M県S市駅から東北新幹線・やまびこ〇〇号に乗車して、およそ2時間。アスファルトを踏みしめる雑踏や、絶え間なく何処からか聞こえるクラクション……久方振りの東京の喧騒は目や鼓膜をはじめとした感覚器官を不規則に刺激し、M県からやってきたその男は、顔をしかめた。
「……やはり自分は、都会で生きられる様な人間じゃあないな」
この不快感は20歳の時に下した、杜王町に居を構えるという自身の決断は決して間違ってはいなかったという証明を図らずもしたわけだが、現状自身はその逃れたかった窮屈さに閉じ込められ、立ち止まれば誰かと肩をぶつけてしまいそうなほど混雑した空間にいる。その事実に内心毒づきながら、一刻も早くここを立ち去ろうとその男は自身の取材先に向かう前に東京の出版社に顔を出そうと足を向けようとする。その時男は後ろから何者かによって呼び止められたことによってその足を止めるのだった。
「センセッ!センセイ!」
男はほんの一瞬だけ足を止めたが、再び何事もなかったかのように歩みを進め始めた……まるで初めから声など掛けられておらず、一人で目的地に向かうつもりであったかのように。自身の神経を逆なでする出来事が続き、その男の苛立ちは既に頂点に達していた。男は聞こえない振りを決め込むことにして数歩前に踏み出したが、声を掛けたその人物は上ずった、鼻から抜けるような声で再び男を呼びかけながら駆け足で男に近づき、隣までその位置をあっという間に詰めてしまうと、顔を覗きこみながら先ほどよりも大きな声で呼びかけるのだった。
「露伴先生!」
露伴と呼ばれたその人物……ペン先の形に施されたイヤリングをつけ、頭に特徴的なヘアバンドをつけ、「ピンクダークの少年」を執筆する大人気漫画家であるその男、岸辺露伴はその偏屈そうな性格をそのままに映しこんだかのような横柄な態度を、眉をひそめて声に少し歪みを加えることで表すと、口を開くのだった。
「あぁ…君だったか。いや本当に今気づいたよ。全く。」
露伴の口から発せられた嫌味をものともせず…尤もこの場合、嫌味に気づかないとでもいったところか。出版社からの命で今回の取材に同行することになった編集者である彼女…名前は確か、栗原恵美といったか。一度オンラインで顔合わせをしたのだが、どうも人間的に波長が合わないというか……彼女に「ヘブンズドアー」の能力で「岸辺露伴に聞かれたことしか口にすることができない」と書き込もうかとも思ったのだが、こうしてグッとこらえるのだった。
「さぁ行きましょ!13時から先方との取材です!出版社には寄らないでそのまま向かってくださいとのことです!」
栗原は空にかかる雲にかからんとするほど高く左手を挙げると、彼らの前に1台のタクシーが路肩に駐車し、後部座席の扉が開く。栗原はテキパキと露伴のスーツケースをトランクに入れると、露伴を先に座るように促して彼が運転席の後ろに着席したことを確認し、彼女は助手席に乗りこむのだった。
タクシーの座席で揺られること1時間。目的地は府中駅からしばらくのところにあった。およそ一般的な教育機関と比較して何倍も広大な敷地を有する学園。人間と似て非なる容姿と身体能力を有し、人々の夢や想いを乗せて走るウマ娘たちを育成する機関、トレセン学園が露伴の眼前には広がっていた。
「さて、行きましょうか!って私は露伴先生の荷物をこのままホテルに預けてくるので、露伴先生はお先に取材なさっていてください!」
「あぁ、助かるよ」
露伴はトレセン学園に降り立つと、正面玄関から足を踏み入れる…すると向こうから一人の人物が歩み寄ってくるのが目に入るのだった。緑の帽子に制服…全身を緑に包んだ女性はあっという間に露伴との距離を詰めると、朗らかな様子で口を開くのだった。
「ようこそトレセン学園へ!私は当学園の理事長秘書を務めている駿川たづなと申します!本日取材の依頼でいらした岸辺露伴先生ですね?」
「あぁ。ありがとう。集英社でピンクダークの少年を連載している漫画家、岸辺露伴だ」
たづなの案内を受けながら露伴はトレセン学園の施設を見て回ることになった。本校舎や保険室、職員室やトレーニング室や屋内プール、そしてターフを見て回った露伴だったが、どの施設も彼にとって漫画家として食指が動くものではなく、彼の期待に沿うようなものではなかった。案内してもらった手前、彼女に失礼がないように言いつくろいながら戻ろうとした露伴であったが、その時何気なく視界に映ったものになぜか心惹かれることになった。
「……ちょいと待ってくれ。あれは何だい?」
露伴の視線は、一つの彫像に注がれていた。本校舎の前に鎮座し、噴水の中央にある3名の女性が円形に位置取りしていて、各々が水瓶をその噴水に水を注ぎこむようにその像の耳は、この学園で生活を送るウマ娘たちと同じものだった。
「あれは三女神像です。この学園、引いては世界中のウマ娘たちの源であるとされています…」
「どうして3体もいるんだい?祖先ってことは別に1体でもいいだろう?」
その答えにたづなは首を横に振りながら口を開くのだった。
「それが三女神様のことについては、詳しいことはわかっていないんです」
「なるほど。あくまで偶像崇拝的な類ということか?」
「そう呼ぶには、聊か三女神様 の存在はウマ娘にとって大きいものかもしれませんね……」
「というと、それはどういう…」
露伴はそこまで言いかけたが、その時突然後ろから何者かに声を掛けられるのだった。
「すみません、岸辺露伴先生ですよね!」
そのウマ娘は、黒髪のセミショートヘアに頭には注連縄のようなアクセサリーが付けられていた。彼女はルビーのように輝く赤い瞳を輝かせながらこちらに近づいてくるのだった。
「えーと、君は?」
「はい!キタサンブラックです!実は私、露伴先生のファンなんです!」
年相応のあどけなさを醸し出しながら、その快活な様子の少女に少々面喰った露伴だったが、ファンであると言われて悪い気はしないため、サインを色紙に書いてやると一言二言彼女との会話に応じてやるのだった。彼女と別れた後にたづなの案内が一通り終わると、露伴は待機していた栗原の下へと足を向けるのだった。
「露伴先生!遅いじゃあないですか!まさか書きたいことが決まらないっていう煮詰まりですか??」
「いや栗原君。取材の題材が決まった。これぞ僕の描きたいものってやつがね…待たせておいて悪いんだが、また何処かで時間をつぶしておいてくれないか?」
露伴はその顔に不敵な笑みを張り付けると、その視線を再び像へと向ける。女神像は太陽の陽に照らされ、露伴の挑戦を受けて立つかのように悠然と立っているのだった。
聞き込みを開始して早数時間。頭に猫を乗せた見た目が幼女の理事長に、ボディラインが強調されるスーツを着こなした女トレーナー、この学園の生徒会長にウマ娘に詳しいと紹介されたオタクウマ娘(こいつにはサインを求められたので書いてやった)……この学園の主要人物から一介のトレーナーや用務員まで。草の根をかき分けるほど懸命に情報を求め一日調査をした露伴だったが、その日彼は興味深い話を聞くことはできたものの、目当ての情報を得ることは叶わなかった。今日学園に滞在できる時間を考えると、最早長居はできない。最後に情報を求めるために露伴が訪れたのは、学園に関しての歴史、情報が子細記録されている図書室へと足を運ぶのだった。他の学校と比べてもトレセン学園の図書室は一回りも二回りも広く、大学の図書館に負けず劣らずの規模を誇っていた。露伴は片っ端からトレセン学園に関する記述がされている本を引っ張り出していくと、机の上に重ねて、それらを読み漁っていく。
気が付くと既に太陽は西に沈みかけ、まだ手を付けていない本は残り数冊に差し掛かっているのだった。既に情報を得ることを諦めかけていた露伴だったが、その時突然後ろから声を掛けられるのだった。
「あの、露伴先生?」
「君は……」
露伴がうしろを振り向くとそこには一人のウマ娘……先ほど彼に声を掛けた人物、キタサンブラックであった。キタサンブラックは頭を下げながらこちらに向かって歩みを進めてくる。正直なところ、彼女の相手をしている余裕など持ちあわせてはいなかったが、(最も、いつもの彼であっても相手などするはずもないのだが)誰かと話せば少しは気が晴れるかと露伴は彼女の相手をすることを決めるのだった。
「確かキタサンブラック君、だったな?何か用かい?」
露伴が片腕を椅子の背に預けながら言葉を口にすると、キタサンはおずおずと……恐らく露伴の語気で彼がいら立っていることに勘付いたのだろう。まるで虫の居所の悪い猛獣が癇癪を起こすことを避けるように口を開くのだった。
「あの……お困りのようでしたら何かお手伝いできないかなって……露伴先生が学園内で聞きこみをしているって聞いたから……」
どうやら彼女、人助けのつもりでここまで自分を追いに来たようだ。そういえばあの秘書が、キタサンのことを困っている人を見かけたら見逃せない、そんな人物であると言っていた。露伴はキタサンのことを再び見つめると、右手を彼女の顔にかざす……するとキタサンの顔に亀裂が入り、そこから本がめくれるようにページがあふれてくるのだった。意識を失った彼女の身体を抱きかかえると、露伴はキタサンの顔につけられたページをめくるのだった。
「ふむ……キタサンブラック。誕生日は3月10日。身長162センチ、体重はもりもり増量中。性格は裏表なく正直、困っている人がいたら助けず、見て見ぬふりはできない……中々に好感のもてるやつじゃあないか。彼女を漫画のネタにするっていうのもありかもしれないな。スリーサイズは上から85、56、88……こいつ本当に中等部か?下手したら成人女性よりも……」
もしもこの場に康一君がいたとしたら、間違いなく僕のことを止めに入っていただろう。康一のことを頭に浮かべた露伴はそこでページをめくる手を止めると、彼女のことを元に戻すのだった。
「……あれ、私……なにを……?」
キタサンは意識を取り戻し、頭をおさえながらこちらを見つめる……露伴はそれに気づいていないように振舞いながら言葉を口にするのだった。
「実はちょいと困ったことがあってね……誰かの手を借りたいことなんだが…」
露伴のその言葉を聞いたキタサンの顔はみるみるうちに笑顔を取り戻し、その尻尾は良質なガソリンを注入した車のようにぶんぶんと振り回されている。やはり彼女は、「主人公」たるにふさわしい人物であると言えるだろう。キタサンはそのはちきれんばかりの笑顔を浮かべ、右手を握り胸に手をポンと置き、口を開くのだった。
「そんな時はお任せください!お助けキタちゃんの出番です!それで一体何をすればいいですか?」
キタサンの言葉を聞いた露伴は口元を緩めると、三女神像についての疑問について彼女に伝えるのだった。露伴の話を聞き終えたキタサンは首を傾げながら彼に質問を投げかけるのだった。
「確かに私も言われてみると気になります…それで何か分かったことはありましたか?」
「あぁ…一部のウマ娘、それこそ学園の生徒会長であるシンボリルドルフや、オタクウマ娘のアグネスデジタルといった一部のウマ娘たちは三女神像の前を通り過ぎた時、急激に力を得たような感覚があったらしい。そしてその時期は決まって2回あり、4月の頭ごろにその現象は起こるみたいだな」
一部のウマ娘にのみ起こる、三女神にまつわる摩訶不思議な出来事。4月頭に三女神像の前を通ったウマ娘に与えられる競技者として力を授かるという「ギフト」……そのギフトを得たウマ娘たちは、G1レースで勝利を収めるなど、その恩恵を受けることになる。思考の波に身を投じようとした露伴だったが、隣に座ったキタサンの言葉によってそれは中断されることになった
「実はそれ……私もあります。」
驚きのあまり露伴はぽかんと口を開きながら彼女の顔を見つめる。そういえばキタサンブラックという彼女の名前、聞いたことがある。キタサトコンビと銘打ちされ、今年のクラシック路線を賑わせることを期待されている内の一人がキタサンブラックという名前だったような…どうやらその人物目の前にいる彼女のようだ。
「それはマジかい?」
こくんと頭をたてに振るキタサンを見て「おいおい」と言いながら頭を抱え、露伴は彼女に言葉を投げかけるのだった。
「それで何かその時に変わったことはなかったかい?」
「そういえばあの時、何か聞こえたような…」
キタサンは顎に手をあてながらしばし考える素振りを見せたが、やがて「あ」と一言声を漏らすと言葉を続けるのだった。
「言葉が聞こえました!「右に七歩、後ろに九歩」って!」
なるほど…彼女はその不思議な現象を目の当たりにした時、その啓示に似たようなものを三女神から受けたというわけだ。この謎を解き明かすことは、ひいてはこの三女神の存在そのものの謎を解き明かすことに繋がるはずだ。好奇心に取りつかれた露伴は喜々として顔を上げると、キタサンに言葉を投げかけるのだった。
「よし!それじゃあもう一度君がその啓示を得たという噴水前に行ってみようじゃあないか」
「…君が三女神から啓示を受けた場所、噴水前に着いたわけだが。先ほどの言葉から察するに、君がそれを受けた正確な位置を把握する必要がある。その辺に関しては大丈夫なのかい?」
「はい!私は確かこの辺で……」
噴水前の広場に舞い戻った露伴とキタサンであったが二人は過去の記憶を頼りに、その細い糸を手繰り寄せるかのように、慎重にその正確な場所を探し求めていた。やがてキタサンが三女神像を左手に望むことができる位置に移動すると、呟くように口にするのだった。
「ここです…」
露伴はつかつかとその場所に歩み寄ると、彼女が聞いたという言葉の通りそこから右に七歩、後ろに九歩移動するとそこはちょうど舗装されたアスファルトから外れ、植え込みになっていた。周囲を見回すと、そこには植樹されたであろう一本の木が目に映り、露伴は徐にその木を調べるのだった。木の側でしゃがみ込み、根本を調べた露伴であったが、そこには何やら文字が彫りこまれているのだった。
「なにやら文字が書いてあるな…」
「本当ですか!?」
キタサンは小走りで露伴のもとへと駆け寄ると、隣にしゃがみ込んで彫られている文字を読み上げるのだった。
「純黒そして純白のステイヤーがその道を指し示す?」
「ステイヤーっていうのは長距離を走るウマ娘……2500以上の距離を走る奴のことを言うんだろう?心当たりはあるか?」
「一人心当たりがあります!純白はわかりませんが、高等部の先輩にマンハッタンカフェ先輩がいて、彼女は「漆黒のステイヤー」っていう異名が採られているほどのウマ娘です!」
「よし、それじゃあ彼女…マンハッタンカフェ君、だっけ?会いに行こうじゃあないか。キタサン君、案内してくれるかい?」
「お任せください!」
キタサンブラックの案内のもと、会ったマンハッタンカフェの第一印象は「暗い」という他なかったのは言うまでもない。教室の隅で読書に明け暮れていた彼女がこちらを向いた時、その瞳に吸い込まれてしまいそうな、そんな魅力を兼ね備えていた彼女であったが、今はあまり時間がない。簡単な自己紹介を済ませると、露伴はカフェに向き直って単刀直入に質問を投げかけるのだった。
「ずばり君は、三女神像の前で力を授かったことはあるかい?」
その言葉に、カフェは小さく頷き同意の意を示す。その同意を確認した露伴は、彼女にキタサンが受けた啓示のこと、そしてそれをもとに手がかりを捜索したところ、彼女のことを指し示す手がかりを得たことを伝えるのだった。カフェはそのことを聞くとしばらく考え込むように顎に手をあてていたが、突然耳がぴょこんと起き上がり、宙に向けて耳を傾けるような素振りを見せる…しばらくそのまま時が流れたが、彼女は徐に口を開くのだった。
「私は覚えていませんが、あの子が……いやなんでもありません。とにかく、メッセージを受けたそうです。私が受けたメッセージは「り、に、こ、す、ち、す、ん」だそうです…」
あの子とは一体何者なのか?彼女に対して興味と疑問はつきないが、今はそれどころじゃあない。そのメッセージの真意は全く分からないが、とりあえず彼女からヒントの一つを得ることができたのは大きな進歩であることは間違いない。お礼を言ってキタサンとここから立ち去ろうとすると、カフェは徐に口を開くのだった。
「気を付けてください…何か嫌な予感がします」
「……ご忠告ありがとう。さぁ、キタサン行くぞ」
部屋を出る直前ちらりとカフェの表情をみたが、その表情は逆光で窺い知ることはできなかった。とにかくカフェから証言を取ることができたのは、一歩前進したと言って差し支えないだろう。残るは純白のステイヤーが何者であるのか、ということである。
「心当たりはないかい?」
「うーん…絶対そうだ!とは言えないんですけど、メジロマックイーンさんは葦毛のウマ娘で、ステイヤーとして活躍なさっていますよ?」
「それじゃあ次の向かう先は決まった、っていうわけだな」
「それで私にそのことについてお尋ねしたい、とのことですわね、露伴先生?」
メジロ家の令嬢、メジロマックイーンはその名家の看板を背負ってたつにふさわしいその佇まいに露伴も思わず面喰ったが、返ってきた返事は自身が待ち望んでいたものではなかった。確かに彼女は4月頭にその恩恵を受けたわけだが、メッセージを受け取った記憶はないとのことであった。マックイーンが覚えていないにしても、その啓示を受けたということは何処かに記載が残っているはずだ。しょんぼりと耳をすぼめるキタサンを尻目に、ヘブンズドアーで彼女の記憶をこじ開けようとしたその瞬間、突然背後から声を投げかけられるのだった。
「おいマックとサブロー!おもしろうなことやってんじゃあね~か!」
唐突な乱入者に露伴はその不快感を表情に出しながらその乱入者に非難の視線を向ける。そのウマ娘は葦毛のロングヘアーのウマ娘であり、その頭部にはヘッドギアのような形状の耳当てと、烏帽子のような帽子を付けていた、マックイーンとキタサンの彼女の見る目から察するに、これが彼女の平常運転なのだろう。露伴の視線をまるで気づかぬように振舞いながら彼女は辺りに響き渡る声で言葉を発するのだった。
「アタシの名前は「ゴールドシップ」!おっさん、こいつらに何かようか?」
ゴルシは晴天のように晴れ渡る笑顔をこちらに向けながら、なりふり構わずこちらに絡んでくる。この手の輩は無視したとしても自分の都合で絡んでくることはわかり切っているため、ある程度相手をしてやって追いやるのが吉であろう。露伴が頭を掻きながら言葉を発しようとすると、その状況を察したマックイーンが割り込むように言葉を発するのだった。
「こちら岸辺露伴先生…漫画家さんですわ。私にお尋ねしたいことがあるようで、今お話していました。」
「それならこのゴルシちゃんにお任せだぜ!この間の25日間無人島サバイバルの話してやるよ!」
一体彼女は何をのたまっているのだろうか?いや、理解しようとしてはいけない。このウマ娘、自分と同じ次元にはすでにいない。早いとこ話を切り上げようと決すると、露伴はゴルシに言葉を投げかけるのだった。
「いや、聞いていたのは三女神のことについてさ。この学園の一部のウマ娘が、特定の時期に三女神の恩恵を受けることについて聞いて回ってるわけさ」
「それなら尚更このゴルシに聞くべきだろ!?なんたってこのゴルシちゃんもその恩恵うけてんだからな!メッセージ付きで!」
「そうかいそうかい…じゃあ君にはそろそろ…っておい。今君メッセージもらったって言わなかったか?」
「あぁ。もらったぜ。「灰かぶり」を調べろってな。意味わかんねーだろ?」
メジロマックイーンだと思っていたが、純白のステイヤ―はこのゴールドシップだったか。確かに葦毛のウマ娘ではあるが……最早彼女について深く考えるのはよしておこう。露伴はすっと目を閉じると、「ありがとう」とだけ呟き、キタサンと共にその場を後にするのだった。
「と、とにかく。これで手がかりは出そろったわけだが、灰かぶりはともかく、「り、に、こ、す、ち、す、ん」というのは全くもって意味を成していない。何か分かるかキタサン君?」
「いえ、私も何が何だかさっぱり…」
ここにきて手詰まりか。学園内のオリジナルの造語か何かの類かと薄い望みに賭けたが、それも泡と化したようだ。露伴が噴水前のベンチに座りこみため息を一つ漏らすと、自身の捜査がここまでであることを悟るのだった。
「あー!露伴先生、こんなところにいたんですか!探したんですよ!」
ここにきて彼女と出会うとは。露伴は鬱陶し気に栗原のことを見やると、再び地面に視線を落とすのだった。栗原は自身の投げかける言葉がなしのつぶてであることを悟ると、ため息を一つついて噴水の縁に腰掛けるのだった。
「いつまで子供みたいに愚図ってるんですか?もう…私ここで資料仕上げちゃうんで、立ち直ったら声かけてくださいね!」
栗原はショルダーバッグからノートPCを取りだすと、カタカタとキーボードになにやら文章を打ち込んでいく…打ち込む音だけ静寂の中で響き渡る中、その時は突然訪れた。露伴はパッと顔を上げると、栗原のもとに走り寄ってそのノートPCを手からひったくるのだった。
「ちょ、ちょっと何するんですか!?」
栗原の顔を左手で押し付けながら、露伴は手元のキーボードを凝視している。するとアルキメデスが湯舟に浸かった際に発明品をひらめいた時のように、大声で叫ぶのだった。
「わかったぞ!あのメッセージの意味が!」
その言葉にキタサンは顔をぱぁっと明るくさせて露伴の側によっていく。キタサンがそばに来たことを確認すると、露伴は饒舌に言葉を続けるのだった。
「これはキーボードに印字されている文字ってわけだ!メッセージはひらがなじゃあなくて、アルファベットに直すことで見えてくる!」
「つまり、その意味は…」
「り、に、こ、す、ち、す、ん…つまりLibrary…図書館になる」
「そうと決まれば急いで図書館に行きましょう!」
露伴とキタサンは弾かれたように目当ての図書館に向かって足を繰り出していく。向かう際に押しのけていた栗原がバランスを崩し短い悲鳴を上げながら噴水の水に背中からダイブすることになったが、遂に二人はそのことに気づくことはなかった。
図書館へとたどり着いた二人だったが、そこでキタサンはこめかみに手をぐりぐりとあてながら言葉を口にするのだった。
「一つ目の手がかりが図書館であることはわかったんですが…二つめの手がかりはなんでしょうか?」
「それなら簡単だ。灰かぶりは「シンデレラ」の和名だ。尤も某アニメ会社がこの題材を取り上げたことによってあまりこの通名は認知されてはいないけどな」
露伴は館内の絵本のコーナーに近寄ると、そこから目当ての本を探す。「シンデレラ」と題された絵本を探し出すと、露伴はその絵本をぺらぺらと開き手がかりを探すのだった。しばらく絵本に目を通していた露伴であったが、やがて一つの箇所に目が注がれるのだった。
「……あったぞ」
それはシンデレラがかぼちゃの馬車に乗りこむページであった。キタサンがそのページを覗き込み、言葉を口にした。
「これが手がかりなんですか?」
「あぁ、本来シンデレラの魔法が解ける12時でなければならないだろう?それなのにこのページは12時から既に30分すぎている…誤植にしてもこれはナンセンスだろう?これは何か意図があるとみていいだろう。そしてこの文章の頭文字を繋げて読むと…」
「き・ゆ・う・こ・う・し・や・2・か・い……?あ、旧校舎2階!」
「そうだ。12時半に旧校舎2階にいけばきっと答えがわかる」
「それじゃあ早速…って。露伴先生、もう帰らないといけませんよね…?それにそんな時間に学園に居たら……」
「そうだな…だがもうここで手がかりを知った以上、後戻りするつもりなんて毛頭ない…だが、助けがいる。」
我ながらズルい言い方であると思う。こう言ってしまえば、彼女は僕のことをチクったりはしないだろう。案の定キタサンは苦悶の表情を浮かべながらも、辛うじて首を縦に振るのだった。さて、これで協力者は得たわけだ。露伴は図書館の窓から見える三女神像をみやり、不敵な笑みを浮かべるのだった。
全く警備員という仕事は退屈なものだ。
定年退職後の再就職先として選んだ職場だったが、老体には深夜の巡回警備というものは中々に身体に堪えるというものだ。生あくびを一つした警備員は、自身が持つ懐中電灯を頼りに廊下を再び歩み出していくのだった。この本校舎ならともかく、すでに数週間後に取り壊しが決まった旧校舎を見回ったところで何の意味があるというのか。そう心の中でぼやいていた警備員だったが、その時突然背後に物音が聞こえたのだった。警備員はパッと後ろを振り向くと、そこには一人の男と、一人のウマ娘が立っているのだった。
「あ、あんたら何やってんだ!」
「や、やっぱりバレちゃいましたよ、露伴先生…」
「ま、これもまた想定の内さ…あー君、今何時だい?」
「今は12時15分…って不審者が!」
警備員は胸に取り付けられているインカムに手を伸ばそうとする……しかしその瞬間、彼の意識は急激に暗転していくのだった。露伴は意識を失った警備員のもとに近寄ると、側にしゃがみ込み何やら書き込むのだった。
「やれやれ…今見たことをきっぱり忘れる。これで良し」
「ろ、露伴先生…一体何を…?」
「まぁ、特別な「ギフト」みたいなものさ。僕はこれを「ヘブンズドアー」と呼んでいる」
露伴はすくっと立ち上がると、目的の場所へと歩みを進めていく。キタサンも釈然としないようではあったが、このままここにいても校則違反で大目玉を食らうことに間違いないので、いそいそと露伴へと付いていくのだった。
目的地に到着した露伴とキタサンは、辺りを見回した。時刻はちょうど12時半。絵本に書いてあった時刻きっかりだ。そこは教室の一角であり、月明かりだけが視界の頼りとなっていた。
「ここが……三女神様の…」
「さぁ。早くみせてくれないか?この追いかけっこもいい加減疲れたんだが」
すると突然カタカタと教卓机が揺れだし、そこから石板が出現するのだった。露伴はつかつかとそこへ近づくと、そこにある石板を掴み取るのだった。
「あの……露伴先生…?」
露伴は上から下へと目を通していたが、やがてその顔からは血の気が引き、口をパクパクと開け閉めさせる。そこには全てが記載されていた。ウマ娘の存在そのもの、そしてそのウマ娘が存在するこの世界そのものを揺るがしかねない、そんな情報が記載されており、露伴はそれを知る唯一の証人となったのだった。
「何がわかったんですか?」
「知らないほうがいい……」
その言葉に、露伴の心情の全てが詰まっていた。欲しかったものを手に入れた露伴の心を満たしたのは、達成感とは程遠い喪失感に他ならなかった。顔面を青白く染め上げながら石板を落とした露伴であったが、その時石板から声が聞こえるのだった。
「岸辺露伴……」
パッと石板に視線を落とすと、そこから自身のスタンドのようにヴィジョンがあふれ出してくるのだった…それはこの学園を見守っているはずの三女神像であった。露伴がそれに気を取られていると、なにやら息苦しさを感じるのだった。
「なにぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」
露伴が正気を戻すと、自身の首に電気ケーブルが巻き付いていることに気が付くのだった。偶然と呼ぶにはあまりにも都合の悪い出来事に目を見開いていると、三女神像が徐に口を開くのだった。
「帰さない……知ったからには……」
なんということだ。この三女神像……
「露伴先生!」
「やめろ!くるんじゃあない!」
露伴を助けようとキタサンが彼の下に近づこうとしたが、それを彼は強い口調で制止するのだった。
「この女神像……!わかりかけてきた!こいつは自分の秘密に……ひいてはウマ娘の秘密に迫る者を追い詰めていく……!秘密は、この世界……ウマ娘たちが存在するためこの世界のタブー!そしてこの像はそれを守るための番人ってとこか……!!」
電気ケーブルはますます露伴の首をきつく締めあげ、露伴から意識を奪わんと猛威を振るう。額には脂汗と血管が浮かび上がり、最早肺にため込まれた酸素は殆ど排出されていた。露伴は最悪の偶然の連鎖……尤もこれは三女神像の能力であり、秘密に迫る者からウマ娘たちを守るための自動警備システムに顔をしかめながら、徐に口を開くのだった。
「こんなデカいネタを逃がすのは忍びないが、致し方ない……命あっての物種ってやつにしておこう。」
すると露伴の身体に突然亀裂が入り、そこからページのようなものがペラペラとあふれ出していくのだった。自身の名前に、身長に体重。自身が生まれてきた経験した全ての情報が、そこにはあった。「ヘブンズドアー」はその情報を読み取り、そこに新たな情報……また命令を書き込むスタンド。自身にこの能力を使うことはあまりないのだが、今回のようなケースの場合、自分自身の能力でこの窮地を脱する他あるまい。露伴は瞬時にペンを走らせると、瞬く間にページに文字が刻み付けられるのだった。
「そんな、そしたら露伴先生が調べたことは全部…!」
「君の言う通りだ。確かにこいつに僕のことを認識できなくさせる手もあることはある。だが、それを漫画に描いたところでそれをみたものがこいつの能力に掛かることになる…ファンにはそんなことはさせたくないし、それだと僕は助けることはできない。つまり、これが最適解なんだ」
露伴はそう呟くと、自身のページにこう書き終えるのだった。
「岸辺露伴は三女神様のことについてすっかり忘れる」
これほどの取材のネタを取り逃がすのは気が引けるが、致し方あるまい。尤もその文を書き終えた瞬間、露伴の三女神に関する記憶は瞬く間に忘却され、彼は意識を失うのだった。
「もう、露伴先生!昨晩からどこに行っていたんですか!」
朝方ホテルに着いた露伴を待っていたのは、栗原からの叱責であった。一体何の用でどこにいたのかと尋ねられたが、それを答える術を彼は有していない。いや、正確には何も覚えていないのだ。昨日の夕方に何やら調べものをしていたが、それ以降の記憶がすっぽりと抜け出てしまっている。
「……いやすまなかったよ」
「もう!昨日から露伴先生変ですよ!私、昨日びしょびしょで帰ったんですよ!?おかげで編集部で笑いものです!」
「だからすまないって……そうだ。それじゃあ君が担当でいいから、ちょうど書きたい題材がきまったもんで、それを書くことにするよ」
「って本当ですか!いいですいいです!許します!それでどんなことを書くんですか?」
「あぁ、一人のウマ娘について書くことにするよ。僕が出会った、誰よりも正直で、誰よりも強い心を持った少女……彼女がどんな道を進むのか、僕も楽しみにしているよ」
露伴の頭の中には、一人のウマ娘が思い浮かんでいた。彼はその構想を取りこぼすことがないように、足早に自室に飛び込み、ペンを手に取るのだった。
「岸辺露伴は走らない「トレセン学園の謎」おわり」