「あー!!疲れたー!」
時刻は8時前。
朝の6時から今までみっちりと練習した。運動不足気味の穂乃果にとってはこれすらもハードトレーニングだったのだろう。やり切った表情で再び仰向けに倒れる。
「お疲れ。まあ、初めてにしては上々と言ってやろう」
「相変わらず厳しいなー。ゆうくんは」
褒め言葉としては微妙過ぎる悠一の言葉に、苦笑いでそう返す穂乃果。
初日は柔軟、持久力、体幹。この3つのトレーニングをした。アイドルをやるとは思えない程の地味なトレーニングだが、どれもダンスをする上で重要になって来る。
そしてこのトレーニング内容は、悠一が穂乃果を試す意味合いもあった。
「で、どう?明日もやる?」
確かめる様に、試す様に悠一がそう聞くと、仰向けの状態から上半身を起こして、穂乃果は満面の笑みを見せる。
「うん!!もちろん!!」
あれだけ地味でキツいトレーニングの後にも関わらず、穂乃果は即答した。
やはり、この少女は本気だ。
そう思わせるには十分過ぎる程、彼女の熱意は伝わって来た。
やっぱりなと、満足そうに悠一は口角を上げる。
「オッケー。じゃあ明日も6時集合。分かった?」
「さー!イエッサー!!」
確認する様に悠一がそう聞くと、穂乃果も元気良く返事を返す。
「よし、じゃあ、最後は柔軟」
「えー!?またやるのー!?」
悠一の指示に対し、先程の激痛柔軟体操を思い出したのか、困った様な表情を浮かべる穂乃果。
「最後は軽くだよ。そのままだと筋肉痛になるから。ほぐす様にな」
「あ、なるほどー!」
悠一の言葉に納得したのか、すぐさま穂乃果は再び柔軟体操を始める。
そしてそんな彼女を尻目に、悠一は離れて見ていた二人の元へ近づいて行った。
「どうだった?」
「どうって……」
悠一の問い掛けに対し、困惑気味にそう返したのは海未の方だった。
「アイツ、本気だったでしょ?」
悠一はニコリと笑って、嬉しそうにそう言う。
2時間程度の朝練だったが、それでも穂乃果は途中で投げ出す事なく、悠一の言った練習メニューを全てこなした。
そんな直向きな姿勢が、高坂穂乃果という少女の1番の魅力だ。そしてそんな彼女の幼馴染であるこの3人が、それを感じ取れない筈がない。
「……そうだね。やっぱり穂乃果ちゃんだったよ」
柔軟体操をする穂乃果を見やりながら、ことりもしみじみとそう返す。
『アイドル』
唯の憧れ。自分とは縁のない煌びやかな世界。ことりと海未にとってその様な印象でしか無かったこの言葉が、穂乃果の姿を見て少しづつ変わって行った。
「覚えてる?昔さ、穂乃果の提案で木に登ったの」
すると懐かしむ様に、悠一は口を開く。
「あったねー。『絶対景色が良いから登ろうよ!』だっけ?」
「あの時も穂乃果が言い出しっぺでしたね」
悠一の問い掛けに、同じく懐かしむ様にことりと海未もそう返す。
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それはいつ頃だったか、まだ今の半分程しか身長がなかった、小さい時の記憶。
穂乃果の思い付きに真っ先に悠一が乗り、ことりと海未が振り回されるのはいつもの事だった。
その日は確か高台にある大きな木を穂乃果が目に付け、これまた思い付きで登ってみようと提案したのだ。
「いいよ!」
「ほ、ホントに登るの……?」
「落ちたら……」
真っ先に穂乃果の思い付きに乗る悠一に対し、尻込みをすることりと海未。そんな二人に構わず、穂乃果と悠一はぐんぐんと木を登って行った。
「わー!!きれー!!」
「おー!!きれー!!」
登った木の上で、興奮気味にリアクションをする穂乃果と悠一。
「「そ、そんなに?」」
二人とも必要以上にはしゃぐものなので、尻込みしていたことりと海未もなんだか興味が出て来た。
「うん!!海未ちゃんとことりちゃんも来なよ!!」
「絶対来た方が良いって!!」
いつもそうだった。穂乃果の思い付きに悠一が真っ先に乗っかり、二人が楽しそうにするものだから、それに引っ張られる様にことりと海未も着いて来る。
そして、その思い付きは絶対と言って良いほど、悪い方向には行かなかった。
「わー……」
「きれい……」
木の上から見える景色は、絶景だった。夕暮れ時のオレンジの太陽が街を暖かく包み込んでいる。
それに釘付けになる様に、ことりと海未もその景色を見つめていた。
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「穂乃果の言い出した事に乗っかると、なんか楽しくなるんだよね。
……だから、後悔はしないと思うんだ」
朝の神田明神。ジャージ姿の悠一が、二人に目線を移してそう言う。
この4人は、幼馴染だ。昔は何をやるにもずっと一緒だった。
だったら、スクールアイドルだって……
「……どうかな?二人もスクールアイドル、やってみない?」
3人でやった方が絶対に良いに決まっている。
そんな直感が、悠一の中にはあった。
悠一の問い掛けに、ことりと海未は再び穂乃果に視線を向ける。
「………私は、やってみようかな?」
最初そう宣言したのは、ことりの方だった。それを聞いて満足そうな笑顔を浮かべると、悠一は海未に視線を向ける。
「……海未は?どうする?」
確かめる様に悠一はそう聞くが、答えは表情で言ってる様なものだった。
「ゆうくーーん!!柔軟終わったよーー!!」
すると、柔軟を終えた穂乃果が駆け寄って来る。
「ハリのあるところとか無い?」
「大丈夫!!」
「全く信用なんねぇな」
「ホントだよ!?」
そして、またしてもコントの様な会話を展開する2人。
この遠慮のなさも、幼馴染特有のものと言ったところだろうか。
「じゃあ、明日も6時にね。また遅刻したら階段ダッシュ倍に増やすから」
「一番キツいの増やさないでよー!!」
悠一の通告に対し、悲痛な叫びを上げる穂乃果。それを見て心底楽しむ様にクツクツと悠一は笑った。
やっぱり、この少女と居ると心地が良い。
それが、悠一が穂乃果に抱く感情だった。
「そう言うな。明日からはもっと賑やかになるから」
「?、それってどう言う意味?」
発言の意味が分からず穂乃果が首を傾げると、悠一は再びことりと海未の方へ顔を向けた。
そしてそれに応える様に、海未が口を開く。
「……穂乃果。今日のあなたを見て、本気だと言うことが分かりました」
「うん、だからね?私達もやろうって思ったの」
海未の言葉に便乗する様に、ことりがそう言う。それを聞いて、穂乃果は満面の笑みを浮かべた。
「そ、それって……」
「ただし!やるからには中途半端は許しませんよ!!」
アイドルなんて、自分とは程遠い存在。
二人のそんな思い込みは、目の前の少女にどこかに吹き飛ばされていた。