魔法科高校のウイニングポスト!   作:京都府の南スラヴ人

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入学編➃

「やー、昨日の東京スプリントおもろかったなぁ」

「コンゴーボルトだっけ」

「そうそう! まさか追い込みでああもガツンといけるとはなぁ」

 

昼休み、森崎は継男に誘われ、カフェテラスで一緒にを一服していた。すでに食後でコーヒーとほうじ茶の匂いが二人の嗅覚を刺激する。

「たまには二人だけでどーよ」という事で、いつものクラスメイト連中には話を通している。

確かにこれから3年間、目の前の人物は友人としての付き合いになることは間違いないし、何と言っても、将来の顧客である。

それに話す内容はもちろん競馬のこと。

いつ聞くかのタイミングでしかないので、昼休みに済ませておこうと思ったのである。

 

「お前んとこの馬じゃないんだよな」

「そそ、ダート短距離でイケる馬おるっちゃおんねんけど、親父が今年はグローバルスプリント制覇するって言うててさ。その路線のレース出るとしても秋になる思うわ」

「ちょっと見してくれないか」

「お、競馬に興味持ったんか?」

「顧客の話に合わせておきたいんだ」

 

連れないようだが、継男の顔には笑みが浮かぶ。

未だに紙媒体の競馬新聞を読むのはもう慣れっこで、読み方もある程度は分かってしまう。

本紙の評価などは無視しておくとして、調教がどうのというところは読み込む

 

「こう見ると、競馬も魔法師も同じだな」

「趣のあること言うなぁ。なんかそういうん書いてあんの?」

「調教の内容とか効果は分かんないけど、この調教師さんのコメントから伝わる、何と言うか熱意は魔法師の研究のそれと一緒だなと思って」

「そらそうや。調教技術は日進月歩やからな」

 

森崎は別に競馬のそれに詳しいわけではない。

知っていると言っても競馬ファンとならある程度の意思疎通が図れる程度であるし、有名な騎手と馬をそれなりに覚えているだけ。

例えば競馬場のコースがどうのとか、洋芝だとか血統だとかその辺のとこまでは全く把握していない。

これも全て、宇井保家と付き合う以上は必要なのと、目の前の友人からの受け売りで覚えたから。魔法師と重なると言うのもあくまで、表面的な感想と言える。

 

「今週は皐月賞か……見に行くんだろ?」

「おぉ、そりゃなぁ。というより、親父の名代や」

「親父さん来ないのか?」

「イギリスかアメリカ行ってると思う。向こうも馬出してるし」

「どこにいるのか知らないのかよ」

「常に海外飛び回ってんねんから、どこでどうとか一々聞いてたらキリ無いんよ」

 

今年の皐月賞は実力馬が揃っている

トライアルを勝った馬は全て出走しているが、今一番注目を集めているのはブレイブドクトリンであろう。

父は日米芝3冠を達成したタムロガンダルヴァ 母はオークスコレクターと渾名されたジャリオンビジンという良血である。

芝とダートどちらも通用する脚を持ち、すでにBCジュヴェナイル、全日本2歳優駿、ホープフルSとG1級のレースを3勝している。今年に入ってからもサウジダービーを制覇しており、競馬新聞によると日本でクラシック3冠かアメリカでスーパーフェクタを狙いに行くかで牧場は喧々諤々の議論がなされたとかなんとか

水沢から移籍した黒田勝騎手を主戦に、調教師はかつて欧州三冠ジョッキーに5回も輝いた山口造である。

 

「ところで、誰か待ってる風だけど、いつ飯を……」

「待たせてごめんなさい! 授業長引い、ちゃって」

「お、来た来た。ささ、壬生ちゃん先輩そっち座ってください」

「壬生、先輩……」

「…………」

 

ポニーテールの美少女は言うまでもなく壬生紗耶香である。

森崎と彼女は互いに、そして僅かににらみ合った。

一科生と二科生の壁が瞬時に出来上がったが、継男はお構いなしに彼女に着席を促す

 

「それで今朝言うてた相談ですけど」

「その前に、宇井保君。その、隣の彼は」

「クラスメイトの森崎ですわ。やー、相談内容からして、折角やからこういうガチガチ一科生の野次でも聞いたらいっそ答え出やすいかな思いまして」

「………森崎です。お名前はかねてより」

「壬生紗耶香、よろしく」

「壬生ちゃん先輩、安心してくださいね。確かに雑草やなんやいう奴ですけど黒髪ロングが好みの男の子なんで」

「バカ」

 

森崎駿と壬生紗耶香、どちらも典型的な生徒であったので火花が散る、は言い過ぎだがその視線は尖っていた

継男の冗談で和む雰囲気は瞬時に元通りだ

 

「話戻しましょか。えっと、昨日風紀委員のやつに非魔法競技系のー、何でしたっけ」

「『同盟』よ」

「そう! その同盟で意見纏めて学校に伝えてそっからどうするかって聞かれたんですよね」

「こういう事は一科生のあなた達に聞いてもとは思ったんだけど、ここに森崎くんがいるように答えがでやすいかなって」

「考える事が一緒やと、なんやむず痒いっすね。森ちゃん、風紀委員の間でなんか聞いてへんの?」

「いや、特には」

「そうでしょうね。彼、あまりお喋りする人じゃないだろうし」

「その風紀委員の名前聞いても?」

「……ごめんなさい。約束してる訳じゃないけど、伏せさせてもらうわ」

「そうですか」

 

森崎の頭でパッと思いつく者が何人か浮かんだが、そこにあの二科生がいる事で不機嫌になる。同じ二科生とは言え、妹の身贔屓でなった者に話を通すほど目の前の先輩は愚かではないだろう。

 

「継男君はどうすれば良いと思う?」

「別に何ぞ考えを伝える事もないと思うんですけどねぇ。まぁ、こういう組織作りましたと宣言するだけでも結構な圧になると思いますよ」

「それはどうかな。生徒会や部活連、風紀委員がその程度でびくつくとも思わないが」

「別に上層部はどうでもええわいな。学校全体の雰囲気に作用があればそれでええやろ」

「……それも無いと思うがな」

 

継男の言う通り、森崎の野次がどうしても耳に障り、その度に紗耶香のこめかみがひくひくと蠢いた。

しかし、それは森崎も同じ事。彼からすれば、二科生とはいえ先輩であり、それ故に態度で出す程度で我慢してやっているのだ。

間に宇井保次男がいることで、この場が保たれていると言えるのかもしれない。

 

「壬生ちゃん先輩に聞きたいんですけど、その同盟っちゅうんは、どうでっしゃろ。部活間の仲はよろしいんですか?」

「良いというか…勢いはあるわね」

「それやったらなんか目標が必要でんなぁ。小さくても目標達成しました言えへんと分裂するかもしれへんし」

「僕は反対。それならこいつの言うように作りましたとだけ伝えた方がマシですよ」

「あなたね……!」

 

森崎駿の嫌味が彼女の堪忍袋の緒を切ったわけではない。むしろ、二科生への日頃の差別から、すでに切られている訳で、あとはきっかけさえあればいつでも噴き出してしまうのだ。まるで誰かに植え付けられたかのように

紗耶香は机に身を大きく乗り出して迫ろうとするが、継男が扇子でそれを制す

その気迫に間の抜けた表情を見せた森崎であったが、咳ばらいをしていつもの仏頂面に戻る

 

「言い過ぎました」

「…………」

「しかし、そうとなるともうやる事は無難に、漠然と待遇改善の主張とかでええんちゃいます? 部活連とは別の組織言うんですから、別に昨日今日で一気に良くするよりも、コツコツとあれこれ手も口も出すしかないとしか、思いつきませんわ」

「はぁー、うん、ありがとう。提案しておくわ」

 

「じゃあね」と告げると彼女は食堂を去った。

同盟の面子とあれこれ話合うのだろうし、何と言っても継男の隣にいる一科生が相当癪なのだろう。

残された二人は飲みかけのコーヒーとほうじ茶を一気に飲み干す。

 

「上手く行くとは思えないな。継男もそうだろ」

「ま、それは成り行き次第やな。条件馬がG1馬下すなんてようある話やし」

 

二科生を条件馬扱いしている事がどうにも引っかかる森崎である。

目の前の友人の競馬好きは知らないわけではないが、彼のいう条件馬とは悪くない評価なのかもしれない。彼が競馬の全てを愛好しているからこそ、それを自身と同じ差別的な発言とは思えなかった。

 

 

 

 

一週間後

 

窓の外から眺める景色は麗らかにして、その広がりは中山の急坂の如く

学生たちが授業が始まると足早に駆け巡る、その様は中山の第3コーナーの如く

今日の昼は何を食べようと悩む、それは中山のパドックで予想を決めるが如く

今や何もかもが中山競馬場と結びついてしまう

宇井保継男の心境は、未だにゴール板を駆け抜けたままであった

ブレイブドクトリン単騎駆け、10馬身差の逃げ切り勝利

 

「……………」

「宇井保くんどうしちゃったんだろ。月曜からずっとあの調子なんだけど」

「皐月賞で感動した」

 

雫はそう形容するしかなかった。ほのかはきょとんと?マークを浮かべている

しかし、クラスメイトの中でもどちらかというと口やかましい部類の人間が黙ったままというのは、どうも調子をほんの少し狂わされるようで、あれこれと憶測が飛び交っている

森崎駿はそういったことに何の訂正もしなかった。

あれこれと聞かれはしたのだが、雫と同じように「皐月賞だ。皐月賞」とだけ答え、雑多な憶測の一つにしかならなかったのである。

 

「継男、飯食べに行くぞ」

「うん」

 

いつもなら『ねーねー、森ちゃん。次のレース…』というところだが、今日は馬鹿に素直だ。

ただ駿はそこまで気にしていなかった。というのも、恐らく今日、今週末開催レースの枠順だのが発表されるだろうし、それで継男はまたいつものテンションに戻るだろうと思っていたからである。

共に教室を出るその刹那

 

『全校生徒の皆さん! 僕たちはーーーーー』

 

ノイズ交じりに大音量が響いた

 

 

 

 

「今のなに? ノイズ多くてよう聞き取れんかったんやけど」

「……………」

 

ノー天気な友人を尻目に、森崎の表情は険しかった。

明らかに風紀委員としての何らかの出動があるだろう。

しかし、同盟がこうも強行な手段を使うとは思わなかった。

脳裏によぎるのは昨日の壬生先輩。考えを伝えるとはこういうことだったのであろうか。

ふと肩のアラームが鳴る。呼び出しである。

 

「すまない、風紀委員の仕事だ。先に食べておいてくれ」

「ほいほい」

 

鈍感というか、泰然自若とした様に緊張感を持てと目線を送りたくなるが、扇子の風に当てられてバカバカしくなる

 

結末から言うと、司波達也の大活躍であった

いつの間にか入手していた壬生紗耶香との連絡手段から、放送室に立てこもっていた同盟メンバーを拘束したのである。

森崎はこの二科生があれこれと取り仕切る様に一々腹立たしさを感じたが、事態の解決を優先して私情を押し殺した。

話は何にせよ進展したようで、生徒会長七草真由美が同盟の意見を聞くということで場を取りまとめた。

 

「あ」

「森崎くん……」

 

生徒会長の後に続くその一瞬、森崎駿と壬生紗耶香は目が合ってしまった。

といっても、お互いに間が悪いようで、即座に視線をよそに向けたが

 

「森崎、壬生と知り合いなのか?」

「い! いえ! そのー、先輩とは昨日……」

「昨日?」

 

渡辺摩利はその一瞬を見逃さなかった。

特に強い好奇心があったわけでは無いのだが、森崎のあたふたした様がにわかに不信を募らせてしまう。

あり得る話だ。放送室の占拠にあたって、学校生活の右も左も分からない一年生風紀委員をうまい具合にだまして手引きをさせた。まして、二科生に対して直情型の対応をする典型的な一科生。利用するにはもってこいの人選である。

 

「話をしたと言いますか、食事を、いや、食事はしてないんですけど」

「……もしかして、この事を知っていたのか?」

「そ、そんな! そんな事はありません!」

 

部活連会頭、十文字克人の一言で周囲の視線が森崎に集まる。

特に司波達也のそれはこの場にいる面々の中では相当鋭い視線である。

 

「森崎、この後時間あるか?」

「………ひゃい」

 

摩利が笑顔で誘ったのに対して、駿は顔面蒼白であった。

 

 

 

 

 

「やー、まさかいきなり飯奢ってくれるなんて、ほんまありがとうございます」

「………気にしないでくれ」

 

森崎駿は宇井保継男を売った。

あの後、風紀委員室であれこれと聞かれたが、特に葛藤する事も無く、宇井保継男の名を出したのである。

変に勘繰られるよりかは、正直に話した方が良いし、何と言っても自身が風紀委員である自覚から、自然と彼の名が出たのだ。

そうと決まれば、話は早く、森崎を通じて今度は継男を聴取する事になった。

放課後、食堂で飯を奢ると言えばついてくるという森崎の案が採用され、現在に至る。

 

「はむぅ、ばくぅ、うま、うま」

「良い食べっぷりだな」

「おい、ちょっとは遠慮しろよ」

「あむ、あむ、うま、うま」

 

森崎の制止など馬耳東風、継男は目の前にある満漢全席にあれこれと箸を進めた。

摩利の表情がとても硬い。とても硬い笑顔である。

飯を奢ると誘ったので、自身はサンドイッチを、森崎はパウンドケーキを頼んだのだが、継男は遠慮お構いなしに全メニューを頼んだのである。

『こういう時でも無いと頼めへん!』と、摩利が声を上げようとする間もなくすでに注文を済ませてしまったのだ。

そのおかげで、摩利のマネーカードは残高11円という有り様である。笑顔を取り繕うので精一杯であった。

 

「牛飲馬食だな」

「摩利、大丈夫かしら」

 

少し離れた席で、十文字会頭と七草真由美、服部範蔵、市原鈴音、中条あずさが何かあった時のためにと控えている。

司波兄妹は用事があるのとわざわざ足を運ぶようなものでもないので、先に帰宅している。

 

「あむぅ、や、実はここ最近美人さんと飯食べる機会が連続しましてな。俺、モテ期来たんかなぁ思ってるんすわ、と言いたいのに何で森ちゃんまでここにおるん? 先に帰ってても別にええんやけど」

「僕の紹介で委員長に無礼を働かせるわけにはいかないんだよ」

 

流石に、壬生紗耶香の件で聴取するとまでは伝えていない。

あくまで、飯に誘って学校生活の話を聞くという建前である。

 

「その美人さんとは、壬生紗耶香の事かな」

「そうですそうです! ほんまに、黒髪ポニテで剣道やってるとか、結構僕のドストライクですわ」

「(隠す気はナシか)」

 

目の前の男子学生に裏表はありそうだが、返答の淀みの無さから伺えるのは人の良さだ。

摩利の考えではこうだ。剣道部に支援するという話で、今回の事を急がせたのではないだろうか。

ただ、それは森崎の弁明も考慮に入れなければならない。

 

『とてもではありませんが、あいつに政治というか、そういう真面目な考えがあってやっている事ではないと思います。宇井保継男の狙いは全く別。それが何かは分かりませんが』

 

事実、摩利はその通りだろうと思っていた。

このヘラヘラした顔と、全く緊張していない態度は、同盟をそそのかすには余りに軽薄だ。

つまりは愉快犯かもしれない。

 

「昼の騒動は知っているかな」

「あー、なんかいきなりでっかい声で放送入ったやつですよね。正直、考え事してたのと、ああいうのって早口でわーーーって言うからあんま耳に入って無かったんですけど、なんかあったんすか」

「お前、誰からも聞いていないのか」

「何ぞ放送機材の事故とかやと思ってたから、わざわざ聞くようなもんでもないし……」

「みんな妙にピリピリしてただろ」

「いつもの事やんけ」

 

軽口を叩き合う姿を見ていて、森崎にもこういう友達がいたのかと思うが、話を戻さなければならない

 

「昼間の放送だが『同盟』が起こした事なんだ。そこで色々と森崎から聞いてね」

「同盟って、非魔法系部活動のあれすか」

「そうだ。森崎からの話を真に受けると、君は壬生紗耶香と何らかの約束をしたと聞いてね」

「口約束のレベルですし、まだなーんも決まってないんですけどね」

「その壬生紗耶香が主犯……かどうかは分からないが、彼女が放送室を占拠した。というのが昼間の事件なんだ」

「……はえーー」

 

生返事のように聞こえるが、どちらかというと驚いているのだろう

森崎から聞いた「金銭上の支援という約束」の文言は未だ出さないでいようと思った摩利の判断は、宇井保継男からボロが出た時のための保険である

 

「変に勘繰るのも良くないとは思うのだが、風紀委員としてはどうしても聞きたい事があるんだ。君と壬生が交わした約束というのが、今回の事件のきっかけではないかと思ってね」

「え」

「差し支えなければ、どんな約束か教えて欲しいんだ」

「剣道部がお金ないというんで、1カ月以内に実力見せたら支援すると約束しました! 他意はありません!」

 

事の重大さを分かったようで、即答であった。隣で森崎が「あーーー」と呆れる

摩利にとっては誤算であった。嘘を吐く、はともかくとしても、はぐらかすか黙秘を貫くのではと思っていたからだ。

確かに彼を喋らせる手段はあるのはあるのだが、彼の友人という森崎がこの場にいる以上はあからさまには使えない。

しかし、それでも気になる文言はあった。

 

「実力と言うのは、どういったことを想定しての事かな?」

「いや、その辺は全部壬生ちゃん先輩に丸投げしたんですよ。支援する額が額なんで、僕が一々取り決める義理は無いなぁ思て。ほんとに、こう、向こう側の誠意に任せようって感じで」

 

慌てふためいる姿は、嘘を考えているというよりも、弁明に急いでいるという印象を摩利に抱かせた。

それと同時に、宇井保継男が今回の一件に深く関わっていないことをどこか確信しつつあった。

抗弁するでも、言い訳するでもなく。仰々しくはあるが、自らのやった事を認め、目も泳いでいるどころかおぼれていると言った方が良い様だ。

 

「支援する額が額って…相当の資産を持っているのか?」

「流石に僕自身の財産は教えれませんし、あんまりこう、ひけらかすようなんで言いたくはないんですけど……」

「無理には聞かないさ」

 

そうと分かれば、これ以上は無用の付き合いだ。

摩利が立ち上がると同時に、控えていた生徒会や十文字会頭の面子も食堂を後にする。

 

「あれ、もうお帰りでっか」

「あぁ、聞きたい事も聞けたし、何より君の食べっぷりを見てると太りそうになる」

「それは、どうも」

「森崎、後は頼んだ」

「分かりました」

 

緊張の糸が解けたようでどっとソファに座り込む森崎とそれを気にせず食事を続ける継男の姿に、思わず笑みが出る。

食堂を出た廊下で、真由美たちと合流した摩利は移動しながら早速事の次第を伝えた。

 

「彼はシロだ。昼間の事件すら知らなかったようだし、約束していたのは事実だが放送室を占拠する程の内容じゃない」

「良かったわ。2年生を手玉に取るような1年生なんて、そういるもんじゃないわね」

 

彼女らの脳裏に、今年入学した妙に落ち着きのある二科生が思い浮かぶ。

今頃は妹とイチャついている頃であろう。

 

「でも、彼よく食べてたわね」

「あぁ、おかげで私の財布がすっからかんだ」

「まぁまぁ、調査費だと思えば」

「それで収穫が無いんだからなぁ」

「宇井保継男……入試時の成績は各分野20位~30位と良い方ではありますが、それ以外に特別強調する事はありません。北海道生まれ、京都育ちとだけ」

「あれが関西弁ってやつなんですね。はじめて聞きました」

 

市原鈴音が読みあげたデータを聴いても特にピンとくる者はおらず、中条あずさがようやく関西弁というパーソナリティに注目したぐらいである。

少なくとも、ここにいる生徒会や風紀委員、会頭は「宇井保」の名前を覚えておくぐらいであった。

 

「すんまへん! すんまへーん! うべぇ」

「宇井保くん」

 

噂をすれば、と言わんばかりのタイミングで継男が走ってきた。

まだ腹に入れたものを消化していないのは当たり前で、思わず戻しそうになるが何とかこらえる。

何事であろうか。面々が彼に注目した。

 

「もう平らげたのか」

「へぇ、早食いは結構取り柄でして」

「長生きしないぞ」

「よう、言われます。そうじゃないそうじゃない。や、渡辺先輩に渡したいもんありまして」

 

継男が胸ポケットに手を入れた瞬間、十文字などはにわかに身構えたが、取り出したものが厚みのある茶封筒であったことで警戒を解く。

 

「先ほどはごちそうになりまして、これはほんのお返しですわ」

「お返しって」

「ぜひ、ぜひお受け取り下さい。女に奢らせたままなんて聞いたら、親父にどやされますんで」

「いや、しかし……」

「はい、どーぞ! ほな、お急ぎのようですんで、僕はこれで」

「あ、おい!」

 

あれだけの量を平らげた直後で走るのも一苦労だろうに、まるで逃げるかのように去っていく継男を呼びかけても、にかっと笑みを返されるばかりであった。

途方に暮れる摩利に、真由美が興味津々と歩み寄る。

 

「良かったじゃない。臨時収入よ」

「どうしよう、これ」

「受け取ればよろしいのでは。少なくとも善意ではありますし」

「お前ら他人事だと思って」

「で、どれだけ入ってるんだ」

 

十文字克人が聞くと、摩利は渋々中を覗き、硬直した。

 

「どうしたの摩利。もしかして、ラブレ、ター、とか……」

 

冷やかそうと思った真由美もその表情が強張る。

恐る恐る封筒から出されるそれは、テレビのバラエティ番組などで良く見るそれであった。約100gの重さと、1㎝の厚みを渡辺摩利は実感する事ができた。

 

「100万円」

 

支援する額が額と言うのは、こういう事である。

 




誤字・脱字などがあればご報告ください。

とにかく原作とのあれこれやキャラの口調が気になるというより怖さがあるこの頃。
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