「はぁ……はぁ……遅刻!?」
「3分」
「じゃあセーフだ!!」
「アウトだバカタレ」
来て早々、コントの様な会話を展開する穂乃果と悠一。穂乃果はかなり急いで来たのか、息が上がっていた。
「でもまあ、穂乃果にしては早い方だな」
時計を確認しながら悠一がそう言うと、穂乃果はパァっと笑顔を見せる。
「ホント!?えへへっ、久しぶりにゆうくんに褒められたー」
「穂乃果、それはバカにされてるのでは……?」
なんだか勘違いしてる穂乃果に対し、至極真っ当なツッコミを入れる海未。天然具合は相変わらずの様だ。
ともかく、これで全員揃った。悠一は口を開く。
「まあとにかく、これで揃ったね。……って事で朝練始めるけど、今日は穂乃果一人でやれ」
「なんで!?」
いきなりの悠一の宣告に、驚いた表情でそう返す穂乃果。
「言い出しっぺはお前だろ。なら、お前がまずやる気を見せろ」
「えー!?やる気は満々だよ!!」
心外だとばかりに、穂乃果は抗議する。しかし、悠一はどこ吹く風。
「じゃあ、行動で見せろ。今日はそのための朝練だ」
「ぶー……分かったー」
淡々とそう返す悠一に対し、渋々と言った感じで穂乃果もそう返す。口だけなら誰でも言える。ならばまずは行動で見せろと言うのが、悠一の考え方だった。
穂乃果のその返事を聞いて、悠一はニヤリとほくそ笑む。
「……じゃあ、レッツスポ根」
_______________
朝方の神田明神。そこには、揃いも揃ってジャージ姿の男女の姿があった。
その男女、穂乃果と悠一は互いに向かい合う様に立っている。
「まずは柔軟。穂乃果もやった事あるでしょ?足開いて上体を倒すやつ」
「うん!体育の授業とかでもやるよ!」
悠一がそう聞くと、穂乃果も元気よくそう返す。
「ここでやるのは、体育の時みたいな甘っちょろいもんじゃ無いよ。今日は限界までお前の股を開かせるから」
「さ、さー!イエッサー!!」
聞き取り様によってはとんでもないセクハラ発言をする悠一に対し、ビシッと敬礼を返す穂乃果。恥ずかしがる様子が無い限り、まだまだ彼女の心は清らかな様だ。
「よし、じゃあ、立った状態からどんどん足を広げてってー」
そう言いながら、まずは手本を見せる様に悠一は足を広げて行く。
「おー、凄い……」
「流石新体操部ですね……」
そんな悠一の姿を見て、ことりと海未が感嘆の声を上げる。足は平行にどんどんと広がって行き、遂にはそのまま尻が地面に着くまでに広がっていた。所謂"股割り"と言うやつである。
「すごーい!!流石ゆうくんだね!!私も……」
そう言って、穂乃果も悠一の真似をする様に足を広げて行く。
「ふんぬぬーーー!!」
しかし股の角度が90度を超えた辺りからだろうか、その先はピクリとも動かなくなってしまった。
「それが限界?」
「もうこれ以上開かないよー!!」
悠一の問い掛けに、弱音を吐く様にそう返す穂乃果。
「りょーかい。じゃあその状態で地面にお尻付けてー」
「こ、こう?」
悠一に言われるがまま、限界まで足を開いた状態で穂乃果は後ろに倒れる様にお尻をつく。柔軟体操でやる様な格好になった。
「よーし。そのままそのまま……」
そう言って、悠一は穂乃果に近づく。そしてその限界まで開いた穂乃果の足を閉じさせない様に、自分の足を内側から穂乃果の内くるぶし辺りに固定する。
「ゆ、ゆうくん?ま、まさか……」
ここまで来たら流石の穂乃果もイヤな予感を感じたのだろう。青ざめた表情でそう聞く。対照的に悠一はニッコリと微笑んだ。
「さあ、穂乃果。限界を越えるんだ」
そう言って、さらに股の角度を広げようと悠一は自分の両足で穂乃果の内くるぶしを押す。
「ちょっとま……あーー!!!痛い痛い痛いいたーーーーい!!!」
早朝の神田明神に、いたいけな少女の叫び声が響き渡った。
_____________
「うぅ……立てなくなるところだった……」
「何言ってんの?これ毎日やるんだよ?」
柔軟体操は30分もの間、かなりの時間を掛けて行った。そしてその間散々痛めつけられた穂乃果の身体は、十分過ぎる程にほぐれていた。
もうグロッキー状態の穂乃果に対し、悠一は随分と涼しい顔をしている。
「身体の柔らかさは全てに繋がって来るからな。最初の方はこれでも足りないぐらいだ」
「えぇー……アイドルって大変だー……」
「まあ、あれだけ動くんだ。怪我しない為にもこれは毎日やった方が良いだろ?」
「た、確かに……」
アイドルと言うのは、歌って踊ってなんぼ。それを可能にするには、まずは身体の柔軟性を鍛えなければならない。
踊っている人間が固い動きだと、魅力的に見える筈も無いのだ。
「じゃあ、次のトレーニングに行こっか」
悠一がそう言うと、「うん」と、穂乃果も頷く。
こうして次にやって来たのは、神田明神の参道でもある長い階段。60段を超えるこの階段を目の前にして、穂乃果は再び顔を引き攣らせる。
「ゆ、ゆうくん……まさか……」
「まあ、持久力トレーニングだね。取り敢えず、最初は5往復ぐらいで良いんじゃないか?」
「ご、5往復……」
当たり前のようにそう提案する悠一に対し、生唾を飲む穂乃果。
「もちろん、登りで歩いちゃダメだぞ?降りる時はゆっくり歩いて降りて来て。膝に負担掛かっちゃうから」
「い、イエッサー……」
練習を始める前よりも、随分と勢いの無い返事を返す穂乃果。しかし自分から言い出した手前、後に引けないのも事実であった。
___________
「ぜぇ……ぜぇ………ゆうくーん……はぁ…はぁ………待ってよー……」
「ほら、あと一本。気合入れて」
「はぁ……はぁ……っううーー!!」
ラスト一本でまたグロッキーと化している穂乃果に対し、またしても涼しい顔で煽る悠一。
アイドルは笑顔を保ったまま、激しいダンスを絶え間なく踊り続ける。ならばその体力を付けなければならない。ここまで運動部がやる様な地味なトレーニングばかりだが、どれも大事な事なのだ。
「ほら、穂乃果!あともう少し!」
「ぐぅーーー!!だあっ!!!はぁ!……はぁ……はぁ……やっと終わった……」
頂上に着いた途端、仰向けで大の字に寝転がる穂乃果。女の子らしくないとか、そんな事を気にする余裕など無かった。
「はいお疲れー。10分休憩ね」
そんな穂乃果を上から覗き込む様にして、そう言う悠一。
「はぁ……はぁ……ゆうくんは凄いねー。全然息が上がってないや」
穂乃果は仰向けになったまま、感心した様にそう呟く。これは性差の壁もあるが、普段から運動している悠一とそうでない穂乃果には、圧倒的な差があった。
「まあ、普段からやってるからね。穂乃果も慣れればすぐだよ」
「慣れるかなー?」
「毎日やればね」
「そっか、じゃあ毎日練習だ」
そう言う穂乃果の顔は、苦しげではあるが、同時に楽しんでいる様に見えた。
そんな表情を見て、やはりこの少女に協力したのは間違いでは無かったんだなと、悠一は優しく微笑む。
普通なら文句の一つや二つでも出てきて良いはずなのだが、彼女はこのキツくて地味なトレーニングを受け入れてくれている。それ程までに自分を信頼してくれていると思うと、悠一としてもやりがいがあると言うものだ。
_________
「よし。じゃあ最後は、バランスだね」
「バランス?」
休憩後、再び境内に戻り、悠一がそう言うと穂乃果は首を傾げる。
「そう。片足立ちって言った方が良いかな?とりあえずやってみるね」
言葉で説明するよりやった方が早いと思ったのか、悠一は片足立ちになる。しかし、唯の片足立ちでは無い。
上げた方の足は地面と平行に。上半身もなるべく地面と平行に。新体操やフィギュアスケートでもよくみるポーズだ。
「おー!!それなら私でも出来そう!!」
遂に自分でも出来るトレーニングが見つかったと思ったのか、意気揚々と同じポーズを取ろうとする穂乃果。
「ふっ、じゃあやってみ?」
対して悠一は不敵に笑う。
そして穂乃果も同じ様に片足を上げるが……
「あ、あれ?」
全く安定しない。
片足は上がるのだが、それを平行させようとすると、途端にバランスが崩れるのだ。
しかし、悠一の方を見ると、上げた片足は地面と平行で指先までピンと伸びており、尚且つバランスを崩す様子が全く無い。
「無理に伸ばさなくて良いよ。最初は片足を後ろに上げて、バランスを取るだけで良いから」
「そ、それが難しいんだようー!」
片足を上げながらも余裕を見せる悠一に対し、必死にバランスを取りながら、そう返す穂乃果。
「よし、じゃあその状態で5分。終わったらもう片っぽの足で5分ね」
「えー!?」
そして更なる悠一の注文に、必死の形相でそれを続ける穂乃果だった。