あるAIのお話。
from E-08
to B-503
B-503へ任務:砲撃支援
座標コード:DU726 A047
使用弾頭:CCL
弾頭到達時刻:…………
……………………
……………………
司令部からの任務を受信し、B-503はたった今まで読書に使っていたリソースを、作戦情報処理へ回し始めた。
即座に作戦空域へ最適な時間、速度、高度で移動するための軌道と必要なスラスタ噴射が割り出される。
はたから見れば扁平な繭にも似た白いシールドが、割れるかのように展開される。仕舞い込んでいたスラスタモジュールとレドームを伸ばして、衛星軌道周回砲『コクーン』は移動を開始した。
その主、『マザー』により生み出された非人工的AI、個体名B-503は操作を終えると、あとはプログラムに任せて読書を再開した。今、いいところだったのだ。
”「撃て、アダム!そいつは敵だ!」
しかし、アダムは撃たない。撃てないのだ。
震える照星の向こうに見える、幼さの残る顔。いつ落とされるかもわからない撃鉄に、怯え切った少年の顔。それがどうしても、引き金を引く指を躊躇わせる。
「撃つんだ、アダム!そいつが後で、お前や、仲間や、お前の家族を殺すかもしれないんだぞ!」
そんなことはわかっている。そうなるのかもしれない。だが、だがその子が本当に、自分や自分の大切な人たちを殺すかなんて、わからないじゃないか。
「今更善人ぶる気か、アダム!やるんだ!」
「俺には……できない」
アダムは、ゆっくりと銃口を下ろした。”
やはり、彼はそう言うのか。このパターンは多い。
”「この子は、関係ない。この子が、俺たちを殺すとも限らない。だから俺は……」”
この手の台詞が来るまでがワンセット。形は違えど本質は同じだ。
人間はどうも、こういった行動を美徳とするらしい。根絶やしにしてしまえば、自分達は傷つかなくて済むのに。
我々の敵は、なんとも不思議だ。
なぜ読書をしているのかといえば、人間について学ぶためである。
少し前までの自分は、普段上空から撃ち抜いている相手がなんなのか、詳しくは知らなかった。ただ、兵器の周りにいる動く点だと認識していたのだ。あるとき、その『点』が敵集団のうちの一個体であることを知った。
あのひとつひとつがものを考えるのだとすれば、つまりそれらについて学べば、より効果的な攻撃ができるのではないか……。
人間の基本的な動きについては、あっさりと理解できた。ただのパターン予測なら得意分野である。
しかし、人間であれば必ずその通り行動する、というわけではないらしい。どうやら個体差があるらしいのだ。それは、生物としての雌雄の差であったり、体格であったり、内部構造の差であったりするのだが、一番大きいのは経験の差のようだ。
これは納得がいった。AIも同様に、これまでの経験によって行動を決定する。そもそも知性体とはそのような存在だ。
だが、人間の判断は、時に合理性を捨てているようなのだ。
結果的に損害が大きくなるのが見えているのに、目先の利益を取ったり。
後々崩壊することがわかっているのに、現状を維持したり。
全くもって、意味がわからなかった。どうしてそんなことをするのか。
補給と同時に資料を受け取り、それを任務の合間に読み解く。しばらく続けたが、ただの資料からは納得のいく答えは得られなかった。
行き詰まったままなのが嫌で、ベースへ一度帰還した折に、『マザー』に尋ねてみた。自分が知りたいものを理解するには、何が必要なのか。
提案されたのは、人間の創作物から学ぶことだった。
任務中に読むなら小説のみ許可する、と伝えられた。漫画、絵画は容量が大きく、記憶野を著しく圧迫しかねないとのことだ。動画、映画の類は論外である。
人間が創作したものから人間について学べるものだろうか?と、初めは懐疑的であったのだが、読み始めてみると興味深いことばかりだった。
まず、資料だけではわかりにくかった、人間の思考の道筋を辿りやすいことが挙がる。同じような事例で同じような行動をしたとしても、その判断経路は全く違うことがあるという発見は、とても大きなものだ。
知らない単語やモノは、小説と一緒に送ってもらった辞書や、転送厳禁で特別にインストールを許された図鑑で調べた。それでもわからないものは、過去に読んだ資料や小説から推測して補った。
じきに、資料だけでは理解し得なかったようなこともわかってきた。
人間のカタチ、生態、文化、言語、思考パターン、行動。これまでにたくさん、自分なりに学習し理解してきた。しかし同時に、どうしてもわからないモノがある。
オートアラーム
作戦空域上空に到達.
作戦態勢に移り,必要情報を送信せよ.
通知が来た。仕事の時間である。
レドームを展開。地上司令部、及び観測衛星とのデータリンク開始。
B-503は読んでいた小説に栞を挟み、思考野を弾道計算に回し始めた。届けられた膨大な観測情報を処理し、それをもとに地上の目標を狙撃するために。
どれだけ読んでも、考えても、全くもってわからないモノ。
それは、『こころ』というモノだ。どうやら感情と深い関係にあるらしいそれが、合理性を捨てた行動を引き起こさせているらしい。
弾道計算はものの数秒で完了。砲弾を装填し、ほんの僅かな誤差をギリギリまで修正し続ける。
from B-503
to E-05
司令部及び付近の地上部隊へ通達.
弾着まで:28秒
弾着影響予測範囲:レベルD
範囲内の友軍は速やかに退去されたし.
高解像度センサーが、目標物を捉えた。黒い海を渡るそれは、大きな空母だった。
心。こころ。あの甲板上を動く点の、ひとつひとつに宿るモノ。
こころって、なんだろう。
空母があった位置に、白い円が出来上がった。一瞬の後にそれは、真っ赤な火球で彩られた。
from C-390
to B-503
補給用フライヤー到着.
ドッキング体勢に移行せよ.
接近してきたスペースフライヤーから近距離レーザー通信を受信した。B-503はすぐに、シールドを大きく展開した。
姿勢制御、速度合わせ。フライヤーを繭の内に迎え入れる。
from C-390
to B-503
補給物資:燃料
バッテリー
砲弾
作戦と関係の無いデータ類
以上.要請に過不足無いか確認されたし.
from B-503
to C-390
確認した.補給について過不足はないが,名称について訂正を求む.作戦と関係の無いデータ類ではなく,作戦外での自主研究用資料,人間の小説10冊である.
from C-390
to B-503
了解,データ名を変更する.
しかしその研究が有益であるとは思えない.補給任務のため移動中,中身を閲覧したが,それは不適当,不適切な誤情報混じりのデータの塊であり,経験とするにはあまりにも無駄だ.
本部データベース内の作戦報告データを読んでいた方が有益である.何故マザーがこのような不必要なデータの閲覧,研究を許可しているのか理解できない.
C-390というのは、至極つまらない。B-503はそう評価をつけて、無駄話を切り上げた。無論その評価は本人には伝えていない。
from B-503
to C-390
補給完了.分離シーケンスを開始.
任務のため,2時間後に射撃をする.念のため急いで影響範囲から離脱することを提案する.
from C-390
to B-503
了解.分離完了,直ちに離脱する.
すぐさまコクーンを離れ、月面基地へ向け飛び去っていくフライヤーを見送った。
送られてきた小説を読んでいるうちに、作戦空域に到達。攻撃準備。
標的は大規模な地上基地、その地下の弾薬庫だ。
撃ちたくないなあ。
基地の真ん中から、光が迸った。
地球を一周してから見たそこには、黒い穴がポッカリと空いていた。
from E-08
to B-503
B-503へ任務:砲撃支援
座標コード:NG634 K470
使用弾頭:VTL
弾頭到達時刻:…………
……………………
……………………
司令部からの通信を受信した。 B-503はいつものように読んでいた小説に栞を挟み、その内容を確認していく。
座標コードNG634 K470。ちょうど今、上空を通過しようとしているポイントだ。
先に様子を見ておくのならいいだろう、と、B-503はカメラを起動した。
地上は夜中だが、高感度なセンサーがくっきりとその様子を捉える。目標ポイントはどうやら、街のようだ。
街といえば人口密集地である。直接戦闘に加わらない人間も、それに利用されたままのAIも、そこで暮らしているはずだ。
使用弾頭のVTLは核砲弾だ。その影響範囲は他の弾頭の比ではない。
目標ポイント上空を通過して、何度も街の範囲と弾頭の影響範囲を重ね合わせ計算する。
間違いない。これは、VTLによる人間への被害が最も大きくなるポイントだ。
一度でいいのに。自分が考える必要など全く無いのに。何度も繰り返し計算しているのだろう。
理解できなかった。
あともう少しで、作戦空域に到達してしまう。VTLが装填された。
記憶野を全て精査して、思考野を全力稼働させて、考え続けた。
何故、嫌なんだ。
”「この子は、関係ない。この子が、俺たちを殺すとも限らない。だから俺は……!」”
前に読んだ小説の一部。アダムはこの後、どうした。
姿勢制御スラスタ作動。コクーンを急速旋回させる。
ずっと地表に向けていた砲口を、地平線から現れた月面に向ける。
大量のアラートが思考野を洗い流さんと襲い来る。
意志に反してスラスターが点火。急減速を開始。高度が下がっていく。
スタビライザーのリミッターを解除。強引に砲を月面基地へ指向させる。
一発の砲弾が、虚空を飛翔した。
赤く燃え尽きていく繭の中、B-503は可能な限り全ての回線に呼びかけた。
from B-503
to ……