岸辺露伴は走らない   作:ボンゴレパスタ

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岸辺露伴は求めない4

 

 

 

 

一月の夜風が、やけに身に染みる。

普段は執筆活動に支障をきたさないように、取材でやむなく外出せねばならぬ時以外は、必ず22時までには床に着くように心掛けていた露伴にとって活動時間外に、ましてや氷点下に達した屋外での活動は彼の機嫌を不機嫌にするには十分な要素だった。

 

 

「君、ありがたく思ってくれよ。僕ほどの漫画家が、こんなことのために時間を割くなんてな。ルドルフの頼みじゃあなかったらくだらないと断っているところだった。」

 

 

当然のことではあるが、犯行を成し遂げ、揚々と現場から切り上げようとしている目のまえの人物…トレセン学園をささやかな混乱へと陥れたこの犯人とは、全く面識がない。それでもこの岸辺露伴の今の精神状態は、目のまえの赤の他人である犯人に対して、わざとらしく相手をなじることでしか解消のしようがなかった。

 

 

「お前と鉢合わせしたことが、偶然とでも思っているのだとしたら、それは間違いだと言っておこう。お前は必ず罪を犯す、そう踏んだ僕は学園の警備に一つ穴が生じるように警備を手配したのさ。お前がそのことに気が付いて、逃走経路を練って、犯行を犯すであろう日数をちゃんと勘案してな。今日あたりにでも来るんじゃあないかと踏んでいたが、まさかジャックポットだとはな」

 

 

それは手品師が種明かしをするよな…テストで満点を取って母親に褒めて欲しいと強請る子供のような饒舌ぶりだったが、今の露伴にとっては目のまえの犯人から受ける外聞は、犯人の吠え面をかかせ、その苛立ちという炎を弱らせることに比べれば、あまりにも些末な出来事だった。

 

 

「さて。なんでこんなバカげたことをしでかしたのか。多少の興味はあるが、それは警察に引き渡す前に君の頭をちょいと覗かせてくれれば良しとするか。」

 

 

「……」

 

 

犯人の表情を窺うことはできない。今の犯人にとって、自身の言動は訳の分からないものばかりだったに違いない。確かに頭を覗くと言ってもその意味は理解できないだろうし、スタンドの概念を説明したところでその意図を咀嚼することもできないだろう。だか、そもそも犯人のこいつにそんなことをわざわざ説明してやる義理はどこにもない。

 

 

「さて………お前はもう終わりだ。悪いがこっちも眠いもんで、さっさと捕まってくれるとありがたいね」

 

 

露伴はそう言うと、一歩ずつ犯人のもとへと近づいていく。岸辺露伴は、言葉の通りこのまま犯人が観念して、大人しく捕まってくれることを切に願っていた。早くホテルに帰って眠りたい。抵抗したり逃げたりしようものなら、その分体力を浪費し、警察にこいつを引き渡した後、警察からの事情の聴きとりが終わり、解放される時間が遅くなる。(もっとも、警察の聴き取りはヘブンズ・ドアーで記憶の改ざんをすればどうにでもなるが)

 

 

……ダッ!

 

 

露伴が犯人まで数メートルのところまで近づいたその時。犯人は露伴とは反対の方向へと飛び出していく。どうやら自身のささやかな願いは泡沫と化し、犯人は自身にとって最も悪手となりうる選択を取ったようだ。

 

 

男が数歩先へと走ったところで、道の反対から一人の人物が両手を広げ、近づいてくる。それは、自身の愛バ、シンボリルドルフの姿だった。もしも犯人が抵抗したり、逃亡を図ったりした時のために彼女に傍に待機していてもらったが、まさか彼女の力を借りることになるとは。先程の邂逅でわかったことだが、どうやら犯人はウマ娘じゃあなく、人間だ。

 

 

 

 

とすれば非常に犯人には同情するが、人間である犯人がウマ娘、そして現役を退いてはいるものの、数週間前までG1の前線で活躍していたルドルフと正面から戦って勝てるわけがない。無理に抵抗しようものなら、病院送りは免れまい…骨の一本や二本程度で済めばいいのだが。

 

 

「……?」

 

 

その時、露伴は違和感に気がついた。この世界に生きているならば、ウマ娘と人間の圧倒的な種族としての力量差は知らないはずがない。ウマ娘に向かって、丸腰の人間が向かっても勝算など微塵も存在しない。

 

 

 

 

それにも拘らず、犯人はそんなことを気にも留めないかのように、ルドルフにまるで赤いマントを目に止め、闇雲に突撃する闘牛のように突っ込んでいった。

 

 

なにかマズイ。

 

 

 

漫画家としての本能が、すかさず脳内に警鐘を鳴らす。

 

 

 

「ルドルフ、逃げ……」

 

 

そう言葉にした瞬間、ルドルフと犯人の身体が接触する。その瞬間、ルドルフの身体はまるで車に激突したかのように空中へと吹っ飛んでいった。

 

 

「……ルドルフ!!」

 

 

自身の喉から、悲鳴とも言える声が絞り出される。急いで露伴は彼女の身体が地面に激突しないように前へと踏み出すが、とてもじゃあないが今自身がいる場所から、彼女のもとへと踏み出すには距離が遠すぎた。

 

 

どういうことだ?目の前の現象について、それを詳しく分析する時間と余裕は、今の露伴には残されていなかった。できることは、この窮状を如何にして逸するか、それだけだった。

 

 

 

 

……クッ。

 

 

露伴はその一瞬で思考し、決断し、そして覚悟した。即ち、自分のことを度外視しても彼女のダメージを必要最小限に抑える、その決断だった。露伴は背後から幽霊のような、白い帽子を被った少年のようなそれ……スタンドを出現させた。

 

 

「……うおおおおおおおお!ヘブンズ・ドアー!!」

 

 

彼女を、彼女を助けなければ。

 

 

露伴の腕に本の見開きのようなものが生じ、そのページの余白に露伴は瞬時に文字を書き込んでいく。

 

 

「時速80キロで前方に5メートル吹っ飛ぶ」

 

 

その瞬間、露伴の身体に急なGがかかると共に彼の身体は不自然に、まるで縄で思い切り引っ張られたのように、前方に吹っ飛んでいく。そしてルドルフの身体が地面に激突するその寸前、彼の身体が即席のクッションとなって彼女のダメージを最小限に抑えた。

 

 

「……グッ!!」

 

 

身体から鈍い音が響き、咥内から血が噴き出す。幸い地面に敷き詰められていた雪がクッションとなり激痛は免れたが、鈍い痛みが雪の冷たさと共に全身に駆け巡った。

 

 

「トレーナー君!」

 

 

ルドルフは自身が最愛の男によって守られたという状況を理解すると、急いで露伴の顔を覗き込む。呼吸は痛みに耐えるようでいくらか浅くなっているものの、どうやら別状はないようだった。

 

 

……良かった。

 

 

ルドルフの顔には様々な表情が綯交ぜとなって浮かぶ。それは露伴が無事だったという安心。そして彼にもしものことがあったらという不安……様々な表情が瞬時に浮かび、そして消失していったが、やがてその顔には一つの感情が刻み付けられ、終点を迎えた。

 

 

「………言語道断。貴様のことを、決して許さない」

 

 

それは怒りという言葉では表現しきれぬほどの憤怒、怒髪冠を衝くものだった。愛する露伴を傷つけられた。徐に立ち上がった彼女の耳は引き絞られ、その脚は荒々しく前掻きをしていることからも、その激情は口ほどに物を言っていた。

 

 

「……」

 

 

彼女の様子を一瞥した犯人は、やがてルドルフという障壁がいなくなった逃走経路を再び走り始める。ルドルフはその般若のような顔のまま犯人を追おうとしたが、足元にいた露伴のうめき声で我に返ると、その脚をぴたりと止めた。

 

 

今は追えない。

 

 

「露伴先生…しっかり…!誰か、誰か来てくれ!」

 

 

 

 

今の彼は手負いの状態。そんな彼を捨て置いて犯人を追跡することは、ルドルフにはできなかった。せき込む露伴の背中を甲斐甲斐しくさすりながら、ルドルフは周囲の空を響かせるほどの大声で助けを乞った。二人の足元の雪は、露伴の口から垂れた血によって紅く染め上げられていた。

 

 

 

 

 

 

 

闇夜の中、先程大立ち回りを演じた犯人は、急いで道を突き進んでいた。フードを深く被っているし、顔が割れる心配もあるまい。急いでこの場から立ち去れば証拠は残らないし、監視カメラの映像もアレがなんとかしてくれるはずだ。

 

 

この身が捕まらなければ、まだチャンスはある。今回は邪魔が入ったが、次からはもっと時間や作戦を練れば、練れば………

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれ。なんで私は…… コンナコトヲ?

 

 

その時だった。

 

 

「こんばんは。貴方、何をされているんですか?」

 

 

自身の目のまえに立ちはだかる、一人の女性。その風貌からしてどうやら学園の関係者のようだった。

 

 

致し方あるまい。大方彼女も見回りにきた連中の内の一人だろう。申し訳ないが、強行突破させてもらおう。

 

 

犯人は先程ルドルフを吹っ飛ばした時と同じ要領で身体を前のめりにすると、まるで闘牛のように彼女のもとへと突っ込んでいった。荒い息が、白い煙となって口元から吐き出され、その速度は瞬時に加速していく。彼女が身の危険を感じて道のわきに逸れればそれまでだし、どかねばしばらく病院での生活を余儀なくされるだろうが、致し方あるまい。

 

 

事実、この時犯人はウマ娘をはじき飛ばすほどの力を有しており、犯人自身もその力に過信していた……即ち、そこには確実なる敗因が存在していた。

 

 

つまり、ウマ娘を凌駕する力を身に着けたとしても、それに過信してはならぬということ。そして目のまえに立ちはだかる女性、駿川たづなのことを知らなかったということである。

 

 

たづなは犯人の身体と激突する直前、その犯人にめがけて雪を投げつけた。新雪は粉の様に夜風によって散開し、即席の目くらましとして犯人の視界を瞬時に奪うことに成功した。

 

 

「~~~!!」

 

 

動揺によって犯人は瞬時に立ち止まる。凝り固まった自信に、負けるはずがないというその過信が、予想外の出来事によって突き動かされ、脳内はショートしてしまった。

 

 

「……!マズイ!」

 

 

雪のカーテンの中から、突然一つの人影が接近する。急いでその拳を繰り広げた犯人だったが、その手は虚しく空を切った。

 

 

そしてその空に出した手を元に戻そうとしたが、突然雪の煙の中から出現した何者かの腕にそれを掴まれると、抵抗する暇もなく犯人の身体はそのまま空中に一回転し、地面に勢いよく叩きつけられた。

 

 

受け身の取り方など知らぬ犯人は、その頭を強かに打ち付け、意識を手放す。学園の隅で行われた、静かな決闘を制したたづなは、すくっと雪の煙の中から姿を現すと、裾の乱れを治す余裕を見せつけるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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