アヤベさんとの日常の一コマ 短編集   作:トマリ

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アヤベさんと特別移籍

 

 僕はトレセン学園のトレーナーだ。担当しているウマ娘はアドマイヤベガこと、アヤベさん。 今回は割愛するが、同期のオペラオーTが色々担当を増やしていく中、(僕自身の技量不足として)アヤベさん一筋でトレーナーを続けて、かれこれ二年となる。

 

 そんな時、トレーナー室に一枚の書類が届けられた。砂糖三つを入れたコーヒーを一口飲んでから確認してみると、それはある意味見知った書類だった。

 

「特別移籍……そろそろそんな時期か」

 

 苦味が緩和された液体を味わいながら呟く。

 

 特別移籍。

 トレセン内では特に珍しくもなく、割と頻繁に行われている。

 アスリートだアイドルだ思春期だとか言われても、結局ウマ娘は一人の人格を持った人間である。

そしてトレーナーも人間である以上、どうしても価値観の不一致などがあったりで、別の環境に移った方が力を発揮しやすいケースはあるのだ。

 中には『トレーナーの元を離れて、トレーナーが育てた別のウマ娘と戦いたい』などという武士みたいな理由で特別移籍されるウマ娘もいるぐらいだ。

 トレーナー側も色々条件を指定できるし、モノによっては即戦力のウマ娘を入手できるから、基本的にはWin-Winのイベントなのだが……。

 

「どうしたもんかなぁ……」

 

「あら。トレーナーって、特別移籍はいつも無視していなかった?」

 

「そうなんだけど今回はちょっと……ってうわぁアヤベさん!?」

 

 傍らから突然アヤベさんの声が聞こえて、僕は飛び上が───ろうとして机の内側に足をぶつけ、その拍子に揺れたカップからコーヒーがこぼれそうになったのを慌てて両手でおさえた。

 ……コーヒーが書類の上にぶちまけられるというアクシデントは避けられたが、足と心臓のジンジンバクバク具合がすごい。

 

「大丈夫?トレーナー」

 

「大丈夫っちゃ大丈夫だけど……ホントお願いだから、アヤベさんはノックと一声かけてから室内に入ってくれないかな……?」

 

「……ノックもしたし、声もかけたけど?」

 

「嘘でしょ……」

 

 なんかこのやり取り毎回してるような気がする。もう部屋に監視カメラでも仕掛けるしかないのだろうか。

 すると、アヤベさんは僕のコーヒーを一瞥して言う。

 

「……私もコーヒーをもらっていいかしら?」

 

「どうぞ。……あ、砂糖がそろそろ切れるから……えっと新しいのは───」

 

「知ってるから大丈夫よ」

 

「ならいいけど」

 

 言ってから『あれ、僕アヤベさんに買い置きしておいた砂糖の位置教えたことあったっけ』と疑問に思ったが、追及する前にアヤベさんは淀みない足取りで砂糖を取りにいっていたので、たぶん教えていたんだろうと思うことにした。

 しばらく経って、砂糖を五ついれたアヤベさんがトレーナー机の横に座る。

 

「……で、さっきの続きだけど」

 

「ん? さっきってどこのこと?ごめん足ぶつけた痛みで色々とトんじゃって……」

 

 コーヒーを飲んでから、アヤベさんは特別移籍の書類を指でトントンと叩いた。

 

「特別移籍を募集するのかしないのか。トレーナー、何か言いかけてなかった?」

 

「あぁ、それね」

 

 彼女の言葉で思考が戻ってきた。

 

「私の記憶が正しければ、トレーナーはいつも特別移籍はスルーしていたと思うのだけれど」

 

「うーん、そのつもりだったんだけどねぇ……」

 

 実際今までは迷うことなくスルーしていた。一年目ぐらいまでは、素っ気なし愛想なしのアヤベさんとの関係を構築するのでそれどころじゃなかったし、一人でも大変なウマ娘の育成を二人纏めて行える自信がなかったのだ。

 しかし、こうしてアヤベさんを育てて二年目となると……。

 

 

「ちょっと今回は、僕もやってみようかなって」

 

「えっ」

 

 

 アヤベさんの表情が固まる。そんなに意外だっただろうか?

 

 

「……なんで?」

 

「んー、自分で言うのもアレだけどさ、こうして二年間アヤベさんと歩んできて、ある程度慣れてノウハウも蓄積してきたし、ウマ娘を複数人育成することで得られる経験もあるっていうから、ちょっとやってみようかなって」

 

 

 あとは同期のトレーナーたちがほとんど特別移籍をやる予定だったからというのもある。

 トップロードTも僕と同じ理由で募集をかけてみるようだし、やはりというかオペラオーTもやってみるようだ。

 特にオペラオーTは募集要項のとこに『B85以上のウマ娘』とか書いててマジでこいつブレねぇなと思った。果たしてウマ娘に刺されるのが先か警察にお縄にされるのが先か。

 

 と、そこで僕はコーヒーを一口飲んでから会話に戻る。

 

「……そういうわけだから、ちょっと今回は僕も募集だけしてみようと思うよ。……まぁ、そもそもこんな僕のもとに誰か来てくれるかはわかんないけどねっ」

 

 最後の部分はわざと冗談めかして言ってみた。

だが実際募集をかける以前にそういう問題でもある。一応『ダービートレーナー』という肩書きこそ持っているものの、他には特にパッとしないのが僕だ。

 

 あの伝説のシンボリルドルフTが特別移籍をすれば30人は下らないだろうが、僕がしたなら精々一人来てくれれば儲けもの(こんな言い方もおかしいが)と考えるべきだろう。

 余談だが、先のシンボリルドルフTの元に30人も集まった事件では、あまりにトレーナーへの負担が大きくなるから、と愛バのシンボリルドルフが面接を買って出た結果、なぜか30人全員が移籍を辞退してしまい、この事件はトレセン学園七不思議の一つに数えられることになった。

 

 閑話休題。

 ともかく、まぁ僕はそこまで本気で募集をかけてみるわけではないということだ。

 

「…………。……まぁ、それなら」

 

 アヤベさんにもそれが伝わったらしく、一応は納得した声を出してくれた。沈黙がやたらと長かったのが気になったが。

 

「……それじゃあ、募集条件はどうするの?」

 

 一口コーヒーを飲んでから、またアヤベさんは紙を叩いた。

 特別移籍を希望する際の募集条件。これも意外と悩みどころである。

 条件というのは割と何でもありで、結構幅広く決めることができる。それこそ、受理されるかは別としてオペラオーTのように『胸がデカい娘』という条件を付けることも……!

 

 

「変な条件付けたら本気で蹴るから」

 

「ゑ゛っ!!?」

 

「……まぁ、どうせあなたはヘタレだからそんな意気地も無いだろうけど、もし付けようとしたら……」

 

「……ハハッマサカァ。っていうか、さらりと心を読まないで……いやそんなこと思ってないけどね?……とにかく心を読まないでよアヤベさん……!」

 

「……あなたがわかりやすいだけ」

 

 

 いかん。アヤベさんの目がマジだ。

 たぶん今のアヤベさんにも本気で蹴られた日には、お空の彼方へと飛んでいって天の川を構成する星の一部になってしまう。余計なことは考えない方がいいだろう。

 ……というか、さっきサラッと彼女の私怨込みの貶しを受けたような気がするのだが……気のせいだろうか?

 

 

「えーと、募集条件は……でも特に思い付かないなぁ……。とりあえず、『走ることに熱意を持っているウマ娘』……と。これぐらいでいいかなぁ」

 

 

 なんか小学一年生並の募集条件になってしまったが……。そもそも自分はあまりウマ娘を選べるほど実力があるわけではない。あくまで来てくれれば儲けものと取るべき立場なのだ。

 なら……あ、でも待てよ。

 

 

「せっかくなら……『脚質が追い込みのウマ娘』……と」

 

 

 何気ない気持ちで僕がそう書き込んだ瞬間。

 ガチャン!とすぐ隣で音が響いて、僕は思わず二回目の飛び上がりをしそうになった。

 

「なっ、なに!?どうしたの!?」

 

 隣に視線を向けてみると、先ほどまでコーヒーを飲んでいたハズのアヤベさんの腕が空中で静止しており、その下のソーサラー(カップの下に置くアレのことだ)に受け止められたコーヒーカップの中のコーヒーが波打っている。

 ……状況から見るに、アヤベさんが持っていたコーヒーカップを誤ってソーサラーの上に落としてしまったのだろうか?コーヒーが何滴か溢れているが、既に半分ほど飲んでいたというのもあり派手にこぼれなかったのは僥倖と言えるだろう。

 

「だっ、大丈夫? アヤベさん」

 

 ティッシュを一枚取ってからソーサラーの下についたコーヒーを拭き取っていく。

 アヤベさんがこんな風なミスをするなんて珍しい。こぼれたのも数滴だったから良かったけど下手したらもっと大惨事になってたし……

 そう思いながら僕がアヤベさんの方を見てみると───

 

 

「……なんで?」

 

 

 アヤベさんは僕の方を一直線に射貫いていた。

 思わず僕の腕も止まる。

 

「えっと……なんでって、なにが?」

 

 僕の問いに対して、『募集条件』の部分へ視線をやるアヤベさん。

 

「……なんでわざわざ、脚質が追い込みの娘なの」

 

「あー……」

 

 無意識に僕は頬を掻いていた。

 若干つつかれると困る所だったからだ。

 

「それはさ、ホラ……せっかくアヤベさんもいるんだし、アヤベさんが色々教えてあげられたりとか、二人で切磋琢磨できるような娘が来ればいいなぁ~……みたいな?」

 

 ……半分嘘である。いや半分は本当なのであるが、実際のところは……。

 

 

(アヤベさんに対して行った練習方の半分ぐらい流用できるし、いざとなればオペラオーT頼れるからなんだけどなぁ……)

 

 

 という中々に情けない理由なのだが……これを正直に言うのは少し憚られた。……ちょっと見栄を張ってしまったのだ。

 

 

「…………」

 

 

 そんな僕の見栄に対して、アヤベさんは無言だった。

 どうしたのだろうか?なんか様子がおかしいというか……彼女が纏う空気が変わったような気がする。

 かと思いきや、次の瞬間にはアヤベさんは再起動したロボットのようにまた動き出していた。そして、何事もなかったかのようにコーヒーを飲む。そうしてカップから口を離すと、

 

「……まぁ、いいんじゃないの」

 

 とだけ言った。

 その口ぶりは完全にいつも通りのアヤベさんで。どうやら機嫌を損ねていたなかったようだと僕は密かに胸を撫で下ろした。

 だが、カチャリと音を鳴らしてカップをソーサラーの上に置くと、出し抜けにアヤベさんは口を開いた。

 

 

「……その書類は、もう書き終えた状態なの?」

 

「え?」

 

 

 あまりにも突然だったので戸惑ってしまったが、おそらく『その書類』というのは特別移籍の書類のことだろうと思い、僕は頷いた。

 すると、不意にアヤベさんは椅子から立ち上がり僕に手の平を向けてくる。

 

「……じゃあその書類、私がたづなさんに届けに行くわ」

 

「え?」

 

 またまた突然の言葉で先ほどと同じ反応をしてしまう。

 

「いや、いいよアヤベさん。僕が自分で行くから」

 

「別に。私もこのあと、オペラオーとの用事があるから。そのついでよ」

 

「いやいや。担当ウマ娘にそんな雑用させるのはトレーナーとしてどうなのかって話だから……」

 

「いいから」

 

「アッハイ」

 

 な、なんかアヤベさんからの圧がすごいんだけど……?

 僕が気圧されている間に、アヤベさんは書類を取って……というよりは引ったくるようにして持つとさっさとトレーナー室を出ていってしまった。

 バタン、とドアが閉まり、いつの間にやら部屋には僕しかいなくなる。

 

「な、なんだったんだろういきなり……」

 

 嵐のように急な行動だった。

 ひょっとすると、僕の何かしらの行動が彼女の逆鱗に触れてしまったのだろうか?いやでも、特にアヤベさん怒ったような様子は見せなかったし……。

 

 

(……まぁ一応、アヤベさんがあんな風な行動取るのは今に始まったことでもないし……あまり心配はしなくてもいいのかな)

 

 

 とりあえずアヤベさんは悪い方向に物事は進めないだろう。そっち方面の信頼は十分にある。

 ならば、僕が別に追いかけて干渉する必要はないだろう。

 

 ……とは言え、やはり思春期の女子の行動はまったく読めないなぁ。

 

 そう思い僕は(自称)ハードボイルド風にコーヒーを一口啜った。

 

 

 

 ……しばらくしてから『アヤベさんってオペラオーからの「用事」に素直に従うような性格だったっけ?』と疑問が浮かんだが、それは特別移籍の結果を待つ気持ちにあっという間に吹き飛ばされてしまった。

 

 まぁ別に移籍してくる娘が一人も来なかったとしても、アヤベさんがいれば僕はそれでも良いんだけどね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 数分後。

 栗東寮にある自分の部屋に、アドマイヤベガは帰ってきていた。いつもならば『あ、アヤベさんお帰りなさーい♪』と出迎えてくれるルームメイトは今はおらず、室内は暗かった。

 恐らくそのルームメイトも、今は特別移籍絡みで自分のトレーナーのもとへと行っているのだろう。

 

 好都合だ。

 

 別に見られようといくらでも誤魔化しは効くが、見られていないに越したことはない。

 

「…………」

 

 アドマイヤベガは小さく息をはくと、スカートのポケットに手を突っ込んだ。そこからクシャクシャに丸められた紙を取り出すと、机の近くに置かれたゴミ箱へと投げ入れる。

 紙の端からは『走ることに熱意を』という文字が少しだけ見えていた。

 その紙をゴミ箱の奥へ更に押し込んで外側から見えなくすると、アドマイヤベガはゆっくりと自分の机の前へ座る。

 

 そして懐から、先ほどたづなさんから貰った、何も書き込まれていないサラの特別移籍の書類を取り出した。

 

 それを机の上に広げ、自前のボールペンを握りしめる。

 

 

「……あくまでも普通のウマ娘を募集するつもりなら、2000mほど譲って私も静観しておくつもりだったけど」

 

 

 件の書類を睨みながら、彼女は何とも形容しがたい表情のままで言った。

 

 

「……やっぱり、悪い虫が寄り付くような機会は限りなく無くす必要があるし……あなたの追い込みウマ娘(一等星)は、私一人で充分よ」

 

 

 アドマイヤベガは、その新しい書類の『特別移籍を希望しない』という欄に淀みない手付きでチェックを入れた。

 

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