嘘だろ…赤城じゃレッドサンズに負けなしだった友奈ちゃんが……」
「落ち着けよイツキ…、まだバトルは終わった訳じゃないだろ?さっきも言った通りこれからが本番だよ」
もちろんそれは羽南も同じ意見なようで2人の実力を考えたらすんなり終わるとは考えられないと次々に口にする。
とはいえ由紀の言う通り樹の気持ちもわからないわけじゃない。なんせ友奈は赤城でレッドサンズ相手にほぼ無敗の負けなしだったのだから、そりゃ予想外な相手に抜かれるのは動揺を隠せないだろう。
「そーだよ!友奈がすんなり負けるわけないし…!!ってか明日香ちゃんも上手いんだからこれからが面白くなると思う♪」
「なんだ、珍しくポジティブだな。お前が一番動揺してると思ったんだが」
「まあでもイツキ君の気持ちは分からなくもないけどね、赤城で実際レッドサンズ相手に無敗だったんだから。予想外な子にやられるのは衝撃デカいかも」
だが抜いたからといって明日香が有利になるかと言われればそんなことはない。
拓海の予想では明日香がついていく時になんとなくいつもよりタイヤに負担をかけているのでは…と予想しているとか…
「…でも、抜いたからって明日香ちゃんが有利になるって話じゃない…。なんとなくだけど…明日香ちゃんタイヤにいつもより無茶かけてるような気がするんだ…」
「ん?そりゃどういうことだ拓海」
祐也もそのことを聞いていたが拓海自体ハッキリとは分かっていないようで、自分でも何となくでしか分かっていないと口にしていく。
なんだそりゃ…と思わず呆れた表情を見せていた樹の隣で、毎日走りを教えて貰っている由紀がいくら熱くなりやすいとはいえそれはあり得ないと否定する。
「…いや、俺もイマイチ分かってないんだよな」
「はぁ…?なんだそりゃ」
「いやいやー、明日香ちゃんに限ってそりゃないよ。毎日走りを教えて貰っている私からすれば、流石にその辺はしっかりしてると思う」
だがそれでも納得していない拓海は、今はいいものの何処かで明日香も必ずボロが出る…その時がバトルとして本当の決着がつくのではないかと思うのであった。
ー…いや、多分明日香ちゃんどっかでボロでると思う……そこがこのバトルの本当の決着になるだろうな…ー
その頃明日香に抜かれた友奈は最初こそ驚きと感心の表情を見せていたものの、このまま引き下がるわけもなく負けてたまるかと言わんばかりにシフトアップしつつアクセルを強く踏み込む。
ハチロクにはオーバースペックともいえるグループA仕様のエンジン、いくら峠仕様にダウングレードされているとは言え性能は負けてない。高回転型エンジンを唸らせながらMR2に追いすがる。
「……」
ー…でも、私だって負けてないよ…!!このまま引き下がったらそれこそ明日香ちゃんに失礼…!なら意地でもくらいついてやる…!ーゴクン
ウォォォァア
もちろんそれは前を走る明日香も感じ取っており、ひしひしと背中に感じるプレッシャーの圧に冷や汗を流しながら流石は赤城の歌姫だと内心口にした。
ゴァァァァ!!
ーうひゃー、プレッシャー半端ない…。冷や汗が止まんないよ…流石は赤城の歌姫、オーラは伊達じゃない…ー
しかし同時に彼女にとって燃える展開でもあるため、面白くなってきたと笑みを露にしつつ負けまいとアクセルを更に踏み込み、リアを少し滑らせながらハチロクに負けまいと唸るように加速。
そのまま2台はもつれ合いながら次のコーナーに突っ込んでいき、エキゾースト音やスキール音を響かせながら鋭いブレーキングで突入していく。
ーけどこれが燃えるのよねー!ナイトキッズとの連中じゃ体感出来ないこの感覚…!全開でぶっ飛ばすよ、しっかりついてきなさいよ!ー
ギャァァァ
ウォンウォン
位置が変わったとはいえ走りのレベルは劣るどころか更に磨きがかかっており、ギリギリの接近具合でドリフトしながら目の前を通過していく2台を目の当たりにしたギャラリー達は思わず興奮して歓声を上げていく。
ゴァァァァ
ギャァァァ!!
「すげー!!ギリギリの密着でのドリフト…!!ツインドリフトみてーだ!」
「やっぱうめー奴はうめーよ、女が乗ってるとは到底思えねー思い切った走りだ」
そんなギャラリーたちを背にアウトのガードレールギリギリに立ち上がった2台は相変わらずもつれ合いながらも次のコーナーに進入、ヒールアンドトゥで3速にギアを叩き込んでハイスピードのドリフトでクリアする。
ウォンウォン!!
とはいえ一度抜かれると抜き返すのが難しいのがストリートバトル、特に道幅が広くない峠道で互いの実力が高いとなれば尚更だろう。
このままの状態が続けば接戦といえど間違いなく明日香が有利、実際中間セクションは終わりを迎えるため最終セクションさえ護れれば勝利は目の前と言ってもいい。
ギャァァァ!!
ーストリートでのバトルじゃ追い抜きのチャンスは限られる…って兄さんが言ってた…!道幅の狭い峠道なら尚更…、このまま最終セクションさえ護れれば…!!ー
そんなことを思いながら最終セクション付近の右コーナーに進入した明日香は慣れた手つきでフルブレーキング、ヒールアンドトゥで2速にギアを叩き込みステアリングを切り込む。
そうすれば車は言う通りに動いてくれるため、いつものように鋭いブレーキングからのドリフトを炸裂させる…はずだった。
ーっと!!(ゴクン ウォンウォン!!ギャァァァ!!)ー
しかしフルブレーキングした時にタイヤが食いつかないせいか若干突っ込みの過ぎたアンダー気味になったことを、明日香は見逃さなかった。
もちろんそれはドリフト時も同様に今まで思うように走れていたラインを思うようになぞれず、少しズレた状態でガードレールギリギリに立ち上がる。
ギャァァァ
ー!?…タイヤの食いつきが……アンダー気味かも…!!思うようにコーナーで流せない…っー
やはり拓海の予想通り後追い時についていくためにタイヤにいつもより無理をかけて走っていたため、思っていたよりも早くリアタイヤが垂れてきたらしい。
誤魔化そうにも既にかなり消耗しているためそれも出来ず、彼女が得意としているブレーキングドリフトにモロ影響を受けている状態でもあるのだ。
ー友奈ちゃんについていくために後追いでけっこう無理したのが響いてるかな…、この感じだとかなり摩耗してる……ってかこれじゃ誤魔化しは無理そうかも…ー
だがかといってそれを言い訳にはしたくない上に、ゴールまで後少しというところまで来ているためこのまま逃げ切ってやると自分を奮い立たせながらアクセルを踏み込んで加速。
しかしモロに影響が出ているということは後を追っている友奈もしっかり気づいており、タイヤがかなり辛そうだと走りを見ながらそんなことを思う。
ーけどこれを言い訳にはしたくない…!!ゴールまで後少し…っ!悪いけどこのまま逃げ切らせて貰うよ!!ー
ガバッ!!
ゴァァァァ
ー…動きが鈍い…、あの感じだとタイヤがけっこう来てるかも…動きも辛そうだし…ー
とはいえこれは絶好のチャンスともいえる状態なのでこれを逃すはずもない。ゴールまで後少しというところまで来ているが動きがピーキーなMR車でタイヤが垂れているとなれば必ず何処かでボロが出る、となればそこが反撃のチャンスといえる。
ーけど絶好のチャンスには変わりない…、ゴールまで後少し…けどそんな状態じゃピーキーなMRはすぐにボロが出る…!そこが勝負ー
当然それをするには現状をキープしておかなければならず、少しでも離されれば抜き返すチャンスを失ってしまう。
それまではプレッシャーをかけるためにもぴったり引っ付きながら追い回してやる、そんなことを思いながらアクセルを踏み込み、エンジンを唸らせながら加速していくのであった。
ーでもそれをするにはこの状態を保たないといけない…!行くよハチロクっ!私たちの恐ろしさ…いや美しさを明日香ちゃんの目に焼き付けちゃお!ー
ゴクン!!
ガバッ
ゴァァァァ