アヤベさんとの日常の一コマ 短編集   作:トマリ

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アヤベさんとバレンタイン

 

 僕はトレセン学園のトレーナーだ。担当しているウマ娘はアドマイヤベガこと、アヤベさん。

 今回は割愛するが、アヤベさんとの辛労辛苦刻苦勉励艱難辛苦千辛万苦の日々の末になんとか彼女に担当トレーナーと認められて、かれこれ二年となる。

 

 

 そんなとある日のトレセン学園では、朝からいつもに増して甘ったるい匂いがしていた。

 

 それもそのはずで、今日は二月十四日。二十歳を過ぎたあたりで触れる機会そのものが無くなり始めるバレンタインデーだからである。

 

 

 

「あーー……今日ってバレンタインデーだったんだな」

 

 授業とか仕事とかトレーニングが一段落した放課後のこと。

 砂糖三つを放り込んだコーヒーを飲みながら、僕は独り言を装ってそう呟いた。

 

 あくまで独り言をとして言ったつもりであり、それは静かに空気に消えるハズだった。しかし、今の室内にはその発言を律儀に拾ってくれる人物がいた。

 

「あー、ほんとっスね、今日って二月十四日かぁ。最近仕事続きだったんで、日にちの感覚とか無くなってたっスよぉ」

 

 声の主は、僕の対面に座って僕の用意したコーヒーカップを両手で持って飲んでいた。

 僕の同期……いや、正確には五ヶ月ほど遅れてトレーナーになった、ナリタトップロードTである。

 自己申告によればとうに二十歳を越えているはずなのだが、パッと見では中学生に見えるほど童顔の青年だ。母親が芦毛のウマ娘で遺伝したらしく、髪色は綺麗な銀色───だったらしいのだが、今は本人により黒に染められている。

 一応僕にとっては後輩にあたり、僕なりに可愛がっている人物である。

 

 三十分ほど前に『すいませんトプロに部屋を追い出されたんスけど……』とか言いながらこのトレーナー室にやって来たのだ。

 

「はぁ~二月十四日。道理で今日の学園は皆騒がしかったわけっスよね。気づきませんでしたわー」

 

「確かに。ウマ娘の育成に夢中になってると、意外とこういうイベントって見落としちまうんだよなぁ」

 

 なはは、と二人で笑い合う。

 

 ……嘘である。

 ウマ娘の育成をしていると、否応無しにこういったイベントには付き合わされるため、むしろ行事ごとには敏感になる。というかソレを抜きにしても、男に生まれれば二月十四日を意識しない人間などいないだろう。

 

 なので今日がバレンタインだと気づかなかったというのは、僕はもちろんトプロTも嘘であろう。

 なんと無駄なやり取りか。例えるなら、テスト当日での『お前昨日どんだけ勉強した?』というやり取りぐらい無意味である。

 

「で、どうよ? トプロTはなんか貰えるアテはあんの?」

 

「いやー無いっスよぉ。ジブン、学生時代からあんまモテませんでしたし。そういうアヤベT先輩は?やっぱモテるっスか?」

 

「まさか。大体、今日がバレンタインデーだって忘れてたぐらいだしなぁ」

 

「ですよねー」

 

 またHAHAHA、と笑い合う。

 ……おそらく、学生時代に誰もが一度はしたであろう無駄な腹の探り合いである。我ながら、社会人にもなって何をしているのだろう。

 

 とりあえず他人への『いや、俺バレンタインデーなんて全然意識してませんでしたし』アピールを兼ねた茶番が終わると、僕は口慰みの意でコーヒーを飲んだ。

 トプロTの方は、染めたモノ特有の真っ黒な黒髪が気になるのか、しきりにいじっている。

 

 ……トプロTが地毛をあまり気に入ってないのは有名な話であり、いつも神経質に黒髪にしているらしい。それを見ていると、僕はつい言ってしまった。

 

「別に銀髪のままでもいいだろうに。天然の芦毛なんて、僕にとっては羨ましいけどなぁ」

 

 親族が純人間であり、密かにウマ娘混じりの人に憧れていた故の言葉だったのだが、トプロTは「勘弁してくださいっスよ」と苦笑いした。

 

 

「茶髪に対する偏見だってまだ抜けきってないのに。地域によっては芦毛や栗毛遺伝に対する偏見ヤバいっスよ。価値観のアップデートできてない頭の固いヤツらからは『異物の血が混ざってる』とかで目ェ付けられますし、子供の頃のあだ名はもれなく『ジジイ』で統一されますし……」

 

「……そ、そうなのか?」

 

 

 コーヒーを吹き出しそうになる。完全に聞いたことの無い、未知の世界の話だった。

 

 

「そうっスよ。まぁとは言っても、よほどの田舎での話ですけどね。理不尽に怒られることもありましたし……今はそういう風潮が減ってきてるって、わかってはいるんスけど……やっぱ人前にいるときは黒にしとかないと落ち着かないというか」

 

「……ごめん。苦労してきたんだな」

 

 

 本人のコンプレックス一歩手前だった部分に、軽率に足を踏み入れてしまったようだ。

 申し訳なさから頭を下げると、トプロTは慌てて手を振った。

 

 

「いえっ、まぁでも、トレセンにいる人らはそういう偏見ゼロで助かってますし、母さんのことも別に恨んではいませんよ。今は単にジブンの勇気が足りないだけなんで……」

 

 

 そのまま、なんとなく気まずい雰囲気が流れてしまう。

 しまったこれは話題選択をミスったな、みたいに僕が思っていると、幸か不幸かそこでノックの音が響いた。

 

「はーい?」

 

「オレオレ、オレだよ」

 

「はい?」

 

「だから、オレだって」

 

 オレオレ詐欺(もう死語だろうか)みたいな勿体ぶった語り口に眉根を寄せてしまう。だが、このジャンプ主人公の声優を任せられそうなほどの爽やかな声は……。

 

 

「もしかして、オペラオーTか?」

 

「おっ。ピンポーン、正解」

 

「何やってんだよ……んで、何のようだよ?」

 

「いやー。トプロTがここにいるって聞いたんだが、いるか?」

 

「えっ、ボクっスか?」

 

 

 トプロTが声を上げると、扉がガチャリと開いた。

 やはりというか、そこに立っていたのはオペラオーTである。飲み終えたコーヒーカップを置くと、トプロTは慌てたように問いかけた。

 

 

「オペラオーT先輩。何か用ですか?」

 

「まぁ用っつーか……正確には用があるのはトップロードなんだがな」

 

「え?」

 

「くひひっ、お前の愛バのトップロードが呼んでたぜ。『渡したいものが出来ましたので、もう戻ってきて」

 

「行きます」

 

 

 オペラオーTが言い終わる前に、トプロTは席を立つとさっさと部屋を出ていってしまった。

 その速さたるや、ご飯の用意音を聞いたときの飼い猫の如しであった。

 

 ……トップロードからの渡したいモノってたぶんアレだよな……?うん、やっぱさっきまでの後悔は全部撤回だわ。爆ぜろトプロT。

 

「くひひひひ。すげぇなぁトプロTは、風みたいに行っちまったぞ。やっぱトップロードとプライベートでアツアツだって噂は本当なのかねぇ。あ、アヤベTコーヒー頼む、砂糖は無しな」

 

「喫茶店かここは。なんで僕がお前に淹れなきゃなんないんだよ……」

 

 とか言いつつも、コイツには日頃世話になっているのでコーヒーを淹れてやる。

 

 ホント、その笑い方と変態性さえ直せば普通に好青年なのになぁ……。

 

 コーヒーカップを受け取ると、オペラオーTはまるでドラマの専門家がやるみたいに、殊勝そうに匂いをかいだり、コーヒーの水面と目線が平行になるように液体を見つめたりした。

 

「……ふむ。このコーヒーは、ブルーマウンテンの豆を使用しておるな?」

 

「いや、全然違うけど……」

 

「あれ、マジ? じゃあどこの豆使ってんの?」

 

「たぶん言ってもわかんないでしょ。さっさと飲んでさっさと帰ってくれ」

 

「コーヒーは熱いのに態度は冷たいなお前。ま、確かに俺はコーヒーなんて飲めれば何でも良い派だから、豆の違いとかどうでもいいけど」

 

「おまっ……それ、マンハッタンカフェとかガチでコーヒー好きの奴の前では言うなよ……」

 

「そこはわかってる。本気で楽しんでる奴に茶々を入れる真似はしねぇさ。まぁ淹れてんのはコーヒーだけど」

 

 くぴくぴとコーヒーを飲むオペラオーTに対して思わずため息を吐く。

 コイツは一度真面目に誰かに殴られた方が良いんじゃないだろうか。具体的に誰に殴られるのかは天にお任せするけど。

 そんな時、ため息を吐いて一旦クールダウンしたせいか、さっきからスルーしかけていた光景に僕は気づくことができた。

 

「……てかさ、オペラオーT」

 

「うん?」

 

 空になったカップを置いて首を傾げるオペラオーT。そんな彼に僕は疑問をぶつけてみた。

 

 

「お前……なんで背中にメイショウドトウを背負ってるんだ?」

 

 

 あまりにも自然過ぎて、却って目に留まらなかった。

 

 扉を開けてこの部屋に来たときから、まるでリュックサックのような気軽さで、オペラオーTは愛バの一人であるメイショウドトウをオンブしていたのである。

 

「ああ、これか」

 

 オペラオーT本人も今思い出したような顔をしていた。それから体を揺らしてドトウを背負い直すと、背中にいるドトウが「わふっ」とか小さく声を上げた。

 当たり前と言えば当たり前だが、人形などではなくドトウ本人のようである。だとしたら状況が余計にわからなくなるのだが。

 

 

「いやーなんか、ドトウが俺宛てに用意してたチョコをドブに落としちゃったみたいで、作り直そうとしてもことごとく失敗するからー、てことでもうヤケになって『私がチョコになります』とか言ってきて……今に至る」

 

 

 おかしいな、説明されたハズなのにますます理解できなくなった。

 補足説明を求めてドトウの方に目を向けてみるのだが、彼女はなぜか温泉に浸かるカピバラみたいな顔をして

 

「あ、私のことはどうか気にせず……今日の私はただのチョコですので~……」

 

 とかノホホンと言うだけである。

 僕は額にかかる青線が更に濃くなっていた。とりあえず、ドトウに聞こえないように小声でオペラオーTと話す。

 

 

「なにこれ? お前ついに催眠術でも習得したの?」

 

「何言ってんだお前。同人誌の読みすぎだろ。そんなエ○漫画みたいな展開なるわけねぇだろうが」

 

「今まさにお前◯ロ漫画一歩手前の状況になってるからな?」

 

「まぁ、正直俺も『なんでこうなった?』とは若干思ってる」

 

 

 またドトウを背負い直したあたりで、不意にオペラオーTはスマホを取り出した。

 

 

「あっ……。んじゃアヤベT、俺もトレーナー室に戻るわ」

 

「どうした、なんかあったのか?……つか、そのまんまで?」

 

「このままで。いや、どうやらオペラオーが俺の部屋への『等身大オペラオーチョコ』の運搬を完了したらしくてな。この後そのオペラオー型チョコと、背中のチョコ型ドトウを戦わせるつもりだから」

 

「……そっか、頑張ってくれ」

 

 

 ……もう聞いてもわかんないことはとりあえず頷いておこう。

 僕の返事を聞くと、オペラオーTは「じゃあなー」とか言いながら背中を向けて扉を開けた。背中のドトウも、声と手の代わりに尻尾を左右に振ってくれた。

 そのまま、オペラオーT(とドトウチョコ)の姿は扉の向こうへと消える。

 

「……なんか、色々と疲れたな」

 

 普段ゴルシの相手をしてるマックイーンてこんな気持ちなんだろうか、と思いながら僕はコーヒーを淹れ直そうかとカップを手に取った。

 その時、

 

 

『ん? おっ、アドマイヤベガじゃん』

 

 

 扉の外からそんな声が聞こえ、僕は思わず寝込みを襲われた猫みたいに驚いた。

 さっきの声はオペラオーTのモノだ。おそらく、まだ僕の部屋の前にいたのだろう。

 

 そして彼の言葉が正しければ、そこにアヤベさんが来たのだ。

 今日に彼女と会うのは初めてなので、鼓動が勝手に早くなってしまう。

 

 

『どうしたんだそんな本番五秒前の新人俳優みたいな顔して。……ああ、アヤベTならちゃんと中にいるぜ、俺さっきまで話してたし。……背中のドトウなら気にしなくて大丈夫だ』

 

 

 外からオペラオーTの声が聞こえる。

 アヤベさんの声は聞こえないが、おそらく彼といくらか会話をしているのだろう。今の内に、なんとか気と心臓を静めて普段通りを装わねば。

 

 

『んじゃ、俺はこれから等身大オペラオーチョコを……え、何コレ。えっマジ、俺にもくれんの!? やったー! やっとまともなチョコがもらえた……!』

 

 

 そのあたりで僕は外の声に集中するのをやめて、自分の興奮を抑えるのに集中し始める。

 

 

『……えっ義理? いやいやわかってるってそんなの。なにせお前の本命は───あっちょ痛い痛い痛い!! 待ってっ! それ以上やったら俺の腕に間接がもう一つ増えて───』

 

 

 しばらく何やらドッタンバッタンと大騒ぎがあった後、やがて外は静まり返った。

 それから十秒ほど無言の時間が流れた後、またトレーナー室の扉が開く。それと同時に僕はさも今まで普通にコーヒーを飲んでいたかのような体勢を取り繕った。

 

 

「……おはよう、トレーナー」

 

「ん、おはようアヤベさん。といっても、もう放課後だけどね」

 

 

 果たして、そこには僕の愛バであるアドマイヤベガことアヤベさんが立っていた。

 今日もいつものように手入れされた髪の毛と白い肌が綺麗であるが───その手元には平時では見ない青い紙袋が下げてある。

 そのことに心臓が少し跳ねたが、あくまで気づいてない風を装う。

 

 

「……アヤベさん、コーヒー飲む?」

 

「……飲むわ」

 

「砂糖は五つでいいよね?」

 

「ん」

 

 

 アヤベさんが対面に座ったのを尻目に、今日だけで何回目かのコーヒーを淹れに行く。本当に喫茶店の従業員になった気分だ。

 

「…………」

 

 ソファーに座るとき、アヤベさんは持っていた紙袋をやたらと大事そうに傍らに置いていた。

 

 

(……今日は二月十四日。あの紙袋の中には、やはり……?)

 

 

 意思とは無関係に、脳が勝手に思考を巡らせてしまう。

 ……いや、でも、仮に、アレの中身が僕と全く関係ない人に渡す用のヤツで、初めから僕に渡すつもりなんてないのだとしたら……ここにもただ挨拶とコーヒーを飲むためだけに寄ったんだとしたら……。

 

 もしそんなことだったとしたら間違いなく僕の脳は粉々になる。もうショックなんてレベルじゃない。

 最悪ホームセンターで手首を切るのにちょうど良いカッターを買う必要がある。

 

「トレーナー?」

 

「へぇっ!?」

 

「コーヒー、もう淹れ終わってない?」

 

「えっ……あ、はい、あっ、そうですね、はい」

 

 アヤベさんの言う通り、とっくに淹れ終わっていた。慌ててカップを彼女の前に持っていく。

 彼女は別に特別な様子もなく普通にコーヒーを飲んでいた。対する僕はというと……居心地悪そうにソワソワとしてしまっている。

 普通を目指そうとしているのに、すっかり普通とは程遠い姿になってしまっていた。

 

 

 いやっ、だってですね……言わせてもらいますけど。

 

 

 欲しいに決まってるじゃないですか。愛バからのバレンタインチョコなんて。

 

 

 そりゃあんだけ『別にもらえなくてもいいし』的なアピールはしたものの、あくまでアピールであって、欲しいか欲しくないかの二択なら絶対に欲しい。

 増してや相手はアヤベさんだ。あの選抜レースの時から走りに一目惚れして、今日に至るまでなんとか関係を構築してきたアヤベさんなのだ。

 

 アヤベさんは、興味がない相手には本当に関わろうとしない。だから、この日にチョコを貰えるか否かというのは、これまでちゃんと彼女と関係を作ってこれたのかという一種の確認のようなものにもなっていて───

 

 

「……トレーナー」

 

「んぇっ?」

 

「……はい。コレ」

 

 

 出し抜けに言った彼女の手には、紙袋から取り出したらしき四角形の包みがあった。包装紙から察するに、おそらく中身はチョコだろう。

 

 

「あ……わざわざどうも」

 

「ん」

 

 

 なるべく丁重に受け取る。形を崩すわけにはいかないから。

 

 

「……じゃあ、もう用は済んだから、私はこれで」

 

「ん、お疲れ様。また明日ねー」

 

 

 僕がもらったのを確認すると、アヤベさんは紙袋を持って立ち上がる。

 いやーアヤベさんは優しいな。わざわざ僕にチョコを届けるためだけにトレーナー室に寄って

 

 

 

 

「待ってチョコレート!?」

 

「っ!?」

 

 

 思わず叫んだ。

 いつの間にやら、僕の手にアヤベさんからのチョコレートが贈られていた。

 超スピードの斬撃は、受けた本人をして斬られてからようやく気づくと言うが───いや違うそんなのどうでもいい。

 

 完全に対応が遅れた。

 先のドトウの件と同じで、あまりに自然過ぎたのだ。

 

「……急に叫ばないでよ。驚くじゃない」

 

 耳をピコピコと動かしながら咎めるように言うアヤベさん。だが構わず僕は続ける。

 

 

「あのっ、え、これって……チョコ、チョコですよね!?」

 

「……むしろチョコ以外何に見えるの?」

 

 

 アヤベさんは完全に呆れた目だ。

 

 

「あ、まぁそうですよね……。あの、コレって───」

 

「義理だから」

 

 

 僕よりも早く、キッパリと彼女は言った。

 

 

「義理チョコだから。単に、あなたには担当としてお世話になったから。それだけ。現にさっきオペラオーTやトプロTにも、同じモノを渡したし」

 

 

 キッパリと言っていくアヤベさん。

 そう言えば、この部屋に来る前にオペラオーTと何やら話していた気がする。あれはこのチョコのことだったのか。

 

 

「嬉しいよアヤベさん、ありがとう!」

 

 

 つい満面の笑みを浮かべてしまう。

 義理でも本命でもどうだっていい。ただアヤベさんから貰えたという事実が、とりあえずアヤベさんから『こういう行事に縁がある相手』としてちゃんとカウントしてもらえていたのが嬉しい。

 

『好きの反対は無関心』てよく言うしなぁ……。少なくとも嫌われてはいないようで一安心である。

 

 

「これっ、今食べても良い!?」

 

「……いえ、悪いけど家で食べて。ここで食べられても、対応に困るし」

 

 

 そこは拒否されてしまった。

 まぁ仕方ない。どこで食べようが美味しいものはちゃんと美味しいのだ。食べ終えたらちゃんとLINEで感想を送っとこう。

 

 

「いやーよかったぁ~、まさかアヤベさんから貰えるなんて」

 

 

 これで朝の頃から張り続けた虚勢も報われるモノである。嬉しさのあまりチョコを両腕で抱き締めてしまう。

 

「……たかがチョコレートなのに」

 

 僕の喜びように若干引いたのか、アヤベさんはため息を吐きながら呆れた様子である。だがそれでも口許に僅かに笑みを浮かべると、

 

 

「……まぁでも、そこまで喜んでくれたのなら、私としても作った───」

 

 

 何やら言いかけた瞬間、アヤベさんが自分で口を塞いだ。まるで無意識に出かけた言葉を慌てて引っ込めたような仕草だった。

 

 

「……アヤベさん?」

 

「っ、そ、そういうわけだから。じゃあ、私はもう行くわ。他の人たちにも渡しに行くから。……同じモノを」

 

 

 そう言って紙袋を持ち直すと、彼女はさっさと部屋を出ていってしまった。

 

「あ、うん。ありがとうね~」

 

 一応背中に声をかけたのだが、届いたのかはわからない。……まぁたぶん、聞こえていたとしてもアヤベさんは無言で頷くか程度しかしなかっただろうし、別に良いか。

 

 

 ……にしても。

 

 

(嬉しさでちょっと流されかけてたけど……やっぱ義理チョコかぁ)

 

 

 手元の長方形を見つめる。

 貰う前はアヤベさんから貰えるなら何でも良いと思ってたのに、いざ貰えるとそれならそれで~と新たな欲が出てきてしまう。

 

 ……義理チョコで、オペラオーT達にも同じモノ渡してるのかぁ。……ちょっとショック。

 

 

(いやいやいやいや。貰えるだけでも、充分にありがたいことだろ)

 

 

 湧きかけた醜い欲望を頭を小突くことで追い出す。

 

 とにかく今日は仕事を終わらせてさっさと帰ろう。さっさと帰って、アヤベさんからのチョコをゆっくり食べることとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして夜。

 晩飯前の間食代わりに、僕はアヤベさん印の義理チョコの封を開けていた。

 

「うわお。コレはすごい」

 

 箱を開けて目に飛び込んできたのは、トリュフチョコの群れだった。箱の中に正確に仕切りが作られており、全部で九つほどあるだろうか。

 ご丁寧なことに一つ一つが違う色、違うデコレーションを施されており、さながら美しい宝石箱のようにも思えた。一瞬冷蔵庫にでも入れて食べずに保存しようかなと考えたぐらいだ。

 

「いやいやそれはワザワザ作ってくれたアヤベさんに失礼だろ常識的に考えて……。いただきます、と」

 

 親切にも箱に予め付属していたプラ製のスティックを、トリュフチョコの一つに刺して食べてみる。

 

「っ!? うんま……!?」

 

 思わずグルメ漫画の審査員みたいに口に手を当てる。

 アヤベさん印のトリュフチョコは、愛バ贔屓を抜きにしても美味しかった。食べた瞬間に甘さが口の中に広がり、ノータイムで二つ目に手を出しそうになる。

 見た目の綺麗さも相まって、普通に店に出したらお金を取れそうな代物だ。

 

「ぎ、義理チョコでこのクオリティなのか……最近の女子高生は大変だな……」

 

 本命チョコを作ろうとしたらどれほどのクオリティを要求されるのか。

 そう考えると男で良かった、と勝手なことを思いながら二つ目を口に運ぶ。こちらもやはり美味しい。

 まぁ、『アヤベさんが作った物』て時点で既に味には六割増しの補正がかかるのだが。

 

 

(……だけどアヤベさん、確かオペラオーTやトプロTにも同じ物作ったって言ってたよなぁ。……今頃、アイツらもコレを食べてんのかなぁ……)

 

 

 スティックをタバコみたいに咥えながら、ぼんやりと思う。……美味しいチョコを食べれて気分が良いハズなのに、どこか気分が落ち込んでくる。

 脳内のどこかに、ドロドロとした感情が湧いてくるのがわかった。

 

 

(っ、いけないけない。こんな淀んだ気持ちで食べちゃダメだ)

 

 

 頭を振って邪念を追い出し、三つ目に手を伸ばす。

 

 だがそこでタイミング良くか悪くか、机の上に置いていたスマホがLINEの通知音を鳴らした。

 三個目を食べてから画面を点けてみると、相手はオペラオーTだった。

 

 

『もうチョコ食った?』

 

 

 ため息が出る。なんというかホント……困った男だ。

 

 

『現在進行形で食ってる』

 

『おっマジ? どんなんだった? ちなみに俺もアドマイヤベガからはもらったけど、普通に良かったぜ!』

 

 

「最後の情報いらねぇだろ……」

 

 先ほどの淀んだ感情の根元を突く発言に苦笑いが出てしまう。

 

 

『僕のもお前のと同じらしいよ。美味しいからいいけど』

 

 

 どういうわけか、既読から返信まで一分ぐらい時間が空いた。

 

 

『んん?……そうなのか?』

 

『そうなのかって……まぁ、義理らしいからね』

 

『それはそれは……まぁ、ドンマイだ、アヤベT。そんなこともあるさ』

 

『うっせ』

 

 

 LINEの向こうで生温かい目をするオペラオーTの顔が浮かび、ヤケ気味に四個目を食べてしまう。

 

 

『……でも、ホントに美味しいなこのチョコ。義理とは思えない』

 

『まぁ、確かに』

 

 

 そして僕が五個目に手を伸ばしたあたりで、もう一件オペラオーTからのLINEが来た。

 

 

『たまに、ましてやバレンタインデーの日に食うと結構美味いよな! ブラックサンダーって!』

 

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