それからバトル開始まであと数十分という頃、日が落ちた赤城峠は暗闇に包まれた夜闇とは打って代わりたくさんのギャラリー達がコースの至る場に散るように陣取って賑わいを見せていた。
やはりあの赤城の歌姫と高橋涼介がバトルするということもあってか、今まで赤城でバトルをしてきたときよりも明らかにギャラリー達の数は増えているのは間違いなく、それを羽南は改めて実感していく。
「そりゃやっぱ増えるよねぇ……高橋涼介と赤城の歌姫である友奈ちゃんとのバトルってなると……」
そんな羽南に同意しながらも祐也は横に立っている樹に視線を向けていくと、本当に大丈夫なのか?と事故の怪我を心配するように尋ねる。
まあ心配するのも無理はない、なんせ樹は今日の夕方退院したばかりの病み上がり、本来なら家で安静にしないといけないのだが、それを破ってまで由紀に頼み込んで連れてきて貰ったらしい。
一応やめるように伝えたんだけどね…と少し諦め気味の由紀に対して、こんなビッグで伝説になるかもしれないバトルを観ない選択肢はない…!とドヤ顔で意気込む。
「まあ確かにな…ってか県外ナンバーも前よりか増えてるし…、…ところでイツキ。おまえ怪我大丈夫なのか?夕方退院したばっかだろ?」
「へーきへーき!それよりもこんな伝説になるかもしれないバトルをしっかり目に焼き付けねーとな!くぅー!」
「私は辞めるように言ったんだけどね…(汗)それでも観たいっていうから連れてきたの」
そんなやり取りをしている間にも軽いウォーミングアップをしている友奈が拓海や明日香と今回のバトルに関して話しており、そのなかでも拓海が熱心に聞いていることに明日香は驚きを露にしていた。
「なぁ友奈ちゃん…」
「んー?何ー」
「その…勝機とか…あるのか?」
「ある…っていうと微妙だけど、やれる限りのことはやるつもりだよー。すんなり負けるつもりはないしっ」
「…なんか拓海君、変わってきたよね。他人のバトルに関しても興味持つようになったし…少しずつ詳しくなってるっていうか…」
本人もそれには驚いているらしく、自分でもよく分からないが友奈と出会ってからというもの走りに対して興味が湧くようになってきたらしい。
恐らく同じハチロク乗り同士ということもあっていい刺激になってきているのだろう、そんなことを話しているとギャラリーが更に騒ぎ始める。
それに気づいた一同がそちらに視線を向けていくと、そこには白色のFCを先頭に、それに続く形で黄色のFDを始めとした赤城レッドサンズの車列がぞろぞろと上がってくるのが確認出来た。
「いや…オレも正直びっくりしてるっていうか…友奈ちゃんと出会ってから走りを意識するようになって…」
「なるほどー、つまり友奈ちゃんがいい刺激になってるってわけかー。まあ同じハチロク乗りだしそりゃそうk…」
「きたきた!レッドサンズ御一行の登場だぞ!!」
ザワザワ
ゴアアアアア
いよいよお出ましか…そう思っている間にも上がってきた御一行のうち、涼介と啓介が友奈のハチロクが止まっている近くにやってきて、残りのメンバーは少し離れた場所に停車。
FCとFDの運転席ドアが開くと共に涼介と啓介が降り立って、そのうちの涼介が友奈の元に歩み寄りながら話しかける。
ウォン!!
ウォン!!
ボムっ
「…来てくれると信じていたよ、正直来なかったらどうしようかと思っていたが」
「そんなわけないじゃないですか、申し込まれたバトルは絶対に受ける。それが私のやり方…いえ歌姫として受け継がれるルールですから」
「そうか…」
それから着ていた半袖の上着を啓介の肩に乗せると、それじゃ始めるか…と口にしながら史浩に合図を送っていき、それを聞いた史浩も透き通る大きな声でスタートに向けた準備を慌ただしく行い始めていく。
「……さてと、そろそろ始めるか…。啓介、カウント頼めるか。それと史浩、アレを」
「おっおう…わかった…」
「…あぁ、よーし!スタート準備始めるぞ!!FCは奥側!ハチロクは手前だ!スタート位置はそこの白線で行くぞ!」
もちろんその間にも友奈(仲間に行ってくると告げながら)と涼介はそれぞれハチロクとFCに乗り込み、友奈はエンジンをかけるとFCの後に続く形でスタートラインへと車を並べる。
「んじゃみんな、行ってくるね」
「うん!頑張って!」
ボムっ
キュルルルル
ウォンウォン!!
ゴフッ!!
その後FCの隣に停車し心を落ち着かせようと深呼吸をしていた友奈に対して、話しかけるように涼介が今回のバトルはどっちが勝っても恨みっこなしのガチンコ勝負だと告げる。
当然友奈もそのつもりであり、もちろんです!と真剣ながらも笑みを見せると、涼介も一瞬笑みを零していく。
キキッ
「ふぅ……」
「友奈さん…いや赤城の歌姫さん、今回のバトルは恨みっこなしのガチンコ勝負。勝ったほうが赤城の王者…、そしてあの日の決着でもある」
「ええっ…もちろんです…!こっちも全力でやらせて貰います!」
「…ふっ…、本当…似てるな…あの人に…」
2人がそんなことを話している間にも各ポイントに展開しているレッドサンズのメンバーからの報告を受けた史浩が、一般車がいないことを啓介に伝えていき、彼も頷きながら2台の間に立った。
いつでもカモンと言わんばかりにアクセルを吹かす2台に対して、それじゃカウント始めるぞ!とエキゾースト音に負けない声を張り上げるとカウントを始める。
「そうか…分かった、下からの連絡だ。一般車なし、啓介いつでもいいぞ」
ウォンウォン!!
ウォン!!
「(頷く)それじゃカウント始めるぞぉ!!スタート5秒前!!
4っ!
3っ!
2っ!
1っ!
GO!!」
カウントがゼロになり啓介が上げていた腕を握ったまま勢いよく振り下ろすと同時、待ってましたと言わんばかりに2台は激しいホイルスピンをしながら弾かれたように飛び出した。
周りからの歓声をBGMに走り去る2台後ろ姿を見つめている啓介をよそに、スタートダッシュを決めた友奈と涼介はほぼ同時のシフトアップを決めながらぐんぐん加速していく。
ドギャン!!
ゴアアアアア!!!
「涼介さーん!勝ってくださいよー!!」
「ファイトー!!友奈!!」
「ぶっちぎれぇ!!友奈ちゃん!!」
スタートダッシュしてからしばらくは2台は並走するように走っていたのだが、啓介はアクセルを名いっぱい踏んでいないことを見抜いており、この後の展開でハチロクを先行させることを察していた。
ここ1番でのバトルは必ずと言っていいほど相手を先行させて後半でぶち抜く、それが今まで勝ってきた涼介のやり方なのだ。
ーアクセルを抜いてるなアニキ…、いくらパワーダウンしてるとはいえハチロク相手ならレース用エンジンだとしても抜くのは容易いはず……いつものやり方だな…。アニキが得意な後追い…、あえて先行させてここぞって時にぶち抜く…ー
実際啓介の予想通り左回りの大きなコーナーのにある左右の緩いコーナーに差し掛かった時点で、涼介は更にアクセルを抜いてハチロクに先行を譲り、その背後にピッタリと張り付く。
やっぱり後追いを選んできた…内心そんなことを思いながらも、母親から言われたアドバイスを思い出す。
ゴフッ!!
ー…やっぱりアクセルを抜いてきた…、ここまではお母さんのアドバイス通り…ー
(回想シーン)
『え?絶対に後追いを選んでくる?』
『そうっ、涼介さんはここぞって勝負のときは必ず後追を選ぶの。しっかり相手を分析していざって時にぶち抜くためにね』
昨日夜…友奈が春香に涼介とのバトルに関して話していた際、春香は涼介が絶対に後追いを選んでくると告げていた。
実際彼女が何度もバトルした際は必ずと言っていいほど後追いを選んできており、しっかり相手を分析してるというのが肌でひしひしと感じていたのだとか…
もちろん今回もそれで絶対に来る…そう仮定した状態で春香は友奈に対してこんなアドバイスを伝えていく。
『……恐らく…いえ今回も必ずそれでくるわ、だから友奈。スタートダッシュして先行になったら…今までどおりの走りをしなさい』
『…へ?いっ…今までどおりの走りって…』
今までどおり…明らかにアドバイスじゃないような発言に思わず拍子抜けたような表情を浮かべる友奈であったが、春香はそんな娘の反応を気にすることなく話を続ける。
スタートダッシュしてからしばらくはいつも通り、たたえそれが抜かされたとしてもブレることなく終盤まで走り続けたら、今まで制約していたラインを解放し、綺麗過ぎるラインを逆手にとったアタックで抜き去る…それが春香の考えている策略らしい。
『いい?相手はあの高橋涼介。こっちが走りを変えるのも対策済み、そんなことをすればかえってこっちが不利。だから悟られないようにギリギリまで普段通りの走りをして』
『…もし抜かされた場合は…』
『それでも…よ、終盤までそれを続けたらタイミングを見計らって仕掛けるの。綺麗過ぎるラインの裏を描く感じ…でね?』
『綺麗過ぎるラインの裏を…』
もちろんそれは相手がデータ通りの走りだと安心して油断した場合のみ有効、もしそれまでにバレればすぐに対応してくるため、終盤に抜かすという手法が使えなくなってしまう。
なのでこれはいかに相手に気づかれないように…そして油断しきったところを狙うかであり、最終的には友奈の技術にかかっているのだ。
『もちろんこれは相手がデータ通りだと油断した時のみに有効、もしあえてそうしてるのがバレたらその時点で計画は破綻するわ』
『……』
『だからこの作戦が成功するのは、いかに普段通りで走れるか…つまり友奈の演技力にかかってるの』
(回想終了)
ー…いかに…普段通りで走るか…ー
そう告げられたアドバイスを思い出しながら、コーナーが迫ってきたためいつものようにフルブレーキングからのヒールアンドトゥで2速へギアを叩き込む。
もちろん後続の涼介もフルブレーキングからのヒールアンドトゥで2速に叩き込みながら、ハチロクにワンテンポ遅れるかたちでゼロカウンターの4輪ドリフトでコーナーへと突っ込んだ。
「っと!」
ウォンウォン!!
「…!」くわっ
ウォン!!
ドギャァァァ
もちろんその様子を目撃していたギャラリー達は来たぞ来たぞと騒ぎながら、2台がほぼくっつくような全開のゼロカウンタードリフトを披露すると更に歓声を上げていく。
「きたきた!!2台揃って突っ込んでくるぞ!!」
「こちら第四コーナー!!2台揃って突っ込んできます!!うわっ!ゼロカウンターの超接近四輪ドリフト!!」
「すげぇ鳥肌もんだ!!やっぱうめー奴はうめーよ…!!」
コーナーに侵入するさいもガードレールギリギリの侵入から立ち上がりもめいいっぱい幅を使った立ち上がり、それなのに音の乱れることない綺麗なライン取りにギャラリー達に混じって見に来ていた祐一はいい走りだ…と友奈のテクニックを褒め称えていた。
ギャァァァ!!
「ガードレールギリギリだぜ!見たかよ今の立ち上がり!!」
「コーナー侵入時にもフロントバンパーギリギリだったぜ!オレならぶつける自信しかねぇ!!」
ー流石はアイツの娘ってとこか、拓海よりも走りに無駄がないしライン取りも綺麗だ…こりゃ今も歌姫って言われるのはよくわかるぜー
だが後ろを走る高橋涼介が完ぺきなまでに走り方をコピーしているようにも感じているらしく、やはりここ最近のバトルでしっかり分析してきてるな…と内心そんなことを思う。
恐らく何かしらアドバイスをしているだろうがそのことが気になった祐一はポケットから携帯を取り出すと、慣れた手つきで何処かに電話をかけていくのであった。
ーだが高橋涼介ってやつも走りを完ぺきにコピーしてるようにも見えるな…、まあそりゃ最近赤城でバトルしてるから当たり前だが…ー
「…一応聞いてみるか、アイツのことだから何かしらアドバイスをしてるとは思うが」
「え?何かアドバイスをしてるかって?」
赤城にてバトルが始まった頃、結城宅では玄関に設置された固定電話をとった春香が誰かと話していた。
もちろん電話の相手は祐一であり、相手が相手だし見た感じ完全に走りをコピーしてるようにも感じたから気になって電話してきたんだと経緯を説明する。
『あぁ、お前のことだから話してるとは思うが…気になって電話してみたんだよ』
それを聞いた春香はふーんと答えながら、ちなみに今はどっちが先行しているのかと尋ねていき、聞かれた祐一は友奈が先行している旨を伝えた。
すると春香はここまでは予定通り…と1人笑みを呟きながら祐一に聞こえないように呟いていく。
「ふーん…ちなみに今はどっちが先行?」
『え?…あー今は友奈ちゃんだな』
「なるほど…じゃあ予定通り…ってとこね」
『え?なんて今言った春香』
その後何でもないと答えていき、もちろんアドバイスはしたわよと話しながらその内容をシンプルに…だがハッキリと伝えていくのであった。
「なんでもー、あーあとアドバイスはちゃんとしたわよ。もちろん」
『おぉそうか、んで…なんて言ったんだ?』
「そうねぇ…」
『普段通りの自分を演じなさい?って友奈には伝えたわ』