僕はトレセン学園のトレーナーだ。担当しているウマ娘はアドマイヤベガこと、アヤベさん。
今回は割愛するが、彼女に男性観ならぬウマ娘観を破壊されたりして、かれこれ二年になる。
そんなこんなで日々が過ぎ、本日は綺麗な夜空が広がる12月24日。
そう。クリスマスである。
そんな日に、僕とアヤベさんはトレーナー室にいた。
前日から準備していたのもあり、部屋の一角には大きなツリーが飾られ、床にはなんかそれっぽい白い綿が所々に敷き詰められている。トレーナー室の冬化粧はしっかり完了しているようだった。
そして今、僕らの目の前にはこれまた大きな箱が置かれている。
「……んじゃ、ご開帳~」
バラエティ番組の豪華商品を発表するときのように、ゆっくりと箱の包みを解いていく。
すると中から現れたのは、色とりどりのケーキだった。ずっと前からの予約戦争を勝ち抜き、ついさっき寒い外から持ち帰ってきたケーキ群。
ショートケーキにガトーショコラ、モンブラン、チョコレートケーキなど、まるでここが小さいケーキ屋になったようだった。
「…………」
女の子は甘い物が好きだと相場が決まっているが、それはアヤベさんも例外ではないらしい。表面上はいつものクールビューティーでも、目や耳がいつもよりキラキラピコピコしている。
そう喜んでもらえると、寒風に晒され続けた僕の手の平も報われるというものだ。
そうしてひとしきりの用意が終わると、僕とアヤベさんはゆっくりと顔を見合わせる。
そう。
クリスマス。
飾り付けをした部屋。
そこにトレーナーと担当ウマ娘。
ならば、そこから導き出される行事はただ一つ。
「……よし。それじゃ、メリークリスマ───」
「メリークリスマーーースっ!!このボク、テイエムオペラオーと愉快な仲間達によるクリスマスパーティーの始まりだっ!!」
「いぇーーい!」
「ク、クリスマ~ス!」
パン!パパン!
栗毛の覇王様が音頭を取り、多数のクラッカーが鳴らされた。それと同時に、トレーナ室が呼吸を思い出したように騒がしくなり始める。
そんな周りを見て苦笑いしてから、僕も持たされていたクラッカーを一拍遅れて鳴らした。
「さぁまずはケーキだ!ボクはモンブランをもらおう!ちなみに早い者勝ちだからね!」
「ちょっと」
「あ、オペラオーちゃんズルいです!私はショートケーキを!」
「ねぇ」
「で、では私はガトーショコラで……」
「ねぇってば!」
アヤベさんの言葉にようやく───トレーナー室にいたオペラオー、トップロード、ドトウの動きが止まる。
……かと思いきや、
「なんだアヤベさん、まだクラッカーを鳴らしていなかったのかい? それとも、クラッカーの鳴らし方がわからないのかい?」
「く、クラッカーって、日常生活じゃ意外と鳴らす機会ありませんしねぇ~……」
オペラオーがアヤベさんの手からクラッカーを抜き取り糸を引く。
パァン、と単独で鳴ると寂しく感じる音が響いた。
一連の出来事にアヤベさんは無言のまま固まっていたが、やがてオペラオーを睨み付けると、
「……もうこの際、なんであなた達までクリスマスパーティーに参加してるのかは問わないわ。なんで
「なんでって……元はここで開催する予定だったからだろう?」
「いや、それはあくまで私とトレーナーでする場合だったから……こんなに大勢で来られるとスペースが───」
「まったく水臭いなぁアヤベさんは!この数年同じ釜の飯を食い、同じターフで駆け抜けてきたボクたちをクリスマスパーティーに呼んでくれないなんて!」
「……さっきから微妙に会話が成立してないのだけれど」
諦めたようにアヤベさんは肩を落とした。
……実は当初の予定では、このトレーナー室で僕と彼女の二人でひっそりとしたクリスマスパーティーをするつもりだったのだ。
だが、オペラオーがどこからかその話を聞き付けたらしく、あれよあれよと覇王たちの間で話が広がり、そうしてあれよあれよと皆で盛大に行う方式へと変更されて……今に至る。
ちなみにアヤベさんは不服そうだが……僕としてはアヤベさんと二人きりでクリスマスとか緊張し過ぎて空回る気しかしなかったので、このオペラオーたちの乱入は……正直ありがたいと思っていたりする。
結局、大人数でワイワイやるのが一番楽しかったりするし。
ちょっと本来の予定よりは騒がしくなってしまうだろうが……それは今回のトゥインクルシリーズを盛り上げた立役者たちだということで、大目に見てもらうってことで。
「いぇーい!アヤベT盛り上がってるぅー?今日は朝までサタデーナイトフィーバーだぞー!」
「うおっ」
なんてことを思ってると、誰かに背中からのしかかられるようにして肩を組まれた。
なんだなんだ敵襲か、と慌てて後ろを見ると、そこには僕より少し先輩にあたるオペラオーTがいた。
「なんだ、オペラオーTか……」
「くひひひっ、なんだとは失礼だなぁアヤベT!この数年同じ釜の飯を食い、同じターフで駆け抜けてきた俺たちの仲じゃねぇか!」
「いや別に僕らはターフを走ってはいないけど……てか、なんかテンション高いなお前……」
そこで特徴的な匂いが鼻腔をくすぐった。先のオペラオーTの上機嫌さと合わせて、すぐ答えに至る。
「おまっ、さては酒飲みやがったな!?」
「はい。さっきまで飲んでたっスよ」
オペラオーTの代わりに答えたのは僕より少し後輩にあたるナリタトップロードTだった。開始前までトプロとノリノリでいたためか、頭にサンタ帽を装着している。
「なんか、『ウマ娘ちゃんたちの幸福なクリスマスのためにも、ここは自分が盛り上げなくちゃいけないから、その気合い入れるために飲んどいた』とか言ってたっス」
「独身社会人の初告白か。ここ仮にも学生いるってのに……」
「っしゃあ!カラオケセットも持ってきたし、ここは俺らが景気付けに一曲歌うか!くひひひひっ!」
「ちょ、引っ張るなって!」
「ジ、ジブンもっスか!?」
こうして、例年よりも騒がしく僕らのクリスマスパーティーは始まった。
「くひひひっ。はぁ、フィーバーした」
パーティー開始から数十分ぐらい経ったあたりで、僕たち三人のトレーナーによるリサイタル大会はようやく落ち着いていた。
全力で戦った後のように疲労感の中に爽やかさを滲ませるオペラオーTと対照的に、僕とトプロTは疲労感だけがあった。
「フィ、フィーバーしすぎっスよオペラオーT……」
「まさか『うまぴょい伝説』を踊り付きで歌わされることになるとは……」
一応アヤベさんたちの練習を頻繁に見ているので踊り自体はできた。
しかし……
「学生時代ならともかく、この歳になってアレを歌って踊るのは中々に恥ずかしいな……」
「なにを言うかアヤベさんのトレーナーくん!ボクたちはずっとアレを歌って踊っているというのに、それは少し失礼なんじゃないかい?」
マラカスを振って所によっては一緒に歌っていたオペラオーが言う。
いや、確かにその通りだが……そもそもうまぴょい伝説はウマ娘のような美声の美少女が歌うからこそ絵になるのであって、二十過ぎた野郎三人が歌ってもおぞましいモノにしかならない気がするのだが……。実際何回か自分達を客観視して体が止まりそうになったし。
オペラオーたちからのウケ自体は良かったのが救いだが(というか、ウマ娘はトレーナーが一緒に走ったりライブの曲を歌ったりするとやたら喜ぶ傾向がある)。
「にしても……あーっ、腰がヤバいっス……腕も足もガタガタなんスけど……」
「ふふっ。トレーナーさん、所々足が上がってませんでしたしね」
「トプロ……いやいやこの歳であれだけのダンスをするのはキツイんだって……!トプロも二十越えたらこうな……あ、でもウマ娘は運動機能あんま衰えないのか。ちくしょう」
「あ、アヤベさんのトレーナーさんも、『今日もめちゃめちゃはちゃめちゃだ』の部分を噛みそうになってましたね~」
「バレたか……いや、あそこ本当に難しいって……舌回んないよ」
「いっ、いえいえ!バ、バカにしているわけではないですよっ。私も気持ちはすごくわかりますので~……」
でもかっこよかったですよ!というドトウの言葉を気休めにしつつも、軋む足を動かしてソファーに向かう。
ちなみにオペラオーTはというと、途中で酒を追加した様子もないのにまだアルコールが抜けていないらしく、この振り付けはこっちの方が良いかとか、ここの
……うまぴょい伝説に
疑問に思いつつもソファーに座る。すると、タイミングを見計らっていたように視界の外からオレンジジュースの入ったコップが出てきた。
「……お疲れ様」
「うおっ……なんだアヤベさんか。びっくりした」
コップを受け取りジュースを飲む。カラカラな喉にフレッシュな液体はよく染みた。
「あー美味い……。しかし、手も足もホントに痛いな……明日は筋肉痛確定かも」
「……歳も考えず騒ぐからよ」
「ご、ごめん……」
完全に呆れた顔をしているアヤベさんに苦笑いする。
あくまで誘ってきたのはオペラオーTだが、それを踏まえても確かに少し騒ぎすぎたかもしれない。
口では嫌がりつつも、案外内心では僕もテンションが上がっていたということだろうか。
ちなみにさっきからソファーに座っていたアヤベさんの手元には、ショートケーキがあった。皿の上に置かれたスポンジとクリームの塊は、既に半分ほどが減っている。その頂には、赤いイチゴがまだふんぞり返っていた。
「……あ。アヤベさんって、ショートケーキのイチゴは最後に食べる派なんだ」
「……なによ。悪い?」
「ああいや、そういうつもりじゃ」
食べ方にケチを付けられると思ったのか、ジロリとこちらを見てくる。その目線を僕は慌てて否定した。
むしろ、
「僕も最後に食べる派だからさ。オペラオーTもトプロTも最初に食べる派らしいけど」
「……そうなの?」
ケーキを食べながら、アヤベさんが足を僅かに僕の方に向ける。
「うん。だから気が合うなー、なーんて……」
僕がそう言うと、アヤベさんは目をパチクリとさせた。
それから数秒ほどした後、またケーキを食べる作業に戻る。
「……そう」
……なんか、文字数の割にやけに返答が遅かったような。間に一体どんな感情が揺らめいていたのか、必死に読み取ろうとしてみたが、残念ながら僕にはわからなかった。
まぁ、そういうのはアヤベさんと一緒にいたらさほど珍しいことでもないし大丈夫かな。
そう思い、この話題はここで打ち切り別の話題に移ることにする。
「この後皆でプレゼント交換もあるよね。楽しみだよ」
部屋の隅にあるクリスマスツリーに目を向ける。ツリーの足元には枝から落ちた木の実のように七つのプレゼントボックスが置かれていた。
先も言ったように、ひとしきりバーティーが終わった後のプレゼント交換に使う物だ。
僕のは青い箱。中に入っているのはニット帽である。それもウマ娘でも使える、耳の位置に穴が空いてるバージョンである。
七人中四人がウマ娘で確率的にはウマ娘にあたる可能性が高いので、ウマ娘用の品の方が良いかと思ったのだ。人間にあたったら知らん。それはそれでネタにできるし無難と言えるだろう。
そんなことを思いながら皿の上に盛られている唐揚げに箸を伸ばそうとしていると、
「……そうね」
アヤベさんの返事が耳に届く。
それ自体に違和感はない。
だが、僕はその台詞の発せられ方に少し違和感を覚えた。今の彼女の言い方はどこか、歯切れが悪かったように思えた。
そのことを僕が問いかけようとした時、
「おーいアヤベT立て!くひひひっ、次はハレ晴◯ユカイ歌うぞ!あの涼宮ハ◯ヒの憂鬱の!」
オペラオーTの酔っぱらいのような───あ、酔っぱらいだった───声が響いた。声を認識すると同時に、そのままズンズンと近くまできていたオペラオーTに引っ張り上げられる。
「えっちょ……ま、また歌うの!?」
「おうよ!しかも今回もちゃんと踊るぞ!ちゃんと踊れるだろうな!?古のオタクにとって、ハル◯ダンスの踊り方は必修科目だったからな!」
「まぁ流行りまくってたから、一応は踊れるけど……」
「ようしじゃあやるぞォ!見てろよオペラオーとドトウ!」
「ふふっ、しっかり見ておくよトレーナー君!」
「は、はいぃ!……ところで、さっきからトレーナーさん達が言ってるハ◯ヒって、誰のことなんですかぁ?昔のアニメのキャラクターなんですか?」
「ぐふぅ……は、◯ルヒを知らない世代……っ!?」
オペラオーTが目を見開いた。
この小説のジャンルによっては喀血していたかもしれない。
「お、お前ら……ホントにハル◯知らねぇの……?」
「は、はいぃ~……」
「とっ、トプロは!?高等部は!?」
「い、一応名前でしたら……でもどういう話かは……」
「……マジかよ」
「◯ルヒのアニメって2006年のモノっスからね……もう知らない世代が出てきててもおかしくはないっス。ちなみに原作一巻が発売されたのはもう約二十年前に───」
「おうそれ以上はやめろマジで。もうこの話はやめよう」
いつになくダメージを受けた様子のオペラオーT。あまりに衝撃だったためか酔いも若干冷めたようだ。
……正直ノリがウザいところがあったので、これに関してはトプロTグッショブと言わざるを得ない。
その後もパーティーは滞りなく進み、かのプレゼント交換の時間になる。
「おっ、『星座大辞典』だ!なるほどボクにぴったりなチョイスだよ!とはいえ、いつかこの辞典にはボクという名の星座も加えた上で出版し直してもらわねば!」
「なんでよりによってあなたが取るのよ……。ところで、このハンドクリームのボトルは……」
「あ、それ私です!好きに使ってくれて良いですからねアヤベさん!」
「俺が受け取ったのは……くひひっ、オペラオーのブロマイドか」
「それはボクだよ!」
「むしろこれでお前じゃない方が怖ェよ。しかし、いつも担当してるウマ娘のブロマイドをもらってもアレなとこはあるな」
「ジブンのは……ニット帽っスか。いいっスね最近寒くなってきたんで……って、これウマ娘用じゃないっスか!?」
「あ、それ僕が用意したヤツだわ。よかったな、被れよ」
「いや良いっスけど……この穴はどうすればいいんスか?ここだけ頭皮丸見えになるんスけど……」
「別に大丈夫じゃない?ほら、パッと見ダメージジーンズと同じ感じのノリに見えるし」
「ダメージニット帽は斬新すぎるっスよ」
「くひひひっ、細かいこと言うな。今時の若者だろ、ウマ耳ぐらい気合いで生やせ」
「いくら親がウマ娘でもそれは無茶な注文っス……」
やいのやいのと言い合いながらプレゼント交換が終わると……今度はカラオケ大会の第二弾が開催された。
僕らトレーナーは再びマイクを握らされ、もう二年も経っているというのに『Make debut!』を歌わされ、途中でオペラオーが『帝笑歌劇』を歌って乱入してきたりと色々あった。
ちなみにアヤベさんはグループ曲でもない限りは積極的に歌おうとはせず(ドトウなどに頼み込まれたら歌ってた)、減った飲み物を補充したりカラオケ機器の操作をしたりと、どちらかというと裏方に徹していた。
ひょっとしたら楽しくなかったのかな、と少し心配になったが───子供のように騒ぐトレーナーたちやオペラオーに呆れながらも、彼女の口角は僅かに上がっていた。
そのことに密かな満足感を覚えつつ、僕らは騒ぎ続けた。
そうして、更に更に時間が過ぎた後。
用意したケーキや飯も粗方食べ尽くし、歌のレパートリーも尽きて皆そろそろ疲労の色が濃くなってきた。
オペラオーTなんかは騒ぎすぎで既に消耗していたにもかかわらず、『まだだ……俺はもっとこのパーティーを盛り上げねば……!』とか言って酒を追加した結果完全に疲労が限界に達してしまい、半分寝ながら歌うという人間オルゴールのような状態になってしまっていた。……オペラオーT、こんな酒癖悪かったのか……。
他のメンバーも徐々にリタイアしていく中(元来の規則正しい生活のためか、オペラオーも船を漕ぎ始めていた)、僕とアヤベさんは、
「ううっ、風が冷たい」
「熱を冷ますにはちょうど良いと思うわよ」
彼女からの誘いで、外の空気を吸うために校舎の屋上へとやってきていた。
今宵は様々な飾りつけが施されているトレセン学園も、さすがに屋上までは手付かずらしい。ここは普段の素材のままの光景が広がっていた。
屋上から見下ろすと、さっきまで僕らがいたトレーナー室以外にも至る所に明かりが灯っており、皆思い思いのクリスマスを過ごしているようである。学食の所なんかは生徒会主催の会があるから、より一層のバカ騒ぎか行われているだろう。僅かにだが、喧騒がここまで聞こえてきていた。
「……星も綺麗ね」
アヤベさんの言葉につられて、今度は上を見てみる。
残念ながら今年は雪は降らないようでホワイトクリスマスとはいかないが、代わりのように星が目一杯輝いていた。
放っておくと、なんだかいつまでも見てしまいそうな空だった。もしかしたらアヤベさんはそうかもしれない、とアヤベさんの方を見ようとしたとき。
彼女も僕の方を見ていたらしく、バッチリと目が合った。
まさか彼女の方まで僕を見ているとは思わなくて、息が詰まった。なんとなく、夜空を反射して光る黒い瞳から目が離せなくなる。
そのまま数秒ほど睨めっこをしていると、不意にアヤベさんが咳払いした。
「……トレーナー」
「んぇっ!?な、なに?」
つい変な声を出してしまう。
だがアヤベさんはそれも気にせず、スカートのポケットから何かを取り出す。
「……はい。メリークリスマス」
そう言って彼女から手渡されたのは、青色の毛糸の手袋だった。
思わず、目が点になってしまう。
「……プレゼント?」
「……えぇ」
「それは……さっきのプレゼント交換の時に出し損ねてたとか、そんなんじゃなくて?」
「……違う。……私個人から、あなた個人へのクリスマスプレゼント。あなたには、日頃からお世話になってるから」
そのあたりで、ようやく僕は今起きている現象が夢ではなく現実のことなのだと認識した。手の平にある手袋が一気に重みを持つ。
「まぁ、お世辞にも上手く編めてるとはいいがたいけど」
「いっ、いやいやそんなことは!」
慌てて言い、手の平に乗っている手袋を見つめる。
柄も余計な装飾もないシンプルで、彼女のイメージカラー(諸説あるが)でもある青色の手袋。青は分類では寒色系にあたるというのに、見るからに暖かそうだった。
それをアヤベさんがくれた、編んでくれたというだけで、更に僕の中での効力は二十倍に跳ね上がる。
「えってか待ってっ、これ手編みなの!?」
「……一応ね。あんまりやったことなかったから、不格好だけど」
確かによく見比べてみると、左右で長さが若干違った。だが、それがなんだというのだろうか。むしろ『味』が出ていて非常に良い。
場所が場所なら、僕はこの手袋を抱き締めて漢泣きしていたかもしれない。
クリスマスプレゼントをもらって喜ぶなんて、いつぶりだろうか?
「うわぁ……あ、ありがとう!これ、一生大事にするから!」
「……そこまで大事にされても困るけど」
アヤベさんは少しだけ横を向いた。
どうやら僕の喜びように若干引いているようである。だが、その表情にはどこか……安心感も含んでいるように思えた。
「これっ、今着けていい?」
「……もうあなたの物なんだから、勝手にすればいいわ」
了承をもらったのでさっそく着けてみる。
さすがはアヤベさんの一作と言うべきか。着けた瞬間に外界の寒さの一切が遮断され、内部の温かさに包み込まれた。
「うぉぉ暖かい……!」
「……そう。ならよかった」
ふぅ、と。
やはり安心したようにアヤベさんは息をついた。
それを見てると、改めてアヤベさんへの感謝の気持ちが湧いてきた。
僕は編み物なんてほとんどしたことがない。かろうじて『なみ縫い』ができる程度だ。玉止めのやり方すらもうろ覚えである。
だけどきっと、この手袋を編むのがすごく難しいのだということはわかる。
だがどんな形であれ、彼女はそれを作り上げてくれたのだ。そう思うと、口は勝手に動いていた。
「あの、アヤベさん。なにか、僕にしてほしいことってある?」
「え?」
珍しくアヤベさんが素に近い声をあげた。
藪から棒になんだ、とでも言いそうな勢いである。
「なによ、藪から棒に」
と思ったら言ってた。
「いや、これだけのものをもらったんだから……なにかお返しがしたいなと思って」
「別に気にしなくていいわよ。そのために作ったんじゃないし」
「い、いやそういうわけには!」
これだけの物をもらいっぱなしというのは、トレーナーとしての面子(元から無いようなものだが)にかかわる。
だがアヤベさんの方は特にそれを望んでいるわけではないらしく……。
そのまま一分ぐらい、お互いに「いやいや」と言い合う拮抗戦が繰り広げられるか……と思ったが。
不意に下の方からなにかが聞こえ始めた。
アヤベさんの耳がピン、と立った。
「……ダンス用の音楽、流れ始めたみたいね」
「……みたいだね」
かなり大音量で流しているのか、僕の耳にもうっすらとだが音楽は届いていた。トレセンではそれなりに有名な物である。
音につられる形で食堂の方を見てみると、窓ガラス越しに小さく踊っているウマ娘が見えた。サンタ帽を被り、トレーナーや同期のウマ娘と手を取り合う彼女らは、とても楽しそうで。思わず笑みがもれてしまった。
すると、それを見たアヤベさんは少しだけ何かを考えているような間を挟んだ後、またコホンと咳払いした。
「……ならせっかくだし、一曲踊りましょうか。それがあなたのできるお返し」
「え?」
僕が目を見開いたときには、僕があげたばかりの手袋に包まれた彼女の手があった。
まるで王子様が姫にするように、手のひらを僕の方に向けている。
思わず焦った。
「踊るって……誰と誰が?」
「……あなたと私。他に誰がいるの?」
「なっ、なんで?」
「『せっかくだから』て言ったでしょう。音楽は流れ始めたし、ここは広いから。……それとも、トレーナーは嫌?」
「嫌なわけないけど……で、でもアヤベさんはいいの?それに僕、こういうときどんな風に踊ればいいかわかんないし……」
「……別に。私がエスコートするから、あなたはそれに合わせればいいわ」
「で、でも───」
「いいから」
「アッハイ」
説き伏せられるまま、二人ゆっくり手を取り合う。
手袋越しでもアヤベさんの手の柔らかさと温かさが伝わってきて、否が応でも鼓動は早くなった。
アヤベさんは僕の指に自分の指を軽く絡ませると……感触を確かめるかのように、なぜか数回握り直していた。
それから一つ息を吐くと───
「……じゃあ、いくわよ」
タン、タタン、タン
音源から遠い故に、屋上には地面踏みしめる足音の方が大きく響いていた。
微かに聞こえる音楽を便りにリズムを掴み、アヤベさんの足を頼りにステップを刻んでいく。
アヤベさんの方はさすがというか、ダンスはかなり堂に入ったものだった。
ダンスといえば連想するのはスマートファルコンだが、あちらがそれこそアイドルのような動きだとするなら、こっちはスケートのような、凛とした綺麗な動きだった。
そんな輝かしさを維持しながらも、僕のレベルに合わせてくれているのか。不思議と着いていくのは簡単だった。
ただ彼女が切り開いた道に沿って足を動かせばいい。しかもその道には事前に下書きがしてあったかのように、えらく追いやすいのだ。
まるで自分までダンスが上手くなったような錯覚を覚えそうになる。
アヤベさん、将来ダンスインストラクターとかになったらどうだろう。ていうか、人に何かを教えるの上手そうだよね。
そう思ったが、今の舞台にはあまりに無粋すぎる言葉だと思い、口には出さなかった。
食堂の方から響く音楽が、僅かに曲調を変える。それに伴い、アヤベさんのステップも変化した。
バカな思考を打ち消して、すぐに追いかける。
「……そう。それでいい。意外と筋は良いのね」
踊りに集中していたため、最初なんの言葉かわからなかった。
僕に向けた言葉、それも称賛だったと気づいたのは、たっぷり五秒ほど経った後である。
「そ、そうかな?」
アヤベさんから褒められるのは珍しく嬉しくて、顔が赤くなってしまう。……その直後、足が乱れてしまった。
「調子に乗らないの」
「す、すいませんっ」
これまた最近では珍しく、アヤベさんにやや強めに注意された。
少し怖かったが、それほどに今、彼女は僕とのダンスに集中して臨んでくれているということなのだろうか。
そう考えるとやはり嬉しかった。
音楽はまだ続く。
音楽が続けばダンスも続く。夜空の下で行われる舞踏会。
時には深く、時には浅く、絡み方を変える指。でもけして離れない、二つの手。
お互いの手袋越しの温もりを感じながら、僕たちは音楽が止まるまで踊り続けた。