岸辺露伴は走らない   作:ボンゴレパスタ

19 / 54
岸辺露伴は歩まない2

 

 

辺りを包んでいた暗闇から目を覚ました時、彼女は自身の目に飛び込んできたはじめの景色は何度か見たことのあるものだった。

 

 

……ここは

 

 

天井を向いていた身体を起こし、自身の足元に目を向ける……自身の身体には皺ひとつない、白いブランケットがかけられており、そこで彼女の頭は自身が今まで保健室のベッドで眠らされていたことに気が付いた。

 

 

「私……」

 

 

 

自身は確か、学園の庭の一角でトレーニングの合間を練って休息を取っていたはずだ。これ以上はトレーナーにサボりがバレてしまうと思い、急いでトレーニング場へ戻ろうとした時に、立ち眩みで……

 

 

……戻らなきゃ!

 

 

こんなところで油を売っている場合ではない。あの後に気を失い、誰かに発見されてここに運び込まれたということは、少なくとも数時間は時間をここで過ごしていたはずだ。そんなことを、彼が許すはずがない。とっくに自身の担当トレーナーだったら、自身が保健室に運び込まれたことなど知っていたとしてもおかしくないはずだ。

 

 

 

急いでベッドから足を踏み出し、起き上がろうとする……しかしその時、横から伸びてきた手によってそれは中断されることになった。

 

 

「君はまだ目覚めたばかりだ…まだ安静にしていた方がいい。」

 

 

 

自身の二の腕を掴むその人物に視線を送ると、そこには緑色のヘアバンドを巻き、ペン先の形が施されたイヤリングを付けた男がベッドの傍に座っていた。スカイは男に掴まれたまま、恐る恐るベッドで姿勢を元の状態へと戻すとおずおずと口を開いた。

 

 

「……あ、あの。アナタは…?」

 

 

「僕の名前は岸辺露伴。しがない漫画家だ。」

 

 

岸辺露伴。その名前に彼女は聞き覚えがあった。彼女自身あまり漫画やアニメといった類に明るくない…いやそもそもあまりにもレースやトレーニングの連続でそれらを嗜む暇さえなかったわけだが、そんな彼女でさえその名前を聞いたことあるほどの売れっ子漫画家が、ここに一体何の用だろうか?

 

 

勘繰っている彼女を余所に、露伴は腕をそっと放してその腕を組むと徐に口を開いた。

 

 

「学園内で気を失っている君を、ここまで連れてきたんだ………さて、僕は自分の名前を名乗ったわけだが、君の名前を聞かせてくれないか?」

 

 

「……えと、セイウンスカイっていいます。この学園の中等部です」

 

 

「………そうか」

 

 

 

 

その名前を聞いた露伴の反応に、スカイは違和感を抱いた。まるで自身の名前を知っていたかのように。その名前が自身の口から発せられることを、確認するために自身の名前を聞いたかのように。

 

 

 

「……」

 

 

 

「あの…私のこと、知っているんですか」

 

 

「……君は…いや、この世界は…」

 

 

露伴がそこまで言いかけた時、彼の背後に控えるスライド式の扉がガラガラと音を立てながら開く。露伴はその方向へと振り向くと、つぶやくように言葉を口にした。

 

 

「マズイ…今彼らを彼女に会わせるのは……」

 

 

露伴はそう言うや否や、声を張り上げて扉を開けた人物に声を掛けた。

 

 

「今入ってくるんじゃあない!君たちを見てしまうと、彼女は…」

 

 

そう言ってその人物…人物たちが室内へと足を踏み入れようとするのを阻止しようとした露伴だったが、ベッドで既に腰を掛けていた彼女からは、露伴の身体越しに部屋の扉の前にいる人々の姿を目に留めてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれは…

 

 

「……私?」

 

 

日頃自身の顔や身体をつぶさに見ているわけではないが、その人物を見た時に直感が身体を走り抜けた。そこにいたのは間違いなく、紛れもなく自分自身…セイウンスカイだった。

 

どうして私が二人いるんだ?世界には3人、自分とそっくりな人間が存在していると言われているが、そうと片付けるにはあまりにも似ている…いや自分と寸分違わぬ容姿を有したウマ娘が、このトレセン学園にいるのはあまりにもおかしい話だ。

 

 

自身と瓜二つの人物が視界に飛び込んできたことによって、既にスカイのキャパシティーは限界寸前だった。しかしそれはスカイの意識がその隣にいる人物に不意に向けられたことによって固定されることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

学園の一角で意識を失っていた正体不明の少女。露伴と恭也によって保健室に抱え込まれた彼女だったが、彼女の具合は自身が見ておくからこの人物たちへ、岸辺露伴が用があるから会いに来てほしいと対象の人物が走り書きされたメモを渡され、そのメモに書かれているウマ娘たちへ各所連絡を取った後、スカイと恭也は保健室に運び込まれたウマ娘の容態を確認しようと保健室に赴いていた。

 

 

恭也は保健室へと続いている廊下を、スカイと並んで歩きながら恭也は物思いに耽っていた。並んで歩く二人に、いつものような軽い言葉の応酬も、普通の会話のキャッチボールさえなかった。あるのは不自然で、耐えるには少々根性が要るような、居心地の悪い静寂。

 

 

しかし、恭也とスカイの二人の頭には、共通の事項が渦巻いていた。長く続く廊下を歩く二人。そしてその空気に耐え切れず、口を割ったのはスカイの方だった。

 

 

「……倒れていたあの子。私にそっくりでした」

 

 

「……そうだな。本当にそっくりだった」

 

 

「そっくり…ですか」

 

 

恭也の発したその一言を、スカイが聞き漏らすはずがなかった。最もその「そっくり」という一言を用いた恭也自身も、その言葉を恣意的に用いたわけだが。恭也もスカイも、その人智を超えた事態が発生したという可能性に驚愕し無意識に目を背けていた。

 

 

しかし、その万に一つありえない可能性が起こってしまったことを、当時者であるセイウンスカイ自身が、そしてその彼女と共に日々を過ごしその傍で彼女を支え続けた恭也だからこそ理解していた。つまり彼女は…今ごろ保健室で眠っているであろう彼女は、間違いなくセイウンスカイそのものだ。決して他人の空似などではないということを。

 

 

 

いずれにしても、今眠っている彼女の意識が戻れば話を聞かなければならない。二人の足は、保健室の前にたどり着いていた。恭也は肺に通常より多く空気をため込むと、その扉を引き開けた。

 

 

扉を開けると、そこには露伴の姿があった。恐らくその彼の向こうに彼女は眠っているのだろう。扉が開いた音に反応したであろう露伴の顔がこちらに向く…しかし恭也とスカイは、こちらを向く彼の表情に違和感を抱いた…すなわち彼の表情には、明らかに焦りと動揺が刻み付けられていた。

 

 

「今入ってくるんじゃあない!君たちを見てしまうと、彼女は…」

 

 

露伴の鋭い声が、室内に響き渡る。しかし、ベッドに腰かけていた彼女…すなわちもう一人のセイウンスカイが露伴の身体の横から顔を覗かせると、ぽつりとつぶやいた。

 

 

「……私?」

 

 

やはり、彼女もその違和感に気が付いたようだ。一体この事態はどうやって引き起こされたというのだろうか。しかしながら、それを考える暇は二人には与えられなかった。扉の前にいたスカイからその隣にいる恭也にベッドにいたスカイが視線を移したその瞬間、異変は起こった。

 

 

「……トレーナーさん」

 

 

彼の姿を目に留めたスカイの顔からは、みるみる血の気が失せていき脂汗が額にはにじんでいく。その呼吸は見るからに乱れながら彼女はベッドから崩れ落ちるように降りると、その短い距離を何度も足をとられそうになりながら走って彼のもとに駆け寄ると、彼に向かって言葉を紡いだ。

 

 

「……ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!ドリンクを取りに行こうとしたら気を失ってしまって…すぐに練習に戻ります!絶対に残りの時間で遅れは取り戻します…!ごめんなさい…!」

 

 

その様子は、直視するにはあまりにも痛々しいものだった。彼女はまるで必死に命乞いをするように彼の膝に縋りつきながら許しを乞う言葉を矢継ぎ早に並べ立てている。その様子は、日頃見慣れた自身に対して軽口を叩くスカイとはかけ離れたものだった…そしてそれは隣にいたスカイもそうだったのだろう、二人は目のまえにいる少女の様子に言葉を失ってしまった。

 

 

その時だった。

 

 

 

 

「……クソッ」

 

 

 

 

露伴はそう短く毒づくと、つかつかと彼女たちの元へと歩み寄り恭也の前で跪いているスカイの肩を掴んで引きはがすように起き上がらせ、自身の方向へと向き直させた。

 

 

「……?」

 

 

…まずいな。

 

 

今の彼女は、明らかに通常の精神状態からは逸してしまっている。そしてそのトリガーは、彼女の今の態度から察するに、自身と同じ存在であろうセイウンスカイではなく、その隣にいたトレーナー、戸瀬恭也に起因していると推測された。

 

 

…大体の予想は付く。

 

 

岸辺露伴は知っていた、彼女の身が置かれている状況を。そしてその予想が正しければ、少々…いや、かなり面倒な事態になったと考えていいだろう。

 

 

先ずは彼女を落ち着かせることが先決だ。露伴は彼女の目がこちらの世界に…つまりパニックの潮が引き、正気の世界へと戻ってくることができたその一瞬を狙うと、空に瞬時に…それこそ人間離れしたスピードでイラストを、自身が執筆している漫画のキャラクターの主人公の顔を描き上げると、その空中に描かれたイラストを視界に留めたスカイは瞬時に意識を手放した。

 

 

崩れ落ちる彼女の背中を地面に叩きつけられる寸前に支えてやると、露伴はゆっくりとその身体が傷つかぬように慎重に下ろし、その顔をじっと見つめた。そして露伴は倒れているスカイの身体を回り込み…すなわち恭也たちから背を向けると、何やらぶつぶつとつぶやきながら何やらページを捲るような動作を始めた。

 

 

 

「……あ、あの?彼女は…?」

 

 

質問を投げかけた恭也を、露伴は空いている手を挙げることで制する。ことこの場に限って、これ以上邪魔は入ってほしくない。今日は聊かイレギュラーな出来事続きだ、そしてその奇妙で厄介な出来事はこれからしばらく続くことになるだろう。先のことを考えておけば、少しでもストレスになるような出来事は避け、そして無駄は省いておいた方が吉だ。

 

 

 

「……やっぱりな」

 

 

 

露伴の前に眠っている彼女の顔には奇妙な、しかしまるで初めから自然と取り付けられていたようなノートのページのような代物が張り付けられていた。露伴はそのページに目を通しながらとある記述にたどり着くと、小さくため息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

信じられない出来事が起こった次の日。恭也とスカイの気持ちは晴れぬまま、二人はいつものように練習のために、学園内に付設されている練習用のターフが敷かれたトラックに赴いていた。

 

 

…昨日の出来事。

 

 

全くもって理解の範疇を超えた出来事。そうとしか形容できないものだった。しかし、あの場に居合わせた岸辺露伴と、彼が呼んだ数人のウマ娘たちがその事態を何とか抑えると、露伴の口から衝撃的な事実を告げられた。

 

 

「彼女は…」

 

 

 

そんな事実を知らされ、一体自分にどうしろというのだろうか?それは分からない…恭也の胸には、ある種の疑念が強く渦巻いていた。

 

 

 

「トレーナーさん」

 

 

 

呼びかけられた声の方へと首を向けると、そこにいたのは自身の担当ウマ娘、セイウンスカイだった。

 

 

彼女に不安な顔を見せてどうするんだ。僕は彼女のトレーナーなんだぞ。

 

 

誰よりも戸惑い、そして不安を抱いているのは間違いなく彼女のはずだ。そんな彼女の傍にいる自分も不安を抱いているという事実を、彼女に気取られるわけにはいかない。恭也は努めていつものようにふるまおうと決心すると、彼女に声を掛けた。

 

 

「よし!今日はトラックを取れたし、2000メートルを走ろう!」

 

 

恭也の指示に従い、スカイは黙々とトラックを走るための柔軟、アップを行い始める。すると、突然恭也の背後から声がかけられた。

 

 

「……あの…トレーナーさん?」

 

 

「……!」

 

 

そこにいたのは、渦中の人物であるスカイその人だった。まだその顔にはいくらか暗さが残っているようだが、昨日ほどの焦燥感や疲れは見られない。やはり昨日の保健室での休養が多少体力、そして気力の回復につながったとみていいだろう。

 

 

「た、体調は大丈夫なのかい…?えーと…」

 

 

「……スカイで大丈夫です。トレーナーさん」

 

 

彼女の反応に、昨日ほどの自身に対する拒絶感や、そして色濃く醸し出していた恐怖の色は随分和らげられているようだった。その様子に、恭也は昨日露伴が言っていたことを思い出した。

 

 

 

「……彼女の君へのトラウマはある程度和らげてやるように書き込んでおいた。だが、彼女の奥底から消してやったわけじゃあない。あくまでそれが表面化することがないように抑え込んだだけ、と表現する方が正しいか…そうするには彼女の記憶を消してやるしかないが、それをやってしまってはここで生活を送ったり、急に元の生活に戻ったりしたときに難儀するだろうからな」

 

 

そして併せて、彼にはこう付け加えられた。

 

 

「だからこそ、君には彼女のトラウマを、心の痛みを君が和らげてやってほしい…最も、彼女があぁなってしまったのは、決して君のせいではないがある意味では君のせいとも言える…言語として大いに矛盾している表現だということは重々承知しているが、生憎そう表現するほかなくてね」

 

 

…彼の言っていた通り、今目のまえにいる彼女には昨日ほどの恐れは見受けられなかったが、だが確実に、そこにはその感情は存在し続けていた。恭也はそんな彼女を見据えると、徐に口を開いた。

 

 

「えっと…どうしたんだい、スカイ?昨日の今日だしまだ寝ていても良かったのに」

 

 

「……私、走りたいんです…そこにいるスカイさんと」

 

 

彼女の言葉に、トラック内でストレッチを行っていたスカイは顔を上げて彼女の顔を静かに見つめる。其の表情を図り切ることはできなかったが、ただ一つ。そこに戸惑いは一切なく、僅かな覚悟が宿っているように恭也には見えた…まるで初めからそうなることが分かっていたように。

 

 

「……いいですよ。私も確かめたいことがありますし」

 

 

ターフにいたスカイがそう言うと、彼女はトラックに据え付けられている柵をひょいと飛び越えて彼女のもとへと歩み寄る…そして二人は一緒にアップを済ませると、並んでターフの上に立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

辺りは静寂が支配している。誰かが物音一つ立ててしまえば壊れてしまうような、そんな静寂が…やがてスカイがチラリと恭也に視線を向けると、言葉をかけた。

 

 

 

「合図をお願いします」

 

 

「…わ、分かった…」

 

 

 

 

いつものスカイとは別人ではないかと錯覚するほどの声色に戸惑いを覚えつつ、恭也は右手を空高く上げ、大きく声を張り上げた。

 

 

 

 

「位置について…よーい……ドン!」

 

 

その瞬間、二人はまるで弾かれたように前方へと走り出していく。やがて数十秒が経過してその走る位置がある程度定まると、恭也は驚愕の表情を浮かべた。

 

 

……いくら何でも速すぎる。

 

 

自身が担当しているスカイの脚質は逃げ……つまり序盤から他のウマ娘たちと距離を離し、その順位を保ったまま勝利をもぎ取る戦法だ。彼女はクラシック三冠の内の2冠、皐月賞と菊花賞を制したウマ娘だ…決して弱いわけじゃあない。寧ろクラシック期のウマ娘の中では強く、同期で彼女といい勝負ができるウマ娘など片手で数えるほどだし、シニア期を迎えた先達ともいい勝負ができるはずだ、そう信じていた。だからこそ、恭也は目のまえに広がっている景色を、現実を受けとめることができなかった。

 

 

スカイの遥か前方を、彼女が独走している。二人の間の距離は、まるで逃げウマ娘と差しウマ娘ほどの歴然たる差が存在していたが、差しの脚質を持つウマ娘と違い、今のスカイにはその差を巻き返すほどのスタミナや、末脚を持ち合わせていなかった…いや恐らくスカイだけではないだろう。この学園にいるウマ娘を寄せ付けない、そんな圧倒的な速さを彼女は見せつけていた。

 

 

「ここまでって……………ッ!」

 

 

 

「そんな……」

 

 

 

スカイは懸命に手を振り、足を繰り出す……しかしその差は縮まることを知らず、只々広がる一方だった、その圧倒的な差を覆すことができないままスカイは彼女が先頭でゴールを潜り抜けてしまうことを許してしまった。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。