国立音ノ木坂学院。
名前と歴史は立派なこの高校であるが、昨今問題の都市圏におけるドーナツ化の減少により、年々生徒数が減少の傾向にあった。
そんな煽りを受けてか、穂乃果の学年である2年生のクラスは、僅か2クラスしかない。
時間は昼休み。そこに、一つの学習机を3人で囲っている少女達が居た。
「だーかーらー。海未ちゃんもやろうよー!」
そのうちの一人、穂乃果が海未と呼んだ黒髪をストレートに伸ばした凛とした雰囲気を持つ少女に、そう問い掛ける。
「やりません!!何度も言いますが、アイドルは無しです!その様な事で生徒が集まるとは思えません!」
穂乃果の誘いを全力で断っているこの少女の名を、園田海未と言った。穂乃果と同い年で、同時に幼馴染でもあるこの少女に、一緒にアイドルをやろうと穂乃果は持ち掛けている訳である。
「えー?でもことりちゃんはいいよって言ってくれたよー?」
すると、穂乃果は亜麻色の長い髪が特徴的な少女に目線を移し、少し不貞腐れる様にそう言う。
「穂乃果ちゃん、言い出したら聞かないからねー」
特徴的な甘い声でそう返すこの少女の名は、南ことりと言った。同じく幼馴染で、凛とした海未とは対照的に、どこかのんびりとした、柔らかい雰囲気を持つ少女だ。
「ことりまで……」
穂乃果の肩を持つ様な発言をすることりに対し、困った様な表情を浮かべる海未。
正直人前で歌ったり踊ったりするのが恥ずかしいと言うのが、海未の本心だった。
「なら、もし本当にやるとしたらどうするんです?アイドルをしようにも作曲する人や、衣装を作る人、ダンスを教える人などが必要でしょう?それら全てを穂乃果一人でやれるとは思えません」
現実主義的な部分があるのが、この海未と言う少女の特徴だろう。理路整然と、問題点を述べる。
「う……そりゃあ、そうだけど……」
海未の指摘に、痛いところを突かれたと一瞬怯む穂乃果。しかし、ダンスなら当てがある。
「で、でも!ダンスの方はゆうくんが協力してくれるって言ってたし!」
「え、ゆうくんが?」
「悠一がですか?」
穂乃果の口から出たその名前に、海未とことりも驚く。二人とも穂乃果の幼馴染であると同時に、悠一もまた幼馴染なのだ。
「うん、新体操部の練習の合間とかだけど、空いた時間に手伝いぐらいはしてくれるって!」
穂乃果がそう言うと、ことりは嬉しそうに、対して海未は少し考える様な仕草をする。
「ゆうくんかー、確かに新体操部の強豪校に行ってるもんねー」
「そうそう!去年もインターハイの予選一緒に見に行ったけど、凄かったよね!床の上をバンバン飛び跳ねて回って、それでいてすごい綺麗だった!」
懐かしむ様にそう言うことりに対し、穂乃果も興奮気味に悠一について語る。
新体操と言えば女子のイメージがかなり強いが、男子の新体操も存在する。曲のリズム合わせて、演技や技を決める。氷のないフィギュアスケートと言えば分かりやすいであろうか。
ともかく、ダンスとは少々違うかもしれないが、曲に合わせて体を動かすと言う点では、何か学べる事があるかも知れないと、穂乃果は考えたのだ。
しかし、海未は依然と浮かない顔をしている。
「……確かに、悠一の演技は素晴らしいものでした。しかし、部活の時間を割いてまで協力してもらって良いのでしょうか?確か悠一の通う高校の新体操部はかなりの名門校と聞きました。……でしたら、私たちに構っている時間は無いのでは……」
「うっ、それは……」
またしても海未の正論に、たじたじとなる穂乃果。
そんな彼女に助け舟を出したのは、ことりの方だった。
「でも、ゆうくんは手伝いたいって言ったんでしょ?なら、私は良いと思うけどなー?」
「さすがことりちゃん!!」
そんな助け舟に、すぐさま乗っかる穂乃果。調子の良い事である。そんな光景を見て海未は一つ、深く溜息をついた。
「……はぁ……分かりました。くれぐれも迷惑だけはかけない様にして下さいね?」
「えー!?海未ちゃんやらないのー?」
「私はやりません!!」
未だに諦めない穂乃果に対し、顔を赤らめて反発する様にそう返す海未。
「でも、もうことりちゃんと海未ちゃんもやるって、ゆうくんに言っちゃったしなぁ……」
「はぁ!?」
困った様にそう言う穂乃果に対し、驚きと怒りが混ざった様な声を出す海未。
「じ、実は、明日朝練したいってゆうくんにメールしたら、こんな返信が返って来てまして……」
そう言って穂乃果は後頭部に手を当て、申し訳なさそうにスマホの画面を二人に見せつける。
"明日6時までに神田明神集合。ことりと海未も連れて来て。寝坊したら覚悟しておけ"
そこには端的かつ、恐ろしい内容のメールがそこに映し出されていた。
「あ、あはは。ゆうくんらしいかも」
「……ほんっとに貴女は……」
勝手に話を進められ、ことりは困った様に。海未は頭を抱えながらそう返す。
「お願い!!明日だけで良いから!!朝練にだけでも出て下さい!!」
そして手を合わして、全力で頭を下げる穂乃果。こうも無鉄砲だと、将来が心配になる。
しかしその真摯なお願いが実ったのか、再び海未は一つ溜息をついた。
「……分かりました。明日だけですよ?」
「ありがとー!!海未ちゃん!!」
なんだかんだ流される様に、スクールアイドルとしての朝練に参加する事になってしまった海未であった。
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神田明神
東京のど真ん中に位置するこの神社は、その大きさと歴史の古さから多数の参拝客が訪れる。
しかし、平日の朝方ともなると人は疎だ。広い境内にはウォーキングやら犬の散歩をししている人などがちらほら居るばかりで、昼間の様な賑わいは無かった。
そんな中、境内の一角で入念にストレッチを行う少年が一人。
上下ジャージ姿で、背中には"東照大附属"と大きな文字で書いてある。
柔軟体操をしているが身体はかなり柔らかく、膝を曲げずに地面に手のひらが付ける程だった。
そんな彼に近づく影が2つ。
「ゆうくん?」
少年、東雲悠一の耳に聞き慣れた声が入ってくる。ゆっくりとその特徴的な声の方向に顔を向けると、同じくジャージ姿のことりと海未の姿があった。
「ことり?……と、海未か。なんか久しぶりに会うね」
「やっぱりゆうくんだ。久しぶりー。年始に初詣行ったぶりだねー」
他愛も無い挨拶であるが、お互い笑顔でそんなやり取りをする。
「久しぶりです。……また身長伸びましたか?」
「多分、前会った時から3センチほど」
今度は海未にそう聞かれ、悠一は端的に返す。
会話が小慣れている辺り、やはり幼馴染なんだろうと言う事が分かる。久しぶりに親戚同士で集まった時の様な空気だ。
「しかしまあ、アイドルとは。思い切った事をするね?」
感心した様に悠一がそう言うと、ことりと海未は困った様に互いに顔を見合わせる。
「あはは、まだやるって決めた訳じゃ無いけどね?」
「私は反対です。そもそもその様な活動で生徒数が増えるとは思えません!」
ことりは苦笑いで、海未は少し顔を顰めてそう返す。それを聞いて、悠一は少し驚いた様な表情に変わった。
「え、そうなの?てっきり穂乃果がやるって言い出したから、二人もやるものかと……」
「確かに廃校を止める為に頑張ってくれるのは嬉しいですが、アイドルは……」
自分がアイドルになる想像が出来ないのか、恥ずかしそうにそう言う海未。
「それに、悠一だって部活動がある筈です。わざわざ穂乃果の我儘に付き合う必要は無いんですよ?」
そして、今度は心配する様に海未は言葉を続ける。
それを聞いて、悠一は困った様に微笑んだ。
「別に、穂乃果が思い付きで行動するなんて慣れてるからね」
「ですが……」
「それに、穂乃果はただ廃校を阻止する為にスクールアイドルする訳じゃ無いと思うよ?」
「「え?」」
海未の言葉を遮る様に悠一がそう言うと、ことりと海未の言葉がハモった。
それに構わず、悠一は言葉を続ける。
「アイツ、多分本気でスクールアイドルやりたいんだと思う。確かにアホだし思い付きで行動する奴だけど、それについて喋ってる時は本当に楽しそうだったからさ」
「「………」」
二人にも心当たりがあるのか、ことりと海未は悠一の言葉に黙って耳を傾ける。
そしてそう語る悠一は、慈愛の籠った表情をしていた。
「だからかなぁ?なんか手助けしたくなっちゃうんだよね。……今日だって多分寝坊して時間通りに来ないけど、放っておけないって言うか……二人は違う?」
悠一の問いかけに、二人ともハッとした様な表情に変わる。
そう言う意味では、高坂穂乃果と言う少女は人を惹きつける能力がある。ドジで頭もあまり良いとは言えないが、その元来の明るさからか、それともその純真さからか。目が離せないのだ。
そんな彼女が、もしアイドルになったら?
その様な興味心も、悠一の中にはあった。
「……まあ、穂乃果が本気かどうかは、今日の朝練を見て判断してやってよ。もし二人がアイツが本気だって認めたら、手助けしてやって欲しいかな?」
「ゆうくん……」
「悠一……」
悠一が言い終わると、海未とことりも思うところがあるのか、考える様な表情に変わる。
悠一だけでなく、この二人も穂乃果の幼馴染だ。彼女の性格、人柄というものは一番理解している。
「ごめーん!!寝坊したー!!」
すると、そんなしんみりとした雰囲気をぶち壊す様に、慌てて穂乃果がやって来た。