岸辺露伴は走らない   作:ボンゴレパスタ

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岸辺露伴は歩まない9

 

 

 

 

 

 

 

 

ウー。ウー。

 

 

 

夜の学園内に響き渡るサイレン音。

その様子は、さながら脱獄した囚人を血眼になって探す収容所のような有様だ。夜の闇を貫く光が八方に空に向かって照らされ、逃亡者たちを探そうと躍起になっている。

 

 

「……こちら1番隊!その他の隊は現状を報告せよ!」

 

 

数人のウマ娘たちを背後に従えながら、先頭の、腕章と制服を身にまとったウマ娘はいらだし気にインカムに怒鳴りつけた。他の隊との連絡は、自身の胸に付けているインカムから取り合うことができる。しかし先程からひっきりなしに飛び交うその連絡こそが、隊を束ねる彼女の機嫌を最大限に苛立たせていた。

 

 

夜の静寂を貫く足音が響き渡る。自身の手に持った懐中電灯によって照らされた先には、小さな少女の背中が暗闇の中にぼんやりと映っていた。

 

 

葦毛のショートヘアに、先程こちらを振り返ったあの顔。

 

 

間違いない。彼女こそがセイウンスカイだ。

 

 

渡された写真とうり二つの顔だ。間違えようのない。そう自信をもっていえるはずなのに、彼女の心は先程から疑念と困惑によってかき乱されていた。

 

 

 

学園中の至るところで、同時に報告されているセイウンスカイ。

その現象の正体は、きっと何かの見間違いだ。そう片付けてしまえばきっと楽に違いないが、もしもそうでなかったとしたら?この現象はもっと複雑極まるものである可能性は十二分にある。いずれにしても、目のまえを走るセイウンスカイを捕まえ、その口を割ってしまえば問題ないだろう。

 

 

自身の部下に指示を出すと、訓練された隊列を展開しながら部下の一人は彼女の身体に掴みにかかるが、彼女はまるでチェシャ猫のようにするりとその手からすり抜けてしまった。

 

 

……セイウンスカイが相手であれば、一筋縄ではいかない。

 

 

クラシック期も終盤に差し掛かり、彼女は既に現役最強の一人としてその名を連ねている。自身やその部下たちは訓練を受けているとはいえ、闇雲に追いかけているだけではらちが明かないだろう。

 

 

 

隊長の指示によって、背後に控えていたウマ娘たちは息の合った動きで周囲に散会すると、対象のセイウンスカイをまるで鹿を追い立てる狼のように円になって取り囲んだ。

 

 

「……」

 

 

セイウンスカイの動きがぴたりと止まる。こちらの全員がウマ娘とはいっても、彼女もウマ娘だ。彼女が最後にどんな抵抗を見せるかによって手痛い目に遭うこともあるかもしれない。油断なく彼女に視線を送りながら、隊長は配下に声を掛けた。

 

 

「……拘束しろ」

 

 

その言葉を受け、配下のウマ娘たちはじりじりとスカイににじりよっていく。そして彼女たちがとある地点に達した時、隊長や配下の追手たちはスカイにとびかかった。

 

 

「……残念。はずれだよ」

 

 

そうスカイは口にすると、胸ポケットに入っていた瓶を開け、地面に叩きつける。瓶が割れ、中の液体が空気に触れると、途端に大量の煙が発生した。

 

 

「………!」

 

 

煙が肺に達した瞬間、視界が途端に狭まり暗闇に意識が吸い込まれていく。懸命に足に力を入れようとしたが、まるでうまくいかず隊長は地面にひっくり返り浅い呼吸で必死に息を保とうとしていた。

 

 

「……まったく。制服というものは聊か動き辛いものがあるねぇ」

 

 

セイウンスカイ、もといスカイの顔に変わったアグネスタキオンは煙が完全に霧散したことを確認すると、ハンカチを口元から外し、追手たちの意識が完全になくなったことを確認した。

 

 

……さて。

 

 

タキオンは転がっているうちの一人の追手の胸についているインカムを取り外すと、スイッチを入れて連絡を入れた。

 

 

「こちら1番隊!対象を追跡中!対象はポイントBを南下中!応援を頼む!」

 

 

不審に思われることがないように、できるだけ走りながら連絡を発しているようにふるまいながら、タキオンは相手の返答を待つ。

 

 

「……こちら4番隊!了解した!こちらもポイントの近くにいる!ポイント付近の体育館で挟み撃ちにしよう!」

 

 

「……3番隊!了解した!こちらもその作戦に参加する!」

 

 

「2番隊も合流する!」

 

 

どうやら作戦はうまくいったようだ。タキオンはその顔に笑みを浮かべると、ポケットからだした結束バンドで追手を拘束し、茂みの中にその身体を隠す。この結束バンドは強力な繊維によって作られた代物だ。ウマ娘といってその拘束から逃れることはできないだろう。

 

 

なあに、一晩ここにいたって死ぬわけじゃああるまい。精々風邪をひくくらいなものだ。

 

 

タキオンは一仕事を終えてふうっと一つ溜息をつくと、次なる作戦のために夜の闇の中へと足を繰り出していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

暗闇の中に浮かび上がるその小さな背中をめがけて、追手はその脚を繰り出していく。先程の1番隊の連絡を受け、自分たちはポイント付近にある体育館で挟み撃ちにする作戦を立脚した。これで同時に観測されたセイウンスカイたちを一網打尽にすることができるはずだ。

 

 

「逃げたぞ!」

 

 

そうこうしているうちに追っていたセイウンスカイが狙い通り体育館の中へと逃げ込んでいく。こちらも追い込む手間が省けたと、続々と体育館の中へと続いていった。

 

 

 

 

 

 

 

……これは貴重な体験だ。

 

 

露伴は必死に足を繰り出しながら、人間だったころとは比較にならないほど速く駆けることができる自身の身体に内心驚きを隠せずにいた。

 

 

どうやらただの見た目だけではなく、内部の身体構造までも変貌させてしまうのか。一体タキオンの薬は、人体にどんな作用を及ぼしているというのだろうか。

 

 

いけない、いけない。

 

 

漫画家として非常に知的好奇心をくすぐる経験を現在進行形でしているわけだが、今この場においてはあまり悠長なことは言っていられないだろう。何はともあれ、今は自身に課せられた役割を遂行しなくては。

 

 

露伴は急いで体育館に滑り込むと、後方を確認した。

 

 

……狙い通りだ

 

 

狭い出入口に殺到する追手を見やると、スカイ……もといスカイの姿へと変貌を遂げている岸辺露伴は正面を見据えると、丁度向こうからももう一人のスカイを追ってやってきた追手たちが殺到していた。

 

 

奴らは僕達が袋のネズミだと思っているんだろうな。

 

 

体育館は普段自分たちが朝礼の際に使っている様子とは打って変わって、夜の闇に塗りたくられ、その様相は「不気味」という一言に尽きるものとなっている。露伴は前方にいるもう一人のセイウンスカイ、もといシンボリルドルフと目を合わせた。

 

 

……頃合いだな

 

 

露伴は追手を程よく巻きながら、準備を全て整えると、体育館の中央に躍り出ると体育館の天蓋に向かって、身に着けていたサスペンダーを投げつけた。サスペンダーは天蓋の枠に引っかかり、ルドルフが自身の身体にしがみついたことを確認すると、露伴はサスペンダーに付けられているボタンを押した。

 

 

ボタンを押すとサスペンダーは縮み、二人の身体は瞬く間に天井へと引き上げられていく。

 

 

「な!」

 

 

突然の出来事に追手の一同が困惑しているのをよそに、二人は天枠に足を掛け体育館の外へと出ていく。あっけに取られていた一同も、自分たちが出し抜かれたことをようやく悟ると急いで二人の行方を追う為に体育館の外へと向かおうとするが、先頭の追手のウマ娘が声を張り上げた。

 

 

「……扉が開きません!」

 

 

……してやられた。

 

 

自分たちが追っているつもりが、実は追い詰められていた。追手の内のウマ娘の一人が自身の胸についているインカムを掴むと、体育館の外にいるはずの1番隊に向かって連絡を試みた。

 

 

「……こちら3番隊!その他の隊と共に体育館から身動きが取れない!1番隊!至急救援を求む!救援を求む!」

 

 

「……こちら1番隊」

 

 

「……聞こえたか!1番隊、至急救援に……」

 

 

「1番隊は今休憩で草むらで眠りこけているよ。連日の激務でお疲れのようだから、もうしばらく寝かせてやっておくれよ」

 

 

その言葉を最後に、インカムからはいくらボタンを押してもツーと音が流れるばかりで相手に繋がることはなかった。いくら待っても連絡が付かないことをようやく悟ると、追手のウマ娘は力なくインカムをおろした。

 

 

「……だまされた」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……とりあえず計画の第2段階は完了といったところか。ルドルフ、大丈夫か?」

 

 

 

体育館の天井で、二人のウマ娘……もとい露伴とルドルフが姿を変えた二人のセイウンスカイは、お互いの無事を確認しあった。

 

 

「あぁ、露伴先生……タキオンやシャカールも準備についている……それにしても、スカイ君は残念だね」

 

 

ルドルフの口から漏れ出た最後の一言に、露伴は視線を落とす。彼女はこの世界に踏み出す、その一歩が足りなかった。その苦しみは、その弱さは彼女にしかわからない。彼女に来てもらえば作戦の成功率が上がることは間違いないが、それもまた致し方ないだろう。

 

 

「……」

 

 

すると突然ルドルフの身体から湯気が発生し、瞬く間にその煙に彼女の身体は包まれていく。やがてしばらく時が経つと、その煙が引き、その中から元の姿に戻ったルドルフが姿を現した。

 

 

「むっ……もう時間か。タキオンの言う通り、本当に効果は1時間のようだな。まぁさしあたりスカイ君の姿でやらねばならないことは完了したし、問題はないだろう」

 

 

「そうだな……ってもう1時間経ったのか!ま、まずい……君が元の姿に戻ったということは……」

 

 

露伴は慌てふためきながら天井から降りようとする……しかし例にもれず彼の身体からも瞬く間に煙が発生すると、その身体を覆いつくすほどの煙が立ち込めていった。

 

 

やがてしばらくして煙から現れた彼の身体を目に止めたルドルフは、目を丸くし、その顔を赤く染め上げながら彼の身体を凝視していた。

 

 

「露伴……先生……」

 

 

 

 

 

「み、見るな……!ルドルフ!」

 

 

追手の目を搔い潜るため、露伴一同は同じ服……つまりトレセン学園の制服にスカイの身体に変容した後に着替えるように指示されていた。

 

 

ルドルフはつかの間のご褒美を、思いがけずに堪能することになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一人の残された大樹の洞の傍に、彼女。セイウンスカイの姿があった。彼女は洞に背中を預けながら、一人寂しく思考の波に耽っていた。

 

 

……トリックスター・セイウンスカイ!クラシック3冠の最後、菊花賞をもぎ取りました!シニア期も彼女の活躍に期待です!

 

 

分かっていた。

 

 

スカイ……大丈夫だ。少しタイムは落ちているけど、問題ないよ。次のレースまでには……

 

 

分かっていたんだ。

 

 

徐々に身体から、力が抜けていくのがわかる。その現象の名前は分かっていた。他の人より少し早いだけ。他の人より少し……少しだけ

 

 

頭の中でその現象で言葉を紡ぐと、涙がこぼれそうになる。苦しみという海の中で呼吸さえできない。

 

 

誰もいない夜の帳に、少女の涙が寂しく染み渡っていく。この感情の行き場はどこにも行けない。私はどこにも行けないのだ。

 

 

「……カイ」

 

 

……!

 

 

何処からか聞こえた声に彼女は振り返る。どこを探しても、その声の主はいない。困惑する彼女を余所に、その脳内には再び声が響き渡った。

 

 

「……スカイ!」

 

 

……彼の声。

 

 

ずっと、ずっと私を支えてくれた人の声。

 

 

忘れちゃ、ダメな人。手を差し伸べてくれた人。

 

 

彼は今、苦しんでいる。一人とどめ置かれた彼のその姿が脳内に浮かび上がっていく。

 

 

……助けなくちゃ。

 

 

スカイはふらふらと立ち上がると、洞に向かって脚を伸ばした。

 

 

 

 

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