アヤベさんとの日常の一コマ 短編集   作:トマリ

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今回のアヤベさんは、描写の都合で少し『このシリーズのアヤベさん』としては少々違和感があるかもしれないので、『アプリ版のアヤベさん』の方に近いと思って見てもらった方が良いかもです。



アヤベさんとバレンタインその2【後編】

 

 二月十四日。そろそろ夜の九時を回り、窓の外に綺麗な星空が見え出したという頃。

 

 それまで甘い匂いと甘い声の中行われていたトレセン学園のバレンタインフィーバーは、さすがに落ち着きを見せていた。

 皆既に思い思いの想いをカタチにし終えた。渡した側は達成感に包まれたり悶えたりしながら夜を過ごし、渡された側は次なるホワイトデーに想いを馳せ夜を過ごしている。

 

 さながら祭りの後の清涼感のような……実に平和な時間だった。

 

 

 

 ……ただ一人を除いて。

 

 

 

 

「……別に、悲しくなんかねーし」

 

 

 一人きりのトレーナー室での独り言。それはいつもよりも虚しく響いた。

 それを誤魔化すように目の前にあるキーボードを強めに叩く。

 

 

「……アヤベさんって結構素っ気ないとこあるし。どうせもらえたとしても義理チョコだっただろうし。一応オペラオーやトプロからは義理チョコもらえたし」

 

 

 誰が聞いているわけでもないのにブツブツと独り言を続ける。たぶん端から見たらかなりヤバい奴だろう。

 自分でもわかっているのだが、しかし止められない。嘘をついてる時思わず饒舌になってしまうように、勝手に口が動いてしまう。

 

 

「そもそも僕はアヤベさんと一緒にいれるだけで幸せだったし。なんか別の世界線ではチョコもらえたような気がするし。どうせアヤベさんが僕のことを好きになってくれるわけなんか───」

 

 

 タイピングの手を止め、僕は額に手を当てた。

 

 ……いや、これ以上は止めよう。

 

 これはもはや空元気とかを通り越して惨めなだけだ。開き直りにも限度がある。

 力無く頬を前に倒す。キーボードが頬によって押され、画面に『njbbbbbbbbbbbb』という文字列が映っているが気にしてる余裕はない。

 

 

 時計を見る。

 

 ……午後九時。

 

 やはりこれはもう、『バレンタインデー』の時間としては打ち止め。終電はもう行ってしまったと解釈するべきなのだろうか。

 結局この日、アヤベさんはチョコを渡しに来るどころか、練習以外で会うことはなかった。

 理想という名の妄想は、現実によって容赦なくぶん殴られている。いっそ一度も会わなかったのなら『そうだ、きっとアヤベさんは僕を驚かせるためにワザと会わずに隠れてサプライズの準備をしているんだ』と現実逃避できたが、もう一度会ってしまっており、その時になんのアクションも起こされなかったため、余計に絶望感が増している。

 

 

 

「あー……欲しかったなぁ。アヤベさんのバレンタインチョコ」

 

 

 脳裏にあの夜空が似合う愛バの姿を思い浮かべる。

 

 アヤベさんは、あまり愛想が良い方ではない……と、思う。

 確かにクリスマスやら花見やら、季節のイベント事には付き合ってくれるけど、自分から仕掛けてくるほどでない。……ということは、どちらかというと彼女が仕掛ける側となるこのバレンタインデーというイベントには、彼女が参加してなくてもさほど不思議ではない。

 不思議ではない、の、だが。

 

 

「いや、まじかぁー……」

 

 

 呻き声のように呟く。

 これまで女友達と縁がある人生ではなく、バレンタインなんて無視安定のイベントだったため逆に知らなかったが。

 

『それなりに親交があってワンチャンもらえるかもと思っていた女子からチョコをもらえない』というのは、思ったより精神的ダメージが大きいようだった。

 

 蹴られまくったり毒舌吐かれまくったり邪険にされまくったりを乗り越えてアヤベさんのトレーナーになって二年あまり。その間を通してそれなりの仲にはなれたと思っていたのだが。

 なんだか二年あまりの時間さえも否定されたような気になってしまう。

 

 

 ……いや、もちろんチョコを渡すか否かは向こうの自由だし、こんなので二年が否定されたとか考える方がバカなんだけど……。

 

 

 ……いや、しかしさぁ。

 

 

「そりゃ欲しいに決まってるし、もらえなかったら落ち込むに決まってるじゃん……」

 

 

 どこに向けるでもなく、手を伸ばす。それは空を切るだけ。

 

 そりゃ、トレーナーならば誰もが夢見るだろう。担当になり、絆を育んだウマ娘からチョコをもらうことなど。

 増してやあのアヤベさん印のチョコだ。欲しいに決まっている。

 もしもらえていたらそれはもう小躍りしながら持って帰っていただろうし、一度も食べないままアイテム欄に一年ぐらい保存していたかもしれない。

 こんなことならもっとアヤベさんからの好感度を稼いでおくべきだったか。

 

「……仕事しよ」

 

 後悔噬臍(こうかいぜいせい)。今になって悔やんでも、今更どうしようもない。

 まぁ、もう過ぎてしまったものは仕方ない。今年は運が無かった、縁が無かったのだと割り切ろう。

 

 どのみちチョコをもらおうがもらえまいが、今夜はまだ仕事がある。こういう日はさっさと寝るに限る。早いとこ終わらせて、自分でコンビニに寄ってブラックサンダーでも買って帰ろう。

 

「そうと決まればー……」

 

『njbbbbbbbbbbbb』とあった文字を全て消し、アルファベットに指を乗せ直す。

 だが、いざ仕事のために指を踊らせようとしたとき。

 

 

 

「……やっぱり。こんな時間まで仕事をしていたのね」

 

 

 

 すぐ近くでした声に、僕は十センチくらい飛び上がった。

 

 

 

「アヤベ───いったぁっ!!───モガッ!?」

 

 

 

 そして飛び上がった拍子に机の内側につま先を打ち付け悲鳴を上げ───そうになった所をアヤベさんに口を塞がれ封じられた。

 

 

「ーーーッッ!?」

 

「今大声出さないで。私がここにいるって知られたら、色々面倒だから」

 

 

 発射されるはずだった悲鳴が行き場を無くし、更にそこにアヤベさんの顔が近くにあってその手が唇に触れているというドキドキがかけ算されて、口の中で莫大なエネルギーとなって暴れる。

 今ならバトル漫画でたまに出る体内から爆散させられる系の敵の気持ちがよくわかる。

 対するアヤベさんは敵のボスに必殺技を撃ち終えたときのような表情で告げる。

 

 

「……二人して寮長のフジキセキさんに怒られるのは嫌でしょ。だから、あんまり大声を出さないように。いいわね?」

 

 

 ほぼその場の圧だけで僕が頷くと、アヤベさんは一先ず息を吐いて手を離した。

 それに引き続き、僕はなんとかエネルギーを飲み込み、鼓動を元に戻そうとする。

 

 

「あっ……アヤベさん、なんでここに?というか、どうやってここに……っていうかそうだ、今消灯時間なんじゃ……?」

 

 

 調子が戻ると、ようやく驚きの他に疑念が湧いてくる。感情を戻しながらだったので変な問いかけの形になったが、アヤベさんはそれに「……落ち着いて」と一声かけると、

 

「……なんとか抜け出してきたのよ。予め空いていた寮の窓から抜け出してね」

 

「……えっなにそれ。そんなのあったの?利用してる人いるの?」

 

「……あるみたいよ。特に今日の、バレンタインデーの日に限ってはね」

 

 マジか……トレセン学園の風紀乱れてんな……。

 

 ……そう思ったせいだろうか。あまりにも自然に発された、今日における最重要ワードに気づくのが遅れた。

 

 

「───ん?今アヤベさんなんて言」

 

「……はい」

 

 

 僕が尋ねようとしたとき。

 押し付けるように、何か四角いモノが僕の手に渡された。取り落としそうになりつつ、なんとか受け取って確認してみる。

 

 それはなんの変哲もない箱だった。

 特にリボンかなにかが巻かれているわけでもない、黒い長方形の箱。百均にでも売られていそうな一般的なモノだった。

 

 

「あ、あり、がとう……?アヤベさん、これは一体……?」

 

 

 聞いてみるが、アヤベさんは目をそらしたままである。

 状況がよく飲み込めず僕は首を傾げてしまう。そのまま、アニメのキャラがよくやるような、何が入っているのか確かめるために箱を軽く振ろうとしたのだが、 

 

 

「……ただのチョコレートよ。バレンタインの」

 

「待ってチョコレートっ!?」

 

 

 その箱がまた別の意味で揺れた。また……今度は十五センチほど飛び上がり、弾みで箱を取り落としそうになって慌てて持ち直し、「だから大声上げないでって」とアヤベさんに口を抑えられてまた心臓がバクバクとした。

 

 ……さっきから感情のジェットコースターが連続で来ており、思考回路はショート寸前である。

 

 

「えっ、ちょ……ほ、本当にチョコレートなのっ?バレンタインの?」

 

 

 なんとか落ち着いてから問いかける。アヤベさんは相変わらず目を逸らしたまま、

 

 

「……そう。別に食べなくてもいいし、捨ててもいいけど」

 

「そっ、そんなのするわけないじゃん!!」

 

 

 思わず叫ぶ。

 さっきから『大声を上げるな』という誓いを無視しまくっているが、ここに関しては絶対に否定したかったとこなのでまぁ許してほしい。

 

 

「……そう」

 

 

 僕の返答に、アヤベさんは一瞬だけ視線を向け───またすぐに逸らしたのだった。

 だが僕としてはそこまで気にしている余裕はなく、諦めかけた頃にやっと届いた財宝に感涙するのに忙しかった。

 

 

 チョコレート。

 アヤベさんからのチョコレート。

 とんでもなく嬉しかった。一度絶望しかけていた分、余計に。場所が場所なら、チョコの箱片手にディズニ◯の如く歌い出していたかもしれない。

 

 

「こ、これっ、開けていい?」

 

「……好きにすればいいわよ」

 

 

 了承(?)を得てから丁寧に箱を開けていく。

 果たして中に入っていたのは……

 

 

「おおっ。サ、サンドイッチ」

 

 

 様々な具が挟まれた、色とりどりのサンドイッチだった。真ん中の位置にはご丁寧にチョコが挟まれたサンドイッチもある。

 さすが手慣れているだけあって、どれも売り物にしても違和感なさそうな完成度だった。

 

「……カカオは風邪予防にいいそうよ。味見もしたし、食べれはすると思うわ。ただ、サンドイッチはあまり日持ちしないから、すぐ食べるように」

 

 アヤベさんの説明を聞きながら、グルメ漫画の審査員みたいにサンドイッチを上から横からと見てみる。

 ……やはり綺麗だった。

 

 叶うならば写真の一枚でも撮りたかったが、アヤベさんの目が光っている以上それは無理だろう。

 

 

「……にしてもさ、これ───」

 

「義理だから」

 

「へ?」

 

「義理チョコだから。……味とか、あんまり余計な期待はしないように」

 

「……あ、うん。そこは……うん」

 

 

 しれっと義理であることを明かされて若干のショックを受けたが、聞きたいことはそこではない。

 

 

「これ……せっかくなら放課後のもっと早くに渡してくれればよかったのに……。いや、今も放課後だけど……」

 

 

 前から思っていたことのためか、つい咎めるような言い方になってしまった。だが、そんな僕の台詞に、アヤベさんは特に気を悪くした様子もなく───どころか、少し後ろめたそうに言った。

 

 

「……元々、夜食のつもりで作ってたから」

 

「え?」

 

「夜に食べなきゃ、夜食にならないでしょ」

 

「……あっ、あー……。なるほど」

 

 

 てっきり『文句言うな』みたいに言われるか、何か強めなことを言われて『アッハイ』と説き伏せられる流れになるかと思っていたので、かなり真っ当な答えが返ってきて逆に何も言えなくなってしまう。

 むしろアヤベさんがそこまで考えて行動していたのに、こんなちっぽけなことで文句を言ってしまったことを申し訳なく思った。

 

 なんとなく空気が悪くなってしまったのを誤魔化したくて、僕はチョコが挟まれたサンドイッチを取りつつ口を開く。

 

 

「これっ……今食べていい?」

 

「……好きにすればいいって言ったわよ。どうせあなたはまだ仕事があるんでしょう。だったら食べた方が良いかもね」

 

「あ、ありがとう!」

 

 

 正直、ちょうど小腹が空いていたところである。深夜の労働に備えて栄養補給はしたかった。

 さっそく多くあるサンドイッチの中からチョコのモノを取って───

 

 

「……ん?ていうかちょっと待ってアヤベさん」

 

「……なに?」

 

「なんか……多くない?サンドイッチ」

 

 

 ……そうだ。

 今箱の中に所狭しと詰め込まれているサンドイッチは四個分が二列ある構成。合計八個である。

 ……夜食にしてはちょっと……いや、かなり多かった。

 これではむしろお腹一杯になって作業ができなくなるのでは……。

 そんな旨のことを僕が言ったのだが。

 

 

「……そんなこと、ないわよ」

 

 

 ……アヤベさんはまた目を逸らしたのだった。

 

 

「…………」

 

 

 サンドイッチを片手に固まる僕に対して、彼女はまた一言。

 

 

 

「……たまたま。別に、深い意味もないから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何をやっているのだろう。

 今の自分を客観視して、出てくる言葉はそれだけだ。もちろん、答えなんて私にはわからない。

 仮に十年後の自分自身に質問してみたって、答えはわからないもしれない。

 

 オペラオーたちに引っ張られるままに家庭科室へ行き、彼に贈るチョコを作ったのが昨日の夕方あたり。

 

 ……そう。結局チョコは作った。

 この時点でも自分としてはかなり驚きだというのに。

 

 そして、トレーナーにチョコを渡しに行っているのが、今日の夜。

 

 ……料理は鮮度が命だというのに。サンドイッチのような品ならば尚更(もちろん鮮度を保つ努力はしたが)。

 いくら……いくら渡す決心がつかなかったからといって、どれほど時間をかけているのだろうか。しかも渡すだけなら、あの練習の時間にだって充分チャンスはあったのに。

 

 そして結局ウダウダと引っ張るまま夜になってしまって……寮の消灯時間を過ぎていよいよ尻尾に火がついたというタイミングで、ようやく渡しに行く決心がついた。……お陰で寮の抜け道を使う羽目になったし、箱の包装に時間をかける余裕もなかった。

 

 バカなのかと、自分で自分に呆れてしまう。

 

 

「……元々、夜食のつもりで作ってたから」

 

「え?」

 

「夜に食べなきゃ、夜食にならないでしょ」

 

「……あっ、あー……。なるほど」

 

 

 ……だからこれは半分ほど、嘘だ。

 ……本当に、何をやっているのだろう、私は。

 

 

 

『もちろん、アヤベさんも作りますよね?アヤベTさんに、チョコを!』

 

『それは……』

 

『え、アヤベさん、もしかして作らないつもりだったんですか?』

 

『……そういうつもりは、ないけど』

 

『もう!とにかく一緒に行きましょうアヤベさん!作ってみれば自分の気持ちなんて案外わかりますよ!さぁ、行きましょう!』

 

 

 昨日のトップロードさんとの会話が蘇る。

 ……そもそも私は、トレーナーにそこまで感謝を込めた品物を贈るつもりではいなかった。変な人だし。

 いや……もちろん感謝はしてる。だけど、そこまで熱意をかけるつもりでもなかった。変な人だし。

 

 

 ……トップロードさんは、作ってみれば自分の気持ちはわかると言った。

 

 

 ……そして、作った結果がコレだ。

 

 

 箱の中に収められた、八個のサンドイッチ。

 

 

「なんか……多くない?サンドイッチ」

 

「……そんなことないわよ」

 

 

 ……嘘だ。

 

 本当は私にだってわかっている。

 

 

『あれ?アヤベさんそんなに材料用意するんですか?』

 

 

 作っているときのトップロードさんの声。

 

 

『これ……トレーナーさん食べきれるんですかね?』

 

『……作り過ぎただけ。トレーナーが残すならそれでもいいし、残った分は私が食べるから』

 

『はぁ……』

 

『ふふっ、トップロードさんは鈍感だなぁ!このチョコにかける熱意と想いは比例しているモノなんだよ!つまりアヤベさんは……!』

 

『あ、あの~。今オペラオーさんが作っているオペラオーチョコの頭のパーツ、二個目ですけど……』

 

『なっ、なんだって!?ああこれはいけない!!ボクとしたことが手元が狂った!!これではボクの144分の1オペラオーチョコがオルトロスオペラオーになってしまうじゃないか!!』

 

『……先帰るわよ』

 

 

 ……作ってるときは、ほとんど無意識だった。

 トレーナーに贈ることを考えていたら、無意識にこんな量のチョコにしてしまっていた。

 

 ……だったら、もう認めなければならないのかもしれない。

 

 自分の想いを、改めて。

 無意識にやってしまったモノなのだとしたら。

 だけど。

 

 

「……そんなこと、ないわよ」

 

 

 ……絶対に、言えない。認めはするけど、言いたくはない。

 ましてやトレーナー相手に。

 

 

「……たまたま。別に、深い意味もないから」

 

 

『あなたのことを想って作っていたら、こんな量になってしまった』……なんて。

 言えるわけがない。

 

 ……恥ずかしいのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっと……そっか、たまたまなんだ、うん」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

 

 私が『たまたま』と言い捨ててから、場には微妙な間が続いていた。

 ……自業自得とはいえ、気まずい。

 

 

(……やっぱりこんなことなら、作らない方がよかったかも。……私の柄じゃないし)

 

 

 そんな思いが心によぎりかける。

 これ以上詰め寄られるようなら、もう『黙って』あたりで一刀両断するしかない。

 

 彼、意外とゴリ押しには弱いから、『アッハイ』とでも言って誤魔化されてくれるだろう。

 

 そう思って私が口を開きかけたとき。

 

 

「あっ、そうだ!それじゃあさっ」

 

 

 私よりも早く、トレーナーの言葉が空気を切り裂いた。思わず私は口を閉じてしまう。

 

 トレーナーの方を見つめてみると、さも『良いこと思い付いた!』みたいな声を出した。コメカミの横に豆電球が光っている。

 

 

「……なに?」

 

 

 突然すぎてどんなことを言われるのか予想がつかないため、私はついオペラオーの発言を聞く前のように身構えてしまう。

 そんな私に告げられたトレーナーの台詞は───

 

 

「これさ……よかったら、一緒に食べない?」

 

「……は?」

 

 

 思わず、素の声が出た。

 ……あまりに予想外すぎて、トレーナーの台詞の意味が理解できなかったぐらいだ。

 

 

「……なんで?」

 

 

 なんとか、そう絞り出すのが精一杯だった。

 だがそんな私に、トレーナーはむしろ困ったように頬を掻く。

 

 

「え、あ、いや、別にそこまで深い意味はないけど……。ちょっと量が多いしアヤベさんも小腹空いてるだろうし、二人で食べたらちょうど良いかなぁ、って……」

 

 

 ほら、ちょうどそれぞれの具が二つずつだし、とトレーナーは笑う。

 

 

「……これ、私が作ったのだけれど」

 

「え?うん、知ってるけど」

 

「……あなたのために」

 

「嬉しいけど」

 

「……自分で作ったのを自分で食べても……」

 

「別に美味しいんじゃないかな?ほら、自分で書いた小説を後から自分で読み返す的な。……料理作った経験あんまないからわかんないけど」

 

「……物書きの経験もないでしょ」

 

「あはは……確かに」

 

 

 苦笑するトレーナー。

 

 

「…………」

 

 

 それを見た私の心には、どんな感情が渦巻いていたのか。

 やはりそれは、十年後の自分自身に質問してもわからないのだろう。

 

 

 ただ───

 

 

 

「……ぷっ。ははっ……」

 

「え。なに、どうしたのアヤベさん。急にちょっと笑って」

 

「いえ……別に何もないわ」

 

「?」

 

「……じゃあ、食べましょうか」

 

「うん。二人で食べた方がきっと美味しいよ。あ、そうだコーヒー淹れるね。確かアヤベさん砂糖は───」

 

「三つ」

 

「だよね。ちょっと待ってて……」

 

「……ただ、一応寮の時間はとっくに過ぎてるから、あまり長居はしないわよ」

 

「……え?あっ、そっかしまった!!」

 

「……え?」

 

「アヤベさんもう寮の消灯時間過ぎてんじゃん!じゃあやっぱりアヤベさんこんな所でモタモタしてる余裕───」

 

「だから大声出さないでって」

 

「ムゴボッ」

 

 

 

 ───作って良かった。

 そう思えたのだけは確かだった。

 

 

 

 

「……本当に、変な人」

 

 

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