アヤベさんとの日常の一コマ 短編集   作:トマリ

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とあるお昼のアヤベさん

 

 僕はトレセン学園のトレーナーだ。担当しているウマ娘はアドマイヤベガこと、アヤベさん。

 今回は割愛するが、アヤベさんに言葉責めされまくって無視されまくって蹴られまくって邪険に扱われまくった末になんとか彼女に担当トレーナーと認められて、かれこれ二年となる。

 

 そんな僕は現在、自分のトレーナー室にてパソコンと向かい合っていた。

 トレーナー業というのは基本的に激務である。友人からはよく『金もらって美人のウマ娘の世話を出来るんだから良いご身分だよなー』なんて言われるが、いやいやそんなことはない。

 休日はもちろん、プライバシーもへったくれもない日々であり、むしろ『美人のウマ娘と関わらせてもらわなきゃ割に合わない』仕事である。仮にも一個人の人生を左右するのだから、プレッシャーだって相当なモノだ。

 更にウマ娘によっては、プラスアルファで実験に付き合わされたり霊障に巻き込まれたり、ナウでヤングなトレンディにされたり、砂場で化石掘るのに付き合わされたりするしで、世間一般のイメージとは裏腹に本当に過酷な仕事でなのある。

 

(……まぁ、その点アヤベさんは全然手のかからないウマ娘だからいいんだけど)

 

 精々たまに星を見るのに誘われたり、他の娘(主にオペラオーやドトウ)と話してたらなぜか機嫌を悪くする程度だ。『ウマ娘』としてはもちろん、『年頃の女の子』としても十分大人しい方である。

 

(代わりにほとんど頼りにもしてくれないんですけどね……)

 

 ホロリとしながら僕はキーボードの上で指を踊らせる。構われまくってプライベートが無くなるのは困るけど、かといって頼られなさすぎるとそれはそれで寂しい。

 やはり無い物ねだりは止められない。なんだかんだで一番勝手なのはトレーナーなんじゃないだろうか……と。

 作業が一区切りついたところで、僕はわざとエンターキーを強く叩いた。

 

「あーーー……休憩しよ……」

 

 キーボードから手を離し頭の後ろへやる。

 思い切り伸びをすると、胸骨と背骨からパキパキと音が鳴った。そのまま椅子の背もたれへ体重をかける。

 首を曲げるというよりは折るようにして横の壁にかけられた時計を見る。時計の短針は12の数字を示しており、そろそろ腹の虫が活発になる頃である。

 

(昼飯か……でもあんま食欲湧かないな……。仕事まだ残ってるし。正直食べてる時間が惜しい……しゃーないか)

 

 背中を起こして、机の引き出しから予め買っていたゼリー飲料を手に取る。十秒チャージでお馴染みのアレだ。銀色の袋を見つめながら、飲み口のキャップを無心で開け唇をつけた。

 頬に力を込めて吸うと、ジェル状の飲料が口に入り喉を通っていく。

 

「あー、やっはじはんないときはこへにかぎるわー……」

 

 思わず温泉に入ってる猿みたいな表情になる。ゼリーに凝縮された栄養素が一瞬で体に取り込まれていくのを感じる。

 以前まではゼリー飲料はあまり好きではなかったが、慣れると悪くない。

 トレーナー業を長く続けていると、次第にわざわざ何かを食べようとする手間すら億劫になってくる。それぐらい忙しいのだ。

 もちろん良くないことだというのはわかっているんだが、めんどくさいのはしょうがない。

 ぶっちゃければ、半日ぐらいは何も食べなくても耐えられる。だが、やはり何か口に入れとかないと落ち着かない。それで行き着いたのがこのゼリー飲料というわけだ。

 

「ぷはっ。上手かった」

 

 空になったゼリー飲料をゴミ箱に放り込む。

 さすがは、この前に『あのシンボリルドルフも絶賛!? エネルギッシュな栄養素を過去最大級に配合! これでアナタもウマ娘にならないか?』という触れ込みで新発売されたゼリー飲料だ(ちなみにCMはミホノブルボンが務めている)。このタイプは初めて飲んでみたが、次からはこれを買っても良いかもしれない。

 

「さっ、休憩終わり。続きやろっと……ん?」

 

 もう一度だけ伸びをしてから、またパソコンに目を向ける。だが指をキーボードに乗せようとしたとき、パソコンの隣に置いていたスマホが振動した。

 誰だよこんな時に、と思いながら起動する。

 

 

『おーいアヤベTー。ヒシアケボノがどこにいるか知らねぇか?』

 

 

 僕を出迎えたのは、それなりに付き合いのあるヒシアケボノTからのそんなLINEだった。母親である鹿毛のウマ娘から受け継いだらしき濃い茶髪が特徴で、愛バであるヒシアケボノと仲睦まじくベタベタできているという羨ま……不愉快極まりない男である。

 

 

『知らないよ。僕ずっとトレーナー室にいたんだから』

 

『あれ、おかしいな。アイツの部屋に行ったんだけどいなかったんだよな……』

 

『お前が知らないのに僕が知るわけないだろ……。アヤベさんと仲良いわけでもないし……』

 

『この後ちゃんこ鍋ごちそうしてもらう予定だったから、早く行かなくちゃいけないってのに……』

 

『ははん、さては自慢したかっただけだな貴様』

 

『バレたか(笑)』

 

『ちゃんこ鍋で舌火傷すればいいのに』

 

『残念。俺は元から猫舌だ』

 

『じゃあなんでちゃんこ鍋食べてんだよ……』

 

『そりゃーもちろん? ヒシアケボノとの“愛”のためかなぁ?』

 

『消し炭になればいいのに』

 

 

 怒り顔のスタンプを送りつけてLINEを閉じる。

 あーーーーくそう憎らしい悔しい羨ましい爆ぜろあんちくしょう。

 怒りに任せて机の引き出しからもう一つゼリー飲料を取り出してタバコみたいに咥える。

 

(ちくしょうどいつもこいつも簡単にウマ娘とイチャつきやがって! トレセンは婚活会場じゃねぇんだぞ! 爆ぜろ爆ぜろ分けろ!!)

 

 フクキタルのトレーナーが『占い』と称してベタベタしているのは有名な話だし、お堅いイメージの強いシンボリルドルフのトレーナーだって、昼食は毎日ルドルフが作ってくれた弁当を食べてるらしいし、アグネスタキオンのトレーナーは弁当を作ってるしナイスネイチャのトレーナーは商店街になりやがった!

 

(はー……羨ましい。僕だってアヤベさんに弁当を作ってほしいし、アヤベさんとイチャイチャしたい。僕のツラで許されるんなら、『僕が君のデネブになってみせるよ』的な台詞だって言ってみたい)

 

 今のところ妄想でしか言える気配のない台詞を思い浮かべながら、飲み終わったゼリー飲料をゴミ箱に捨ててキーボードの上に手を持っていく。

 

「……あれ? 彦星はアルタイルだったっけ? 確か織姫がべガなのは確定だったはずだから……。じゃあ彦星は何だ? あれ? えーと……」

 

「彦星はわし座のアルタイルよ。ちなみに、デネブは白鳥座」

 

「あっ、そうだったそうだった。この前アヤベさんに教えてもらったばっかりなのに、すっかり忘れちゃってたよ」

 

「……ほんと。せっかく教えてあげたばっかりだったのにね」

 

「あ、あはは……」

 

 いやー恥ずかしい。

 今度こそ忘れないように脳内のメモ帳にしっかりと書き込んでおこう。

 さて、無駄話が多くなってきちゃったし、早くパソコンでアヤベさんのトレーニングメニューを作成する作業に

 

 

「なんでアヤベさんここにいんの!?」

 

 

 思わず目を剥いた。

 いつの間にやら、トレーナー机の前にあるソファーには僕の愛バであるアヤベさんが座っている。

 おかしい。全然気配を感じなかったんだけど。

 

「……ちょっと、急に驚かないでよ。驚くじゃない」

 

「あっごめん……え、ほんと、いつからアヤベさんいたの!?」

 

「ついさっきよ。ノックもしたでしょ」

 

「うそん……」

 

 全く気が付かなかった。あれか、ウチの愛バは音消して動くのが癖になってるのか。

 てかヤバい。これ、さっきの気色悪い『僕がデネブになるよ』妄想の頃からいたのだろうか? だとしたらそれを読まれていた可能性がある。アヤベさんって結構勘が鋭いし……。

 あんな妄想(しかも星座知識を間違えていた)をアヤベさんに知られた日には、今すぐホームセンターに行って首を括るのにちょうど良いロープを買ってくる必要がある。

 

「え、えーと……それで、アヤベさんは何の用で来たの? 」

 

 部屋でエロ本読んでたときにノック無しで母さんが来てしまった時のような気分で慌てて言う。

 

「…………」

 

 だが、アヤベさんはそんな僕の疑問には答えず、ただジトッとコチラを見てくるだけだ。ゴミを見るような目……とまではいかないが、さながら氷水のような冷たい目だ。正直すごい怖い。

 まさか、さっきまでの妄想が本当に読まれていたのだろうか……!?

 

「…………」

 

「…………」

 

 無言の間が続く。空気が重い。

 この間があと二秒ほど続いたら、もう僕は諦めて土下座する覚悟を決めていたが、幸いにもそうなる前にアヤベさんが口を開いてくれた。

 

「……いつも、そんなのを食べてるの?」

 

「……へ?」

 

 一瞬、何のことかわからなかった。

 わからなかったが、その言葉を受けて冷静に彼女の視線を辿ってみると、その視線は僕ではなく、その脇にあるゴミ箱に注がれているようだった。

 飲みきったゼリー飲料が二つ入っているゴミ箱に。

 

「あ、あー……うんまぁ。食べてる、というよりかは飲んでる、うん。ここ最近忙しいからさ、ほら、ね?」

 

 動揺したせいで変な言い回しになる。

 だがそんな言い回しをアヤベさんはそんなに気にした様子はなく、もう二、三秒ほどゼリー飲料を見つめた後に、

 

「……あまり良くはないから。ほどほどにしておきなさいよ」

 

 とだけ言った。

 その後に、予めソファーの上に置いていたらしきナニカの風呂敷の包みを解いていく。

 ……よくわからないが、どうやらアヤベさんは先ほどの僕の妄想には気づいていなかったらしい。よくわからないがホッとしておくことにしよう。

 

「……それでアヤベさんは、一体何の用なの?」

 

「オペラオーに追いかけられてたから、匿ってほしいの」

 

 僕の質問を予測していたか、アヤベさんは僕の方を見もせず淀みなく手を動かしながら言う。

 

「えっ、今日もなの? オペラオーもよく飽きないねぇ」

 

「……まぁね。なんとか振り切ってここまで来たけど」

 

「うーん……今度、僕の方からオペラオーに注意しとこうか? そろそろアヤベさんも嫌なんじゃないの?」

 

「……そこまではしなくていいわよ。確かに困りはするけど、別にオペラオーとは波風立たせたいわけじゃないから」

 

「でも……」

 

「いいから」

 

「アッハイ」

 

 何故か最後の方だけ語気がやたらと強くなったような気がする。

 と、そこで僕はあることに気づいた。

 

「あの……アヤベさん」

 

「なに?」

 

「……扉の鍵、閉め忘れてるけど。そのまんまじゃ、オペラオー入ってきちゃうよ?」

 

 その言葉でアヤベさんも気づいたようだった。トレーナー室の扉が施錠されていないことに。

 オペラオーは、僕の部屋ぐらいならノック無しで普通に入ってくる。このままではここへ逃げ込んだ意味がない所か、あらぬ誤解まで生み出す結果になってしまうだろう。

 アヤベさんはすぐさま席を立つと、扉の方へ近づいて鍵を閉める。

 ……基本的にアヤベさんは、匿ってもらうときは部屋に入ってきたらすぐに鍵を閉めるハズなのだが。それほどに慌てていたのだろうか?

 戻ったアヤベさんは場を仕切り直すように咳払いすると、

 

「……だからとにかく、ここに匿って」

 

「わ、わかった」

 

 そんなやり取りを終えると、アヤベさんはソファーに座り直す。そして机に置いてある風呂敷の結びをほどく作業に戻った。

 ……さっきから何をしているのだろうか? 僕はあんなものを置いた覚えはないから、きっとアヤベさんが持ってきたモノだと思うのだが……。

 綺麗な星柄模様の風呂敷をアヤベさんが丁寧に解いて畳むと、中から表れたのは弁当箱だった。

 

「……えっ。ちょっと待って、アヤベさんここでお昼食べるの!?」

 

 予想外のモノが飛び出してきて思わず訊く。

 アヤベさんはそこで手の動きを止めて僕の方へ視線を向けた。

 

「……何? 悪い?」

 

「いや、悪くはないけどさぁ……」

 

 一応、僕としては別にいい。

 アヤベさんのような美人は何をしても絵になるから眼福だし。それは食事にしても変わらない。

 

 しかし……それはあくまで僕側の視点であって、アヤベさんが良いかどうかはまた別なのだ。アヤベさんは食事もどちらかというと一人で行いたいタイプだろうし……。アヤベさんが嫌だというのなら、僕は彼女の食事中だけこの部屋から出ていく必要がある。

 そういう意味を込めて僕は言っていたのだが……。

 

「……そもそもオペラオーには、私がお昼ご飯を食べようとしてた時に追いかけられたのよ。今出ていったら、またオペラオーに見つかるに決まってるわ。だから安全地帯のここでお昼を済ませようと思うの。私、何かおかしいこと言ってる?」

 

「えっいや、まぁ、言ってないとは思うけど……」

 

「言ってないわよね」

 

「ま、まぁそうですn」

 

「じゃあいいわね。特に気にしなくていいわよ。私も気にしないし」

 

「アッハイ」

 

 なんか今日のアヤベさんやたらと押しが強いな……。

 とはいえ、アヤベさんが良いのなら僕に拒否する理由はない。本人も気にしなくていいと言っているし、僕の方も作業に戻ろう。

 そのまま当初の予定通りカタカタとキーボードを操作する作業に戻る。それを見てアヤベさんも弁当箱を開けていく。

 だが時折、

 

 

「……ゼリー……想定外………一緒…………思ってたのに……」

 

 

 作業の途中でアヤベさんが小声でボソボソと何やら言っているのが聞こえたが、まぁきっと僕に向けてのモノではないだろうと思ってスルーしておいた。

 アヤベさんは過度に干渉されることをあまり好まない。適度なスルースキルを身に付けることも、アヤベさんとの円満な関係を持続させるためのコツである。二年間の経験は伊達ではないぜ。

 

 

 

 

 

 

 数分も経つ頃には、トレーナー室にはキーボードを叩くカタカタという音と、アヤベさんの食事音だけが響くようになっていた。

 あまり親交の無いウマ娘とではなかなか気不味い場面だが、アヤベさんとでは不思議と苦にならない。むしろ安心感すら覚えそうになる。

 

 パソコン画面の影からこっそりアヤベさんを見てみる。

 アヤベさんが使っている二段弁当箱は、ウマ娘用に大きさや底の深さなど諸々が調整されている特注品。その一番小さいサイズのものだ。

 

(……アヤベさんって、ウマ娘の中ではどちらかというと少食な方なんだよな……)

 

 少なくとも大食いというイメージはない。

 ただでさえ体も細いし……。抱き締めたらポッキリ折れてしまいそうで心配になる。いや抱き締めたことないんだけどね。

 学生という食べ盛り育ち盛りの時期なのに、あれだけで栄養が足りるのだろうか?

 

「……栄養の心配に関しては、あなたは私のこと言えないでしょ」

 

「へっ!?」

 

「少なくとも、昼食をゼリー飲料で済ませてる人には言われたくないわね」

 

「ナチュラルに心読まないでよアヤベさん……それ本当に心臓に悪いから……!」

 

「……あなたがわかりやすいだけ」

 

 くそうマジかよ。もうアヤベさんと接するときにはフェイスマスクでも着けるしかないと言うのか。

 それなりにポーカーフェイスには自信があったはずの顔を自分でつねっていると、そこでアヤベさんは何かを思い付いたような顔をした。

 どうしたんだろう、と思っているとアヤベさんは席を立ってそのまま僕の前へとやってくる。

 そして、

 

 

「はい」

 

 

 ()を僕の前へ突き出した。

 

 ……一瞬、目に入った情報を脳が処理できなかった。

 

 

「……え?」

 

 

 いや、一瞬どころか今も処理できていない。

 視覚情報が正しければ、アヤベさんが突き出している箸には綺麗な形の玉子焼きが挟まれている。

 

「えっと……アヤベさん? 何してるの?」

 

「あなただって、昼食があれだけで足りるわけないでしょ。一つくらいなら食べてもいいわよ」

 

「いやそんな……悪いよ。アヤベさんが作ったモノなのに……」

 

「その作った主である私が『いい』て言ってるんだから。別に、遠慮する必要ないから」

 

 いや、バリバリに遠慮しますけど。

 これは不味い。いや、きっとアヤベさんの料理は美味いんだろうけどシチュエーションが不味い。

 自分より年下の───それも学生相手に大人が食べさせてもらうというのは中々にキツいものがある。

 しかもアヤベさんは気づいているのか不明だが、この体勢は所謂『あーん』の姿勢なんじゃないのか。ダメだダメだ、こんなこと僕にはとても畏れ多い。明日隕石に降られてしまいそうだ。

 なので僕は謹んでお断りしようとしたのだが───

 

 

 グゥー……

 

 

 僕の口より先に腹の虫が悲痛な声をあげた。

 アヤベさんが「ほら」という顔をし、僕の顔は一気に赤くなる。

 

 ……さっきから、気にはなっていたのだ。アヤベさんの弁当箱から漂ってくる美味しそうな匂いが。

 本来なら、ゼリーなどではなく噛みごたえのある食物を摂取したかったのだろう胃袋が、その匂いによってグスグスと啜り泣きしていたのだ。それを忘れるために作業に身を任せていた面もあったのだが……。

 

 

「……どうなの、トレーナー?」

 

「……ありがたく、いただきます……はい……」

 

 

 欲望に屈した。

 やむを得ず僕は、アヤベさんからのお恵みを貰うことにした。

 ヤバい恥ずかしい。死ねる。良い歳した大人だというのに……。

 

「……そろそろこの体勢もしんどいから、早くして」

 

「は、はい……」

 

 目の前に出された玉子焼きを見つめる。非常に良い匂いがして、もう涎が止まらなくなっていた。

 ええいままよと腹を括り、僕は箸越しに玉子焼きを口に放り込み、ゆっくりと咀嚼していく。その様をなぜかアヤベさんはやたらと見つめてきていたので、なんだかとても食べづらかった。

 しかし食べてみると、そんな気不味さは吹き飛んだ。

 

 

「……うまっ」

 

 

思わずその言葉が出てきた。

 

「……本当?」

 

「うん、ほんとほんと。美味しいよアヤベさん」

 

 お世辞などではなく、本当に美味しかった。

 あっという間に咀嚼し終わって飲み込む。体に少し活力が戻ったのを感じた。

 

「これ、アヤベさんが作ったの?」

 

「……まぁ」

 

「へぇー、アヤベさんって料理上手なんだね」

 

「……そういう部類には、入るのかもね」

 

 若干視線を外しながら答えるアヤベさん。褒められているときでも相変わらずのクールビューティーである。

 もっと素直に照れてもいいだろうに。まぁ、今のこの反応でも全然いいんだけど。

 

「あ、でもアヤベさんって、玉子焼きはしょっぱい派なんだね」

 

「え」

 

 そこでアヤベさんは僕の方に視線を戻した。

 

「……トレーナーは、甘い派なの?」

 

「実家がそうだったからね。まぁしょっぱい方も好きだけど」

 

 そもそも分けてもらっておいて文句を言える立場ではない。「ありがとう、ごちそうさま」とアヤベさんにお礼を言って、僕はパソコン作業に戻った。

 アヤベさんはしばし自分で作った玉子焼きを見つめた後、

 

 

「……へぇ、トレーナーって玉子焼きは甘い派なんだ。……ふーん」

 

 

 なにやら意味深な頷きをしてから、席に戻っていった。

 脳に多少活力が行き渡ったお陰か、作業は前よりもはかどっていった。

 

 

 

 

 

 

 それから三十分ほど経った後。

 もう大丈夫だろうと判断し、「……じゃあ、午後からのトレーニングで」とトレーナー室を後にしたアヤベさんを見送ると、僕は食堂へと向かっていた。

 ……先ほどまでは耐えられていたのだが、中途半端に食べてしまうと、却って腹の虫がさっきよりも暴れてしまう結果になってしまっていた。事務作業は一応一段落ついたのだが、もうちょっと食べてから再開しようと思い食堂へ向かうことにする。

 

「おや」

 

 すると、食堂には見知った顔が二つあった。

 

 

「そう! そこでボクは言ってやったのさ。『なに? ヴィットーリアが発動できなくて勝てない? だったら簡単じゃないか。サポートに───』おっと?」

 

「あ、アヤベさんのトレーナーさん!」

 

 

 向こうも僕に気づいたらしく、そのテーブルに座っていた先客二人───オペラオーとドトウが声をかけてくる。

 二人はまだ昼食の途中だったらしく、オペラオーはパフェをつついているし、ドトウは『もはや辛味そのもの』と評されるほど辛いので噂の麻婆豆腐を食べている。天国と地獄かと思うほど対照的な二人だった。

 

「ちょうど良い所に来たよアヤベさんのトレーナー君! 今僕の覇王降臨歴が、山場の二十六章に差し掛かったところでね! トレーナー君も聞いていくと良い!」

 

「……いいけど、それ全部で何章あるの?」

 

「五十章さ!」

 

「……それじゃ、残念だけど三十章ぐらいまで行ったら君たち教室に戻るようにしようか。そろそろ昼休み終わるし」

 

 食堂のおばちゃんに軽く注文してから、覇王と怒涛が座る円形のテーブルに僕も座る。

 どこまでが本当で嘘なのかよくわからない覇王降臨歴を楽しそうに話しながらパフェを食べるオペラオーを見ると、不意に笑みがもれた。

 

「そしてそこで、ボクの髪にくっついていたミニハヤヒデさんが───ん? どうしたんだいアヤベさんのトレーナー君。急に笑って」

 

「ああ、いや」

 

 そのつもりはなかったのだが、オペラオーの覇王降臨歴に水を差してしまった。ここで誤魔化すのもあれかと思ったので、素直に理由を話すことにする。

 

 

「オペラオーって、意外と誰かとご飯を食べるのが好きなんだなーって」

 

「? 確かに嫌いではないが……なぜそう思ったんだい?」

 

 キョトンとした顔をするオペラオー。彼女にしては珍しい表情だ。

 

 

「だって、三十分前まではアヤベさんと昼食を食べようって追いかけ回してたのに、捕まらなかったら今度はドトウを誘ってるみたいだから。そうなのかなーって」

 

 

 僕なりにその考えに至ったワケを話す。

 予想では、この後オペラオーは『な、なぜアヤベさんのことを!?』と困惑した様子を見せるはずだったのだが……。

 

「…………?」

 

 なぜかオペラオーはキョトンとした表情を崩さない。

 驚きというよりは不思議といった感じだ。

 ……あれ? 確かにその感情も予想していたものの一つではあったが、なんだか僕が求めていたものとは違う気がする。

 

「んん?」

 

「あれ?」

 

 次第に僕の方も不思議そうな顔になっていく。

 なんだ? なにかが……歯車が噛み合っていないような気がする。

 

「あのぉ……アヤベさんのトレーナーさん……」

 

 ドトウもそれを感じているのだろう、おずおずと僕に声をかけてくる。

 それに追従する形で、オペラオーもパフェを一口食べてから、イマイチ物事を把握しきれていないような口調のままで言った。

 

 

「トレーナー君の言っていることがよくわからないけれど……。今日のボクは、初めからずっとここでドトウと食べていたよ? アヤベさんを誘おうとした覚えはないけど……」

 

 

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