アヤベさんとの日常の一コマ 短編集   作:トマリ

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突貫工事で作った話ですが、よろしくお願いします。




「みんな、アヤベさんのことが大好きなんですよ」

 

「ん……」

 

 春風にしては温度が高く、夏風にしては温度が低い風が頬を撫でた。

 それが眠っていた意識を起こしたのか、ベンチに座っていた少女の瞼がゆっくりと開いた。

 だが、視界が鮮明になっていくと同時に、急速に入り込んできた太陽の光に思わず瞳を閉じてしまう。数秒間再び視界を暗くし、もう大丈夫かと判断したあたりで開く。

 想定通り、今度は太陽の光も優しく瞳へ入り込んできた。

 

「ふぁ……」

 

 仮にも寝起きで気が抜けていたせいだろうか。

 先程までベンチの上でうたた寝をしていた少女───アドマイヤベガは珍しく小さなあくびをもらした。

 若干重い気がする肩に少し力を入れ、膜がかかったような視界で辺りを見渡す。

 ……あれ。ここはどこだったか。

 

(ここは……トレセン学園の中庭……。そうだ……授業の用意も終えて、始まるまで暇だったから……なんとなく校内を散歩していて……なんとなくここへ来て……)

 

 記憶をたどると同時に、またあの風が髪をなびかせる。気持ちいい風だった。

 冬を抜き取って、新たに夏を取り込みかけている五月風。今日は快晴で、ここは日陰にあるベンチ。

 凸凹な要素が足し算引き算を繰り返してちょうど中央値となり、結果として心地の良い空間を形成している。

 

 春眠暁を覚えず。

 

 春というには少し時間が経っているが……それは今にも適用されているらしい。

 

 ……とはいえ、こんなところで眠ってしまうなんて不覚だ。まだ学校も続いている。

 もう少ししたら次の授業が始まってしまう。

 早いところ教室へ戻っておこうと、アドマイヤベガは立ち上がろうとした。

 

 

 ───が、力を入れかけたところでやめた。

 

 

 

「…………?」

 

 

 ……どうも先程から、肩に違和感を感じるのだ。

 まるで何か重しがのし掛かっているような……。いや、ある意味普段から肩に負荷は掛かっているし、普通の者に比べれば()()方だとも思うが……いやいやそんな次元ではない。

 

 

「…………」

 

 

 疑念の赴くままに、アドマイヤベガは自分の肩へと視線を向けた。

 

 

 

「すぅ……すぅ……あやべ、さん……」

 

 

 

 そしてそこで自分の肩に頭を預けて眠っているメイショウドトウの姿を見つけた。

 

 

「っ!?」

 

 

 あまりに予想外すぎた光景にアヤベは飛び上が───ろうとしてドトウを気にして耐えた。意外と大きいドトウが乗っている中で激しい動きをしたら中々の惨事になってしまう。

 叫びかけた声を空気の塊として飲み込み、大して意味もないのに辺りを見回した。

 

 

(なにこれ……どういう状況?ドッキリ?またオペラオーがなにかしたの??)

 

 

 耳や鼻も総動員してみたが……とりあえずは周りに人の気配は見当たらない。……いや、寝起きとパニックによって精度は普段の十分の一ほどに落ちているだろうから実際のところはわからないが。

 

 ……とにかく、このままでいるわけにはいかない。

 

 自分がこの中庭に来たときにドトウが傍にいた覚えはない。なのに何故彼女がここにいるのか。彼女自身から聞き出さなければならない。

 ……それに、この体勢を長く維持していたであろうドトウの首も心配だ。寝違えたりしていてはいけない。

 

 

「……ドトウ。……ドトウ、起きて」

 

 

 いつもより二割増しほど声を張ってドトウの体を揺する。だが二回ほど揺すってもドトウは起きず、むしろ口の端からヨダレを垂らしていた。

 ……気持ち良く眠ってくれているのは結構だが、今はあらゆる意味で早く起きてくれないと困る。ティッシュでヨダレを拭き取ってやってから揺すりを再開すると、五回目のあたりでようやくアヤベの肩から重荷が離れた。

 

 

「んん……」

 

 

 目元を擦りながらドトウは自立稼働し始める。とはいえまだ意識は覚醒していないのか、いつもより六割増しほどポケーっとして危なっかしい。「アヤベさぁん……?」とこちらを見つめる瞳は完全にねぼけ眼だった。

 が、その時ぴゅうっと強めに風が吹いた。

 心地よく保たれていた空間の温度が少し低めになる。

 

「わぷっ」

 

 それによって一気に覚醒が促されたか、ドトウは軽く顔を伏せながらも次第に目の焦点を合わせていった。キョロキョロと目線を動かして、やがてアドマイヤベガの方を向く。

 アヤベと視線をぶつけ合っていると、さながら時間経過で変化していく絵のように、ドトウの瞳には徐々にハイライトが戻り瞳孔も大きくなっていく。

 やがて彼女の目が見開かれた。

 

 

「あ、あれ~~~!? なんでアヤベさんがここに!?」

 

「……こっちの台詞なんだけど」

 

 

 跳び跳ねんばかりに驚くドトウ。ある意味では予想通りの反応にアドマイヤベガは思わずため息を吐いてしまった。

 特に謝る理由もないのにすいませんすいませんと謝り始めるドトウをなんとかなだめ、彼女になぜここにいるのか、記憶を辿ってもらう。

 

 

「えっとえっとぉ……あ、そうでしたっ。授業までまだ少し時間がありましたので……その、たまには校内の散歩でもしてみようかと思ったんです。そ、そうしたら、中庭でアヤベさんが眠っているのを発見して……つい隣まで来たら、ここがポカポカしてたので……私も寝てしまったみたいで~……」

 

「……なるほどね」

 

 

 気まずそうに指先を合わせるドトウに、困ったように額に手を当てるアヤベ。

 ……やはり、学校で寝てしまったのは不覚だったようだ。結果的に自分はともかく、ドトウの時間まで無駄にさせてしまった。

 

「……て、なんでわざわざ、私の隣まで来るのよ。放っといてくれてよかったのに」

 

「で、でも、アヤベさんが学校でうたた寝してるのって珍しいですし……それにもうすぐ授業が始まっちゃいますから、起こしてあげないといけないかな~と思いまして……」

 

 まぁ、私も寝てしまったんですけど……と耳を垂らすドトウ。

 ……ドトウらしいというかなんというか。まぁ結果はどうあれ彼女が善意で動いてくれたのは事実。礼は言っておくべきだろうとアヤベが思ったとき。

 

 

「おやおや! 二人とも起きてしまったのかい!」

 

 

 突然上の方から、よく通る声が聞こえた。

 ……耳に馴染みがあり、それでいてまったく安心感を覚えない声に、アドマイヤベガの眉間に一瞬でシワが寄る。

 

 

「その声は……」

 

 

 せめて違う人であってほしい、という数パーセントぐらいの確率に賭けた切実な願いは、

 

 

「はーはっはっはっ! 残念だったね二人とも! もう一分くらい寝ていたら、僕が目覚めの曲を歌ってあげていたというのに!」

 

 

 いつも通り過ぎる台詞と太陽のような笑顔を浮かべるオペラオーの姿であっけなく崩れた。驚くことに、オペラオーはアヤベたちのベンチの横にある木の枝の上に仁王立ちしていた。まるで一昔前の忍者キャラがやっていそうな体勢である。

 仮にもウマ娘なので体幹その他諸々は大丈夫だろうが……いやそれでも落ちたりしないか心配だ。

 明らかに不機嫌の感情しか浮かべていない顔をするアヤベの横で、ドトウは「お、オペラオーさんっ!?」と驚きと困惑を混ぜたような顔をしている。

 

 

「ど、どうしてオペラオーさんまでここに??」

 

「なぁに、ドトウがさっき語ったのと大体同じ理由さ!ボクもたまたまこの中庭で木に登ってのんびりとしていたら、下のベンチでアヤベさんがうたた寝をしだしたのでね!もしこのままアヤベさんと……後から合流したドトウが眠り続けたら大変だから、ほどほどの時間で起こしてあげようと思っていたのさ!」

 

「まずなんで木に登ってたのよ……」

 

 

 バカと覇王は高いところが好きだということだろうか……。

 しかしなぜだろう。ドトウの口からこの理由を聞いたときには素直に「ありがとう」と思えたのにオペラオーの口から聞かされると「余計なお世話」という感情しか出てこない。

 

「……ていうかオペラオー、その位置で仁王立ちしてたら下からスカートの中が見え」

 

「とうっ!」

 

 アドマイヤベガの言葉を聞いたのか聞いていないのか、その事実に気づいてたのか気づいてなかったのかは定かではないが、とにかく彼女が言い切る前にオペラオーは枝からジャンプした。

 マントがはためいているような幻覚まで見せそうな勢いで、某スーパーヒーローのように華麗に着地する。

 

 

「ま! ボクが動く前にアヤベさんが自力で起きたから、結果的にボクは必要なかったけどね! それとも、今から眠気覚ましの曲でも歌おうか?」

 

「……結構よ。……もうすぐ授業なんだから、あなたもさっさと教室に戻ればよかったのに……」

 

「そうはいかないさ!ボクもアヤベさんのことが心配だったからね!」

 

「あなたに心配される必要なんかないから……」

 

 

 いつも通り、ウザ絡み一歩手前のオペラオーの言葉を淡々といなしていくアドマイヤベガ。話をさっさと切り上げて帰らないのは一応の温情か。

 ……と、そんな風なやり取りをしていると。

 

 

「あ! こんな所にいましたー!」

 

 

 またまた別方向から声が聞こえた。

 見ると、中庭の入り口あたりにアヤベのクラスの委員長であるナリタトップロードが来ていた。

 今日もニキビ一つない綺麗なおでこが太陽光を反射して光っている。

 

「……トップロードさんまで。なんでここに」

 

「なんでー、じゃないです!もう授業始まるのにアヤベさんがいないから探してたんですよ!」

 

「…………」

 

 さっき二人から聞いたのとほぼ同じ理由が飛び出して、アヤベはまたため息を吐きそうになった。

 ……なんだこれは。なぜ三人が三人ともほぼ同じ理由で自分の周りに集まる、もしくは留まっているのだ。なにか、今の自分からはなにやら……そういうフェロモンでも出ているのか??

 

 そんな彼女の思考は露知らず、トップロードは「私はオペラオーさんの曲聞きたかったですね~」「ははっ!後でいくらでも聞かせてあげるよドトウ!」と会話している二人にも目を向けた。

 

「ほら、オペラオーちゃんとドトウちゃんもっ!授業が始まるから早く教室に戻りましょう!」

 

 引率の先生みたいな口調で言うトップロード。

 スカートのポケットからスマホを取り出してアナログ時計を映し出してみると……確かにいつの間にやら針は歩を早めており……というかもう巨大な数字の元にゴールしつつある。おそらくもうあと二分もないのではないだろうか。

 オペラオーも同じように今の事態に気づいたようだ。

 

 

「おおっとぉ! まさかこんなにも時間が経っていたなんて!ボクとしたことが失念していたよ!」

 

「あ、あわわわわ~! い、急がないと~! 先生に怒られちゃいますぅ~!」

 

「うむ、走るよドトウ! アヤベさんも!」

 

「オペラオーちゃん! 校内で走るのは禁止ですよ!」

 

「わかっているさトップロードさん。だがそれはウマ娘の速度で走ることだろう?ちゃんと人の子がするような、普通の速度で『走る』さっ!」

 

「あー……それならいいような気もしてきました……」

 

「…………」

 

 

 最初に一人でこのベンチに来たときからは想像できないほどに場が騒がしくなる。

 

 その様にアヤベはまた……この一瞬だけで何回目になるかわからないため息を吐いた。

 そして、どこか諦めたように言う。

 

 

「まったくもう……なんであなた達は、ずっと私の周りに集まってくるの……なんで私を一人にしてくれないのよ」

 

 

 その言葉に、三人のウマ娘たちの耳がピコピコと動いた。

 

 

「なんでって……」

 

 

 三人が顔を見合わせる。オペラオーは「そりゃ決まってるよねぇ……」と笑いドトウも「ですね~」と続く。

 彼女らの中では何かしら意志疎通が為されたようだが、アヤベにはさっぱりわからない。

 

 ハテナマークをより浮かべていく彼女に、三人を代表したようにトップロードが一歩前へ出た。

 

 

 そして、

 

 

 

「そりゃあ皆、アヤベさんのことが大好きだからですよ!!」

 

 

 

 トップロードは笑って、座っているアドマイヤベガの手を取って、引っ張り上げた。

 

 

「ほら、早く行きましょうっ!」

 

 

 そのまま、アドマイヤベガを日陰に置かれたベンチから、太陽が当たる外へと連れ出した。

 それが合図だったように、他のウマ娘たちも走り出す。

 

 

「…………」

 

 

 アドマイヤベガは一瞬だけ戸惑ったような顔をしたが───しかし手を振り払うようなことはせず、そのまま自分の足で走り出した。

 

 

 

「……なにそれ」

 

 

 

 そう言って彼女は……渋々というような、呆れたような───どこか、晴れやかそうな表情を浮かべたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 太陽に照らされる中で、四人のウマ娘が駆けていく。

 

 

「さぁついてきたまえっ!」とオペラオーが先導し、「大丈夫です落ち着けば間に合いますよ!」とトップロードが皆の状況を確認しながら続き、「ま、待ってくださ~い!っ、きゃあ~!?」と慌てたドトウがすっ転び、「ドトウ大丈夫?」とアヤベが彼女を介抱し立ち上がらせる。

 

 

 いつも通りの光景だ。

 

 

 

「うわっ後一分しかないですよ! 皆さん急いで!」

 

「はーっはっはっはっ! 逆だよっまだ一分もあるんじゃないか!」

 

「あああ~……! ごめんなさいごめんなさい、私がこけたせいで貴重な時間を~!」

 

「後悔するのは後にしてっ。ほら、ドトウたちの教室はこの階だから!」

 

 

 

 やいのやいのと、静かになる間も、独りになる間もなく騒いでいく覇王達。

 

 

 

 

 

 彼女らの旅は誰一人欠けることなく、これからも続いていく。

 

 

 





RTTT3話のせいでいても立ってもいられず書いた話パート2です。
あの3話を見ると、たとえ自己満足でもどうしてもアヤベさに「みんな君のことが心配で、大好きなんだよ」という話を書いてあげたかった。そういう話です。

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