久方ぶりのトレセン学園。
新雪の上にコントラスト鮮やかな鼻血をまき散らし、ノックアウトされたボクシング選手よろしく地面に仰向けに倒れている少女を、露伴とルドルフは気まずそうに見つめていた。
「どうするんだこれ」
本能的、無意識で放った責任を逃れるその一言。つまり「僕は何にもしていないぞ、君がこうしたんだ」という意がふんだんに盛り込まれているその露伴の一言にルドルフは呆れたように目をくるりと回したが、事実ウオッカがこうなってしまったのは自身の言葉によることは言い逃れのしようのない事実だ。
「…どうするって。彼女をこのままにしておくわけにもいかないだろう。」
二人で顔を見合わせたが、最もらしい答えを見つけることはできない。とりあえずこのままにしておいたら寒空の下で体調を崩すだろうし、何においても倒れ込む少女の傍に二人の姿があったとなれば、非常に外聞が悪い。
その時だった。
「ウ、ウオッカさんッ!?どうしたんですか!?」
タイミング良いのか悪いのか。先程まで野次ウマ対応をしていたたづながちょうどこちらに戻ってきた。たづなは驚愕した表情で、一体何が起きたのかと二人と倒れ込むウオッカを交互に見つめている。
「……えーと。これには訳があるんです。」
露伴の捜査は、あらぬ誤解を解くことから始まった。
「………なるほど。事情は分かりました。とりあえず彼女のこのままにしてはおけないので、保健室に連れていきましょう。ルドルフさん、彼女の脚を持ってください。」
事情を聞いたたづなは、案外素直にそれに納得し、彼女の介抱へと行動を開始していた。恐らく生徒会長であるルドルフの今迄の信頼があってのことなのだろう。ルドルフはたづなの指示に従って彼女の脚を持つと、二人で彼女の身体をひょいと持ち上げて彼女を保健室へと連れていく。
「ねぇ、ちょっとあれ……」
「会長さんと……たづなさん何してるのかな?」
「……連れていかれてるの、ウオッカちゃんだよね……?」
校舎の中に入り保健室へ連れて行こうとするが、必然的ではあるがその光景は校舎内にいるウマ娘たちの目に触れられることになる。道行く人たちはその光景を奇異なものとして見つめていた。露伴はこの珍妙な光景の同行者と思われたくないため、その3人の数歩後ろをこっそりとついて行っていた。
やがて一同は保健室に到着すると、幸い中で休んでいる他のウマ娘はいなかった。露伴は一応3人よりも前に回り込んで、ベッドの周囲に据え付けられているカーテンを開けるという役割をすることで、自分は役立たずではないことをそれとなく示したが、たづなとルドルフにとってそんなことは最早どうでもいいことであり、二人はさっさとベッドの上にウオッカを丁寧に置いた。
「………ひとまずはこれでいいでしょう。」
たづなの一言が、仕事の完了を告げる。一同がとりあえずウオッカの目が覚めるまではここにいようということで落ち着き、各々が椅子に座って一息ついた。
その時だった。
「……あの、それウオッカですよね?」
保健室の扉の前の廊下に立つ少女。緋色のツインテールに、大きく開かれた釣り目…彼女は腕を組みながら、一行に質問を投げかけた。
「……ダイワスカーレット君」
ダイワスカーレットと呼ばれた少女は室内に入ると、ベッドで横たわる彼女に向けて顔を向ける。その表情にはいくらか心配の表情が窺えた。如何にも優等生という所作で彼女はウオッカからこちらへと向き直ると、一同に質問を投げかけた。
「……コイ…いえウオッカに何ががあったんですか?」
「そういえば君はウオッカ君と同じ寮…ひいては同じ部屋だったね。仕方ない、事情を説明した方がよさそうだ。」
ルドルフはため息を一つつくと、スカーレットに対してどうしてこうなってしまったのか。その経緯を説明し始めた。初めはいくらか余裕のある表情で聞いていた彼女も、その経緯を聞くうちにどんどんとその表情は突き崩されていった。
「………アンタ!そんなことで倒れたの⁉バッカじゃあないの⁉ほら、そんなことで寝てんじゃあないわよ!起きなさいよ!」
スカーレットは眠っているウオッカの肩を掴むと、かなり強く揺さぶって彼女の意識を現実に引き戻しにかかる。ウオッカはなすすべなくその頭を前後に振られており、見かねたルドルフが彼女を引きはがしにかかった。
どうやら先程までの彼女の優等生然とした態度は、猫を被っていたようだ。スカーレットはルドルフに肩を掴まれてようやくウオッカから離れたが、するとウオッカはゆっくりとその目を開いた。
「……ん?オレ……何して……」
仰天。どうやら今のスカーレットの起こし方に、効果があったようだ。眠気眼のウオッカをよそに、スカーレットは彼女に再び掴みかかると、凄い剣幕でウオッカにしかりつけた。
「アンタが倒れたって聞いたから来てみたら、何してるのよ!あんなバカげた理由で気を失うなんて!」
「ス、スカーレット…なんでここにいるんだ……ってそうじゃあねーよ!お前には関係ないだろ!」
「なによ!」
「なんだよ!」
室内にいる一同を余所に、目覚めたばかりのウオッカと部屋にやってきたばかりのスカーレットは舌戦を繰り広げていく。尤も、舌戦と呼べるほど上等なものでもなかったが。露伴は先程から続く「カオス」の嵐が早く過ぎ去ってくれることを願って天を仰いだ。
「それくらいにしなさい」
室内に冷水を掛けた一言。ウオッカとスカーレットはその言葉に身体をぴくりと震わせると、その言葉を発した人物…たづなを震えながら見つめる。彼女はいくらか口元を笑顔の形にしていたが、その意は決して二人の喧嘩を好ましく思っているわけがないことは、想像に難くなかった。二人が大人しくなったことを確認すると、たづなは露伴に向き直り言葉を掛けた。
「それじゃあ、ウオッカさんも目覚めたことですし。先程の事件の詳細についてお話しましょうか。ルドルフさんはここでスカーレットさんとウオッカさんを見ていてあげてください」
たづなの指示に従って、露伴は部屋を出ようとする。しかしその背中をルドルフが引き留めた。
「……待ってください。私もその事件の仔細については及び知っているかはわかりかねます。あくまでメールで事件が起きたとブライアンに伝えられただけですから」
すると、ルドルフに続いてウオッカやスカーレットも口々に言葉を発した。
「……事件ってあのポスターのやつっすよね?それ、オレにも聞かせてください!この学園で何が起こってるのか、知りたいっす!」
「……私もです。SNSにもそのことで持ちきりで、友達も怖がっています。私に何かできることがあれば力になりたいんです」
「……それはできません。ルドルフさんはともかく、ウオッカさんとスカーレットさんもまだ中等部…事件に巻き込まれる恐れがあるのに、わざわざ貴方たちを危険に巻き込むわけにはいきません」
ウオッカとスカーレットの懇親の願いは、無情にもたづなに否定されてしまう。教育者として、たづなの意見は至極当然のものだった。自身の学園に在籍する生徒を、ましてやまだ中等部である彼女たちを、危険に巻き込むことはできなかった。
しかし、こと岸辺露伴の場合。彼はたづなとは全く異なった意見を持っていた。
「いいじゃあないか。彼女たちの助けも借りよう」
「露伴先生!」
露伴の言葉に、否定の意を示すためにたづなは彼のほうへと向き直る。しかし、彼はその誹りをものともせず、あくまで冷静な判断に基づいて発した自身の発言の補足説明をするために言葉を続けた。
「恐らく。いや、断言してやってもいい。犯人は学園にいる者の誰かだ。」
「え……」
その言葉にたづなは絶句するが、露伴はそれをものともせずに言葉を続ける。
「学園で事件が発生しているというのに、誰も犯人についての尻尾もつかめていないし 、天下の警察でさえお手上げの状態。つまりこの学園の地形や、何時に通行人が少ないのかといった様々なことについて熟知していないとこの芸当をすることは困難だ。トレセン学園の職員や生徒はもちろんのこと、学園に出入りするURAの職員や業者一人一人が容疑者だとすれば、とてもじゃあないが僕とたづな君、そしてルドルフだけじゃあ手が回らない」
露伴はこう言葉を続けると、ウオッカとスカーレットの方へと向き直った。
「……もしも生徒の中に事情を知るものがいるとするならば、きっと彼女たちが力になる。なんたって既に学園にあまり脚を運んでいないルドルフや、学園の細部にまで目が回りにくいたづな君と違って彼女たちは現役の生徒。何か情報を掴むことができるとするならば、彼女たちほど心強い味方はいないんじゃあないか?」
露伴の言うことはもっともだった。理事長秘書のたづなと雖も、その業務の殆どは事務方作業であり、ウマ娘たちの細部にまで目が渡っているとはいえない。またルドルフにおいても生徒会長としての業務は大幅にナリタブライアンに負担してもらっていて、自身はあまり運営にはかかわっていないというのが本音である。この場において、学園のウマ娘たちの実情を知る上ではウオッカとスカーレット以上の適任はいない。
たづなは少し考え込んでいたが、やがて顔を上げると二人に向き直った。
「……わかりました。ですが、約束してください。自ら危険なことをしないと…もしも危ない目に遭いそうだったら、私や露伴先生に助けを求めてください」
その言葉に、ウオッカとスカーレットは首を力強く縦に振る。その様子に幾分か安心したのか顔の表情を緩めると、たづなは室内にいる一同を見渡した。
「そうしたら、今から事件のことについてお話します」
そう言うや否や、たづなはポケットから数枚の写真を取り出す。そこには先程話を聞いた通り、首の無い人形や顔が塗りつぶされたウマ娘のポスターなど、禍々しい写真が収められていた。
「……これは中々だね」
ルドルフはその写真の一枚一枚に目を通すと、明らかに顔を曇らせる。これは悪戯とよぶには少々、いやかなり度が過ぎている。ブライアンが泣きついてきたのもこれを見れば頷けた。
「初めてこれが発見されたのは今から10日ほど前…ちょうどルドルフさんが有馬記念を終えて、帰省したその日に起きました。それがこの写真です」
たづなはそう言うと、机の上に置いている写真の内の一枚を指さす。それは校庭に植樹されている大欅の根本に積みあがるように置かれている顔が無い人形が、山のように積みあがっていた。
「最初は問題児…ゴールドシップさんの仕業だと生徒会の方で対応していただこうとしたのですが、本人は「私はやっていないと」……確かに彼女は、犯行日時彼女のトレーナーと外出中で、アリバイもありました」
これをやってのけたと疑われるようなことを日頃しでかすウマ娘がいるのか?と露伴は内心驚いていたが、周囲の人々の反応を見れば、彼女が容疑者として挙がることは納得しているようだ。
「生徒会にその人形は撤去して頂きましたが、数日後に今度は木彫りの人形が……同じように首のない状態で学内にある食堂の一角に数十体配置されていました……1回目の事件の時点では、生徒がいない深夜に発見できたこともあって生徒を怖がらせてはいけないと内密に処理されたんですが…」
「……2回目ではそうはいかなかったと」
露伴の発言に、たづなは重々しく頷いた。
「生徒の皆さんにも事件のことが明るみになって、SNSにも拡散…我々は警察に相談し、解決を図って頂くことにしました。生徒の誰かがこんなことをしているのならば、その間違いを正すのも私たち教育者としての責任だと……しかし警察の方も犯人を突き止めることができませんでした。」
「……何も発見されなかったのか?」
「いえ、実を言うと犯行現場に、犯人のものと思われる足跡を発見することはできたんです。ですが……」
「ですが……?」
「2つの犯行で発見された足跡は、全く別人のものだったんです。靴のサイズが2センチ以上違っていたと。それに現場の近くにあった監視カメラは、犯行時刻の前後画面にひどいノイズが走って何も映っていなかったそうです。」
たづなから提供された情報は、正に「奇妙」の一言に尽きるものだった。犯人は単独犯ではなく、グループなのだろうか?またグループだったとして一体何の目的があって?謎は謎を呼び、一同は答えを探し出すことができず俯くことしかできなかった。
「…」
「………露伴先生、これから何かわかることはあるかい?」
不安気な顔を覗かせて、ルドルフは露伴の顔を覗き込む。正直のところ、犯人がどういう人物なのかはおろか、その意図さえも全く見当もつかない。
「……正直言って「カオス」だよルドルフ。靴跡が違う犯人に、誰一人犯人を目撃していないことはおろか、監視カメラさえ妨害させる……分からないことばかり、というのが正直なところではあるが、それでもたった一つ。一つだけ分かったことが一つある」
「……?」
周囲の視線は露伴に注がれる。露伴はため息を一つつくと、慎重に口を開いた。
「これは模倣犯なんてものじゃあない。ましてや愉快犯なんてものでもない。この犯人には明確な「意思」が存在する。」
「意思?」
「あぁ。人形やぬいぐるみ、ポスターの首を欠いて表現している。これは何か我々に伝えたいという何かがあるということさ。一目につきやすい場所を現場に選んでいるのも、偏にこれが目的だろう」
「……注目されることが目的?」
その言葉に、露伴は力強く頷く。そして周囲を見渡すと、言葉を続けた。
「……とすれば、犯人はまた犯行を犯すだろう。まだ目的を達成してはいないんだからな。そしてまた行動を起こすというならば、僕らにもいくらかやりようがあるということさ。さぁ、君たちにも手伝ってもらおうじゃあないか」