アヤベさんとの日常の一コマ 短編集   作:トマリ

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アヤベさんがトレーナーを意識するまでの話ですが、まだアヤベさんは実装されてない頃に書いたので、担当するまでの話とか、担当してからの流れは全部妄想ですので悪しからず。

ちなみにシリーズでの時系列的には0話に相当する話なので、この話を見てから1話とか2話を読み直すと面白いかもです(当社比)



アヤベさんにとっての一等星

 

 私はアドマイヤベガ。トレセン学園のウマ娘。趣味と言えば星を見ることぐらいの……あの娘のために走ると決めたウマ娘。

 

 トレセン学園に入学して選抜レースを走った後、私はあるトレーナーに『担当ウマ娘にならないか』とひたすらに口説かれた。なんでも『君の走りを美しいと思った』だとかどうとか。

 ……馴れ馴れしい人は苦手なので、最初は丁重にお断りさせてもらうことにした。

 どのみち私はトレーナーなんかに頼るつもりはない。一人で戦って、一人で勝つ。

 ただ、トゥインクルシリーズに出るにはどうしても『トレーナー』が必要だ。

 だからスカウトを受ける。それだけ。

 

 ……とはいえ、適当なトレーナーに決めてストレスを無駄に増やすことになるのも困る。

 だから私は彼の方から断らせようと、わざと邪険に扱ったり、わざとキツい言葉を浴びせたり、偶然を装って蹴り飛ばしてやったり(さすがに軽くだが)した。……だが、なぜか彼は一向に折れる様子がなかった。

 どうやら、彼の『君の走りに一目惚れした』というのは嘘偽りない本音らしい。

 

 …………。

 

 結局、そうした我慢比べにも似たやり取りが一ヶ月ほど続いた後、ついに私が折れた。

 まぁ、どのみち私にとって『トレーナー』というのはお飾りの存在で、ただの数合わせ。一番困るのは、私のこの指針に嫌気が差して担当をやめられることだ。

 そう考えれば、むしろ彼のような性格の方が都合が良いかと思い直したのだ。

 

『契約……受けることにしたから』

 

『えっ、ほんと!?』

 

 契約が成立したときの彼の子犬のような喜びようは、今でも思い出せる。

 ……少しだけ、可愛いと思ってしまったのは内緒だ。まぁそれは木に登ろうとして転がり落ちたパンダを見るときのような、バカにしたものだったけど。

 

 

 

 

 

 

 

 ずっと一人だった。一人でいることが当たり前だった。進んで一人になろうとしていた。

 もちろんそれはトレーニングでも同じだ。基本的に彼の指導は受けずに独学でトレーニングをこなしたし、オーバーワークもしょっちゅうやった。彼がコミュニケーションを取ろうとしたときにもロクに取り合わなかった。

 この頃のトレーナーがしていたことは、トレーニング中の私をただ突っ立って見ていることと、終わった後に軽く体に異常が無いか看ることと、形骸化したミーティングをすることだけだった。……というか、私がそれしかさせなかった。

 

 

「あ、あのー……アヤベさん」

 

「…………」ギロッ

 

「コホン……アドマイヤベガ」

 

「……何?」

 

「その……最近ちょっとオーバーワークが過ぎるんじゃない? 夜にだって、こっそり練習してるんでしょ? こないだフジキセキさんから強く言われたよ。……確かに練習の量は大事だけど、今の調子でやってたら君は───」

 

「……別に。私の勝手でしょ」

 

「勝手じゃないよ。君は僕の担当ウマ娘なんだから」

 

「…………」

 

「……君がどんな事情を抱えているのか、『走ること』をどう思っているのか、そこを詮索するつもりはない。だけど、体を壊す危険がある練習をしてるのを、見過ごすわけには───」

 

「……ミーティング終了の時間、もう過ぎてるわよ」

 

「え?」

 

「じゃあ、私はもう寮に戻るから」

 

「ちょっ……アドマイヤベガ!」

 

 

 ……焦っていたとはいえ、このときの私は、今でもたまに後悔するほどの酷いウマ娘だったと思う。

 でも私にもどうしても譲れない、なりふり構ってられない事情があったのだ。

 今となっては、何を言っても言い訳になるけど。

 

 

 

 

 

 

 

 レースは、初めの方は順調だった。

 元々走りの才能は十分にあったし、走り方も既に完成されていた。

 自分で自分のことを把握できていないウマ娘は意外と多い。ずっと夢だった走り方が実は自分の脚質と全く合ってないものだったり、逆に脚質適正が広すぎてどの走り方にするか決めかねる娘だっている。今はまだ試行錯誤の段階なのだ。

 私がデビュー戦やいくつかのレースを順調に勝ち抜けたのも、たぶんそういった面でのリードがあったからだと思う。

 

『一着はアドマイヤベガ! 驚異的な脚です! 期待の新星、その勢いは止まりません!!』

 

 ホープフルステークスを勝利した私は、すぐに会場を後にした。

 私の走りはGIでも充分に通用する。それを確かめられれば良かった。

 

「あのっ、アドマイヤベガさん! 一言っ、インタビューに答えていただけませんか!?」

 

 背中に群がる記者の声とファンの声援を全て無視して歩いていく。

 こんなレースなんて、ただの通過点だ。一々足を止めている暇はない。止めている時間が惜しい。

 ……そういえば、レースの前にトレーナーから『今後の印象を良いものにするためにも、記者陣には愛想良く接しといてね』みたいなことを言われてた気がするが……まぁ別に気にしなくていいだろう。

 他人の評価なんて知らないしどうでもいい。

 

 私はあくまで自分のために走るだけなのだから。

 

 

「あっ……。もう、何よあの娘。ちょっと冷たすぎない?」

 

「インタビューにも全然答えない、謎の孤高の新星か……これはこれでオイシイか? 彼女がこの後も勝ちを重ねて有名になったら、『プライベートを一切明かさない謎の新星! その素顔に迫る!』て特集を三回くらい組めるかも……。

……いやー、それでもちょっと愛想悪いなぁ」

 

「あ、あのーすいません、アドマイヤベガのトレーナーですけど……。ちょっと彼女、今はアレなんで、僕で良ければインタビュー答えましょうか?」

 

 

 記者二人の不満げな様子を見かねたか、トレーナーが慌てたように声を挟んだ。姿が見えなくても、恐らく手揉みをしながら話しているのだろうと言うことがわかる。

 ……くだらない、と私は口の中でだけ呟いて歩を早めた。

 

 

 ……にしても、アレってなによ。アレって。

 

 

 

 

 

 

 

 

「───てなわけなんで、トレーニングのコツみたいなのを、教えてくれませんか?」

 

「えー。でもこのトレーニング法は、俺がオペラオーやヒシアマゾンと一緒に体当たりで物事に取り組んで、その末に習得したトレーニング方だしなぁ……」

 

「そこをなんとか!」

 

 

 ……トレーナーは、不思議な人だった。

 私がどれだけ無視しても、思い通りに動かなくても、文句こそ言えど離れずについてくる。

 皐月賞でオペラオーに負けたイライラもあって、私の彼に対する態度は日に日にキツくなっていったのだけど、それでも彼は私の担当をやめはしなかった。

 

 ある日、さすがに私の方が見かねて

 

『別に、やめても良いのよ。代わりを探すだけだから。私を担当していたって、楽しくないでしょ』

 

 と言ってみた。

 だが、それに彼は薄く笑って

 

『大丈夫だよ。僕はアドマイヤベガが綺麗に走ってる姿を見られれば、それで満足だから。アヤベさんの中での「問題」が解決するまでは、このままでいい』

 

 なんて返答するだけだった。

 

 ……本当に大丈夫なのだろうか?彼は少しお人好しすぎる気がする。

 こんな性格だと、その内悪い女に捕まったりしないだろうか?……いや、もう私という変な女には捕まっているのか。

 

 

「お願いしますホントに! 追い込みのウマ娘を担当してる人って、トレセンじゃ本当に少なくて……ゴルシTは話が通じないし、タイシンTは耐震テストばっかしてるし……」

 

「まったく仕方ないにゃあ……。くふふっ、ただし後でカツ丼奢れよ」

 

「あざます!」

 

 

 今だってそうだ。

 彼なりに役割を果たそうとしているのか、自前のメモ帳を片手に他のトレーナーへわざわざトレーニング方の教えを請いに行っている。頭を下げて、借りを作ってまで。

 

 どうせ、私があなたのトレーニングメニューに従わないことなんてわかってるはずなのに。……バカじゃないの。

 

 

 

 

 

 

 

 そのあたりが切っ掛けだったか。

 いつの間にか、私がトレーナーのことを考える頻度が増えていって、次第に私は彼の顔をちゃんと正面から見るようになっていった。

 トレーナーのことを見ていると、今までは見えなかった彼のことがわかってきた。

 

 

 独学でトレーニングをしている私に対して浮かべている苦笑い。

 私が走る姿を、本当に美しいものを見るように眺める目。

 次の日本ダービーで、私がオペラオーに勝ったときに、まるで自分のことのように喜んだ顔。

 

 

 

 私の脚に炎症が起きたときに、顔面蒼白になって心配してくれた姿。

 

 

 

 

 

 

 

 

 医者からの通告。

 ダービーに勝利した後だったからまだ良かったとはいえ、それを聞いたときの私は……不思議な気分になった。足場が急に音を立てて崩れた───かと思いきや、その上からロープで縛られ宙に吊るされたような、妙な気分。

 

 走れなくなって落ち込むと同時に、『走らなくてもよくなった』という安心感のようなものが頭に共存していた。正直、この感情の正体はまだ私自身にもわからない。

 

 だが、そんな私にもトレーナーは接し続けてくれた。毎日お見舞いに来てくれるし、毎日夜通しで私の脚の直し方やリハビリ方法といったものを調べてくれてるのも、オペラオーたちから聞いた。

 ……私には、あんなに夜の自主練を止めようとしたくせに。

 

 それだけじゃない。

 たまたま病室の外から聞こえた、彼ととある記者との会話。

 盗み聞きするつもりは無かったのだけれど、つい聞こえてしまった。

 

 

『……では、あの期待の新星のアドマイヤベガさんの炎症は、あなたの責任だと?』

 

『えぇ。自分がちゃんと彼女の体調を把握しきれていなかったからです……。不甲斐ないです』

 

『……ですが、トレセン学園の関係者からは、アドマイヤベガさんが度々トレーナーの言うことを聞かずに勝手に練習していた、という意見を聞きましたけど?』

 

『それは誤解ですよ。あのメニューを組んだのは僕です。アヤベさ……アドマイヤベガは、それに従ってただけですよ』

 

『はぁ……』

 

 

 思わず耳を疑った。

 彼は、『私はあくまで彼の言うことに従っている普通のウマ娘だった』という体で記者からの取材に答えていたのだ。

 

 

 急に自分が惨めで、小さな存在に思えてきた。

 

 

 それと同時に疑問にも思った。

 なぜ、彼はそこまで私に尽くしてくれるのか。

 

 ……私は、こんなにも酷いウマ娘なのに。

 

 

「ねぇ、トレーナー」

 

「どうしたの、アドマイヤベガ」

 

 

 私が入院している病室で、花瓶に生けられた花を取り替えている彼に思わず聞いた。

 

 

「なんで、まだ私に構ってくれるの?」

 

「なんでって……担当トレーナーなんだから当然でしょ?」

 

 

 他に何か理由が?と逆に訊きたそうな様子だった。その顔にますます意味がわからなくなる。

 

 

「もう……いつレースに戻れるかわからないって言われたのよ?」

 

「そうだね」

 

「あなた確か……言ってたわよね。『走る私の姿を美しいと思った』とか」

 

「言ったね。その気持ちは今でも変わらないよ」

 

「でももう……走れなくなったのよ? こんな酷い私に付き合う対価として得られてた、『私の走る姿』はもう見られなくなっちゃったのよ?」

 

「まだ、そうと決まったわけじゃない」

 

 

 いつになく卑屈になった私の言葉に、トレーナーは珍しく語気を強くして返した。

 

 

「僕は必ず君をまた走れるようにする。してみせるよ。僕の、初めての担当ウマ娘なんだから。そのための努力協力は惜しまない」

 

 

 そこで彼はニッ、と自発的に笑い慣れていないような、少しぎこちない笑みを浮かべた。

 

 

「だって僕は、アドマイヤベガが好きだから。……アドマイヤベガの走る姿がっ」

 

 

 迷いなく言い切ってみせたトレーナー。……最後の台詞が、どこか咄嗟に付け加えた言葉のように思えたのは気になったが。

 

 

「……バカみたい」

 

 

 それに釣られたように、いつの間にか私の顔にも小さな笑みが浮かんでいた。

 この怪我で欠けてしまったナニカの代わりに、トレーナーの言葉が心に入ってきたような気がした。

 

 

「……ねぇ、トレーナー」

 

 

 だからだろうか、気がつけば私は口を開いていた。

 

 

「なに? アドマイヤベガ」

 

「……アヤベさん」

 

「え?」

 

「アヤベさんって、これからは呼んでくれていいから」

 

「えっ……い、いいの?」

 

「……うん」

 

「いや……で、でもっ、それってアドマイヤベガはあんまり好きな呼ばれ方じゃないんじゃないの? 別に、そんなに無理しなくても……」

 

「無理なんてしてない。呼んでいいから」

 

「だ、だけど……」

 

「呼んで」

 

「アッハイ。そ、それじゃあ……アヤベさん」

 

「ん」

 

 

 まだお互いにぎこちないけれど。

 一年と少し経って、私たちはようやく、『トレーナー』と『ウマ娘』になれたような気がした。

 

 

 

 トレーナーが調べあげた知識と懸命なリハビリのお陰か、私の脚の炎症は思ったよりも早く治った。

 

 

 それから更に一年ほどが過ぎる頃。

 

 私とトレーナーの関係は、当初に想像していたのとは全く違うモノになっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 トレーニングに復帰した私は、今後はトレーニングメニューについては完全にトレーナーに一任する、ということを宣言した。

 

 その際のトレーナーの、出会い頭にボディーブローをもらったかのような困惑の顔は当分忘れられそうにない。

 ……何もそんな顔しなくてもいいじゃない。まぁ、それほどに今までの私が横暴な振る舞いをしていた、ということなのだけれど。

 

 

 数秒後、我に返ったらしきトレーナーは「えっ、あ、え?あっ、わ、わかった。ちょっと待ってて」としどろもどろになりながら、ポケットからメモ帳を取り出した。

 

「じゃ、じゃあ今日は───」

 

 どのページにも文字がびっしりと書き込まれているソレを開き、トレーナーは私に指示を出した。

 

 

 私が独学で行っていたトレーニングは、馬群を上手く抜け出すためのスキルやスタミナを消費しにくい走り方などといった、とにかく技術を習得しようとするモノだった。

 

 対してトレーナーが指導したのは、単純な走り込みをしたりジムでひたすらにトレーニングをしたりなどといった、堅実に地力を底上げするトレーニングだった。

 

 

 基礎能力の底上げというのは日々の成長が実感しにくいので、初めは半信半疑だった。だが、続けているうちに効果は確かに現れ始め、以前までなら競り負けていた局面でも勝てるようになってきた。

 やはり餅は餅屋、ということだろうか。

 

 

 

 

 日常生活でも、彼とコミュニケーションを取るようにしてみた。

 彼との時間は、不思議と居心地が良かった。気張らなくても済むというか……無理して愛想良くしなくても良いような気がしたから。

 好みも意外と似通っていたのか、最初は彼に薦められて読み始めたモノである『アクセルウマ娘ワールド』という漫画は、今では私がハマって最新話を心待ちにしている漫画である。

 コーヒーだって、彼の影響で飲み始めた。まだ砂糖は彼より多くいれなくちゃいけないけど。

 

 

 

 ……もう、この際ハッキリ言ってしまおうか。

 

 

 

 トレーナーと過ごす日々は、楽しかった。

 

 

 

 

 滑稽な話だ。

 孤高を気取って、ずっとそのままでいようと思っていたのに。ちょっと優しくされただけですぐ彼に好印象を抱く。これが巷で話題の『ちょろイン』というものなのだろうか。

 

 

 

 そして……本当に気がついた頃には……たぶん、私は彼のことが好きになっていた。

 ……仮定形なのは、こんな感情を抱くのが初めてで、本当なのか自分でも自信が無いから。いつから好きになったのか、きっかけすらもわからないのに。

 

 だけど、同室のカレンに固有名詞は伏せてそれとなく聞いてみると、

 

『恋ってそういうものだよ? 明確なきっかけなんて誰にもわかんないもの。相手の何気ない一言がきっかけだったりすることもあるんだから』

 

 と、やけに実感が籠った口調で言われた。……そういうものなのだろうか?

 

 ただ彼といると普段よりもリラックスできたり、彼のふとした行動を目で追うようになったり、たまに鼓動が早くなったりするぐらいなのに。

 これを、「恋」と呼んでもいいのだろうか?

 

 

 ……恋だったら、いいな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ある日のこと。

 たづなさんからトレーナー宛の書類を預かった私は、彼を探していた。

 

「まったく……どこ行ったのよ」

 

 色々探しているのだが、どうも見つからない。一体どこへいるのだろうか?

 ……まぁ、どのみち十五分後にトレーナー室でミーティングがあるので、そこで待っていれば彼はやってくるのだが……。

 

 ほら、彼、変なのに絡まれてるかもしれないから。頼み事は基本断れない性質のようだし、もし面倒な輩に言い寄られてたらそのまま流されてしまう。だから、その場合は私が仲裁に入らなければならないのだ。そう、そのため。用心しておいて損はないだろう。

 ……誰に言い訳してるんでしょうね、私は。

 

 自分の変化に自分で呆れながら、私は廊下の角を曲がった。

 そして、そこで私の顔は固まった。

 

 

 

 角を曲がって見えたのは、見慣れたトレーナーの後ろ姿。

 

 

 そう、トレーナーはいた。目的の人物は見つけられた。

 

 だけど、

 

 

「……で、その時ボクは言ってやったんだよ。『歌えないウマ娘はただのウマじゃないか』ってね!」

 

「ウマってなんだよ」ハハハ

 

 

 トレーナーと一緒に、あのテイエムオペラオーもいて、二人で親しげに会話をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

「────」

 

 

 心臓を鷲掴みにされたような気持ち悪さが全身を走った。

 

 息が詰まり、視界が狭まる。

 あの二人しか視界に入らなくなる。

 

 

 

 

 なに??

 どういうことよ、トレーナー。

 なんでオペラオーと話してるの。

 いつの間に知り合ったの。

 なんでそんな、笑みを浮かべているの。

 

 

 

 様々な疑問が浮かんでは消えていく。

 自分の顔から、急速に表情が失せていくのがわかった。

 

 

 

 

 ……後から知った話だが、トレーナーとオペラオーは、皐月賞あたりの頃から関わりを持っていたらしい。

 一応トレーナーとしては敵の偵察もかねての接触だったはずなのだが、話す内に意外と趣味が合うことがわかって、いつの間にか話すようになったようだ。

 

 

 ……イライラする。

 

 彼とオペラオーの趣味が合うこともそうだが……オペラオーと話している時のトレーナーは……私と話している時よりも楽しそうに笑っているように思えた。

 

 

 

 ……そりゃあ、恋愛対象かは別として、確かにオペラオーは楽しい人だとは思う。

 ノリがウザいのが常にキズだが、間違いなく人生を華やかにはしてくれるだろうし、意外と教養もあるしファンサービスも欠かさない。

 

 素っ気なくてめんどくさくて、愛想もない私よりも、オペラオーと接することをトレーナーが楽しいと思うのは当然なのだろう。

 

 

 だけど……あのオペラオーよ?

 オペラオーに女性的な魅力で負けるのは……何とも言い難い納得できなさがあった。

 

 ドトウに負けるのはまだいい。いや、良くはないけど。

 

 でも、彼女は本当にいい娘だし、その……女性特有の魅力的な部分も、私より多大にあると思う。

 だからドトウに負けるのは1000歩譲ってまだ許せる。少なくとも、鋼の意志を押し売りしてくるヒトミミや、他の有象無象のウマ娘よりはよっぽど任せられるし諦められる。

 

 

 でも、オペラオーに負けるのはなんだかとても納得行かない。あんなお芝居の合間に人生やってるような、適当な人なのに。

 

 

 

 

 あなたの担当ウマ娘は私よ? そして、私の担当トレーナーだってあなたなのよ?

 

 

 

 たぶん私はあなた自身と、あなたの両親の次にあなたのことを理解してる。

 

 あの日から、あなたのことを見続けたもの。観察したもの。

 

 

 トレーナーになるために必死で勉強したことも。

 

 コーヒーを飲むときには決まって砂糖を三ついれることも。

 

 二次元三次元問わず、胸の大きい女性が好きなことも。

 

 ナヨナヨした雰囲気なのにお化けは意外と平気なことも。

 

 でもやっぱりゾンビとかは苦手なことも。

 

 

 こんな私にも優しく接してくれるような、お人好しであることも。

 

 

 みんな知ってる。

 

 なのに、他の娘を選ぶの?

 

 

 

 私を……私をこんなに意識させておいて、今さら他の娘のところへ行くの?

 

 

 

 あんなに、ずっと、私のことだけを見ていたのに。

 どれだけ邪険にしても、蹴り飛ばしても、キツいこと言っても、苦笑いしながらカルガモのヒナみたいに私の後をついてきてくれてたのに。

 

 

 なのに……?

 

 

 私のことはもういいの?

 

 

 

 

 

 私は、もう用済みなの?

 

 

 

 

 

 

「あれ? どうしたの、アヤベさん」

 

 

 我に返った時には、目の前にトレーナーの背中と顔があった。

 トレーナーも、話していたオペラオーも、二人ともキョトンとした顔で私を見ている。

 ……どうやら、いつの間にか角を飛び出して、彼らの元へ来てしまっていたらしい。

 

 

「……来て」

 

 

 すぐさまトレーナーの襟を掴んで、私は彼を引きずり始めた。

 さすがにこの行動は予想していなかったのか、トレーナーは足をもつれさせてこけそうになる。

 

 

「ちょっちょっ、どうしたのアヤベさん!?」

 

 

 それでもなんとか体勢を整えながら困惑しきった声を出すトレーナー。

 

 ……うるさい。愛バの気持ちも知らないで。

 

 その言葉を必死に飲み込んで、私はなるべく平静を装った声で言う。

 

 

「……もうすぐミーティングよ。あなたの方から、この時間を指定したんでしょ」

 

 

 必死に絞り出した声。……大丈夫だろうか?いつもの私らしくできているだろうか?

 いつの間にか、呼吸はひどく浅くなっている。自分で自分がどんな表情をしているのかわからない。

 

 

「いや、それはもちろん忘れてなかったけどっ、まだ時間は───」

 

「あれ以上話してたら充分にミーティングに遅れてたわよ」

 

「えぇ!?で、でもっ、まだ時間は十分ぐらい余裕が───」

 

「しっかりしてよね。……あなたの担当バは私なんだから」

 

「いや、あのs」

 

「黙って」

 

「アッハイ」

 

 

 言葉を遮って、さながら悪さしたドラ猫みたいにトレーナーを引きずっていく。

 すれ違ったウマ娘がギョッとした目を私たちに向けてくるが気にしない。あのままトレーナーがオペラオーと話し続けてたのに比べれば何百倍もマシだ。

 

 そういえば、とそこで私は振り返ってオペラオーを見てみた。

 オペラオーはポカーンとした、彼女にしては珍しい表情をしていた。……もし写真を撮っておけば、今後の揺さぶりのネタに使えたかもしれない。

 

 恐らく、彼女は何が起きたかもイマイチ把握していないだろう。目の前の出来事を脳内の『オペラオー劇場』にどう繋げるかに困っているようだ。

 好都合である。

 

 

(……この人は、絶対に渡さない)

 

 

 暗にそのメッセージを込めた視線を投げてから、私はトレーナー室の方向へと向き直る。

 

 

 

 

 レースの勝ちは譲ってもいい。

 だけど、このアルタイルだけは絶対に譲らない。

 

 

 

 

 あなたの瞳に輝く一等星は、私だけで充分なんだから。

 

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