「しょくん!きのうは初しょうりおめでとう!わたくしもせんぱいとして鼻がたかいぞ」
「あたしが鍛えてるんだから当然ね!」
「ありがたきしあわせ」
玉狛支部のリビングでは祝勝会が行われている。何の?と問われると先日から始まったB級ランク戦。玉狛第二のデビュー戦で8:0:0という圧倒的なスコアと存在感を残して勝利した。そして彼らが目指すA級への第一歩なのだ。『勝って兜の緒を締めよ』という言葉がある。勝って気を緩めるのではなく、勝った時こそ気をつけるべき。という意味だ。だが、今日は少しだけ夢見心地でいられそうだ。
「そういえば若宮先輩は?」
「本部で呼び出しされてたと思います」
「何で大事な時に伝えないのよアイツは!」
「連絡来てませんでした?『小南に連絡しましたが一向に返信が来ないので烏丸君にお願いします』って俺のとこには来てますけど」
「嘘!ってメールじゃない!今時メールで連絡するやつがどこにいんのよ!」
本日も玉狛支部は賑わっている。
「来たか若宮」
「何ですか、僕だけ呼び出しなんて。防務規定違反でもしましたか」
「そんなことではない。お前にやってほしいのはあれだ」
今僕は本部の収容所みたいなところにいる。今いるところは捕虜のいる部屋の手前。と言ってもガラスで仕切られているから捕虜が見える。それにしてもいきなり呼び出されて目の前に、この前戦闘したアフトクラトルの精鋭がいるってビックリするんですが……。当たり前だけど鬼怒田さんはコイツから情報を聞き出せって思ってる。でも初対面だし、玉狛所属だから『近界民と仲良くしよう』は大事にしなきゃいけないから……
「鬼怒田さん、僕何喋ればいいかわかりません……」
「そうだろうと思っとったわ。ほれ」
僕は思ってることを正直に伝えた。鬼怒田さんは「やっぱりか」と表情を浮かべて、僕に冊子を寄越した。パラパラっと見てみると、質問文とその時どう思われたかをメモする欄がびっしりあった。
「ありがとうございます」
「早く聞き出さんか」
「了解です」
僕は緊張した足取りで収容所の中に入った。
「まず初めに名前を教えてくれませんか」
「ヒュースだ」
「ありがとうございます。次に何処から来ましたか」
「アフトクラトルだ」
「わかりました。どうしてこの星に来たんですか」
「本国のためだ」
「それを詳しく聞かせてください」
「それ以上は言えん」
「どうしてですか」
「本国を裏切るわけにはいかないからだ」
「では、あなた達が呼称していた『金の雛鳥』とは何ですか」
「トリオン量の多い人物のことだ」
「では金の雛鳥を狙う理由は何ですか」
「本国のためだ。それ以上は話さない」
「では、貴方のその角は何ですか」
「これはホーントリガー。アフトクラトルの技術だ」
「構造などはどうなっていますか」
「これはアフトクラトル独自の技術だ。他国に教えるわけがない」
「ではホーントリガーの能力について教えてください」
「トリガーを使う際の補助やトリオン能力の強化が主な能力だ」
「そうですか。では貴方から押収したこのトリガーは何ですか」
「それは
「これもアフトクラトルで作られたんですか」
「あぁ、アフトクラトルの強化トリガーだ。玄界の兵ではまともに扱えんだろうな」
「それもホーントリガーが理由なんですね」
「あぁ、玄界の兵にはできない理由だ」
取り調べはそれからしばらく行われた。有益な情報は少なくなかった。だが頑なに本国に関する情報を開示することはなかった。だがその理由は彼の家庭事情に関わっていそうだ。「本国」という単語が彼から出るたび心の中に懺悔と怨みのようなものが湧いて出ていた。あと偶に誰かを思い浮かべてもいた。もしかしたらこの前思い浮かべていた人物かもしれない。私情を持ち込んだわけじゃなさそうだけど咄嗟にそれが出てくるほど大切な存在だったんだろうな。
「お前の仕事は終わりだ。ほら帰った帰った」
鬼怒田さんから冊子をもらった部屋でそんなことを考えていたら帰りを促進する労いが頭上から聞こえてきた。
何でこの人僕に当たり強いんだろう?でもこの人緊急脱出のシステムや殆どのゲートを三門市に呼び寄せるようにしたりしたからぐうの音が出てこないんだよな。
「鬼怒田さん、この捕虜どうするんですか」
「お前に教えることではない」
このまま放置っぽいけどアフトクラトルについては何も話さなかったから拷問でもしそうな感じはある。けど林道支部長は反対だろうな。例外として空閑君、陽太郎君、ゆりさん、クローニンさんは近界民な訳だから玉狛で預かる可能性もなくはない。生かされることがほぼ確定だから気にしなくてもいいか。
「若宮、近界民に対する余計な詮索はよせ。大事にしたくはない」
「分かっています……」
僕は俯いてその場を後にした。
僕には唯一と言っていいほど心を許した人物がいた。僕と同じくらい女の子だ。名前はお互いに知らない。学校の帰り道たまたま出会っただけの関係だった。そっから仲良くなっていった。この女の子は裏表なく純粋で僕も心の底から「そばにいて楽しい」と思えた。
とある休日、僕はその女の子と近くの公園で遊んでいた。家、学校のことなんて全て吹き飛んでしまいそうなくらい僕はその子のセカイに引き込まれていた。ただ現実に戻ることは必然だ。現実があるから夢を見る。辛い今があるから幸せな理想を求める。全ては現実があるからだ。つまりその逆も成り立ってしまう。夢を見るから現実がある。理想があるから今がある。ただ、僕を現実に引き戻したのは悪夢のようだった。
僕が少し目を離したほんのわずかな時間、僕の後ろにいた女の子が消えた。声も姿も消えた。足跡もなかった。
僕は必死にその子を探した。公園を、公園の周りを。近くの人は本当に知らないようだった。その子の持ってきたプラスチックのシャベルが公園の砂場に突き刺さるのみだった。
涙が出なかった。『仲のいい人』という認識と『名前もわからない他人
』の認識。この認識の齟齬が涙腺の刺激を妨げたのか、それとも悲しさが涙を流すことに優ったのか当時の僕には分からなかった。今の僕はその時の自分の感情が思い出せない。理由は不明だが悲しんだことは本当だ。
あの子は今どうしているのだろうか。無事なのか。名も知らない人の心配をするのも何か変な感じだ。
「あちら側の世界……」
「余計なことを喋るなと言ったはずだ」
「鬼怒田さん……」
「そのことは残念に思う。だが、そういうことはあまり口に出すな。面倒ごとになるかもしれん。話は終わりだ。帰り道に気をつけろ」
「了解です」
「ただいま戻りました」
「遅いぞみきと!もうしゅくしょうかいはおわっている!」
「コラッ、仕方ないでしょ本部からの呼び出しだったんだから」
「三雲君たちはどうしたんですか」
「修たちなら次の相手の研究中よ。A級目指して張り切ってるわ」
「次は水曜日なんで必死なんですよ、修達」
「その日は昼ですか」
「確か昼?」
「夜ですよ小南先輩」
「夜は僕解説入っているので見れないですね」
「しょうがないわねぇ。かわりに修達に一言言ってきたらどうなのよ」
「そういうのは師匠である小南達の役目です。僕は聞かれたら答えるだけです」
玉狛はいつも騒がしい。賑やかな人が多い。言い方を変えればやかましい。でもそれがいつも通り。
さっきの捕虜の人はいつも通りじゃなくなるのか。それとも捕虜で居続けてそれがいつも通りとして染み付いてしまうのだろうか。
当たり前なんてすぐに変わる。父親、母親といた環境も変わった。祖父と過ごした時間も過去のものだ。身についた頃にはそばにいないんだ。
大切なものは失ってから気づくなんて言葉はデタラメだ。だってあの時僕は大切だと既に気づいていたから。大切に思っていただけだったんだ。失った時に気付いたのはどうしようもない憂鬱に苛まれることだけだ。そんなロマンに溢れた言葉が適応されるのはドラマや少女漫画の中だけだ。現実はそんな生優しい言葉でまとめられるわけがない。
「また難しい顔してる。最近アンタ多いわよ」
「ごめんなさい。なんでもないです」
僕は何か言いたそうにしている小南を置いて部屋に向かった。今日は休もう。何もやる気が出ない。今日一日気分が上がらない気がする。この気持ちを整理しなければならない気がする。早く休もう。この気分を忘れられるように。
今日は2月5日。B級ランク戦第二戦の日だ。僕はB級上位夜の部の解説担当だ。玉狛第二は今日夜の部なのでリアルタイムで見ることはできない。一言応援しておけばよかったなと思うが初戦に何も言わなかった奴が何言ったってプレッシャーにしかならないからある意味正解の行動なのかもしれない。「頑張れ」と心の中でだけ思っておこう。
もうすぐ始まる。集中しよう。
「えー、みなさんこんちわー。実況の太刀川隊の国近柚宇でーす。解説席には若宮くんと当真くん」
「うーっす」
「どうもです」
「生駒隊が選んだのは市街地B。市街地Aに比べて高い建物が多く射線が通りづらいMAPです」
「高低差があるので二宮さんの射撃とか絵馬君の狙撃が難しいので生駒隊有利なMAPかもしれないですね」
「ゾエの適当メテオラは逆効果にもなりそうだな」
「さぁ、解説2人の相性話の後はこの試合の見どころを教えてもらいましょう」
「俺は誰が二宮さんを倒すかだな」
「僕も同じです。MAP選択の意味はそこに出てくるんじゃないかと思います」
「見どころ紹介が終わってそろそろです。B級ランク戦ROUND2全
市街地B カメラCの映像
ここはとあるビルの屋上を中心に映る場所だ。
転送が終わり、戦闘区域内にバラバラに配置される各隊員。ここには赤を基調とした隊服に身をを包み、ゴーグルをかけ、腰に一本の刀を帯刀した男がこちらを向いて映っている。そう生駒
「マリオちゃん、俺二宮さん斬りたいわ」
『1人で行く気してはるんですか』
「もちろん」
『ダメに決まっとるやろ!下手に行ったら死んでまうぞ!』
「せやけどマリオちゃん、俺今なら二宮さん斬れる気がする」
『そう言って今まで何回やられてはると思うてんの!』
「頼むわマリオちゃん。今回はちゃんと斬るから」
『イコさんが3点取ったらいいですよ』
「ありがとうかわいいかわいいマリオちゃん」
『うっ、うっさいわ!さっさと点取ってきて!』
オペレーターとの漫才のようなやり取りから始まった生駒の初動。すぐに一人目を仕留めにかかろうとする。真織から送られてきた情報をもとに近くにいる二宮隊、辻に狙いを定めた。
そして生駒は動き出した。前ではなく後ろに。
「よぉイコさん、俺と
影浦の奇襲を避け、攻撃手トップクラスの二人の戦いが始まろうとしている。
市街地B カメラFの映像
ここは民家が立ち並ぶ住宅街。周りに比べて比較的視界がよく、射線が通りやすい。
戦闘開始から5分ほど経過している。
「辻ちゃん、こっちの王手やな」
『こちら辻。水上先輩と南沢君と会敵』
『わかった。犬飼をそっちに向かわせる』
『辻了解』
『犬飼了解』
辻にとって今の状況はとてもキツイ。人数不利な上に乱戦ではなく隊同士の戦いだ。しかも近接の南沢に気を取られれば後方からの水上の弾を喰らってしまう。つまり今の辻の最適解は『待ち逃げ』だ。
辻は住宅の屋根や塀をうまく使って被弾しない立ち回りをする。水上の射線から外れれば南沢が。南沢を振り切れば水上が。この繰り返しだ。ここだけ見ればまるで将棋の千日手だ。それがずっとこのままなら本当に千日手だ。このままなら。
辻と南沢、水上の鬼ごっこが始まって約1分半。着実に追い込まれていく辻。
「辻ちゃん、潔く倒されてくれへん?」
水上が承諾するはずのない申し入れをする。住宅街を移動しながら追い詰められている辻。圧倒的に劣勢だ。影浦や太刀川のように危険を顧みずに攻撃できる実力があればいいが、辻は前述した人達に劣ってしまう。元A級といえど絶望を切り開くヒーローではない。
「避けろ!海!」
「えっ!うぉ!」
「お待たせ辻ちゃん」
「ありがとうございます、犬飼先輩」
2対2なら抗える。これから反撃が始まる。
市街地B カメラKの映像
「ゾエさん、カゲさんのとこいける?」
「ちょっと無理かも。」
「ユズルも気をつけて。そっちに二宮さん向かってるから」
「了解。ゾエさんも生駒隊の狙撃に気をつけて。配置的にいるかもしれないから」
「おっけー。ゾエさんがんばるぞー」
影浦隊は影浦がエースだ。その影浦に得点を任せられるように立ち回るのが北添と絵馬のスタンダード。いざとなれば絵馬が狙撃で得点を取る。今は影浦の援護に北添がむかっている。
ボンッ!
「ゾエさんまだ近くにいる?」
「もちろんだけどどうして?」
「狙撃手に見つかったっぽい」
「本当ぉ?そっちに戻る?」
「いや逆。もっと早くカゲさんのとこに行って。多分あの人もそろそろ来る」
市街地B カメラLの映像
「ありゃ、外しちゃったかぁ」
『狙いはよかったんちゃう?』
「一発で仕留めたかったなぁ」
『まだ見えてるやろ』
「そうじゃないんよマリオ。もうきてはるんよ二宮さんが」
その通り。隠岐が絵馬を狙ったのは完全なタイミングじゃない。いわば得点になりにくい状態だった。それでも狙撃したのはワンチャンに賭けているからだった。暴挙とも言えるかもしれないが隠岐はもう自分の最後が見えている。二宮に風穴を開けられる姿が。
「やっぱそうなるよなぁ」
バシューン!
青白い光の筋が空に吸い込まれていく。隠岐が二宮に討ち取られた。
絵馬と同じように隠岐も二宮が近づいているのに気付いていた。だが下手に動けば北添や絵馬の的になってしまうため留まるしかなかった。そこに運悪く二宮が来てしまった。だからせめてもの悪あがきとして一か八かの狙撃を狙った。だが当然当たるはずもなく倒されてしまった。勝ちに行くには大事な行動だが、咄嗟の判断だ。仕方ない。
生駒隊 作戦室
「すみません、やられてしまいました」
「あれはしゃーないな。どっちに行っても多分死んでたな」
「ということでイコさん、水上先輩、海、よろしく頼みますわ」
『隠岐がやられたとっからここら辺近ない?』
「そうやな。水上のとっから意外と近いから気付けな」
「イコさん大丈夫っすか?」
『今、カゲとやってて忙しいねん。ちょっと集中させてくれ』
「いつもそうだといいんだけどなぁ」
『ほんなら、かわいいマリオちゃんのためにやってもいいかもしれへんな』
「かわいいやめろ!さっさっとカゲさんぶった斬らんかい!」
『わかったわ。施空……孤月』
「イコさん当たっとらんよ」
『え?うそ?ホンマやん』
B級3位生駒隊は試合中でもボケたりツッコんだりしている。関西人の血がそうさせるのか。生駒をはじめとする愉快な仲間たちがこの空気を好んでいるのか。このやり方で上がってきている集団だ。馬鹿にはできない。この親戚の集まりのような雰囲気が下手に緊張させず程よく力抜けていくのだろう。『いつも通り』を無意識に継続できていることが強みの