アヤベさんとの日常の一コマ 短編集   作:トマリ

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メイドアヤベさん【前編】

 

 僕はトレセン学園のトレーナーだ。担当しているウマ娘はアドマイヤベガこと、アヤベさん。

 今回は割愛するが、選抜レースでアヤベさんに一目惚れして以来、彼女を口説き落とすのに一ヶ月かかり、LINEを交換するのに五ヶ月かかり、『アヤベさん』呼びを許されるのに一年ほどかかったりで、かれこれ二年となる。

 

 そんな僕は現在、トレセン学園の廊下を歩いていた。

 キョロキョロと周りを見回してみると、廊下には様々な装いをした人たちやウマ娘がおり、皆楽しそうな顔をしながら何かを食べたり遊んだりしている。

 

 そう。今日はトレセン学園の中でも大きなイベントの一つである、ファン感謝祭の日である。

 

 いつもは重く狭いトレセン学園の門も今日ばかりは解放され、一般人から他校のウマ娘まで誰でも気軽に入ることができるようになっている。年に一度というだけあって、主催のトレセン学園側もかなり気合いが入っているようだ。

 

「射的どうっスかー!? 今ならあのシンボリルドルフやオグリキャップのぱかプチが取れるっスよー!?」

 

「十四時からあっちの舞台で『ウマコン』やりますんでっ、よかったら来てくださいねー!」

 

 廊下を歩いているだけでも、色々な所から魚屋のように集客の声がかかった。続いて、それらの催しを楽しんでいるらしき者たちの声も聞こえてくる。

 

 

新入生ウマ娘A「うわすごっ!これって、あの黄金世代の人たちの顔出しパネルじゃん!」

 

新入生ウマ娘B「うっそホント!? じゃ、じゃあ私キングヘイロー先輩のとこから顔出すから!」

 

新入生ウマ娘A「それなら私はエルコンドルパサー先輩からね! しっかり写真取ってよトレーナー!」

 

新人トレーナー「わ、わかったから、あんまり騒がないようにね……」カシャッ

 

 

一般ウマ娘「次たこ焼き食べましょうよたこ焼き! あのタマモクロスさんが焼いてるんですって!」

 

一般トレーナー「はいはいわかったから。たこ焼き屋は逃げないんだからゆっくり行こうよ」

 

 

 あちらこちらで微笑ましいやり取りが繰り広げられており思わず笑みがもれる。トレーナーとウマ娘、仮にも違う種族同士の者でありながら仲睦まじく学内をめぐる姿は、なんというか『The・平和』みたいな光景で非常に良いものだった。

 ……が、だ。

 

 

(で、学内はそんなスバラシイ雰囲気になっているというのに、なんで僕はそんな日に一人きりでいるんですかねぇ……)

 

 

 思わず遠い目になる。

 このファン感謝祭ハッスル状態の学園で、僕の隣にはアヤベさんはおろか、他の同僚トレーナーの姿さえなかった。要するにぼっちである。おひとり様◎である。

 

(ヒシアケボノTは愛バと二人で回ってるらしいし……オペラオーTは担当バの手伝い……フクキタルTのとこは二人で占いの館なんかやってるらしいし……。ちくしょう何なんだよアイツら爆ぜろよ爆散しろよ!!)

 

 基本的に、ファン感謝祭においてトレーナーとその愛バは行動を共にするものである。

 理由としては、一緒に回りたいというキャピキャピ(死語)したモノ以外にも、ウマ娘たちが行う催しを手伝うため、というのもある。

 所々で人間離れした能力を発揮するウマ娘たちでも、本質的にはまだまだ思春期真っ盛りの学生。その愛バたちが健やかに育つためにも、青春っぽいイベントには喜んで手を貸してあげたい、というのがトレーナー心である。

 にも関わらず、だ。

 

 

 

『ファン感謝祭の日、トレーナーは勝手に行動してていいから』

 

 三日前。トレーニングが終わった後にアヤベさんはそう言ったのだ。

 

『……え?どういうこと?』

 

 水分補給しながら、目も合わせずに彼女は言う。

 

『……だから、三日後のファン感謝祭は、トレーナーは私に構わず好きに回ってればいいってこと。私も、あなたには構わず行動するし』

 

『えっ、えっ』

 

 素っ気なさの塊みたいな台詞に目を白黒させてしまう。いや、アヤベさんが素っ気ないのは今に始まったことじゃないんだけど。

 

『な、なんでさ? ファン感謝祭って、アヤベさんも出るんでしょ? だったら僕も微力ながら手伝いたいんだけど』

 

『別に必要ないわよ。私だけで充分だから』

 

『いやいやそういう訳にもいかないでしょ。……ていうかそもそも、僕はまだアヤベさんが三日後に何をするかも知らないんだけど?』

 

『……教える必要、ないから。手伝いもいらない。あなたは三日後、自由に行動してればいい。わかったわね?』

 

『だけど……』

 

『わかったわね?』

 

『アッ……ハイ』

 

 ……泣きそうになったのは内緒だ。

 

 

 

 

 そんな訳なので……現在の僕はぼっちである。どうしたものか……。

 

(アヤベさん、あんな言い方しなくてもいいじゃないか……仮にも二年連れ添った仲なのに……。それともやっぱり、ファン感謝祭でも一緒に行きたくないほど嫌われてるのかなぁ僕……。あ、やばい、また目頭が熱くなってきた)

 

 あと二秒ほど時間が経っていれば、僕は間違いなく泣き出していてさぞ周りからの注目を集めていただろうが、その前に別の存在が注目を集めた。

 

「あの~……すいません……」

 

 背中の方からある声がかかった。えらく聞き覚えががあるというか、わたあめのようにふわふわした声だった。

 振り向いて声の主を確認してみると、やはりそれは馴染みのある人物だった。

 

「あれ、メイショウドトウ?」

 

「よ、良ければなんですけど、こちらのメイド喫茶に……ってあれ? アヤベさんのトレーナーさん?」

 

 栗みたいな口と渦巻き模様の目でこちらを見つめていたのは、アヤベさんの同期であり数少ない友人でもあるメイショウドトウだった。必然的に僕との交流もそれなりにあり、昼食の場で出会ったら普通に同席できるぐらいの仲である。

 

「き、奇遇ですねぇ。こんな所で出会うなんて……」

 

「確かにそうだけど……こんな所で何やってんの?」

 

「そ、それはですねぇ……きゃぁっ!?」

 

 事情を話そうと僕の元へ歩もうとしたとき、足をもつれさせたのか、彼女は僕の方へ勢いよく倒れてきた。

 身長の都合により、彼女の胸にあたる部分が僕の腹へと直撃する。

 

「おぶぅっ!?」

 

 ……今さら言うまでもないだろうが、ドトウのドトウ部分はそれはもうかなりの大きさである。

 恐らく普通に触れば柔らかいのであろうソレは、しかし勢いをつけてぶつけられればただの質量兵器だった。体が『く』の字に折れて、腸がへっこんだような気さえした。たぶんこの小説のジャンルがバトルモノだったなら派手に喀血していただろう。

 

「うわわわわわっ!? ご、ごめんなさいトレーナーさん!! だっ、大丈夫ですかぁ!?」

 

「だ、大丈夫……大丈夫だから……早く退いて……」

 

 ……腹だけでなく、腰とか理性とかその他諸々も危なかった。

 

 

 

 

「───で、ドトウはこんな所で何してるの?……しかもそんな格好で」

 

 腸のへっこみをなんとか直して改めてドトウと向かい合う。

 そしてそこで気がついたのだが、ドトウはいつもの制服姿ではなく、なんとメイド服を着込んでいた。

 身に付けているメイド服は所謂クラシカルタイプのメイド服であり─── 一昔前の漫画やラノベで着られていたような、スカートの丈がロングで足首のあたりまであり首周りや胸元も全く露出がなく布で覆われているタイプのものである。

 ドトウの素朴なイメージとも合っており、非常に可愛らしい装いになっていた。……そして、その素朴なイメージを全て吹き飛ばすほどの暴力的な膨らみもあり、思わず視線が吸い込まれそうになった。

 

「え、えーとですねぇ……その、コチラの催しのお手伝いをしていてぇ……」

 

 だがそんな僕の邪念が籠った視線にも気づかずに、ドトウは一枚の紙を渡してきた。

 見てみると、『○○教室のウマムスメイド喫茶へどうぞいらしてください!』という大きな文字が真っ先に目に入ってきた。

 どうやらここから近い教室で行われているメイド喫茶のビラのようだった。

 

「へぇ。ドトウのとこはメイド喫茶をやってるんだね」

 

「は、はい~、私の他にも色々な方が手伝いをしに来てくれて~。それで、私も頑張らなきゃって張り切ってたんですけどぉ……」

 

 ドトウはそこで耳を垂らして俯いた。

 

「最初はホール担当をしていたんですけど、お皿を割ってしまったりオーダーを聞き間違えたり、やっぱり失敗ばかりで……。キッチンに移ろうかとも思ったんですけど、先にいた人たちから『ドトウちゃんが包丁握るとどんな化学反応が起きるか予想できないから本当にやめて』と言われちゃって……。だったらせめてと、こうしてビラ配りをしているわけですぅ……」

 

「な、なるほど」

 

 ……ドトウには申し訳ないが、先にキッチンにいた人の判断は正しいと言えるだろう。ドトウのドジならば、野菜を切ろうとした拍子に勢い余って調理台ごと両断したりなんてことは平気でやりかねない。

 まぁ、そこでショゲずにせめてビラ配りでと皆に貢献しようとするのは彼女らしい。……さっきの転倒を見る限り、そちらもあまり上手くはいってなさそうだが。

 ……ふむ。

 

「○○教室ってどこだっけ?」

 

「えっ? え~と、そこの階段を降りてすぐの所ですけど……」

 

「じゃあ、ちょうど小腹も空いてきたし行ってみようかな」

 

「えっ! ほ、ホントですかぁ~!」

 

「うん」

 

 途端に目をキラキラとさせるメイドドトウ。……うん、やはりドトウは笑っている方がいいね。

 彼女のひたむきな頑張りを見れば、ついつい財布の紐を緩めてしまうのが人情というものだ。……案外、ドトウは『看板娘』みたいな立ち位置が一番良いのかもしれない。

 

 

 

 そうして思い立ったが善は急げ。

 僕はすぐに件の教室へとやって来た。お昼時を微妙に外した時間のためか、客はあまりおらず席も空いているようである。

 

「らっしゃいませーらっしゃいませー、メイド喫茶やってますよー。あのオグリキャップさんも絶賛した味ですよー」

 

 入り口では、僕の知り合いトレーナーであるオペラオーTがいた。ジャ○プ漫画主人公の声優を任せられそうなほどの爽やかな声質と、フチの太いメガネが特徴的な青年である。

 どうやら、彼はメイド喫茶の客寄せを任されているらしい。まぁあのオペラオーやドトウを育てたということで顔が売れているし、声もよく響くモノだから、確かに適任と言えるだろう。

 

「お疲れ。オペラオーT」

 

 客寄せの声の合間を縫って声をかける。

 オペラオーTは僕の姿を捉えると、レンズの先にある目を少し開き、僕が持っているビラを見るとまた細めた。

 

「おやおやアヤベT殿。どうやら、ウチのドトウが客を一人捕獲できたみたいですなぁ」

 

「まぁね、捕獲されてきた」

 

 件の教室の前には、『ウマムスメイド喫茶! どなたでもどうぞご主人様☆☆』と書かれた手作り感溢れる看板があった。文字の隣には、ぱかプチ風にデフォルメされたオペラオーとドトウの顔がある。

 

「お前のとこはメイド喫茶なんてやってたんだな。全然知らなかった」

 

「定番といえば定番ですからねぇ。オペもノリノリだったし……くふふっ、俺も当然反対する理由はありませんし」

 

「客足は?」

 

「そりゃあもう、上々も上々っスよぉ。今はちょっと落ち着いてきましたけど、やっぱいつの時代もメイドは正義なんですねぇ。もちろん受付の俺からしても、メイド服を着込んでるウマ娘たちを見るのは眼福で良いものですよぉ。うへ、うへへへへへ……」

 

「うーんその生まれ持った爽やかボイスを全力で無駄にしていくスタイル、僕は嫌いじゃないよ」

 

 眼鏡を押し上げながらアグネスデジタルみたいな笑い方をするオペラオーT。

 ……このあたりのコイツの性格は中々に残念で助平だ。一度自分の声帯に土下座したほうがいいと思う。

 とはいえこんなナリでも、彼のトレーナーとしての手腕は確かなモノである。デジタル同様にウマ娘(萌え対象)へのお触りは厳禁としていることもあって信用はできる人物であるし、トレーニング方も参考にさせてもらっている。

 

「あーやっべ我慢できなくなってきた。アヤベT、客寄せ変わるから、代わりに俺が客として入ったらダメかなぁ?」

 

「ダメに決まってんだろ仕事はしっかりしろ変態」

 

「うーんごめん。今のセリフもっかいお願いしていい?俺の脳内でお前の姿をチケットに変換してもっかい聞くから」

 

「土に還れ」

 

 ……信用はできる人物のはずだ。たぶん。

 ちなみに便宜上僕は『オペラオーT』と呼んでいるが、彼はオペラオーの他にもメイショウドトウ、ヒシアマゾン、ウイニングチケットなどといった複数人のウマ娘を担当している。脚質や性格が全く異なるウマ娘を担当していながら、今までロクに揉め事を起こしていないという点も彼の優秀さを証明していると言えるだろう。

 

「……しかし、意外ですねぇアヤベT」

 

「なにが?」

 

 出し抜けに言ったかと思うと、オペラオーTは腕時計をチラリと見た。

 

「アヤベTのことだから、てっきり開店と同時にここに来るかと思っていましたけど。こんな微妙な時間に来るなんて、何かあったんですか?」

 

「お前は僕をなんだと思ってるんだ。お前と一緒にするな。第一、僕はメイドさんよりも巫女派だし」

 

「……んん?」

 

 僕の言葉を聞いてなぜかオペラオーTは不思議そうな顔をした。ラーメンのメニューが売られていることを知らずにラーメン屋に来た人間を見ているような表情である。

 

「あれ……もしかして、聞いてないの?」

 

 今度は僕が首をかしげる番だった。

 

「なにを?」

 

「なにをってそりゃあ……あーいや、やっぱり良いわ。言わない方が面白そうだし。さ、入った入った」

 

 メガネのレンズを不敵に光らせるオペラオーT。口元が綺麗な三日月を作っていた。

 

「えぇ……今みたいな話の振り方されて入ると思うか?嫌な予感しかしないから帰りたくなってきたんだけど……」

 

「大丈夫だって悪いことは起きないから……はい一名様入りまーす、誰か対応してー」

 

 一瞬逃げ出そうかと思ったのだが、そうなる前にオペラオーTは喫茶内のメイド達に客が入ることを伝える。……先に逃げ場を無くされた。

 

「じゃあ、どうぞごゆっくりぃー」

 

「ちょっ、ちょっと」

 

 オペラオーTに背中を押される形で僕は教室へと足を踏み入れさせられた。

 

 

「いらっしゃいませ、ご主人様」

 

 

 それと同時にビラ配りをしていたドトウと同じタイプのメイド服を着たウマ娘が僕の元へやってきた。彼女の歩みに合わせ、床に触れてしまいそうなほどのロングスカートがユラユラと揺れる。

 どうやら先のオペラオーTの言葉を受けてスタンバイしていたらしい。

 心臓が一気にバクンと跳ねた。

 

「一名様でございますでしょうか?」

 

「あっ、は、はい。えと、そうです」

 

 舌が上手く回らない。

 ……なんだか、『メイド喫茶にいる』という状況に今更ながら羞恥心が湧いてきた。

 一応は学祭の『ごっこ』レベルのものとは言え、メイドとなっているのは美人でスタイルも良いウマ娘である。そして当然僕は今の今までメイド喫茶なんて訪れたこともない。その雰囲気に慣れているわけもなくついDT全開の反応をしてしまった。

 だがそれでも客として来てしまった以上、ちゃんと対応はしなければならない。腹を括ろう。

 そう思って僕がいざ目の前のメイドさんの顔を見ようとしたとき。

 

 

「……え?」

 

 

 思わず声が出ていた。あることに気づいたのだ。

 

 

「それでは、お席の方に案内を……っ!?」

 

 

 どうやら向こうも気づいたらしい。言葉を詰まらせ、一気に表情をひきつらせていく。

 空き巣をしていた最中に家の主が帰ってきてしまった時のような表情だった。

 

 

「……何やってんの? アヤベさん」

 

 

 何を隠そう、そこに立っていたのは僕の愛バであるアドマイヤベガこと、アヤベさんだった。メイド服を着た、アヤベさんがいた。

 なんでアヤベさんがここに?と頭に巨大なハテナマークが浮かぶと同時に……これまでに浮かんでいた小さなハテナマークのいくつかが氷解していく。

 なぜアヤベさんがファン感謝祭に何をするか教えてくれなかったのか。なぜオペラオーTが開店と同時に僕が来ると思っていたのか。なぜオペラオーTがやたらとニヤニヤしていたのか。

 

 答えは単純明快。彼の元でアヤベさんが催しをするから、だ。

 

 というか、ドトウの口ぶりやテイエムオペラオーがいること、そしてアヤベさんの性格から察するに、この場合は『オペラオーTがやろうとしていたものにアヤベさんが(たぶん半強制的に)手伝わされたから』という感じなのだろうか?

 

 

「なっ、なんでトレーナーがここに……。場所教えてなかったのに……」

 

 

 僕があれこれと推測していると、動揺した声音でアヤベさんが問いかけてくる。……動揺しているのは僕もだし、先の台詞も半分は僕も問いかけたいことなのだが。

 しかし、困った顔のアヤベさんを見ることは数多くあれど、ここまで動揺しているような……恥ずかしがっている?ようなアヤベさんを見るのは中々新鮮である。一週間ぐらい前にオペラオーから『アヤベさん!これからボクが行う「テイエムオペラオー劇場八時間コース」に、共にキャストとして出てくれないか!?』と追いかけられていたときのような表情だ。

 とりあえずその表情を脳内に焼き付けてから、僕は先の問いに答えることにする。

 

「えーっと……上の階でドトウがビラ配りしてて……それで、気が向いたから来たって感じで……」

 

「ドトウ……。もう、本当にあの娘は……」

 

 ビラを見せながら言うと、アヤベさんは思わずといったように額に手を当てた。場所が場所ならそのまま座り込んでいそうである。

 怒りたいのだが、相手が相手だけに怒れない、というような感じだ。

 

 

『…………』

 

 

 そのまま双方、かなり気不味い沈黙が流れる。お互いになんと声をかければいいのかわからない。

 いや、だって、こんなの僕も予想していなかったもの。まさかメインシナリオから外れた寄り道部分を適当に歩いてたらラスボスが出てくるだなんて誰が予想できるというのか。

 

 

『…………』

 

 

 ヤバい、空気が重い。マジで、どうすればいいんだろうコレ。

 このままだと、誰も間に入れないかなり気不味い沈黙が続こうとしていたのだが、それを破ったのは良くも悪くもそういった雰囲気を読まない人物だった。

 

「ん?おやおや、そこにいるのはアヤベさんのトレーナー君じゃないか!」

 

 外にいるトレーナー同様、よく響く声が聞こえた。

 アヤベさんの後ろから聞こえた声に目を向けてみると、そこではかの世紀末覇王であるテイエムオペラオーがオムライスを運んでいた。

 彼女もホール担当らしくメイド服を着用しており、アヤベさんやドトウとは違う意味でよく似合っている。ただ、オペラオーの場合は元が派手なせいか『コスプレしてる感』がより強くなっているが。

 女性が座ってる席へオムライスを置いて「少々お待ちください、ご主人様」とキザっぽく言ってからオペラオーはこちらへやって来た。

 

「やぁこんにちは、アヤベさんのトレーナー君」

 

「お、おう……こんにちは……」

 

「随分と遅かったね? ボクとしては、てっきり君は開店と同時に来るものかと思ってたよ」

 

 ……なに? オペラオーTとオペラオーの中で、僕はそんなにもアヤベさんスキー的なキャラとして認識されてんの? まぁ間違ってはないけど。

 それに、今回はオペラオーのこういう雰囲気がありがたい。さっきまでの重い沈黙がすぐどこかに飛んでいった。

 

「えーと、まぁ色々あって……。アヤベさんがここにいるって、ついさっき知ったからさ……」

 

「え? もしかしてアヤベさん、事前に教えていなかったのかい?」

 

 オペラオーがアヤベさんの方を向いて訊く。

 苦笑いする僕と不思議そうな顔をするオペラオーから、アヤベさんはバツが悪そうに視線を逸らした。

 

「……こうなるから教えたくなかったのよ」

 

 飲食店でバイトしていたところを友人に冷やかしに来られたような顔だった。……いや、事実シチュエーションとしてはまさにそんな感じなのか。

 なるほど、確かにこれはアヤベさんの気持ちもわからなくはない。そのバイト先がよりによってメイド喫茶であるなら尚更だ。

 だがその気持ちを知ってか知らずか、オペラオーはいつもの高笑いをしながらアヤベさんの肩を叩いた。

 

「はーはっはっはっ! まぁいいじゃないかアヤベさん。今日はファン感謝祭!そしてそこにいるトレーナー君は、云わばアヤベさんのファン第一号! であれば、丁重におもてなしするのが相場というものだろう? 日頃の感謝も込めてね!」

 

「そ、そこまで大袈裟なもんじゃないけどね……」

 

 そういう言い方をされると何となく照れてしまう。

 アヤベさんはしばらく羞恥とかため息とか諦感とか色々な感情が籠った顔をしていたが、やがて諸々の覚悟を決めたのか、

 

「……それでは、席の方に案内します。……ご主人サマ」

 

 老衰一分前の魚みたいな目で言われた。

 その姿に入り口の影から見ていたオペラオーTは吹き出し、オペラオーは意味あり気に笑い、僕としては苦笑いするしかなかった。

 やっぱり帰った方が良かったかな、と思ったが、ここで帰ると本当にただの冷やかしになってしまう。一先ずは大人しく案内されることにしよう。

 

「アヤベさんのトレーナー君。ちょっと待ちたまえ」

 

 が、その前にオペラオーに肩を掴まれて引き寄せられた。

 

「うおっ。ウマ娘の力で引き寄せないでよオペラオー。ショベルカーに引っ張られたかと思った」

 

「トレーナー君。何か忘れてるんじゃないかい?」

 

 僕の非難を無視したオペラオーは、どこか手のかかる生徒を指導しているように言っていた。

 

「忘れてる? 僕、オペラオーに何かしてたっけ?」

 

「ボクじゃない。アヤベさんにさ」

 

「あ、アヤベさんに?」

 

 さっぱりわからない。

 僕はアヤベさんに貸しを作ったりは……最近はしてないハズだ。特に忘れてることもないはずだけど……。それとも、僕が気づいていないだけで何かしていたのか?

 

「まったく鈍いなぁトレーナー君は」

 

 オペラオーはいつも通りの、舞台役者がやるように大袈裟に手を上げる。

 

「田舎で灰かぶり娘となっていたシンデレラが、魔法をかけられて平時とは違う装いになって君の前に現れたのだよ? だとするなら、君という王子はそのシンデレラに対して、何か言うべきことがあるんじゃないのかい?」

 

「……前々から思ってたんだけど、オペラオーの台詞って代名詞が多すぎてどの言葉が誰のことを指してるのかさっぱりわからないんだけど……」

 

 まぁ、今回の場合はなんとなくフィーリングでわかったような気がするけど。オペラオー語をすんなりと日本語に翻訳するのにはまだ人類の文化レベルは足りないようだ。

 

「……オペラオーが僕に言わせたいことは大体わかるけど……それって僕言ってもいいのかなぁ? アヤベさん絶対嫌がると思うけど……」

 

「……やれやれ、鈍感な王子様を持つとシンデレラは大変だねぇ。いやこの場合、真に大変なのは魔法使いか?」

 

 まぁともかく、とオペラオーは肩をすくめると、

 

「君の言葉をアヤベさんが本心で嫌がることは絶対にないよ。何より表面上は……いや、本心で照れていたとしても、彼女はそれと同時に待ちわびてもいるはずだからね。君のその言葉を」

 

「……え? それって……」

 

 僕的には中々聞き逃せない言葉を言っていたような気がするのだが、聞き直す前にオペラオーは僕の体をさっさとアヤベさんの方へ突き飛ばしてしまった。

 

「さぁ早く! 彼女の元へ行って言ってやるがいいさ!」

 

 ウマ娘の力のせいで一瞬だけ車に追突されたような衝撃が来たが、なんとかこけずに踏ん張る。

 

「……いつまでオペラオーと話してるの」

 

「うわっ!?」

 

 すると、先に席へ行っていたハズのアヤベさんが目の前に立っていた。思わず声を上げる。

 いつの間に戻ってきたんだ? 気配を全然感じなかったんだけど。

 ま、まぁともかく。オペラオーに物理と精神的に背中を押される形で、僕はその言葉を言うことにした。

 

 

「その……アヤベさん」

 

「なに?」

 

「似合ってるよ。その服」

 

「────」

 

 

 僕なりに勇気を振り絞って発した言葉だった。

 

 それを受けたアヤベさんは、しばらく無言のまま固まっていた。

 だが、

 

 

「……そう」

 

 

 十秒ほど固まった後にそう言うと、アヤベさんはすぐに後ろを向いて、

 

 

「それでは、席の方に案内します」

 

 

 素っ気なくそう言って、今度こそ席の方へと歩いていってしまった。

 

「あっ、ちょっと、待ってよアヤベさん」

 

 思ったより反応が薄かったので、僕は面食らいながらもなんとか彼女についていった。

 ……やっぱり、嫌だったんじゃないだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……まったく。素直じゃないねぇ」

 

 

 いつもよりユラユラと揺れる同期の尻尾を見つめながら、オペラオーは呟いた。

 

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