前回の実家に行った話が思ったより綺麗に終わったし、新しい話を考えるネタも尽きてたのでハーメルンの方はこれで打ち止めにしとこうかと思ったのですが、ふとpixivの方でまだ上げてなかったヤツを見つけたので、蛇足かもしれませんが投稿する所存です。
そのせいで冬真っ盛りに夏の話を出す羽目になりました。バカですね。
僕はトレセン学園のトレーナーだ。担当しているウマ娘はアドマイヤベガこと、アヤベさん。
今回は割愛するが、アヤベさんと花見をしたり(オペラオー主催)、夏の大三角を共に見つめたり、仮装をしたり、手袋マフラー持参で街を歩いたりして、かれこれ二年となる。
突然だが、皆様は夏と冬ではどちらが好きだろうか?
僕はどちらかと言えば断然冬が好きである。……いや、これは冬が好きと言うより、夏が嫌いすぎるというべきか。
昨今の日中の暑さは本当に異常である。ちょっと外に出てちょっと近場のコンビニに行くだけで体温は爆上がりだ。エアコンが開発されていなければ、人類などとっくに干からびているだろう。
そしてそのエアコンは、もちろんこのトレセン学園内のあらゆる所にも設置されている。
時たま、学校にエアコンが設置されてることについて『恵まれている』や『子供が軟弱になった』などとほざく大人がいるが、昨今の暑さはもはや我慢でどうにかなるレベルではない。対策を怠ると本当にあっという間に熱中症になってしまう。
もう今の中年どもが学生時代を過ごしてた頃の夏……地球とは違うのだ。
というわけで、この夏に校内で冷房をつけるのは別に恥ずべき行為ではなく、むしろガンガンにつけていくべきなのだが───
「あつ……あつ……あつ……」
トレーナー室で仕事をしている僕はエアコンをつけていなかった。
「あつい……死ぬ……溶ける……」
身体中からボタボタと汗が流れる。口は無意識に半開きになってるし、首のあたりに巻いたタオルはたっぷりと汗を吸っている。
机の横に移動させた扇風機は『強』にして首を固定させているが、それでも涼しさを感じるには足りない。パソコンのキーボードを叩く手は汗でテカっており、シャツも体に張り付いて気持ち悪い。
控え目に言って地獄だった。
同期のオペラオーTとかは今頃自分の部屋で涼んでいるだろうに、なぜ僕だけこんな炎天下で罰ゲームみたいな事になってるのかというと、
「ちくしょう……なんでこんな時にエアコン壊れんのかなぁ」
文明の利器が敗北したからである。
このトレーナー室に来て、いつものようにエアコンをつけようとしたらつかなかった。それから軽く調べてみると壊れていることが判明したのだ。
前々から兆候はあったし、たぶん寿命じゃないかと秋川理事長は言っていた。すぐに業者を手配してくれるようだが、さすがに今すぐは無理らしくまだ修理はされていない。
だが、ちょっと最近サボり気味だったトレーナー業は激務なため仕事をしないわけにはいかない。更に、トレーニング記録という仮にもアヤベさんの個人情報をつける仕事であるため、迂闊に他の場所でやるわけにもいかない。
かくして、この暑さの中での仕事という罰ゲームの完成となるのだが……。
始めてしまった手前もう意地で続けてるわけだが……正直後悔している。圧倒的に非効率な気がしてならない。大人しく修理されるまで待って、冷房をつけれるようになってから開始した方が遥かに捗ったんじゃないかと思った。
八つ当たりの意も込めてエンターキーを押し、「うへぇ」と排熱処理みたいに息を吐く。首を曲げると、備え付けの冷蔵庫が視界に入った。
「……アイスでも食うかな」
あの冷蔵庫の中には朝の内に買っておいたガリガリ君がキンキンに冷えているはずだ。
冷房が効かない今の部屋においてはアイス類はかなり貴重で、さながら山遭難時の緊急食糧みたいな扱いとなっていた。三つあったうち後一つしかないわけだが、もう食べてしまっても仕方ないかもしれない。
そう思い席を立とうとしたのだが、その拍子に視界の頭上から不意に何かが被さってきた。
「ん?あっ待って。目にっ、目に汗入った!あーっ、しょっぱい!染みる!痛い!あーっ!」
ストレスやら色々溜まってたのもあって大袈裟に騒いでしまう。でも実際汗が目に入るのは痛かった。
早く拭き取りたいのだが、片目の視界が無いせいで上手く首元のタオルを掴めない。そうしてる間にも汗は眼球を侵食していく。
「あーくそっ!目が、目がぁ〜……!」
「ああもう何やってるのよ。ほら、ジッとしてて」
「うぷっ」
不意に首元のタオルが独りでに動き、僕の目元を覆った。一瞬恐怖を感じたのだが、それはさながら幼少期に母親にかけてもらった物のように優しく目元の汗を拭き取っていく。
目のついでに額やら頬やらも丁寧に拭かれると、タオルは首元から離れた。
クリアになった視界で前を見てみると、そこに立っていた───僕の顔を拭いてくれていた人物は呆れたように言った。
「まったく……何を一人で騒いでるの?」
「えっ……あ、アヤベさん!?なんでここに!?」
心臓が跳ね上がる。
気がつけば、自分の密かな想い人であり三年付き添った愛バが目の前にいたのだから無理もない……と思いたい。
「……ちょっと、そんなに驚かないでよ。驚くじゃない」
「あっごめん……え、アヤベさんいつの間にここに来てたの!?」
「ついさっき。ノックもしたわよ」
「うせやろ……」
気配すらしなかったんだけど。
なに?ウチの愛バは『アサシン』の技能スキルがカンストしてるの?
「……さっきまで、オペラオーに追いかけ回されてたの。捕まったら面倒だから、しばらくここに避難させて」
そう言いながら、アヤベさんは自分で鍵を閉めたのであろうドアを一瞥した。
「ああそういうことね了解……今度は何で追いかけられたの?」
「……あんまり暑いから、オペラオーがマルゼンスキー先輩からかき氷機をもらったらしいのよ。ほら、あの……ペンギンの形をしてて、ハンドルを手動で回すタイプの。それで、オペラオーが目を輝かせて『今日は地獄ゴリゴリかき氷五時間コースだ!!』とか言い出して……」
「それはまた……」
脳裏に容易にその光景が浮かぶのが辛いところだ。というか、かき氷でどうやって五時間も持たすのだろうか……。
「……そんなのに付き合わされるのはゴメンだから、ここに逃げてきたわけだけど……なんでこんなに暑いの?この部屋」
早くも少量の汗を浮かべながらパタパタと手で扇ぐアヤベさん。
言いにくいながらも、僕は朝からエアコンが壊れていたことを伝えた。
「……そうだったの?」
「そうなんだよホントに。ちょっとでも気を抜けば熱中症待ったなしだよ」
「……だからなのね」
なにを?と返す前に、アヤベさんは僕の首にあったタオルを取った。それをキッチンの流しへと持っていくと、そのまま思い切り絞る。
すると、ウマ娘の筋力で捻られたタオルは、瞬く間にボタボタとかなりの量の水を吐き出していった。
……え、アレ全部僕の汗……?マジで?
「……あなた、よく熱中症になってないわね。塩分もだいぶ失ってると思うから、これでも食べときなさい」
そう言いながらアヤベさんが渡してきたのは、あの運動部とかがよく持っている塩飴だった。
「……いいの?」
「体育の時に先生から二つ支給されたものだし、私は一つもらったからもういいわよ」
「あ、ありがとう……」
さっきの汗の量に自分でドン引きしていたのもあり、素直にもらっておくことにする。
アヤベさんは一つ息をはくと、そのままストンと備え付けのソファに腰を下ろした。
その行動に思わず僕は声を上げてしまった。
「え?アヤベさん、ここに居座るつもりなの?」
「……なに?悪い?」
「いや、悪くはないけど……」
慌てて固定させていた扇風機の首をアヤベさんの方にも向くようにする。
確かにさっき彼女自身が「避難させて」とは言っていたが、まさか割とガッツリここに居座るつもりだとは思っていなかったのだ。
「ここ冷房も効いてないし、暑いよ?メチャクチャに暑いよ?」
「……別に。下手に外に出て、オペラオーに捕まるよりはマシだから」
「いや、でも……その前に熱中症になっちゃ不味いし、引きこもるなら寮の自分の部屋でも───」
「いいから」
「アッハイ」
大事なことを二回言ったというのに、結局説き伏せられてしまった。なんか、毎回こんなやり取りしてる気がするなぁ。
というか、アヤベさんの中では「猛暑<オペラオー」なのか……。アヤベさんにとってオペラオーは正に太陽以上の存在なのかもしれない(?)。
暑さのせいか意味不明となっている僕の思考をよそに、アヤベさんはソファの上で本を読んでいた。
……バカにするわけじゃないけど、この暑さの中でよく読書できるなぁ。扇風機の風が当たってるとはいえ、汗もかいてるようだし……。
うーむダメだ。自分は別に良いとしても、アヤベさんをこんな暑さの中に置き続けるのは心配だ。
せっかくオペラオーからの安全基地として作用してるこの部屋なのに、そのせいでアヤベさんが熱中症になったら本末転倒だ。
なんとかしてあげないと。
ふと、脳裏にさっき食べようとした冷蔵庫のガリガリ君が浮かんだ。
「……アヤベさん、ガリガリ君食べる?」
「ガリガリ君……」
提案してみると、アヤベさんは本を閉じて顔を上げた。
いつもならノータイムで『別にいいわ』とか言うところだが、さすがに暑さが堪えてるのか彼女は素直に興味を示した。
そして、
「……そうね。貴方の分もあるなら、もらおうかしら」
「ん」
肯定の言葉を聞くと、僕はもうさっさとアイスを取り出して彼女に渡す。またアヤベさんの顔から汗が流れるのが見えると、本当に心配になってしまうのだ。
……なんか後半部分の台詞聞いてなかったけど、大丈夫だよね?
ともかく、手と手を介してアヤベさんにアイスが渡ると、「冷たっ……」と小さく呟きながら彼女は包装を破った。ひんやりと冷気を纏った水色の物体が太陽光を反射しながら姿を表す。
……あー、僕も食べたかった。
(いやいやいやいや、僕から譲ったんだろ。男だったら自分の選択に悔いを残すんじゃない。それに、僕が暑い思いをすることによってアヤベさんが冷たい思いを出来るなら万々歳じゃないか)
頭を振ってなんとか雑念を追い出す。
僕がそんなことをしている間に、アヤベさんは小さく口を開け(上品だ)アイスをかじっていた。シャリ、という音がこちらまで聞こえたような気がした。
「…………」
夏の室内でアイスを食べながらも無言で口を動かすだけのアヤベさん。一見美味しくなかったのかとか何も感じているないのだろうかとか思うが、よく見るとウマ耳や尻尾が小刻みに揺れているので、ちゃんと味わってくれているようだ。
よかったよかった。
「……あっごめん。今更だけど、アヤベさんってソーダ味で大丈夫だった?ひょっとしてコーンポタージュ派だったりする?」
「本当に今更ね……。別に、特別好みの味があるわけじゃないからいいわよ。どの味でも食べられるから」
「あーそうだったんだ。ちなみにスーパーカップは?」
「……スーパーカップはバニラ味ね」
「えっ、そうなの?僕もそうなんだ、一緒だね」
「…………そうね」
あれ、なんか今無言が長かったような気がしたんだけど。……もしかして、オッサンとアイスの好みが一緒なのって不快だったのかな……?やば、せっかくアイスでポイント上げた(当社比)のに失敗したかも……。
これ以上不用意な発言はやめておこうかと思い、暑さを誤魔化す意味合いも込めて僕はパソコン作業に集中することにした。……また窓からの日光が体に当たり、タオルとシャツが汗を吸い始める……。
そうしていると、室内はしばらくの間カタカタとキーボードを叩く音とシャリシャリとアイスを食べる音だけが響いていた。
空気が動いたのは、アヤベさんの食べていたガリガリ君から棒部分が四分の一ほど頭を出した頃である。
黙々とアイスを食べていたアヤベさんが不意に僕の方へと視線を向け、話すために口を開いた。
「……トレーナーは食べないの?」
「え?」
カタカタ音が止まった。アヤベさんの方から話しかけてくるのは結構珍しいので、虚をつかれてしまったのだ。
「食べるって……なにを?」
一応さっきの反省も踏まえて慎重に言葉を選ぶ。
「……ガリガリ君。トレーナーの分もあるんじゃないの?」
「え、無いけど」
「は?」
「え?」
二つの呆けた声が交差した。
「え……無いの?」
「うん……無いけど」
……あれ。なんでアヤベさんはこんなに驚いてるんだろう?
そういえば、アヤベさんにはアイスは一つだってこと伝えてなかったか。それならまぁ驚いても無理はないかもだけど……。
「…………」
……いやしかしそれを差し引いても、なぜ今のアヤベさんは、古傷を黙って隠していた戦士を見るヒーラーみたいな目をしているんだろう……。
その意味も心境もわからずオロオロとしていると、アヤベさんは深くため息をはいた。
「……私、聞いたわよね?『貴方の分もあるならもらおうかしら』って」
「そ、そうだったっけ?」
「そうよ」
あ、あれー……。ヤバい。
空返事していたのがバレてしまった。誰だよ台詞聞いてなかったけど大丈夫とか言っていたの。
「……まぁ、どうせ貴方のことだし、なんとなくそうとは思ってたわ。一向に食べようとしないし」
「ご、ごめん……」
「いや、別に謝ってほしいわけじゃないんだけど」
「あ、そっか。ご、ごめん……」
「だから」
「す、すいません……」
端から見たら三流コントみたいなやり取りだが、相対してる僕からしたら半端なく怖い。
一生味わうことは無いかと思っていたが、姑ってこんな感じなのかもしれない……。
そのまま、年下のJK女子相手に縮こまる成人男性という情けない絵面が数分くらい続き、僕の頬を流れる汗が暑さとは違う種類のモノになりかけた時、
「……はい」
気がつけば、トレーナー机の前にアヤベさんがいて、目の前に水色のアイスが突き出されていた。
「……え?」
脳がフリーズした。冷たいアイスだけにってかやかましいわ。
あーてかさすがの温度だなアイスがもう溶けかけて───じゃない。
「えーと……何をしておいでで?アヤベさん」
フリーズする脳で訊くが、アヤベさんはあくまで冷静に告げるだけである。
「……一つしかないんだから仕方ないでしょ。ほら、早く食べないと溶けるわよ」
「いやいやいやいや!」
顔とアイスの間に手で壁を作る。アイスの冷気が熱を持った手に伝わって一瞬心地よく感じてしまった。
だがそれを気にする暇もなく、アヤベさんはグイグイと前に来る。
「……どうせコレ、元々はあなたが食べる予定だったものなんでしょ。だったらせめてあなたも一口食べなさい」
「い、いいって。そこまで欲しかったわけでも……」
「あんなに汗流しておいて?」
「うぐっ……」
てっ、てかなんでアヤベさんわざわざ自分が食べてた方向を僕に向けて差し出してくるの!?その部分食べたら割とダイレクトに間接キスっていうか、ダイレクトな間接ってなんだy
「もういいからっ」
「ふぐっ、つめたっ!!」
痺れを切らしたらしきアヤベさんに無理やりアイスを口に押し込まれた。
唇がこじ開けられて異物を突っ込まれたこで呻き、異物が冷たかったことで悲鳴を上げながらも、本能的反応か何かで歯がアイスをかじった。……さっきまでアヤベさんが食べていたところを。
しかしそんなドキ☆ドキイベントも、今の僕にとっては口内に広がる冷たさでそれどころではなかった。
「……美味しい?」
目をわずかに伏せながらアヤベさんが訊いてくる。
「……おい、ひい、です。はい」
美味しい以外の感想を言ったら殴り飛ばされそうだったのでそう答える。
いや、うん、美味しいのは本当なんだけど。冷たいし夏場にはピッタリな食感なんだけど。
でもなんか……求めていた冷たさとは違う種類の冷たさに襲われてる気がする。
ともかく、このやり取り(?)が一段落つくと、
「……美味しかったのなら、いいわ」
アヤベさんは僕の歯の形に削れたガリガリ君をしばらくなんとも表現し難いような目で見つめた後、またゆっくりと食べ始めた。
……あの僕が食べた部分が今、アヤベさんに……いや、余計なことを考えるのはよそう。たぶんアヤベさん気にしてないし。うん。
「……あ、ありがとうアヤベさん」
とりあえずお礼はしっかり伝えておこう。
そう思って言うと、アヤベさんは───僕の目が確かならばウマ耳をわずかに揺らした。
「……別に」
それからまたアイスを一口食べると、顔を出していた棒の部分を見てふと声を上げた。
「……あ。当たってる」
「えっ、ほんと?」
顔を上げる。
視線を向けると、アヤベさんは僕に見やすいようにアイスの向きを変えてくれる。確認すると、確かに「あたり」の文字が書かれている。
「よかったね。もう一本もらえるよアヤベさん」
僕がそう言うと、アヤベさんは「え」と動きを止めた。
「……私がもらうの?」
「え?まぁ、当てたのはアヤベさんだし」
「あのね……元々買ってたのはあなたよ?」
「いや、それはそうだけど……」
イマイチこの場合はどっちの所有物になるのかわからず僕が悩んでいると、アヤベさんはいつの間にかアイスの最後の一口を食べていた。そしてそのまま、冷静に言い放つ。
「……それじゃあ、もう今からもらいに行きましょうか」
「え?いや、だからそれは別にアヤベさんの物に───」
「……もらうついでに、他にもアイスを買うのよ。どうせそのままじゃ、また暑くなるわよ、あなた」
「気にしなくていいって。行くとしても僕一人で行くよ。こんな暑い中にアヤベさんを外出に付き合わせたら───」
「いいからっ」
そう言った瞬間、アヤベさんに腕を掴まれて無理やり立たされた。ウマ娘の力によるものだったので、クレーン車に引き上げられたかと思った。
「ちょ、ちょっ!?アヤベさん!?」
「……あなたに熱中症になられたら私も困るから。……それに、あなたはいつもそうやって他人に譲ってばっかで……」
「痛い痛い!ちょ、自分で歩くから腕そんなに引っ張らないで!!袖が破けちゃう!!」
なぜかアヤベさんに強く引っ張られながら、僕らはガリガリ君を買ったコンビニへと二人歩いていった。
その後、ガリガリ君をもう一本もらい、それとは別にパピコを一つ買って、トレーナー室でアヤベさんと分け合った。