アヤベさんとの日常の一コマ 短編集   作:トマリ

40 / 41

イベントでアヤベさんの中の人が口笛ド下手だったというのを聞いて思い付いた話です。





アヤベさんと口笛

 

「アヤベさん、口笛って吹けますか?」

 

 オレンジ色になり始めた空の下。

 同期でありクラスメイトであるナリタトップロードさんが私にそう問い掛けてきたのは突然だった。

 私……アドマイヤベガがトレーニングを終えて水分補給をしていたとき、何度か併走に付き合ってもらっていたトップロードさんがパタパタとやってきたのだ。

 

「……なんでそんなことを聞くの?」

 

 とりあえずの疑問として聞いてみると、トップロードさんは「え?」と声を上げ、しばらく考えているような時間を取った。

 手慰みのように首に回した青いタオルを触ってから、ようやく小首をかしげたかと思うと、

 

「……なんとなく……ですかね?」

 

「なんであなた自身が疑問系なのよ……」

 

 つい呆れてしまう。いつも快活でハキハキと物事を言うトップロードさんにしては珍しい反応だった。

 

「とっ……とにかくっ、アヤベさんは口笛吹けるんですか?」

 

 そして、普段は相手の調子を尊重するようなトップロードさんがこれだけ押しが強いのもこれまた珍しかった。

 戸惑ったのと……とある諸事情から、私はスポーツドリンクを飲んでから口笛を吹くためではなく喋るために口を開く。

 

「……そういうトップロードさんは、吹けるの?」

 

「え、私ですか?」

 

 元来の素直な気質によるものか。さっきまで押していたのに、質問で返されるとトップロードさんは律儀に答えてしまう。

 言うと、トップロードさんはんんっ、と軽く咳払いした。そして唇を尖らせると……淀みなく口笛を吹き始めた。

 

 ぴゅう、という音が練習場に響く。

 

 彼女の心を表しているような、澄んだ音色だった。リズムと音程から察するに、おそらく吹いているのは世界一有名なネズミキャラクターのマーチだろう。

 トップロードさんは不器用で、あまり口笛を吹くようなイメージが無かったので私は目を丸くした。

 

「上手いわね」

 

「えへへ……こういうの、子供の頃に友達とよくしてましたから!草笛も吹けますよ!」

 

「すごいわね」

 

 純粋にそう思って言うと、トップロードさんは気を良くしたのか更に別の曲を吹いてみせようと再び唇を動かした。

 だが、音はトップロードさんの口からは出なかった。

 

 別の人物による口笛が、彼女の後ろから流れてきたのだ。

 

 音を聞いた瞬間、なんとも言えない嫌悪感のようなものが体に走り、耳がしぼられたのを感じた。ベルを鳴らされると唾液が出るようになった犬のように、最近無意識に生じるようになった反応である。

 ……私にこんなのを引き起こさせるウマ娘は一人しかいない。

 

 ただの体の誤作動であってほしい、という願いを込めながら視線を向けたが……やはりそこにいたのは栗毛の髪に王冠を被せたふざけた覇王こと、テイエムオペラオーだった。

 彼女も練習終わりなのか、額のあたりはいくらか汗ばんでおり、隣には泥だらけのメイショウドトウもつれている。

 

「オペラオーちゃん?」

 

 トップロードさんの呼び掛けにオペラオーはウインクで応える。こっちが吹いているのはどうやら、『世界は僕らの言いなりさ』のようだった。

 ……ゲリラオペラや演劇など、発声が重視されるものを日頃からやっているだけあってか、彼女の口笛はえらく堂に入ったものだった。

『響く音』を出すことが上手く、隣のドトウは「さすがオペラオーさんですぅ~」とうっとりした顔をしてるし、トップロードさんも思わずといったように聞き入っている。……相手がオペラオーでなければ、私も同じようになっていたかもしれない。

 そして、サビの前辺りまで曲が進行したあたりで、

 

「~~♪はいドトウ!続きは君がやるんだ!」

 

「……えっ、ええぇぇ!?わ、私が歌うんですかぁ~~!?」

 

 ……唐突な無茶振りに、ご機嫌そうに細められていたドトウの目が一気に見開かれる。

 困惑する彼女だが、しかしサビ前まで来た曲を今さら止めるわけにもいかない。陸に上がった魚のように慌てて口をパクパクしたりすぼめたりしていたが……やがて意を決したように口を開けて───

 

 

「……ひゅっ、ぴゅ、ぴゅぅ~……ぴゅぅ~……」

 

 

 ……冬の隙間風のような音が響いた。

 

「あははっ!ドトウちゃん、『ぴゅぅ~』て言葉で言っちゃってますよ!」

 

「ああう……ご、ごめんなさいごめんなさい~……!私、口笛は吹けなくて~…」

 

 顔を赤くしたり青くしたりしながら、耳を垂らして落ち込むドトウだった。

 

「いやいや!頑張ろうとした姿勢こそが立派だよドトウ!ナイスファイトだ!」

 

「お、オペラオーさぁん……!」

 

 オペラオーの言葉に目を輝かせるドトウ。しかし、元はと言えば彼女が恥を晒す羽目になったのはオペラオーのせいであるので、端から見ればとんだマッチポンプである。

 労うように彼女の頭をポンポンとしてから、オペラオーは改めて声を上げる。

 

「いやー、突然すまなかったね!綺麗なメロディが聞こえたから、つい様子を見に来てしまったよ!さながら、美しい音色に誘われる妖精のようにね!」

 

「全然大丈夫ですよ!オペラオーちゃんって口笛も上手いんですね!」

 

 トップロードさんの称賛にオペラオーはふふんと鼻を鳴らして答える。

 ……確かにすごいとは思うが……トップロードさんの口笛は素直に『すごい』と思えるのに、オペラオーの口笛は少しムカつきも出てくるのは何故だろう。

 と、私がそんなことを思っていると、次第にトップロードさんとドトウとオペラオーの視線が私に集中しだした。

 

「……なに?」

 

「いや、次は順番的にアヤベさんじゃないのかい?」

 

 思わずタオルで口許を隠してしまう。

 

「なんで私まで……」

 

「あっ、そうでした!それで、アヤベさんは口笛吹けるんですか?」

 

「わ、私も聞いてみたいです~!」

 

「っ」

 

 ……オペラオーの言葉なら適当にいなすことが出来るが……トップロードさんやドトウにキラキラした目で見つめられると、どうにも弱かった。

 ここまで来ると、もう逃げるのは無理だ。……腹を括るしかないのかもしれない。

 せめて何かの間違いで奇跡が起きてくれないか───と思いながら私は唇を動かした。

 

 

「……ひゅっ、ひゅー……ひゅー……」

 

 

 ……果たして、私の口から出たのはシャッターが降りきった商店街に吹く風のような、寂しい音だった。

 

「えっ……アヤベさん……?」

 

「あ、あれぇ……?」

 

「おや?」

 

 ……今度は、トップロードさんたちが目を丸くする番だった。

 何気に、オペラオーまでもが虚をつかれたような表情をしており、そのことに余計に羞恥が込み上がってくる。

 だから吹きたくなかったのにっ……。

 

「……アヤベさん、もしかして口笛吹けないんですか?」

 

 隠したかったことを、ストレートに撃ち抜かれた。

 

「っ……そうよ。悪かったわね」

 

「いえいえ!悪くはないですよ!意外ではありましたけど……」

 

「あ、アヤベさんって、何でも器用にこなすような印象がありましたしね~……」

 

 ……どんなイメージなのか。子供の頃から、自分のことを『器用』だと思ったことなんて一度もないのに。

 

「いやはやしかし、本当に意外だね。アヤベさんなら口笛ぐらい卒無く吹けて、ボクとのデュエットも奏でられそうだと思っていたというのに」

 

「……吹けたとしても、あなたとのデュエットなんてごめんよ。仕方ないでしょ、そういうのはしないように子供の頃から躾られてたから。ほら、『口笛を吹いたら蛇が来る』って……」

 

「あ、懐かしいですねそれ!私のとこは『鬼が来る』でした!」

 

「はーっはっはっはっ!ボクの家では『泥棒が入る』だったよ!まぁ、今なら泥棒が来ようが……むしろ来ればボクの美しさを教えて丁重にもてなしてあげるんだけどね!」

 

「く、口笛を吹いたら蛇?鬼?泥棒が来る、ですかぁ?わ、私はそういうの聞いたことないですぅ……」

 

 躾の地域差の話題がほどほどに盛り上がり……そのままの流れで私は集団から離れようとしたのだが、トップロードさんが

 

「アヤベさん!この機会に練習してみませんか?口笛!」

 

 ズイッと顔を寄せて逃がしてくれず、思わず一歩下がってしまう。

 どうしたのだろうか?今日のトップロードさんは本当に押しが強い。

 ……正直こんなことをやっている場合ではない。早くストレッチを終えて、夜の練習に備えて体を休めないといけないのに……。

 

「いいわよ……」

 

「えっ、いいんですか!」

 

「いや、そっちの『いいわよ』じゃなくて断る方の『いいわよ』だから。……別に、口笛なんて吹けなくても不自由無いし」

 

「そんなことないですよ!吹けたら良いことありますから!」

 

「良いことって……」

 

「トップロードさんの言う通りさ!」

 

 渋る私に、オペラオーはまた大仰な仕草で手を上げる。

 

「世の中において、無駄な経験と無駄な技量はないものさ!それに、アヤベさんという楽器からどのような音色が奏でられるのか、ボクは非常に興味があるね!あぁ……それはまさに、ベッラに伝えられたニルスおじいさんの口笛のように優しい音色なのだろう!楽しみだよ!」

 

「……よくわからないけど、なんで人の口笛をおじいさんが吹いたものに例えるのよ……」

 

「あ、あのぅオペラオーさん……せっかくですので私にも教えて欲しいです……ご、ご迷惑でなければですが……」

 

「もちろんさ!この世界に、ボクたち四人のカルテットを聞かせてやろうじゃないか!」

 

「あ、ありがとうこざいますぅ……!」

 

「なんでもう教えられるのが確定してるのよ……」

 

 結局流されるままに、水分補給を終えた私たちは、何故か口笛を習うことになった。

 

 

 

 

 

「まずは正しい姿勢と腹式呼吸を身に付けましょう!良い音は良い姿勢から出るものですから!」

 

「腹式呼吸……よく言われるけど、具体的に意識したことはなかったわね」

 

「ですね!まずはこうやって……」

 

「こ、こうですかぁ?」

 

「そうですドトウちゃん!上手ですね!」

 

「正しい姿勢ができたら、次は口をすぼめて『アパチュア』を作るのさ!」

 

「あぱちっ………あ、あぱてゅっ……?ご、ごめんなさいオペラオーさん、もう一回言っていただいても……?」

 

「なんで口笛の練習で横文字が出るのよ……」

 

「まぁ、オペラオーちゃんらしいと言えばらしいですし……。『アパチュア』というのは、要するに空気の通り道のことですね!」

 

「そうとも言うね!」

 

「最初からそう説明しなさいよ」

 

「はーはっはっはっ!ちなみにイメージが湧かなければ、『ローソクの火を吹き消すときの口の形』を想像してもらえるといいさ!」

 

「……最初からそう説明しなさいよ」

 

「ではここで一度吹いてみましょうか!せーのっ───」

 

 

 

 

 

 そんなこんなで、トップロードさんが主に指導し、オペラオーが横から余計な言葉を付け加えてドトウを混乱させたりして、かれこれ数十分後。

 コツさえ掴めば案外簡単なもので、私はどうにか口笛がそれらしく吹けるようになっていた。……どんな形であれ新しい技能を習得することは少なからず達成感を感じさせることであり、悪い気分ではなかった。

 

「ほらアヤベさん!一緒に吹いてみましょう!」

 

「わ、わかったからっ」

 

 のし掛かるように隣にやってきたトップロードさんに促されるままにやってみる。吹くのは、最初に彼女も吹いていた世界一有名なネズミのマーチ。

 ややぎこちない私の口笛を、隣で吹かれるトップロードさんの淀みないメロディが優しく手を取って案内してくれる。それでいて過度に『気を使われている』とは感じさせず、あくまで主旋律は私に合わせてくれているようだった。

 ……トップロードさんらしい、心地よいデュエット。

 これがきっとオペラオーだったら強引に引っ張られて主旋律を奪い合うような音色になっただろうし、ドトウだったら今度は私が導く側にならざるを得なかっただろう。

 吹き終えると、トップロードさんは短く拍手をした。

 

「……っふぅ!アヤベさん、全然吹けるじゃないですか!もっと練習すれば、きっとすごく上手くなりますよ!」

 

「……ありがとう」

 

 素直な称賛を、素直に受け取っておく。

 正直口笛をこれ以降続けるかは未定だが……それでも、それなりに努力して習得したものがそれなりの結果を生み出すのは、悪い気分ではやかった。

 なんとなく、気分の高揚のようなものを感じていると……それが表情に出ていたのだろうか。私の顔をチラリと見ていたトップロードさんは……そこで安心したように笑った。

 

 

「……ちょっとは、元気が出ましたか?アヤベさん」

 

「……え?」

 

 

 突然の、心を見透かされたような発言に思わず聞き返すと、トップロードさんは頬を少し掻いた。

 

 

「そのっ……余計なお世話だというのは承知ですけど……アヤベさん、昨日の模擬レースで思うような走りができず負けてて、少し落ち込んでたみたいですから……。今日もそれを気にして、たくさん練習してたみたいですし……」

 

「…………」

 

 

 事実だった。

 先日負けた模擬レース。別に、トレーナーが悪かったわけではない。一重に私がレース展開を誤って、私の能力が不足していたために挽回もできなかった。

 だから、より練習を増やす必要があると思っていた。久しぶりに夜の自主練もするつもりだった。

 せっかくあの娘に誇れるような姉になると新たに誓ったばかりなのに。まだまだこんなところで躓いてはならないと。

 

 

「落ち込む気持ちはわかりますけど……やっぱり無理をするのはよくありません……。そう思いは、したんですけど……これはアヤベさんの問題でもありますから、私があんまりでしゃばるのも良くないかなぁって……」

 

 

 そこで思い付いたんです、とトップロードさんは少し照れくさそうにした。

 

 

「口笛って、吹いてるとなんとなく気持ちが整理されていくっていうか……楽しい気持ちになったりすると思うんです。ですから、その……少しでも、アヤベさんの気分転換になればなぁって……」

 

「…………」

 

 

 ……だから、あんなにも押しが強かったのか。

 疑問が氷解すると同時に、私は申し訳ない気持ちになった。

 気づけば、オペラオーやドトウもどこか心配そうな顔でコチラを見ている。……行動に移していなかっただけで、きっと二人も同じ気持ちだったのだろう。

 ……また、彼女たちに迷惑をかけてしまった。

 

 

「アヤベさん……?」

 

 

 黙りこくった私に、トップロードさんは不安そうな顔をする。

 私は軽く頬を叩いてから、トップロードさんに……いや、彼女たちに向き直る。

 

 

「……えぇ。もう大丈夫。落ち着いたから」

 

 

 そう言うと、トップロードさんは表情を明るくさせ、オペラオーは腕組みをして頷き、ドトウは嬉しそうに笑った。

 

 それを見て……いつの間にやら、自分の口角が上がっていたのを自覚すると、私はそれを隠すように彼方に見える夕焼けへと視線を移した。

 すると、三人もつられるようにそちらを向く。

 

 眩しい夕焼け。暗くなりかけた空の中で、精一杯に主張するオレンジ色。

 

 

(口笛を吹くと、気持ちが整理される……)

 

 

 不意にトップロードさんの言葉を思い出した私は……話すためではなく、口笛を吹くために口を開いてみた。

 

 

「……ひゅう」

 

 

 ウマ娘が疎らになった練習場に、とある口笛が響く。それは、誰もが一度は歌ったことがあるであろう曲。

 

『きらきら星』

 

 音程とリズムから、すぐに曲の内容を察したらしい三人は……少し驚いた顔をしながらも、すぐに互いに頷き合った。

 

 次の瞬間、私のメロディに追従するように、あるいは先を歩くように、別のメロディが重なった。

 美しく偉そうな音色と、私以上にぎこちない音色と、優しい音色。

 一つ一つはバラバラで、お世辞にも調和が取れているとは言い難い。

 

 だが不思議とそれは……一人で吹くよりも綺麗で、そして楽しい音色に思えた。

 

 

 練習場に静かに響いていく四重奏。

 

 

 一足先に空に浮かぶ星が、それを見守ってくれているように感じた。

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。