アヤベさんとの日常の一コマ 短編集   作:トマリ

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SSRオペラオーサポカのあのイベントを元にしているので、ある程度イベント内容を把握してから読んだ方が良いかもです。あのイベントのその後的な話です。




ウサギさんアヤベさん

 

 僕はトレセン学園のトレーナーだ。担当しているウマ娘はアドマイヤベガこと、アヤベさん。

 今回は割愛するが、アヤベさんと色んな場所で色んなことをして過ごして、かれこれ二年となる。

 

 そんな僕は現在、トレーナー室にてパソコンと向かい合っていた。

 とは言っても、取り組んでいるのは事務作業などではない。むしろそれは三十分ほど前に終わっていた。

 窓の外に広がるオレンジ色は、徐々に黒色を混じらせつつある。……時間的には、この作業は『残業』にあたるのだ。

 

 では、そんな『残業』の時間を取ってまで何をしているのかというと───

 

 

『海越え山越え谷を越え……! ついに辿りついたワン……!』

 

『つ、疲れた……ぴょん。長い……長い旅だった……ぴょん』

 

 

 自分の耳には、そんな音声が届いていた。

 音声の源は、机に置かれているノートパソコン。……より正確に言うなら、それとコードで繋がれているビデオカメラからである。

 

 ビデオカメラに記録されており、そして現在パソコンの画面で再生されている映像。

 

 それは、数日前にとある舞台で行われていた小劇のものだった。

 

 題名は……忘れてしまったが、内容は確かオペラオーと愉快な仲間たちが冒険をする……というような話だったはずだ。

 オペラオーは当然主演で、そこにアヤベさんやナリタトップロードが犬とウサギ役で入り、ついでに小道具製作としてドトウやウララも加わっていた小劇である。

 準備期間中は練習に付き合ったり、オペラオーTやトプロTと協力して場所取りと告知に奔走していたので、僕らもよく知っていた。

 そして、ドトウが小道具制作で破壊と再生を繰り返したり、本番の演劇中にオペラオーがアドリブをしまくってアヤベさんを困らせたりと色々あったが、まぁ充分に『成功』と言える形で小劇は幕を閉じた。

 

 そして演じていた三人を称えつつ(アヤベさんは「……そう」と素っ気ない返事しかくれなかった)、ちょっとした達成感に包まれながらトレセン学園へと戻った僕を待っていたのが───オペラオーTの手渡してきたビデオカメラである。

 

 

 

 

 

 

 

『オペラオーに言われて、当日の小劇ビデオカメラで撮ってたんだよ』

 

 それなりに年季が入っていると見えるカメラを、大事に僕に握らせるオペラオーT。

 

『……いや、それは知ってたけど。あの日僕とトプロTが舞台裏にいた中、お前だけ客席いたし』

 

『わざわざ三脚使って固定してたし、正面と斜め左、斜め右からそれぞれ撮ってたからな。ちびっ子たちが三脚触らせてってすごいうるさかった』

 

『そのせいで舞台から見えたお前すごいシュールだったからな……子供の演劇会にエグいほど気合い入れて来てる親御さんみたいだったぞ……』

 

『シチュ的には案外似たようなもんだろ……って俺のことはどうでもいいんだよ』

 

『僕もお前の撮影事情はどうでもいいんだけど……』

 

『お前から振ってきたんだろ。まぁともかくだ! オペラオー曰く、こういった演劇はちゃんと記録に残しておいて、後から自分でも見て反省点とかを復習したいんだと』

 

『ああなるほど。だから撮ってたんだな』

 

 僕が納得すると、オペラオーTはそこで困ったように頬を掻いた。

 

『ただ、やっぱりどうしてもというか、これらの映像には観客の声まで入り込んじまってるんだ。いや、オペラオー的には観客の反応も大事にしてるから、そのあたりの声も必要なんだけど……やっぱり観客の音声が無いバージョンも欲しくなるんだよ』

 

 ん?とそこで脳裏に嫌な予感が走った。おそらくウマ娘だったなら尻尾が伸びていただろう。

 

 

『だからお前に、周りの声を消しとく編集をお願いしたいんだが』

 

 

 果たして、予感は的中した。

 

 

 

 

 

 

 

 というわけで、何故か僕の手元にビデオカメラが一台持ち込まれ、トレーナー室のパソコンで作業をしているという光景に繋がるわけなのだが。

 

「はぁ……」

 

 思わずため息が出る。

「動画編集なんてできないんだけどっ!?」という僕の悲鳴は「最近は便利なソフトとか色々あるから頑張れ」とオペラオーTに圧殺された。

 言うまでもないとは思うが、僕は学生時代に映研にいたような経歴はないし、編集なんてやったこともない。私食べる人ならぬ『私見る人』である。

 だが、頼んだオペラオーT自身もそれはわかっているようで、僕が編集作業を終わらせることはあまり期待していないようだった。

 

 

『本当は俺がやりたいところなんだけど、俺これから(夕方から)急用があるんだ。それを終わらせるまでは編集作業はできない。だから、ちょっとでもいいから、進められるだけ進めといてくれればいいんだよ。残った分は俺がやるから』

 

 

 要は繋ぎというか、ピンチヒッター的なものを頼みたいようだ。

 まぁそれなら大丈夫かと思う反面、『ちょっとでも進めとく』程度の違いしかないなら自分でやればいいじゃんと思わなくもない。

 

「…………」

 

 ……しかしまぁたぶん、僕が知らないだけで、オペラオーTにはこれの他にも色々作業があるのかもしれない。なにせ僕の所に持ち込まれているカメラは一台だけだが、本来ならこの作業がまだ二台分あるのだ。

 それに、アイツの担当ウマ娘はあのテイエムオペラオー。彼女のことだから、『三方向から撮ったボクの動きを編集で一つの画面に同時に映してくれ!!』とかは平気で言いかねない。

 

「……一台分の音声を消すだけでもこんなに大変なんだけど」

 

 ……そう思うと、ついつい僕の手は編集作業を再開してしまうのだった。

 ……まぁ、別にオペラオーTには日頃お世話になってるし、オペラオーのことも嫌いではないし。

 別にいいか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───なんて思っていた二時間前の自分をぶん殴りたい。

 

 作業を始めて約二時間(内三十分はウダウダしていたため、正確には一時間三十分)。いつの間にか窓の外は黒一色になりかけていた。

 

「……心折れそう」

 

 キーボードと頬をキスさせながら呟く。画面に勝手に文字が打ち込まれてくが気にしてられない。

 

 ……今はアプリがあるから誰でも簡単にできるとか、簡単に言ってくれるが。

 

 そのアプリの内容を理解するのにも、ある程度の基礎知識は必要になってくるわけで。

 

 解き方が確立されれば簡単な連立方程式だって、そもそも数学ができない人から見れば暗号にしか見えないのと同じようなもので。

 そういう知識をモノにできる自信が無かったから、自分は編集系からは離れていたわけで。

 土台無理があったと言わざるを得ない。

 

 あと、そもそも小劇自体がそれなりに長い。

 だから台詞を覚えるのが大変だとアヤベさんも言っていたというのに、完全に忘れていた。

 約二時間集中して取り組んだのだが、やっと全体時間の二割が終わったぐらいだ。慣れた人ならもっと早いのだろうが、自分の場合はあれほど頑張ってまだ二割なのかと、心が壊れそうになる。

 ……これ無理なんじゃないか?むしろほぼほぼゼロの生まれたて状態から初めて、約二時間でここまで成長したのを褒められるべき場面なんじゃないのか?

 

 ……いやでも、任された以上二割じゃいかんよなぁ……。せめて四割ぐらいは頑張らないと……。

 それに、ビデオの中の小劇はそろそろアヤベさんの台詞がメインのゾーンに入る。

 アヤベさんがぴょんぴょん言ってる部分の台詞の修正なら、合法的に(元から合法だったが)アヤベさんのあの台詞群をもう一度聞けるなら、気合いも入ってくるものである。

 

 ……うんほら。なんか行けるような気がしてきた。

 

 というわけなので、僕は逸る気持ちを押さえながらマウスを操作して───

 

 

「……なにやってるの? トレーナー」

 

「うおぉぉっ!?」

 

 

 その瞬間にパソコンからの電子音としてではなく、肉声としてアヤベさんの声が聞こえた。

 驚いて椅子から五センチほど飛び上がってしまう。振り返ってみると、いつの間にやらそこには僕の愛バであるアドマイヤベガが立っていた。

 今日もクールビューティーで綺麗である。

 

「あっ……アヤベさん、なんでここに……? てか、いつの間に後ろに!?」

 

「……トレーニングが終わってから今までこの部屋の明かりがつきっぱなしだったから、様子を見に来たのよ。あと、この部屋にはついさっき来たけど。ノックもしたわよ」

 

「嘘でしょ……?」

 

 この机の位置的に、座ってる僕からすればトレーナー室の扉は正面から見えるはずなのだが……。このアヤベさんは忍者の末裔かなにかなのだろうか?

 というか、そんなバカなことを考えてる場合じゃない。

 

 別に非合法なものを見ているわけでもないのに、僕はついマウスから手を離し、背中で覆うようにしてパソコンの画面を隠そうとする。

 

 ……が、時既に遅しだったようで。

 

 

「……それ、この間の小劇の映像よね」

 

 

 肩越しに画面をバッチリ見られてしまう。しかも運が悪いことに、場面はちょうどアヤベさんがぴょんぴょんと喋っている場面……。

 冷や汗を流す僕の前で、アヤベさんの視線は南極の氷ぐらい冷たくなっていく。

 

「あなたはあの時、舞台裏にいたはずだけれど、なんでその映像を持っているの? しかも人の恥ずかしい場面をわざわざ……。 ……もしかして、隠し撮りでもしてた?」

 

「ちっ、違うっ!」

 

 ほぼ本能で首を振っていた。

 蛇を前にした蛙のように、ホッキョクグマを前にしたアザラシのように。

 これは不味い。選択肢を間違えれば本気でバッドエンドになりかねない。

 

 そう本能が語っていた。

 

「……じゃあ、教えてもらおうかしら?」

 

 いつになく黒いオーラを発しているようなアヤベさんに睨まれながら、僕は説明を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

「……バカじゃないの」

 

 トレーナー机の横にパイプ椅子を設置して、詳細を聞いていたアヤベさんの感想はそれだった。

 目は南極のソレから、完全にいつもの呆れたモノに戻っている。

 

「編集やったことないんだったら、断ってればよかったのに」

 

「……はい。ごもっともです。……ちなみにだけど、アヤベさんはこういうのできたりする?」

 

「……できると思う?」

 

「ですよねー……」

 

「……一応、カレンさんならできるかもしれないけど……彼女も今日は用事があるらしいから……」

 

「そっかぁ……」

 

 どうやら救援は望めそうにないらしい。……まぁ、なら仕方ないか。

 僕は軽く伸びをすると、ティーカップなどが置かれている方へ視線を向けた。

 

 

「で、どうするアヤベさん? 僕、まだ作業続けるつもりだけど、コーヒーぐらいはまだ淹れられるよ。飲んでく?」

 

「……え?」

 

 

 僕としては何の気なしに言った言葉だったのだが、何故かアヤベさんは目をパチクリとさせた。

 

 

「……まだ、続けるつもりなの?」

 

「え? うん」

 

「……こんなに時間かかって、向いてないってわかったのに?」

 

「ま、まぁ、うん」

 

「…………」

 

 

 あれ。

 なんでアヤベさんの視線の温度が再び下がり始めているのだろう。

 混乱する僕に、アヤベさんはため息を吐いた。

 

「……もうやめた方がいいと思うわよ。たぶん、あなたには向いてない。適材適所という言葉もあるでしょ。……それにオペラオーTも、別にあなたがそこまで頑張ることは望んでないみたいなんでしょう? だったら……」

 

「いや……そう言われればそうなんだけど……」

 

 頬を搔きながら答える。

 なんとなく脳裏には、三台のカメラとパソコンの前にかじりついているオペラオーTの光景が浮かんでいた。

 

「……頼まれたんだから、やっぱりせめてもうちょいは進めときたいよ。負担も減らしてあげたいし。……やっと勝手もわかってきたところだから、たぶんこれまでよりは効率よくできると思うし……」

 

「…………」

 

「だから大丈夫だよ。ありがとうアヤベさん」

 

 とりあえず今アヤベさんはコーヒーはいらなさそうなので、一旦会話を切り上げて画面に向き直ることにした。

 

 

「……自分が今、どれだけ疲れた顔しているか気づいてないの……?……もう。普通のやり方じゃ、この人は聞かないし……」

 

 

 アヤベさんはなにやらボソボソと呟いていたようだが、全く聞こえなかった。

 まぁ、聞こえなかったということは、アヤベさんも聞かせようとは思わなかったってことだろう、うん。

 

 さて、じゃあ作業再開だ。

 

 ……アヤベさん本人のことを考えて、一応パソコンのボリュームは低めに設定して、と。

 

 

 では再生ボタンをマウスで……あれ?

 

 

(マウス……どこだ?)

 

 

 キョロキョロと机の上を見渡すが……何故かマウスは見当たらない。……見当たらないというか、なんだか……視界にモヤがかかっているようで、見つけることができない。

 

 

(…………?)

 

 

 視界がボンヤリするし……頭も回らなくなってる……? 一体、僕の体はどうしてしまったのだろうか?

 

 

(いかんいかんっ。集中しろ僕っ)

 

 

 もしかすると僕の気合いが足りないのかもしれない。まだまだ頑張らなければいけないのに、こんなのではダメだ。

 頬を叩いて、僕は気合いを入れ直そうとした。

 

 

 だが───掌は頬には当たらなかった。

 

 

 何かに掴まれたように、腕は途中で静止していた。

 

 

「……あれ?」

 

 

 異常を感知し、目を向けようとした。

 だがその直後。

 

 

『……無理しなくていい……ぴょん』

 

「……えっ?」

 

 

 どこかから、誰かの声が聞こえたような気がした。しかしその声は、僕の意識が朦朧としているのもあってか全く方向が掴めない。

 

 

『……あなたができることはやったと思う……ぴょん。だから、もう休んでいいと思う……ぴょん』

 

 

 耳元で話されているはずなのに、誰が話しているのか全く把握できない。

 ……というか、口調だけ切り取れば、それはあの小劇でのアヤベさんの口調だった。

 

 もしや、僕が知らない間にビデオを再生させてしまったのか……?

 いや、でも……辛うじて目を向けてみたが、画面は一時停止のままだった。

 

 だとしたら一体誰の声……?

 

 ……もしかして、未知の侵入者?

 だとしたらアヤベさんを守らないと。閉じかけていた目を少し開く。

 

 

「……君は、誰……?」

 

『わたしは……ウサギさんだ、ぴょん』

 

「うさぎ……?」

 

 

 ぐるぐると渦巻く頭でなんとか呟く。

 だんだん頭が混乱してきた。なんなのだこれは。いつの間にか、自分は不思議の国にでも迷い込んだのか?

 

 うさぎ?? なぜ?? 最近のうさぎって喋れるのか??

 

 今すぐ頭を上げて確認したいのだが……疲労のせいか頭が上がらない。

 

 

『……わたしが誰かなんてどうでもいいぴょん。それよりも今はあなた。あなたは……もう作業を中断するべきだ、ぴょん』

 

「いや、でも……ちょっと……」

 

『元々この作業はあなたには向いてなかったぴょん。そんな中では、あなたは充分頑張ったと思うぴょん』

 

 

 ……なんだか、少し前に別の人にも似たようなことを言われた気がする。……誰だったっけ?

 

 

「でも……」

 

『でも?』

 

「でも……仮にも、オペラオーTから任されたことだから……もう少しだけ、やっとかないと……」

 

『…………』

 

 

 答えると、謎のうさぎさん(?)は少しだけ、何かを考えているような間を作った。

 そして三拍ほど経った後。

 

 

『……ウサギさんは、今眠いぴょん』

 

「……んん?」

 

『ウサギさんは、眠いぴょん』

 

「……そうなんだ?」

 

『そう、ぴょん。だから……あなたに、一緒に寝てほしいぴょん。……一人で寝るのは、寂しいぴょん』

 

「さみしい……」

 

 

 まるで脳に直接染み込まされているような、どこか幻想的な言葉だった。

 先程まで浮かんでいた使命感が、上から塗り替えられていくようだった。

 不思議と、この娘がそう言ってるんだったら仕方ないか、という気持ちにさせられる。

 

 

『トレ……あなたが一緒に寝てくれるのなら、きっと、わたしも心地よく眠ることができるはず……ぴょん。……だから、お願いするぴょん』

 

「おね、がい……」

 

『……わたしと、一緒に寝てほしいぴょん』

 

「……そうだね……。じゃあ、そうしようか……」

 

 

 使命感の元に開いていた瞼は、それを上回るほどの疲労とうさぎさんの願い……いや、『大義名分』によって再び閉じていく。

 体にも、徐々に力が入らなくなっていった。

 

 せめて、最後に声の主を一目見てみようと思ったのだが……ダメだった。

 

 

 背中に何かふわふわの毛布のようなものがかけられたような気がして───それきり僕は何もわからなくなってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───ふう」

 

 

 二年の付き合いとなり、現在ゆっくりと夢の世界へ旅立ったトレーナーに毛布をかけて。

 アドマイヤベガは二割ほど引き上げていた声のトーンを、咳払いで元の位置に戻した。

 

「…………」

 

 自分から仕掛けておいてなんだが、まさかここまで上手くいくとは思わなかった。

 演劇の中だったり、子供相手ならばともかく、シラフでぴょんぴょん言っている様を見られたら末代までの恥だ。首を括るのにちょうど良いロープか、穴を掘って埋まるのにちょうど良いシャベルを買ってくる必要がある。

 だからトレーナーにバレずに済んだのは僥倖だったのだが……それが彼の疲労などによっても支えられた結果なのだと思うと……素直に喜べない。

 

「お人好し……というよりかは、変に律儀というか、気にしすぎな人ね……」

 

 なんにせよ相変わらず『変な人』という評価は揺るぎそうにない。

 

 彼の肩口のあたりから顔を出し、パソコンへ目を向ける。

 映し出されている画面の意味は全くわからなかったが、とりあえず『保存』をクリックしてビデオカメラとの接続も切った。残りの編集や作業はオペラオーTに投げればいいだろう。元々彼の仕事だったのだ。それに、あのオペラオーを担当できる器を持った人なのだから、どうせどうとでもしてくれる。

 ……できるなら、アヤベは今すぐこの動画自体を削除したかったのだが、それをしたらオペラオーTからのトレーナーの評価が下がるという形で彼が困ることになるだろうと思い、ぐっと堪えた。

 

 

「……あなたはゆっくり休めばいい……ぴょん」

 

 

 ……代わりにというわけではないが。

 彼がしっかり眠っているのを確認してから、私は彼の耳元でそう呟いた。

 

 ……言い終えてから、頬が微かに赤くなったのを感じた。

 

 思わず彼が本当に眠っているか再度覗き込んでしてしまう。

 ……やめよう。演劇の上でもかなり恥ずかしかったのに。さっきも言ったが、こんなのを誰かに聞かれたら恥でしかない。

 

 どうもまだ体にウサギソウルが引っ付いたままのようだ。早いとこ引き剥がさなければ。

 

 なるたけトレーナーを起こさないようにしながら、早いとこアドマイヤベガは外の風に当たって気を紛らわせようと、扉へ向き直った。

 

 

 

「……えーっと……」

 

 

 

 そして、そこでいつの間にやら扉の前に立っていたニンゲンを見つけた。

 その者は不自然に片手を上げた体勢で立っていた。まるで、たった今扉を開けてこの部屋にやってきたような姿勢で。

 

 

 オペラオーTだった。

 

 

 

「…………」

 

「…………」

 

「……用事が早めに終わったから、カメラとかその他を回収に、来た、んだけど……」

 

 

 十秒ほどの、この世の終わりみたいな睨めっこの末に、耐えかねたようなオペラオーTが声を上げた。

 

 

「…………」

 

「……えーと」

 

「……た?」

 

「え?」

 

「……さっきの。……見た? 聞いた?」

 

「あー……えーと……まぁ、ギリ、見ちまったというか……わ、わざとじゃなかったんだけど……」

 

「…………」

 

 

 アドマイヤベガは、ゆっくりと息を吐いた。

 

 その瞳には、何の感情も宿っていなかった。

 

 

 代わりに、拳だけが握り締められていた。

 

 

 

「まぁ、その……なんだ。大丈夫だって、瞳と耳と脳には記録しちまったけど、極力早めに忘れるようにするし、アヤベTには黙っといてやるから───」

 

「……確か、五分以内なら間に合ったわよね」

 

「なにが!? え、待って今からなにされんの俺───」

 

 

 

 

 その後、アヤベTが目覚めたときには、いつの間にかビデオカメラは消えており編集も終わっていた。

 

 なお、その間の出来事は誰一人として覚えていなかったという。

 

 

 

 






ぴょんぴょんぴょん(せいへきがはかいされるおと)

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