「おい、池谷。聞こえるか?」
「池谷先輩、気を確かに」
「……俺は」
意識が飛んでから三十分後、心配で様子を見に来た健二達の呼びかけで取り戻した池谷だったが、タイムラグで3人がいることに気づき反射的に声を上げた。
「だぁぁ!!?まだ居たのかお前ら!!」
もちろん覗くつもりはなかったものの、池谷を置いて帰るに帰れなかったんですよ…と樹がそんなことを呟く。
とはいえ気にはなっていたらしく、健二がどうだった?と興味本位で尋ねる。
「いやー、先輩が心配で帰るに帰れなかったんですよー」
「でどうだったんだ?上手くいったか?えぇ?」
しかし上手くいったかに関しては詳細を語らなかったものの、代わりに高笑いをしながらいつになくご機嫌な表情を池谷は浮かべていた。
「はっはっはっはっはっはー!いやー今日はいい日だはっはっ!」
誰がどう見ても成功したと思えるような雰囲気を見せながら、帰りに自分の奢りでご飯を食べてからついでに碓氷のは走り屋がどんなもんかみて帰るか!と口にしながらその場をあとにする池谷。
そんな彼を見ながら上手くいったみたいですね…と察した3人はひそひそと話しながら後をついていくのであった。
「よーし!飯でも食っていくか!久しぶりに俺の奢りで!ついでに碓氷の連中の走りがどんなものか、見ておくのも悪くはないな!」
「どーやら上手くいったみたいですね…」
「奇跡って…あるんだな」
それから時間が経った頃、今日はギャラリーや走り屋があまりいないのかいつもそれなりに賑わってる雰囲気とは裏腹に静まり返っている秋名峠。
しかしそんな秋名峠に児玉するようにエキゾースト音が響き渡ると共にコーナーの影から青色のR34 GTRが勢いよく飛び出してきた。
ドギャァァァ
秋名ではほぼ見ることのない…というか走ってるだけでもかなりレアなR34GTR、山梨ナンバーをつけているところから察するに地元の走り屋…というわけではないだろう。
しかしその走りは地元にも負けないほど…いや下手をすれば上回っていると言わざるおえないほど鋭く四駆と思えない豪快なドリフトでコーナーを流していく。
ゴァァァ!
ドギャァァァ
ギャン
そのステアリングを握るドライバー、ソラは初めて走る秋名峠の特徴と言える連続するヘアピンカーブや急勾配と狭い道幅をどう攻略するか…走りながらそんなことを考えていた。
「ほっ!っと!…なかなかにヘアピンが多いですね…!それに急勾配と狭い道幅が…、山梨の走り慣れてる峠とは全然違う…!」
だが苦戦するかと言われるとそんなことは一切なく、むしろ遠征をよくする彼女にとって初めての峠は未体験のゾーンに入れる場所。
実際楽しそうに走っている彼女は、ものの数本で秋名峠の特徴を完璧とまではいかないもののかなりマスターしており、地元です!と言ってもそのまままかり通るほどのレベルに達していた。
「でもいい感じです…!ペースが掴めて来ました…!!」
そんなことを呟きながらも、相変わらず楽しそうに走るソラの操るR34は甲高いエキゾースト音やスキール音を響かせなが秋名のダウンヒルを攻めていく。
ドギャァァァ
とまあソラが走り込んでいる頃頂上では友奈と羽南、祐也、そしてましろの4人の姿があり、友奈に関しては待っている間ウォーミングアップをしていた。
ちなみにあげはや明日香、由紀はゴール地点でスタンバイしてもらっており、友奈は既にコースの下見を終えているため、あとはソラ待ちといったところらしい。
「どう友奈ちゃん、秋名は」
「うーんそうだねぇ、赤城と違ってヘアピン多いのとと勾配がきついかなー?でもこっちとしてはそのほうがいいかも」
そんなやり取りを横目に祐也はましろに対して、一緒にいるっぽいがぶっちゃけ走りに関してどれくらい知識があるのかと尋ねていく。
すると彼女から返ってきた返答は、あまり詳しくないとのことで車や走りの知識は最低限しか持ち合わせて居ないとのこと。
「そういえば…ましろさんって走り屋の興味とかあるのか?」
「あるにはあるんですけど…、最低限って感じですかね…。あまり詳しくはないです」
「なるほど」
その話で盛り上がっていると先ほどまで小さかったエキゾースト音がだんだんと近づいて来ていることに気づいた友奈が、そろそろ来るよとみんなに知らせていく。
ゴァァァ
プシャァァァ
「あっそろそろ戻ってくるんじゃない?」
すると友奈が気づいた通り、エキゾースト音が近づいてくると共にヘッドライトの光が周囲を照らしながら1台の車、ソラのR34が姿を現しながらこちらへやってきた。
ゴァァァァァ!
「あっ本当だ、戻ってきてる」
「ってことはいよいよバトルか…」
その後一同の前にやってくるとR34は停車、運転席ドアが開くと共にソラが顔を出していき、友奈の慣らして来たかという問いにバッチリ!と満面の笑みで答える。
キキッ!
「よっと…!」
「どうソラちゃん、コースは覚えてきたー?」
「はいっ!バッチリです!」
それを確認した友奈はそれじゃ早速やろうか…!と告げるとスタートラインへ言われた通り車を並べるように指示を送りながら、自身はハチロクの方へと歩み寄っていく。
「それじゃそろそろ始めよっか!スタートラインはあのラインを元に、私が手前でソラちゃんが奥ね」
「はいっ!わかりました!」
お互いに初めての峠、いや正確には友奈は一度この秋名を走っているものの、その際は自分の車ではなかったため初と言っても過言でない。
どんなバトルになるのだろうか…そんなことを羽南は思いながら、親友にスタート合図を頼まれたため2台の元へ駆け寄る。
ーお互いに初めて…いや正確には友奈ちゃんは一度走ってるけど…自分の車では初だから同じようなもんか…、一体どんなバトルに…ー
「ごめん羽南ちゃん!スタート合図お願いできる?」
「あっうん!今行く!」
その様子を見ながら祐也はましろに対して、ソラがどんな走りをするのかと尋ねていく。
尋ねられたましろは元々彼女が祖国のイギリスで、カートレース経験が豊富で、免許取りたてにも関わらず重くて大きいGT-Rをドリフトさせる位に振り回せる程の高い技術を持ち合わせていると答えた。
「そういえばソラさんってどんな走りするんだ?…っても車に詳しくないって言ってたから流石に分かんかいか…」
「あっいえ…、実はソラさん。元々イギリスでカートレース?の経験が豊富で、免許取り立てなのにあんな重たい車を軽々と振り回すぐらいの実力なら…」
「なるほどなー…」
ーってことはレベルは高そうだな…、遠征も積極的にしてるって話だし……こりゃ手強そうだー
そんなことを話しているうちにスタート準備を整えた2人を確認した羽南は右手を突き上げながらカウント始めるよ!と告げていく。
初めての赤城以外での本気のバトルということもあって緊張する心を落ち着かせながら深呼吸をしていると、ソラから話しかけられる。
「よーし!それじゃカウント始めるよー!」
「ふぅ…」
ー初めての赤城以外でのバトル…、落ち着け私…いつも通りにすれば…ー
「あっあの!友奈さん!」
どうしたのかと尋ねる友奈に対して、ソラは改めてバトルを受けてくれたことへの感謝や、憧れている歌姫が相手とはいえ手加減はしないことを告げていく。
もちろん友奈も歌姫として本気で受けて立つと告げ、2人の間には見えない火花が飛び交っていた。
「ん?どうかしたー?」
「えっと、改めてバトル受けてくれてありがとうございます…!もちろん本気で落とすつもりで行かせてもらいますね…!」
「ふふっ♪私も手加減はしないからねー」
そうこうしているうちにカウントが始まり、羽南の突き上げていた右手の指がゼロになって、勢いよく降ろされると共に2台は弾かれたようにスタートダッシュを決めながら飛び出した。
「スタート5秒前!
4っ!
3っ!
2っ!
1っ!
GO!!」
ドギャァァァ!!
ゴァァァァァ!!
ほぼ同時のスタートダッシュ、とはいえレース用エンジンを積んでいるハチロクとはいえど四輪駆動に400馬力にも及ぶソラのGTRが相手となると分が悪い。
実際その後の加速勝負ではまるで馬力の差を見せつけるようにぐんぐんとR34は加速していき、ハチロクとの差を広げていく。
「スタートダッシュは同じか…、けど加速勝負で完全に負けてるな…ったくGTRのトラクションはバケモンだぜ」
「頑張れソラさん…!!」
しかし友奈の表情に焦りは一切見られない、…というかストレートの加速勝負でこうなることはわかりきっていること。
最初の勾配が緩いセクションはタイヤをセーブし、きつくなる中間セクションに入ってから一気にブーストをかけるつもりのようだ。
ゴァァァ!!
ーいやー流石GTR、トラクションお化けだねー。まっでも焦る必要はないけど、序盤はセーブさせてもらって…中間で一気に行かせて貰うよっー
もちろんソラもそれは分かっているため、バックミラーでハチロクの様子を確認しながら、私は私の走りをするまで!そう意気込みながらアクセルを踏み込んでいく。
ーやっぱ友奈さん凄いや…この加速勝負を見せつけられても余裕があるっていうか…、でもそんなの関係ない…!私は私の走りをするまで…!ー
その間にもスタート直後の長いストレートを疾走し最初のコーナーに差し掛かったソラは、フルブレーキングで減速。
ヒールアンドトゥで2速にギアを叩き込みながらステアリングを切り込み、無難にグリップでコーナーを流していく。
「っと…!!」
ウォンウォン!!
ギャン!
彼女の腕を考えれば四輪駆動のGTRでドリフトで流すのも容易いはずなのだが、やはりタイヤを温存したいというのもあるのだろう。
R34がコーナーを立ち上がろうとしている頃、少し遅れる形で友奈のハチロクがコーナーへと差し掛かった。
ーやっぱGTRだからグリップでもトラクションかいいねー…まっ私も負けてはないけど…!ー
こちらも慣れた手つきでフルブレーキングしつつヒールアンドトゥで2速にギアを叩き込みながら、ステアリングを切り込み、リアを滑らせながらハイスピードの四輪ドリフトでコーナーを流していく。
もちろん普段の赤城での彼女と比べるとある程度慣れていない峠ということも相まってセーブこそしているものの、それでも秋名のハチロクと張り合えるドリフトなのは間違いないだろう。
「っと!」
ウォンウォン!!
ドギャァァァ!!
立ち上がりもできる限りガードレールにギリギリ寄せておりGTRに負けない立ち上がり加速でコーナーを脱出、その様子をバックミラーで見ていたソラは流石と言わんばりの表情を浮かべていく。
ーやばー、立ち上がり半端ない…私ですらあんなギリギリには寄せられない…鳥肌もんだよ…ー
しかし彼女にとって手強いほうが返って燃えるというもの、とことん突っ走ると言わんばかりにアクセルを踏み込むと振り切る勢いでR34を加速させていくのであった。
ーでもそのほうが燃えるってもんでしょ!とことん突っ走りますよ!ついてきてください!ー
ゴクッ
プシャァァァ
秋名でソラと友奈によるダウンヒルバトルが繰り広げられている中、碓氷峠では今日も地元の走り屋がドリフトでコーナーを流しながら何台も連なるように走っていた。
ドギャァァァ!!
その様子を見物しにやってきていた池谷達は、なかなかにうまいもんだなーそんなことを呟きながら目の前を通過していく車の隊列を眺めていく。
「おぉー上手いな」
「碓氷の走り屋はどれもレベルが高いぜー」
そんな中ふと樹が拓海に対して、秋名以外(正確には赤城には何回も訪れているが)で初めて訪れた碓氷峠はどうだったと尋ねていく。
「なあ拓海、オマエって秋名以外の峠ってちゃんと見たの初めてなんだろ?どうだった?」
「どうって言われても…」
とはいえ自分で走ったわけではないためよくわかんないと答える拓海だったが、樹曰くいつになくマジな目つきで睨んでいたとのこと。
「自分でハンドル握ってた訳じゃないからよくわかんねぇよ」
「そうかぁ?それにしてはマジな目つきで睨んでたぞー」
「そうか…」
ちなみに今の目つきとは全然違うらしく、そのへんどうなんだと尋ねる樹に対して、拓海は走ってみないとそのへんはわからないと回答していくが…
「今の目とは全然違うよー、同じ人物とは思えねーよ。どうなんだ?走れそうか?」
「そんなの、走ってみねーとわかんねぇよ」
直後池谷先輩達の来たという声を耳にするや否やハッとした表情を浮かべた樹がそちらに視線を向けると、コーナーの影から勢いよくシルエイティが姿を現した。
「来たっ!」
「シルエイティか!?」
ドギャァァァ
その後シルエイティは連続での逆ドリフトを披露しながら池谷たちの目の前を通過していき、そのまま勢いを落とすことなく再びコーナーの影へと消えていく。
「連続逆ドリフト!?」
「なんだありゃ!?」
ーすごい…!上手い…!ー
やはり道幅が狭い碓氷峠だからこそ逆ドリフトの迫力が大きいのだろう、実際健二の言う通り友奈とはまた違ったタイプの女性の走り屋ではある。
「見たかよ今の!」
「コーナーが狭いからど迫力だ…、友奈ちゃんとはまた違った走り屋だな…」
そんなやり取りを聞きながら、池谷はレベルの高い走り屋を目の当たりにしたことで真子にドリフトができると言ったことを激しく後悔していた。
ー真子ちゃんに調子来いてドリフトが得意だなんて言っちまったけど…本当はケツが流れるとパニクっちゃうんだよな…ー
もちろんこのままでは色々とヤバいのでどうにかしないと…そんなことを思いながら、このまま下って帰ろう…そんなことを呟きながら撤収準備に入っていくのであった。
ーこのままじゃヤバい…マジで頑張らねーと…せっかくの天使が逃げちまう…!ー
「このまま下って帰ろう」
「あぁ、そうだな」
「どこの峠にもすごいやつがいるもんですねー」