時系列としては今のとこのどの話よりも未来です。
僕はトレセン学園のトレーナーだ。五年前には、アドマイヤベガというウマ娘を担当していた。今はまた違うウマ娘を担当しているが、やり甲斐は変わらず感じているしそれなりに仲良く楽しくやれている。
だが、最近の僕は仕事が終わり次第、同期たちの飲もうぜ攻撃と担当ウマ娘の構って攻撃の全てを避けて、自宅へ直行していた。
理由は一つ。
「ただいま!」
寒さでかじかんだ手をなんとか動かし、ドアを開ける。
僕としては、リビングの方にいるはずの人物に伝えるつもりであり、そのための声量だったのだが───
「……おかえりなさい」
その目的の人物である、アドマイヤベガことアヤベさんは目の前にいた。
「……えっ、アヤベさん!?」
二重の意味で驚く僕。
「あ、アヤベさんなんでここに!?」
「……車の音が聞こえたから。妻が夫を玄関で出迎えて、何が悪いのかしら?」
「いやそうじゃなくて……体は大丈夫なの!?」
「……大丈夫よ。今日は調子良いから」
「ならよかった……いやよくないよ。ここは冷えるから、早くあったかいリビングに戻ろ」
「……心配しすぎよ」
「そりゃするよ!」
「だって、もうアヤベさんだけの体じゃないんだから」
同棲を始めて二年となるアヤベさんの体には、今や新しい命が宿っていた。
現在、妊娠五ヶ月。
お腹の膨らみも目立ち始め、そろそろ誰が見ても『妊婦』だとわかるようになる。俗に『安定期』と呼ばれる時期だ。
「いや、気を遣い過ぎだから。ホントに」というアヤベさんの言葉を無視し、彼女の手を引きながらゆっくりソファに座らせる。
「つわりは大丈夫? 何か食べる?」
「……ついさっき、あなたが握っておいてくれたおにぎりを食べたから。しばらくは大丈夫」
「そっか。空腹っぽくなってきたら言ってね。すぐに何か作るから」
仕事終わりに買ってきたレタスやトマトを冷蔵庫に入れながら言う。
……妊婦には例外なく、無差別無慈悲に襲いかかってくるつわり。アヤベさんの場合は、食べていないと気分が悪くなる「食べづわり」のタイプのようだった。
なのでつわりが始まってからは、朝起きて小さいおにぎりを八つほど作ってから出勤するのが日課になっていた。また、お義母さん(アヤベさんの母)にも協力してもらい、午前から夕方ぐらいにかけてアヤベさんの傍にいてもらうことにしている。
「すいません手伝ってもらって」と一度お義母さんに詫びたことがあったのだが、彼女は
『いえいえいいんですよ。……あの無愛想で独りだったアヤベが、今や妊娠してつわりを体験していると思うと、私もできる限りのことはしてあげたくて……』
なんて言いながら目元を拭っていた(直後に「恥ずかしいからやめて」とアヤベさんが口を尖らせた)。
ともかくそんな世話の甲斐あってか、アヤベさんは大きく衰弱することもなく今日までやってこれていた。
妊娠五ヶ月目は、一般的にはそろそろつわりもおさまってくる頃合いであり、現に体調も安定してきている。今がラストラウンドといったところだろうか。
食品や飲み物を冷蔵庫に移し終えると、今度はリビングの隣の部屋へと移動し、外に干しておいた洗濯物をいそいそと取り込んでいく。
アヤベさんが妊娠してから、家事は僕の役割だ。今まで一人暮らしをしていたのもあって、家事をこなすことは負担も不満もない。
……料理だけはちょっとアレだが。
洗濯物を取り込み終えると、僕はその場ですぐに畳んでいった。
本当はスペースとか寒さ的にも、暖房のついたリビングで畳むのが楽なのだが……そこでしようとすると、アヤベさんが「……それぐらいは、私がするから」と気を遣ってしまうのだ。
そういうわけにはいかない。アヤベさんは既に苦労しているのだから、こういう時ぐらいは自分が補助べきだ。
アヤベさんに気を遣われると僕が気を遣ってしまう。なので、こうしてバレないように隠れてさっさと畳むようにしているのだ。
一先ずの作業を終えると、ようやく僕はリビングに戻りアヤベさんの隣に腰を落ち着けた。
アヤベさんはチラリと僕の方に目を向ける。
「……お疲れ様」
目を細めながら労ってきた。
……なんか、言葉に含みを感じるような気がする。もしかしたら、さっきの僕の小細工なんてとっくにバレているのかもしれない。アヤベさんに隠し事ができた試しなんてないから。
なんてことを思っていると、不意に隣に座るアヤベさんがピクリと肩を震わせた。
「アヤベさんっ!?」
反射的に呼び掛ける。
妊婦は繊細だ。しかもそれがニンゲンとウマ娘の、本来種族が違うもの同士の子を孕んだ者なら尚更。僕たちが知らないところで不調が起きていたのだとしても、なんら不思議な話ではない。
そう心配したのだが……しかしそんな不安を余所に、アヤベさんはどこか幸せそうに自分のお腹を見ていた。
「……アヤベさん?」
「……今、蹴ったわ。この子が」
「えっホント!?」
一瞬で不安が飛んでいった。
アヤベさんが手招きしたので、慌てつつそっと彼女のお腹に耳を当てる。
だが、僕の耳には何も伝わってこなかった。
「……あら。大人しくなったみたい」
「ちぇっ」
ガッカリしながら耳を離すと、その瞬間再びアヤベさんが震えた。
「っ、また動いた」
「ホント!?」
再び耳を当てる。だが僕が感じ取れたのは、やはり沈黙。
「……おさまったわ」
「えぇ……なんで僕が来ると止まるのさ……」
「お父さんのことは嫌いなのかもね」
「産まれる前から反抗期は早すぎるよ……」
聞くのを諦めて僕は隣に座り直した。するとまたまた動き出したのか、ピクンと反応するアヤベさん。
……まだ胎児の目は見えていないはずなのだが、ここまで来ると計られているようにしか思えない。
そんな策士の胎児が陣取るお腹を、アヤベさんはあやすように撫でていた。
「……産まれるその日まで、健康でいてほしい」
撫でながら、無意識的に呟いたようだった。
その時の彼女の表情は……月並な表現になってしまうが、それこそ「母親の顔」と呼べるほど柔らかく、慈愛に満ちたものだった。
これまで、現役時代も含めれば五年間一緒にいた僕ですら、そんな表情は見たことがなくて。
自分に向けられたわけでもないのに、思わず鼓動は早くなっていた。
……もしかしたら惚れ直したかもしれない。
「胎動って、どんな感覚なの?」
その心理を悟られたくなかったというのもあって、僕も彼女のお腹を軽く撫でながら質問していた。
アヤベさんは自分の手を退けて僕が撫でやすくした後、視線を少し上にやる。
「……説明が難しいわね」
「……痛い?」
「痛くは、ないわね、まだ。……お腹の内側からくすぐられてるような、変な感じ。八ヶ月ほどになれば、また変わるのかもしれないけど」
「想像しにくいな……」
「あなたも妊娠すればわかるわ」
「残念ながら男にできるのは仕込むことだけだからなぁ……いたっ」
ちょい下ネタ系の返しだったためか、直後にアヤベさんに肩をはたかれた。
ごめんって、と謝るとアヤベさんは完全に呆れた顔をしている。
「お腹の子が変なこと覚えたらどうするのよ」
「あれ……あっ、そうか。もう耳は聞こえ始めてるんだっけ?」
「そうよ」
ちょうど五ヶ月目あたりから胎児は聴覚が発達してくるらしい。なので、この頃から積極的に話しかけたり音楽を聞かせたりすると、胎児の勉強にもなって効果的なんだとか。
「私もしてるわよ。ほら」
そう言うと、アヤベさんは暇なときに胎児に読み聞かせているという分厚い本を手に取る。題名は……『星座図鑑』……。
(英才教育だなぁ……)
苦笑しながら、僕は彼女のお腹には「せめていくつになっても、パパのことはちゃんと『お父さん』って呼んでね」とお願いするにとどめておくことにした。
それから数十分ほど経った後だろうか。
「そういえば、今日オペラオーから久しぶりに連絡があったわ」
「えっそうなの? 最近ドラマとか映画に引っ張りだこで、あんまり暇無いんじゃなかったっけ?」
「こないだやっと、警察の主人公とコンビを組むサイコパス殺人鬼役の撮影が終わったらしくて、少しの間暇をもらえたらしいわ」
「あーアレ? あの第7話が最高視聴率32%を達成したっていうドラマ? 『あのテイエムオペラオーが体当たりでサイコパス役を熱演!?』とかすごい宣伝してたヤツ」
「そうそれ。最終回の視聴率も27%だったらしいけど……。ともかく、それで暇になったからって……ほら」
「なに……? うわっこれ、またオムツ?」
「えぇ。買い物に寄ったデパートでセールをやってたから、つい買っちゃったって」
「ドトウもトップロードも皆買ってくるじゃん……。もう部屋の一室がオムツで埋まる勢いだよ」
そんなことを話し終えて二人でのんびりと座っていた頃。
出し抜けにアヤベさんがお腹を見ながら口を開いた。
「……そろそろ、決めないとね」
「え?」
それまでテレビの芸能人の珍回答を見て笑っていた僕は、慌ててアヤベさんの方に意識を向ける。
僕が聞いていなかったことを察したのか、アヤベさんは今度は少し顔を赤らめて言った。
「……子供の名前。そろそろ決めないとね」
「あー……」
そう返答した僕の顔も、きっと微かに赤くなっていただろう。
「……そっか。そろそろ、決めなきゃか」
「……えぇ」
テレビの電源を消して、アヤベさんと向かい合う。
世の夫婦が明確にいつぐらいから名前を決め始めるのかは知らない。だが、五ヶ月目とくればもう折り返し地点。
決めるならば、ちょうど良い時期かもしれない。
紙とペンを、とアヤベさんが言ったので、僕は机から取ってくる。ペンを受け取ると、アヤベさんは紙の右半分に、
「男の子のときと、女の子のときと、ウマ娘のときと。三通り考えないとね」
指を一本ずつ立てながら丁寧に僕の苗字を書いた。
……五年前からの想い人が僕の苗字を当たり前のように書いてくれることになんとも言えない幸福感を感じたが、それはまた別の話。
彼女が書き終わると、今度は僕がペンを持つ。
「……『アドマイヤベガ』は、どこまでが苗字……というか、姓?にあたるの?」
「『アドマイヤ』までね」
「てことは、『アドマイヤなになに』、か」
左半分に『アドマイヤ』まで書く。
だが、そこでペンは紙の横に置かれた。
「名前……名前か」
顎に手を当てる。
レポート課題でとりあえず題名だけ打ち込んだ後のように、思考が止まる。
なにせ、名前だ。名前なのだ。
別に名付けぐらいなら、僕だってゲームのキャラとかにしたことがある。
だが、今回の名付けは正真正銘の、一つの意思を持った生命に付けるもの。そして、その子が一生付き合うことになる名前なのだ。
かかる責任は訳が違う。
そう感じているのはアヤベさんも同じらしく、彼女もまた黙って耳だけを時折動かしている。
そのまま一分ほど経った後。
「……ニンゲンの方の名前は僕が、ウマ娘の方の名前はアヤベさんが決める?」
このまま考え続けてもしょうがないので、とりあえず安牌らしき提案をしてみる。
常識的にこれが一番確実で失敗もないかと思った。
だが、
「それは……私は、嫌」
アヤベさんは少し僕の方へ視線を向けた後、首を横に振った。
「どうして?」
「……ウマ娘だったら、私はもう『アドマイヤ』という名前を与えることができるんだもの。それで充分。残りは、あなたが与えてあげてほしい」
「…………」
「上手く言えないけど、私だけが与える形でこの娘が『誕生』するのは嫌。与えるなら、二人で……」
「……なるほど」
アヤベさんが現役だった時にも、似たような論を聞いたことがある気がする。
あれは確か、『借りの作りっぱなしは嫌』というような話だったか。
不意にそのことが思い出された。
「……だったら、僕もだね」
「え?」
「ニンゲンの子だったら、僕は◯◯っていう苗字をあげれる。だから、名前はアヤベさんが考えるべきだ」
「……そうね」
頷き合って、二人小さく笑い合った。
とはいっても、だ。
僕はウマ娘の名付けなんてしたことがない。名前の雰囲気というか……法則のようなものも、よくわからない。
きっとニンゲンの名前のセンスは、ウマ娘から見たセンスからもズレているだろう。日本人が外国人の名付けをしようとしているようなものだ。
そこをどうしたものかと話すと、アヤベさんは
「……なら、こうしましょう。今から私とあなたがそれぞれ付けたい名前を挙げていって、それをお互いに監修して修正して、すり合わせる形にしましょう」
「……そうだね。そうしようか」
というわけで、別の紙ともう一本のペンを持ってきて、僕らの名前考案はスタートした。
(さて、名前か……)
再びペンを握りながら、僕は今までのトレーナー知識を総動員して『ウマ娘っぽい名前』を考えてみる。
(せっかくアドマイヤ『ベガ』なんだし……どうせなら、星座とかにちなんだ名前にしたいよな……)
決めた後にアヤベさんの監修というワンクッションが入るためか、さっきよりは気楽に考えられるようになっていた。
(かといって、『アドマイヤアルタイル』なんかは……ないな。語呂も悪いし。するとしたらせめて『アドマイヤデネブ』だけど……これはこれで安直すぎるというか……どうせならもうちょい捻った名前にしたい)
一応『アドマイヤデネブ』は候補に残しつつ、他の名前を考えてみる。
(アドマイヤベガ……ベガ……ベガって、元は夏の大三角形だから、ここは冬の大三角から取ってみるのはどうだろう)
冬の大三角は確か、おおいぬ座のシリウス、オリオン座のベテルギウス、こいぬ座のプロキオンだ。
しばし考えてから、僕はペンを走らせた。
『アドマイヤシリウス』
(……悪くはない、かな。女の子っぽい名前な感じはするし。ただ『シリウス』自体がデネブと同じぐらいメジャーなとこはあるから……。どうでもいいけど、『シリウス』って言われると真っ先にデュエル◯スターズのモンスターが浮かぶのは僕だけだろうか)
とりあえず保留ということにし、次の好捕を考えてみる。
(『アドマイヤオリオン』……これは却下かな。みょっと勇ましすぎるというか。同じ理由で、『アドマイヤベテルギウス』てのも却下。もはや兵器の名前みたいになってるし。……どうでもいいけど、ベテルギウスってフ◯イナルフ◯ンタジーの人名でありそうじゃない?中ボスの名前とかで)
誰に向けたものかもわからない茶々を挟みながら、消去法で残った最後の名前を書き出してみる。
『アドマイヤプロキオン』
(……まぁ悪くはない、て感じかな……。『プ』が入ってるからどうにも力が抜けるというか、あんまり勇ましそうな印象は無いし。個人的には『プロキオン』て語感もなんとなく好きなんだよなぁ。ただ、これも語呂が悪い気がする……いやいやでもぶっちゃけ、『マチカネフクキタル』とか『サクラバクシンオー』とかが許されるんだったらこれでも全然行けそうな気はするよな……いやしかし……)
一人でウンウンと唸るのだが答えは出てこない。なんだか考えれば考えるほどドツボに嵌まりそうだった。
ここはいっちょ、
「………」
「どうしたのアヤベさん? なにかわからないことある?」
まだ自分の課題が終わってないのに友達の課題に話を振るように、ついつい僕は彼女の方を覗き込んでいた。
だが、アヤベさんの方は結構真面目に悩んでいたのか、「……まぁね」と珍しく僕に相談を持ちかけるような姿勢を見せた。
それからペンを机に置くと、彼女が考えたニンゲンの子用の名前候補を僕に見せてくる。
「どれどれ?」
若干のワクワクも込みで確認する。
なにせ、あのアヤベさんが考えたニンゲンの名前なのだ。単純に興味がある。友達の小説を読むような気分というか。
そうして、そんな期待と共に僕が見た紙には───
『月星』
という文字が踊っていた。
思わず、思考が詰まる。
「……え、えっと……アヤベさん?」
「なに?」
「これ……なんて読むの? つ……つきほし?」
おそるおそる尋ねると、アヤベさんは───僕の視点では、胸を反らし僅かにドヤ顔のような表情になって言った。
「『げっせい』よ」
「ダッサ───いたぁ!?」
思わず呟いた瞬間にアヤベさんのチョップがコメカミに突き刺さった。
「いった、ちょ何すんのさアヤベさん!? 今の絶対手加減してなかったでしょ!?」
悲鳴を上げるが、アヤベさんは頬を膨らませたような顔をして連続でチョップする。
「……うるさいわね。人が考えた名前をダサい呼ばわりしておいて」
「痛い痛い痛い! ちょっ、それ以上動いたらアヤベさんの体の方が不味くなるって!」
お腹の子に妙な負担がかかったら大変だ。
引き続きチョップを受けながらも、僕はなんとかアヤベさんを大人しくさせた。
「ご、ごめんって、あの、つい……こ、個性的な名前だったからさ、ちょっとね……」
「…………」
アヤベさんはまだご立腹そうだったが、一先ずは矛を納めることにしたようだった。ホッと一息つき、もう一度『月星』という字面を見てみる。
(いやー……ないな)
ネーミングセンスは人それぞれかもしれないが、少なくとも僕の感覚からはそうだった。
苗字ならともかく名前でコレは……。
仮に苗字が『
『
……いや、ないな。
どう対応したものかと紙を見つめ直していると、ふと下の方にもう一つ名前が書かれているのが見えた。
どうやらアヤベさんが候補に上げていたのは一つだけではなかったらしい。
「……見ていい?」
「……どうぞ」
一応彼女に許可を取る。さっきの今なのでまだ不機嫌そうだったが彼女は了承してくれた。
今度はワクワクと、若干の不安を抱きながら見てみる。
『夜空』
頭抱えたくなってきた。
またこわごわながらも聞いてみる。
「えっと……これは、何て読むの?よ……や?やそら?」
僕の問いに、アヤベさんは毅然とした態度で言った。
「『よぞら』よ」
「あーそのまま読むパターンだったかー……」
思わず額に手を当ててしまった。
「夜空のように、綺麗に育ってくれることを祈ったわ」
「安直すぎるでしょ……」
いや、安直なのはある意味君らウマ娘の特権なとこあるかもしれないけど……。
そうだ。
考えてみれば当然だった。
ニンゲンがウマ娘の名付けをしたことがないなら、ウマ娘だってニンゲンの名付けなんかしたことがない。
日本人が外国人の名前を考えられないように、外国人も日本人の名前は考えられないのだ。
だからアヤベさんもわざわざ『すり合わせる形にしよう』と提案していたのだ。
もうすぐ父親になるというのに相変わらずの察し能力の低さを嘆きたくなる。
……いやしかし、それを差し引いてもここまでというのは……単純に本人のセンスもないようn
「今何か失礼なこと思った?」
「何も思ってません」
「……嘘。正直に話しなさい」
「…………」
「……怒らないから」
「芸名とかペンネームならともかく、人名に『夜空』そのままはねーなと思いました───痛い痛い痛い!! 耳つねらないで!! 怒らないって言ったじゃん!!」
僕の悲鳴が響き、「だったら次はあなたの名前を見せてみなさいよ」といつになくムキになったっぽいアヤベさんが言って、リビングはどったんばったん大騒ぎになる。
そうした僕らの騒がしさにあてられたからだろうか。
アヤベさんのお腹の中にいる子が、またポコンと動いた。
その音は、今度は僕にもハッキリ聞こえた。