頭文字Dー歌姫の最速録ー   作:三坂

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第四十四話 母からのアドバイス

 

 

 

 秋名峠

夜九時半

 

 

 本来であるならば車通りや人通りがほとんどない時間帯、しかしこの日の秋名峠は暗闇に包まれた峠とは対照的に賑わいを見せていた。

 秋名のハチロクとナイトキッズナンバー2の庄司慎吾によるガムテープデスマッチ、そのバトルを聞きつけた多くのギャラリー達や走り屋が押しかけており、バトルが始まるその瞬間を今か今かと待ち望んでいる。

 

 そんな秋名峠を上がっていたツートンカラーのS13、秋名スピードスターズのステッカーが貼られた見覚えしかない車の車内では、ステアリングを握る池谷が想定以上のギャラリーに焦りを感じていた。

 

 

「…まずいな、思ってた以上にギャラリーの数が多い」

 

 

 まあそれもそのはず、自分達はガムテープデスマッチを受けようとする拓海をなんとかして止めたい立場、だがここまでギャラリーが多いとなると尚更余計にやりづらい。

 拓海がそれだけ有名になったということでもあるが、それ以上に慎吾が大々的に言いふらしたことも大きな要因とも言える、それだけ是が非でもバトルをしたいということだろう。

 

 

「拓海が有名になってきたのもあるだろうけど…」

「それ以上にあのEG6の野郎、わざと言いふらしたに違いない。是が非でも拓海をバトルに引き込むために…」

 

 

 とはいえギャラリーが多いなど想定してなかったわけじゃない、自分達はそれを承知で拓海のバトルを止めに来たようなもの。

 なんとかしてガムテープデスマッチを止めるぞ…そう呟いた池谷に対してそうだな…と健二は同意していく。

 

 

「…だがだからって俺たちのやることは変わりない、なんとかして拓海がガムテープデスマッチを受けるのを止めないと…」

「あぁ…、もし受けて何かあったらってことを考えると……」

 

 

 そんな池谷がステアリングを握るS13シルビアの後ろ、拓海が乗るハチロクにそっくりだが特徴的なカーボンボンネットのハチロクの車内では、友奈が真剣に考え込んでいた。

 

 

ブロロロロ

「……」

 

 

 その意味とは秋名に行く前に寄った藤原とうふ店、拓海の実家でもあるお店で父親である文太からもしガムテープデスマッチをやるなら拓海にアドバイスをしてほしい…というものであり、何故自分なんかを…その理由を先ほどからずっと考えているらしい。

 

 

『……もし拓海の奴がガムテープデスマッチをやるなら、アンタからアドバイスをほしいんだ』

『……アンタなら、きっちり拓海のやつに伝わりそうだからな』

「なんで私を……」

 

 

 確かに同じ高校に通う同級生ではあるが出会って知り合いになったのはつい最近、深い関係かと言われればそんなことはなく、何より彼女は文太と今日初めてあった初対面。

 普通に考えれば自分より何度か足を運んで見知った相手かつバイト先の先輩である池谷に頼むのが普通と言える。

 

 だが文太はあのとき何故かその選択肢を取らなかった、むしろガムテープデスマッチというヘタをすれば崖下真っ逆さまなバトルのアドバイスを走りを見たことすらない友奈に託した。

 当然そうしたということはきちんと訳があってのことは雰囲気から彼女も察したが、走りすら見てないのに何故その選択肢を取ったのか…見つからない答えを1人探し続ける。

 

 

ー少なくとも私は拓海くんのお父さんとは初対面…、なのにガムテープデスマッチっていうリスクしかないバトルのアドバイスを私に託した…なんで…ー

 

 

 しかし今はその答えを見つけるよりも拓海がガムテープデスマッチをすることを止めることが先決であり、一刻も早く目的地に向かうために友奈は一瞬アクセルを強く踏みかける。

 …がフラッシュバックするように文太から告げられた言葉を思い出すと強く踏みかけていたアクセルを再び戻してしまう。

 

 

ーいやっ…!今はそれより拓海くんがガムテープデスマッチバトルをすることをなんとしてでも止めないと…!一刻も早く…ー

ゴァァァァ

『……もし拓海の奴がガムテープデスマッチをやるなら、アンタからアドバイスをほしいんだ』

「…っ」

ガバっ

 

 

 本当なら危険なバトルな上に拓海でな走りきれないと分かっているならなんとしてでも止めるように頼むが親としての選択、だが文太はまるで拓海がガムテープデスマッチを引き受けることは避けられないことを前提としているような話し方をしていた。

 …もしそうなら自分が取る選択肢は停めることではなく、拓海がガムテープデスマッチを攻略できるようにアドバイスをすることではないのか…とふとそんなことを思う。

 

 

ーあの言い方…まるで拓海くんがガムテープデスマッチを避けられないって言わんばかりの話し方…、それにあの言葉…ー

「……もしそうなら私の取る選択肢って、拓海くんがガムテープデスマッチを攻略できるようにアドバイスをする…ことなのかな…」

 

 

 出来ればガムテープデスマッチを拓海にはして欲しくはないが、だからと言って無理に止めようとしてアドバイスができなかったからそれこそ不味い話。

 そうなれば自分が取るべき選択肢は一つしかない…そう思った友奈はガムテープデスマッチの攻略法を、いかに拓海に分かりやすく伝えられるか…そこに秋名のハチロクの運目があると言ってもいい。

 

 

ー出来ればガムテープデスマッチを拓海君にして欲しくはない…、でもそれでアドバイスができなかったらそれこそ不味いー

「…なら私が取る選択肢は一つしかないよね、どう拓海君にガムテープデスマッチの攻略法を分かりやすく伝えるか…」

 

 

 だが伝えると言ってもそんな簡単なことではなく、考えてみたのはいいもののどう伝えればいいんだろうと…友奈は悩んでいると、ふと母親に言われたとある言葉を友奈はフラッシュバックで思い出す。

 

 

「でもどう伝えれば…、そんな簡単なことじゃないし…どうしたら……ってそういえば…あのとき…お母さんが…」

 

 

 

 

 

 

 それは少し前、友奈が高校2年生に上がったある日。とあるサーキットを貸し切った際に、春香からの課題としてガムテープデスマッチを模様した走りの体験をしていた際の話。

 当然コツをこのときつかめてなかった友奈は走り慣れないやり方に大苦戦、コーナーを曲がる際にドリフトどころかグリップでもアンダーやオーバー祭りという普段の彼女からは想像出来ないほどの走りだった。

 

 

ギャァァァ

「あーもう!またアンダーどころかオーバー出てる!ってかこんなのでどうやって曲がるのよー!!」

 

 

 いつもなら彼女にとってはなんともないコーナー、しかしガムテープデスマッチ状態となるととてつもなく厳しいコーナーへと変貌。

 お陰でフラストレーションがたまりに溜まり、普段言わないような口調で荒ぶりながらハチロクのステアリングを握りしめる始末。

 

 だがそんな悪戦苦闘な娘を、コーヒー缶片手に春香は優雅な表情を浮かべながら満面の笑みで見つめていた。

 

 

ドギャァァァ

「ふふ…♪びっくりするぐらい下手くそね〜、まあそれが普通なんだけど…」

 

 

 その後しばらく走っていたハチロクがピットに戻ってきたことを確認すると、飲み干したコーヒー缶をゴミ箱に綺麗にシュートしながら車から降りてきた娘の元へと歩み寄っていく。

 どうだったー?とまるで苦労を知ってか知らずかの口調で話しかけてきた母親に対し、友奈はげっそりした表情でどうもこうもさっきから見てた通りの結果だと愚痴交じりの言葉を口にする。

 

 

ゴフッ

「どうだったー?友奈、何かコツは掴めたかしら?」

「どうもこうも……、お母さんが見てた通りの結果なんだけど…あれでコツ掴めたと思う…?」ハァ

 

 

 もちろん春香もそれは分かっており、そんなんじゃ走り屋にもなれないわよー?と煽るように話しかけていき、それを聞いた友奈はあんなのどうしろというんだと言わんばかりに鋭い突っ込みを炸裂させた。

 

 

「まあそうよねー、でもそんなんじゃ立派な走り屋にはなれないわよー?」

「いやアレは走り屋以前の話でしょ!?あんなの物理的に制約されてんのにどうしろって!?」もー!

 

 

 まあガムテープデスマッチ状態という物理的に制約された状態でコーナーを曲がれるようになれ…とだけ言われても経験も何もかも足りない友奈にとっては学校の宿題よりも難しい難題。

 流石に意地悪しすぎたか…そんなことを春香は内心思いながら、そこまでいうなら教えてあげる…と一転してガムテープデスマッチの攻略法を教えることに。

 

 

「ってかガムテープデスマッチ状態で曲がれるようになれってだけ言われても無理っ!宿題よりも答えが出せないもん…!」

ーうーん、流石に友奈にアレだけは意地悪過ぎたかしら〜。まあアレだけチャレンジしてたんだし…そろそろいいかしらー

「そうね〜、ならせっかくだし教えちゃいましょうか。これ以上はハチロクも可哀想だし」

 

 

 ハチロクの心配はして娘はスルーですか…そんな愚痴をこぼした友奈を受け流しながら、春香はそもそもガムテープデスマッチとはどういうバトルなのか…ということを尋ねる。

 

 もちろん友奈もそれぐらいは知っているため、片手をステアリングに縛り付けられる状態でのバトルであると答えていき、同時にFF車にとって有利であることも付け加えるように説明していく。

 

 

「…ハチロクの心配はして娘はスルーですか…」

「ところで友奈、ガムテープデスマッチがどういうバトルってのは分かるかしら?」

「…流石にそれは分かるよ、片手をステアリングに縛り付けられる状態でのバトルでしょ?特にFF車が有利ってのも知ってる」

「そうね、特にFF車の場合アクセルを踏むことで、行きたい方向へ車を強制的に引っ張れるから、ステアリングの動く範囲が制限されるガムテープデスマッチとは愛称がいいの」

 

 

 まあそもそもの話、何故FR(後輪駆動)よりもFF(前輪駆動)車が有利とされる最大の理由は、アクセルを踏むことで、行きたい方向へ車を強制的に引っ張れるからというもの。

 片手が固定され、素早いステアリング操作(カウンターステア)ができない状況では、リア(後輪)が滑った際、命綱であるカウンターステア(逆ハン)が物理的に間に合わない。

 

 特にFR車の場合はステアリングを回せる舵角とスピードに限界があり、そのためリアが流れる速度に手の動きが追いつかず、そのまま一瞬でスピンに陥る可能性が高くなるのだ。 

 

 

 だがFF車の場合はリアが滑っても、アクセルを踏み込むだけでフロントタイヤが車体を前へと引っ張り、挙動を強引に真っ直ぐ直してくれるため、ステアリング操作に頼らずにスピンを防ぐことが可能性。

 何より前輪が「進む力」と「曲がる力」の両方が同じとされているため、ガムテープで手が縛られていて細かなステアリング修正ができなくても、前輪が向いている方向へダイレクトに駆動力が伝わるため、狙ったラインから車体が外れにくい。

 

 更にいえばFF車はタックイン(Tuck-in)と呼ばれる、コーナリング中にアクセルを急に戻す(あるいは軽くブレーキを踏む)と、車が急激にコーナーの内側へ向く現象があり、ステアリング(ハンドル)をそれ以上切り増さなくても、アクセル操作だけで車を曲げることが出来るため、それがガムテープデスマッチとがFF車にとって有利とされている大きな理由でもある。

 

 

「逆にFR車の場合はステアリングを回せる舵角とスピードに限界があって、そのためリアが流れる速度に手の動きが追いつかず、そのまま一瞬でスピンに陥るって訳。さっきの友奈みたいにね」

「…だったらFF車でやったほうがいいんじゃ…」

 

 

 確かに話を聞く限りではFF車にとって大きなアドバンテージがあるようにも見える、だがかといってFR車が完全に不利かと言われるとそんなことははっきりいってない。

 もちろんFF車だからって誰でも出来るのかと言われるとそんなことはないものの、春香曰く走り方を上手い具合に合わせて変えればガムテープデスマッチを攻略出来るとか…

 

 

「そうね、確かにこれだけ聞けばFFでやったほうがいいわ。でも、FRでも充分に攻略出来る方法はあるかしら」

 

 

 本当にそんな方法があるのか…と疑心暗鬼な表情を見せながら尋ねた友奈に対し、春香はその方法をシンプルで短いひと言で答えていくのであった。

 

 

「…本当にそんな方法あるの?」

「ええっ、でも一度しか言わないからよく聞くのよ?それは……」

 

 

 

 

 

『ステアリングを回すんじゃなくて、車の挙動を利用して曲がること。ゼロカウンター・ドリフトと限界舵角の計算、ここが肝心よ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は戻って秋名峠頂上、秋名のハチロクとナイトキッズの庄司慎吾とのガムテープデスマッチバトルを聞きつけてか元料金所スペースには多くのギャラリーや走り屋、乗ってきたであろう車でひしめきあっていた。

 ここまで来るのにこうなることは予想してはいたものの、流石にこれだけ集まるのは想定外だったらしく辺りを見渡しながら健二がそんなことを呟く。

 

 

「……結構集まってるな」

 

 

 普段のバトルならばそれでもいいのだがガムテープデスマッチをしようとする拓海を止めにきた立場である池谷にとって、人目が多いのはかえってやりづらいようなもの。

 だがそんな池谷の隣では、対照的に友奈が真剣な表情を浮かべながら、かつて母親から告げられたガムテープデスマッチの攻略法を1人考え込んでいた。

 

 

「あんまりギャラリーが多いと困るぜ、オレたちは拓海に辞めるように説得に来てんだからな…」

ー…ー

 

 

 するとその直後特徴的なVTECエンジンが聞こえてると共に、ナイトキッズが来たと声を上げたギャラリーの反応で気づいた友奈はハッとした表情を浮かべながら視線をそちらに向けると、そこにはあの赤色のEG6を先頭としてやってくるナイトキッズの3台が…

 

 

バァァァァ

「きたぞ!ナイトキッズだ!」

「…っ!」 

 

 

 その後上がってきた3台はそのまま池谷達の目の前を一旦通過、先頭のEG6は奥まで進んでからサイドを使った180°ターンをかまして方向転換すると、そのまま退避スペースに進んだ2台とは真逆に再び池谷達の目の前にやってくるとそのまま停車した。

 

 

ゴフッ

ギャァァァ!!

 

 

 車が停車してから間髪入れずに運転席ドアが開くと、そこから紫のTシャツを身につけた慎吾が降りてきて、池谷に気づくと小馬鹿にするような口調で話しかける。

 

 

ボムッ

「……なーんだ、ノロマのS13の兄ちゃんだけか」

 

 

 当然目的は秋名のハチロクであるためそっちの方はどうした?と尋ねようとした矢先、池谷の後ろに止まっているカーボンボンネット仕様の友奈のハチロクが慎吾の目に留まる。

 一瞬秋名のハチロクかと思い尋ねたものの、池谷はスルーする形で拓海はまだかと健二とのやり取りを行い、シカトされた慎吾は少し苛立ってしまう。

 

 

「ハチロクはどうしたぁ、…ん?なーんだそこにいるじゃないかハチロク」

「…くっ!構うな、拓海はまだかな」

「ちっ…」

「もうそろそろ時間だ、来てもいい頃なんだけど…」

 

 

 まあこんな何しでかすかわからないドライバーの興味が友奈にまでいってほしくないという思いがあったのかもしれない。

 だが現にそのお陰か丁度いいタイミングでギャラリー達の声と共に遠くの方から特徴的なリトラクタブルのヘッドライトと共に、拓海の操る秋名のハチロクが姿を現した。

 

 

「…あっ!」

「……」

「きたぞ!!秋名のハチロクだ!!」

ざわざわ

 

 

 先ほどのカーボンボンネット仕様のハチロクも気になるが今回の目的は秋名ハチロクであるため、慎吾はようやくお目当ての車が来たと言わんばかりの笑みを見せながら目の前にやってくるハチロクへと視線を向けていく。

 だがその際に運転席ドアに貼られた藤原とうふ店(自家用)の文字に気づくと、走り屋らしくないステッカーに舐めてるのかと少し切れ散らかしてしまう。

 

 

ーあのカーボンボンネットのハチロクも気になるが…、まあいい。お目当ての秋名のハチロクが姿を現したからな…さてと拝見とさせて……あ?ー

「…藤原とうふ店?舐めてんのかこらぁ」

 

 

 その間にもEG6と向き合う形でハチロクはゆっくりとスローダウンしながら停車、運転席ドアが開くと共に拓海が降りてくる形で姿を現す。

 …がそれを待ってましたと言わんばかりに池谷達が駆け寄ってきて、こんな馬鹿げたバトルを今からでも辞めるように人目を気にせずに説得を試みていく。

 

 

ボムッ

コツっ

タッタッタッ

「拓海、今からでも遅くない。こんな馬鹿げたバトルは辞めるんだ!」

 

 

 だがここまできたということはそれ相応の覚悟があってこそのものであり、拓海のガムテープデスマッチバトルをやるという意思にかわりはないようだ。

 しかしかといって池谷達も引き下がるわけにはいかず、FR殺しとも言えるようなバトル、おまけに相手はそのバトルで有利なFFなので無謀過ぎると喰らい尽く。

 

 

「なんでですか、オレ。アイツなんかに絶対負けませんから」 

「向こうはFFなんだぞ!分かってんのか…!!」

 

 

 その様子を見ていた慎吾は秋名のハチロクのドライバーがあのとき池谷達と出会った際に一瞬視線があった少年であることを思い出し、手間を取らせやがって…と愚痴りながら視線を向けてきた拓海と少し見つめ合う。

 

 

「なんだ、この間の若造じゃないか。手間取らせやがって」

 

 

 まあそれよりもごちゃごちゃバトルの前に話し合っているのがよほど気に入らなかったのか、ここまで来ておいて逃げようって相談じゃないだろうな?と詰め寄り気味に尋ねていく。

 もちろん拓海にガムテープデスマッチを今更逃げるなどという選択肢はあるはずもなく、絶対にやめないという意思を池谷と健二に伝えながら、睨むように慎吾へと視線を向けていくのであった。

 

 

「何をごちゃごちゃ言ってんだ、まさか今更逃げようだなんて相談じゃないよな?」

「池谷先輩、オレ絶対に辞めませんから」

 

 

 

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