パパーッ
いつものように暑い日差しが照りつける渋川市内、羽南の家族が経営するホノモータースでは、いつものようにリフトが整備を行っている車両で埋まっていた。
そんな中、見慣れたハチロクのオイル・エレメント交換を行っていた羽南は、近くに立っていた友奈の発言を耳にするやえっ?という表情を浮かべる。
「えっ?それマジ?」
「うん…、バイト先の先輩とお母さん。あと昨日お見舞いにいったイツキ君には話したんだけど…」
もちろん内容は昨日高橋涼介から送られたバトルの挑戦状であり、それを聞いた羽南はあちゃーの雰囲気を浮かべながらドレンをしっかり締めてから一旦リフトを下げていく。
とはいえレッドサンズとの連戦で勝利を収めている上、相手があの赤城の歌姫となればリーダーである涼介が動かないはずがないのも事実。
そうなるのも無理はないかーと口にしながらも、もちろんバトルは受けるんだよね?と尋ねていき、友奈ももちろんそのつもりだと答えていく。
「あちゃー…まあでもそうなるのも無理ないかー、だってレッドサンズ相手に連勝してるってなると…無視しろって方が無理だし…ちなみにどうするのバトル?どうせ受けるんでしょ」
「もちろん、ここまで来て逃げるってわけにはいかないし。受けるつもり」
まあ受けるのはいいとして、問題はバトルの勝機があるのかのほうが大事ではある。
なんせ友奈の走りは昔母親が現役時代から引き継がれている走り、つまり変わっていないということは相手にとって分析しやすいということ、…まあ要は不利な要素しかないということだ。
まあ分析されにくい走りだとしても赤城での三連戦で骨の髄までしゃぶる勢いで走りのデータは分析されているだろうが、どのみちかわりはないだろうが…
「まあでもそれはいいんだけどさ、問題はバトルに勝てるかよ。ヤバいんじゃない?実際」
「まあ確かにヤバい、今までずっと同じスタイルの走りできたから相手には分析されてるだろうし……。私の走りって昔のお母さんから受け継いでる奴だから…」
「あー…どうぞ分析してくださいと言わんばかりの走りってことか…、まあどのみち赤城での三連戦でしっかり分析されてるだろうけど…」
とはいえ友奈がそのままの走りで無謀にも挑むなんてことをしないのは羽南も分かっており、勝算とかはあるのかとエレメントを交換しつつ尋ねていき、彼女も勝算があるかどうかまでは分からないがあるにはあると答える。
「っても友奈だって何にも考えなしに突っ込むわけじゃないでしょ?勝算とかはあるの?」ガコッ
「勝算ってわけじゃないけど…、一応方法はあるにはあるよ」
それを聞いた羽南はなるほどーと答えつつオイル・エレメント交換を終えるとフィラーキャップをあけていき新しいオイルを注ぎ込んでいき、その合間にその勝算はどんな奴なのかと尋ねた。
もちろん口の硬い親友ということや二人っきりみたいな状況ではあるため、念のため小声で羽南の近くで耳打ちする形で友奈はその方法を説明していく。
「あるにはあるって…ちなみにその方法ってのは…」
「えっとね……(小声で耳打ち)こんな感じ」
ただその方法がかなり際どい方法だったのかそれを聞いた羽南が驚きの表情を浮かべながら、本当にそれで大丈夫なのかと指摘。
当然友奈もそれは思ったものの、お母さんからのアドバイスで相手があの高橋涼介ならこれぐらいはしないと勝つことは出来ないと言われ、最終的に勝つかどうかは友奈次第だとも言われた旨を明かした。
「えっちょ…それ大丈夫なの…!?結構ギリギリっぽいけど…」
「私もそれは思った…けどこれお母さんからのアドバイスで…相手があの高橋涼介ならこれぐらいはしないと駄目だって…、あと勝てるかどうかは私次第ってのも…」
「ふーむ…」
まあ春香が言うならそうなのかもしれないけど…とあまり納得がいっていない表情を浮かべる羽南だったが、友奈はやれることはやっていくしかないと口にする。
「まあお母さんが言うならそうなのかもしれないけど……」
「でもまあやるしかないよ、他に方法がない以上覚悟決めるしかない」
とまあそんなことを話していると、ふと羽南がそういえば樹のお見舞いに昨日行ったんでしょ?と話題を変えるように尋ねていき、友奈もそうだと話す。
怪我の具合を心配はしていたものの幸いにも大したことがない上に今日の検査で問題なければ夕方には退院出来ることを告げられたらしい。
「…ってそういえば昨日夕方イツキ君のお見舞い行ったんでしょ?」
「あっうん、怪我の具合も大丈夫そうで退院前検査が問題なければ今日の夕方退院出来るって言ってたよ」
「んじゃひとまずは一段落ってことかー」
ちなみにその際にバトルのことも伝えると、這ってでも見に行くらしくと友奈の制止をよそに興奮気味に話していたらしい。
相変わらずだな…そう思っていた羽南だったが、友奈が結局樹のハチゴーはどうなったのかと尋ねていく。
「んでその時にバトルのことも伝えたんだけど…そしたら這ってでも見に行くって…、病み上がりだからとめたんだけどね…」汗
「相変わらずだなー、イツキ君は」
「ふふっ、確かに♪…あっそうだ!そういえばイツキ君のハチゴーって今どうなってるの?」
それを聞いた羽南はそういえばそのことについては話してなかったねと呟きながら、樹のハチゴーは最終的にハチロクのエンジンやミッション、足回りやホイールやマフラーへの載せ替えが決定した旨を明かしていく。
現在はエンジンやミッションなど外せるものを外して板金に出しているため、それが戻ってきてから本格的な載せ替えを始めるのだとか…
「あーそう言えば言ってなかったね、イツキ君と話したらハチロクのエンジンとかミッション、足回り諸々載せ替えすることに決まったの。今板金に出してるからそれが戻ってきたら本格的に…かな?」
「ハチロクのエンジンとかミッション載せ替えかー、なんかハチゴーでそれをするとワクワクするよねっ♪」
確かにハチゴーでハチロクのエンジンやミッションの載せ替えという話はあまり聞かない(そもそもほとんどの人は乗り換えを選択する)ため、どんな感じで化けるかは楽しみではある。
まあこれが出来るのも明日香が慎吾からたっぷり修理費などをぶんどってきたお陰ではあるのは間違いない。
「確かに、ハチゴーにハチロクのエンジンやミッション載せ替えなんて聞かないもんねー。これも搾り取ってくれた明日香ちゃんのお陰だよー」
そうこう話していると、再び2人の話題は今夜のバトルに戻っていき、羽南が絶対に負けないでよ?と問いかけると、友奈ももちろんっ!といつもの笑みを浮かべながら答えていくのであった。
「…でまあ話は戻るけど…、今夜のバトル…絶対勝ってよね。負けるんじゃないわよ?」
「もちろん…!負けるつもりはさらさらにないから…!!」
それと同時刻、群馬県と長野県の県境へ気分転換ドライブに訪れていた池谷は、そこの名物である『峠の釜めし』をご馳走になって満足げに車を走らせていた。
ーいやー健二に言われて食べに来てみたけど、峠の釜めし最高だな…。こりゃまた食べにこねーと…ー
だがそんな中ふと池谷の脳裏に今夜のバトルが過っていき、予想通りやはりあちこちで…ここも例外ではなくお祭り騒ぎみたいな感じで走り屋達がソワソワしてたな…とそんなことを内心呟く。
ー……そういや今夜だっけ、友奈ちゃんと高橋涼介のバトル……ってかこの辺でも結構話題になってたよな…まあそうなるのも無理はないか…ー
赤城レッドサンズ相手に連勝し、かつて引き分けとなった過去を持っているなら、バトルを仕掛けないほうが無理な話だろう。
今夜は群馬エリア伝説のバトルになるだろうな…そんなことを思いながら車を走らせていた池谷だったが、ふと何かに気づいたのかん?という表情を浮かべる。
ーレッドサンズ相手に連勝、…おまけに過去には引き分けのバトル…高橋涼介が動かないほうが無理な話か…こりゃ今夜は伝説になるぞ…ー
ブロロ
「…ん?あれは…」
そんな池谷の視線の先、元祖、峠の釜めしと書かれた看板が立てられている駐車場に1台の赤色の軽自動車が停車しており、ボンネット開けてのぞき込む女性の姿が確認できた。
考える間もなくエンジントラブルで立ち往生してる…そう思った池谷は、意を決したように左ウィンカーを焚きながら路肩にS13シルビアを停めていく。
「……」
キキッ!!
ウォン!!
その後車から降りてきた池谷はルーフに膝を一瞬突きながらつい停めてしまうよな…とドヤ顔気味の表情を浮かべると運転席ドアを閉めながら赤色の軽自動車の方へと向かう。
ーつい…停めてしまうよなー
ボム
女性だからといって別に下心があって車を停めたわけではないが、やはり放っておけない気持ちが強かったらしくそのまま声をかけようと歩み寄っていく池谷であったが…
ー別に下心があるわけじゃねーけど、やっぱ放っておけないよなぁ…ー
「ん?」
そのボンネットを覗き込みながら汗を拭っている美人な女性を目の当たりにすると、ビビっ!と電流が脳裏を過ったのか一瞬彼女の顔をまじまじと見惚れてしまう。
…まあスタイル抜群…おまけに可愛いとなればそりゃもう誰だってそうなるのは間違いない、バイト先で見慣れてる友奈や羽南などの後輩とはまた違った雰囲気を醸し出していた。
「……?」
「!!?」ビビっ
もちろん向こうも気づいており、呆然と立ち止まっている池谷の姿が気になって首を傾げながら見つめたタイミングで池谷は我に返り、別に怪しい人じゃないと必死に弁明しながらどうしたのかなーと何気なく声をかけていく。
「…はっ!?ごほん!あっあの!その…オレ怪しいものじゃないから…車どうしたのかなーって思って」
どうやらオーナーであろう女性も何がなんだか分からないらしく、エンジンをかけようと思ってセルを回してもかからず、ムキになって回し続けたらバッテリーが上がってしまったらしい。
「あっ…実は私も一体どうなってるのかさっぱりわからなくて…いくらセル回してもエンジンかからなくなっちゃって……、それでムキになって回してたらバッテリーが…」
それを聞いた池谷がもし俺でよければ見てあげようかと答えていき、女性がお願いしますと答えると早速エンジンルーム内に手を突っ込みながらゴソゴソと作業を始めていく。
「なるほど…おっ俺でよかったらちょっと見てみるけど…」
「すみません…助かります」
どうやら池谷はこういうときの原因が電気系統にあるんじゃないかと目星をつけているようで、エンジンルーム…特に配線系列を重点的ににチェックしていく。
その様子を後ろから見ていた女性だったが、ふと池谷が乗ってきたであろうS13シルビアに視線を向けると、横に秋名スピードスターズのステッカーが貼られていることに気づいた。
「こういう場合は電気系のトラブルじゃないかなーえーっと…」
「……」
ーS13シルビア……スピードスターズ…!ー
するとそのタイミングで池谷がボンネットに頭をぶつけたことで何かひらめいたのか、いきなり距離を何気なく詰めながら直りそうですか?と尋ねる。
流石の池谷もこれには驚きを露にしつつも、すぐに冷静さを取り戻そうとしていたが…、女性の横顔が美貌過ぎて一瞬またしても見惚れてしまう。
ゴンッ
「いてっ…!?」
「直りそうですか?」
「あっ…いや………」
ー……やべぇ…近くで見ると更に美人…ー
まあそうなるのも無理はない、なにせこんなに女性と距離が近づいたのはおふくろや友奈以外で池谷とって人生では初の出来事。
恐らく池谷以外の男性がこういうシチュエーションになれば誰だってそうなるのは間違いなく、同時に羨ましがる光景なのは間違いない。
ーだぁ…!?おふくろや友奈ちゃん以外の女性とこんなに顔が近づいたのは俺の人生で初めてだ…!…やべぇ心臓が壊れる…半端じゃなく可愛いぃ…!!ー
するとそのタイミングで風が吹き、女性が身につけているいい香水?のにおいが流れてくるといいにおいだぁ…とのんきに嗅ぎながら、生まれて初めて嗅ぐギャルのにおいだとも感動していく。
ひゅー
ーぁあ…いいにおいだ、生まれて初めて嗅ぐギャルのにおい…友奈ちゃんとはやっぱ全然違うぜ…ー
もはや字面だけ見るとキモいと言わざるおえない光景なのだが、流石に池谷本人もやべぇことに気づいた…いや気づいてないどころか、自分の身体が汗臭かったらどうしようという明後日の心配をしている始末(←おい)。
ーはっ!いかん!?俺の身体…汗臭かったらどうしよう!?ー
流石に近くで作業してそう思われても困ると思ったのか、下手くそなギターを引くような不協和音をBGMに響かせながらしれっと距離を空けた池谷は、そのままそそくさと終わらせるためにスパートをかけていくのであった。
ーとりあえず距離空けよう…こんなところで汗臭いから嫌われたら後味が悪い…!!ー
ゴソゴソ
それから数分ほど時間か経ち、エンジンルームを覗き込むように作業をしていた池谷がこれでオッケーと口にする。その後シルビアを横付けし、ブースターをつないでから、運転席に乗り込んでいた女性にエンジンをかけてみてと合図をしていき、女性も指示通りにセルを回す。
「オーケー、これでかかるんじゃないかな。ちょっとセル回してみて」
すると少しクランキングした直後にエンジンがかかり始め、アクセルも踏み込んでいたお陰が元気よく吹き上がっていく。
ひとまずかかった…先ほどのアレな出来事も忘れていた池谷は手で汗を拭いながら、ホッと旨を心のなかで撫で下ろした。
キュルルルル!!
ブオンブオン!!
「よーしっ…」
これには女性も嬉しさのあまりはしゃぐように喜んでおり、運転席から降りてきながら助かった旨とお礼を述べていく。
ブースターを取外し、ボンネットを閉じながらお礼を言われた池谷は大したことないから…と照れくさそうにそんなことを口にする。
「わぁーかかっちゃったー!すごーい!…ありがとう御座います!本当、助かりました!」
「いや、こんなの大したことじゃないから」
だが女性にとってそんなことはないらしく、メカにつよい人は尊敬しちゃうと、礼など要らないと言わんばかりの雰囲気で立ち去っていく池谷に告げがら、あとでお礼をしたいので連絡先を教えてくれないかと提案した。
「そんなことないですよアタシメカにつよい人って凄い尊敬しちゃいます。…あの…あとでお礼しますので、連絡先…教えてくれませんか?」
このまま理性が飛ばないうちに立ち去ろうとしていた池谷だったが、そんなことを言われは無視出来るはずもなく…思わずハッとしながらも、咄嗟にいいよと返答しながら気にしなくていいと話していき、女性もそうですか…と一瞬引き下がる。
「…!?いっいいよ、そんなこと気にしなくていいから…!」
…が内心はその選択肢をとったことを激しく後悔していたようで、顔に思いっきり悔しそうな表情を浮かべながら運転席でゴソゴソ作業している女性の後ろ姿を横目にバカバカと自身を罵っていく。
ーしまったぁぁぁ!!?神様がくれた一生に一度のチャンスかもしれないのにぃ!!?がぁぁぁ!!俺のバカぁぁバカバカバカバカバカァ!?ー
するとそんな池谷を哀れんだ神様がもう一度チャンスをくれたのか、女性が声をかけると共に池谷の右手に紙を握らせるように手渡したことで、我に返ると同時にまたしても硬直してしまう。
「あっあの!すみません…!」
「…へ?…!?」
その後自身の名前を佐藤真子と名乗り、紙に書かれた電話番号に連絡してねと満面の笑みで髪をほどきやがら伝えると、駆け足で車の方にへと戻っていき、乗り込むやいなや走り去っていく。
「私…!佐藤真子!その紙に書かれた番号に、電話してね!」スタタッ
…それから池谷は三十分ほどクソ暑い中釜めし屋の看板の下で突っ立ってから我に返り、手に握らされた電話番号と名前が書かれた紙をまじまじと見つめていくのであった。
「はっ!?夢じゃない!だって紙がここに…」
ー俺は…釜めし屋の下で…天使に出会ってしまったのかもしれない…ー