岸辺露伴は走らない   作:ボンゴレパスタ

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岸辺露伴は求めない7

 

 

貴方にとっての希望はなんだろうか?貴方にとって夜を超えるための活力は、一体何だろうか?

 

 

僕にとってそれは、間違いなく彼女だった。彼女の傍にいて、彼女のことを見て、そして彼女を支えること。それこそが僕の希望だった。

 

 

そして彼女の願いは、僕の願いでもあった。彼女には大きな目標があった。途方もないと思えるその夢を語る彼女の顔はどこか朧げで、手を伸ばしてしまえば霧となって霧散してしまいそうな、そんな危うさがあった。

 

 

だからこそ、何としても彼女の夢を叶えたい、そう願った。彼女のためにできることは何でもしたし、時には無茶をしてしまったこともある。それでもその日常こそが、僕にとって全てだったんだ。

 

 

だからこそ。だから希望を摘まれたその時。僕は大きな絶望の淵に叩き落された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝のトレセン学園は、犯人によってもたらされたカオスによって騒ぎが生じている。カーペットのように敷き詰められているチラシの上で、仰向けになってすっかりのびている犯人をじっと見下ろしながら、露伴はその犯人の目深に被られているフードを取り払った。

 

 

「こいつ……」

 

 

それは、およそ30代の男だった。露伴は敵の素顔を知れたことにとりあえず満足しつつ、ヘブンズ・ドアーの能力によって露わになった男の情報……名前や年齢、職業や体重はもちろん、彼が生まれてきて今迄見聞きした情報の仔細が記載されているページを手に取ると、それに目を通した。

 

 

羽賀進。年齢33歳……職業はトレセン学園の警備員?こいつ、関係者だったのか。

 

 

意外な敵の素性が判明したわけだが、この情報は露伴の頭に新たな疑問を落とすことになった。こいつがトレセン学園の警備員だったとして、昨日逮捕されたはずの看護師とは一体なんの繋がりがあるのだろうか?職業も、年齢も離れている二人だ。なにか繋がりがあるようには全く思えない。

 

 

それでもこいつら犯人には、何かしらの繋がりがなくてはあまりにも不自然なのだ。1件目と2件目の事件……その間に事件について知っている者は学園内の一部の者に限られる。つまりこいつが事件をみて真似しようと行動を起こした模倣犯という線はかなり薄いというわけだ。

 

 

もしかしたら、SNSで目的を同じくして繋がったというケースもありえる。それにしても一看護師と警備員がわざわざ顔のないウマ娘がモチーフの代物を学園にわざわざ設置する、その意図が全く分からない。

 

 

解せないことはあまりにも散在しているわけだが、いずれにしてもこいつの中に必ずその答えは隠されているはず。騒ぎを聞きつけた警備員たちがここに来るまであまり時間がない。こいつが連行されてしまえば、一民間人である自身がこいつから話を聞き出すことは難しくなってしまうだろう。露伴は目のまえのことに集中するため、急いでページを捲り始めた。

 

 

…初めて彼女ができたのは15歳、中学3年生の時。こいつ、初めてのキスの時彼女に舌を入れて拒絶されて、それをクラスの連中に言いふらされているな…って今はそんなことはどうでもいいんだ。

 

 

こいつが犯行に関わるようになった記述があるのは、もっと後の方のページのはずだ。露伴は更にページを読み進めていくと、とある箇所に目を止めた。

 

 

『20○○年1月○○日。深夜の巡回中に首の欠けた人形が大量に配置されているのを発見。学園長に報告、そして現場の状況の保存のために写真にそれを収めた。人形は全て同一人物のようであり、姿形は顔の欠けている特徴があるものの全て同じだった。』

 

なるほど、1件目の事件の第1発見者はこの男だったようだ。つまりルドルフに見せられた写真は、こいつが撮った写真だったわけか。露伴は一人でそのように納得したわけだが、直ぐに驚きの表情を浮かべることになった。

 

 

…この文章、可笑しいぞ?

 

 

ヘブンズ・ドアーが露わにさせた文章は全て真実のはずだ。自分自身の心に嘘をつくことなどできないし、そもそもこの文章はこいつが体験し、考えたことそのものだからだ。

 

 

この文章はまるで、こいつが純然たる市民としての犯行現場の第一発見者であり、そして警備員として真っ当に職務を遂行したって言っているみたいじゃあないか。つまりこの時点でこいつはこの時点では犯人側の人間ではなかったというわけだ。

 

 

つまり…つまり一体どういうことだ?こいつはこの時点で犯人ではなかったとしたら、この犯行現場に触発された模倣犯だった、ということか?疑問が新たな疑問を呼び込み、新たなに提示された事実は、自身を新たな思考の路地に放り込む入口と化す。

 

 

いずれにしても、もう少し記述を読み進める必要がある。1ページ先を読み進めた露伴は、また新たな疑念を投下されることになった。

 

 

「ワ・カ・ラ・ナ・イ?」

 

 

そこにはまるで、精神異常者が書き殴ったかのような………「ワカラナイ」とカタカナで書かれた拙い文字が、連続でページの見開きいっぱいに書き込まれていたのだった。…目のまえに飛び込んできたその状況のあまりの異様さに、露伴は思わず息を呑んだ。

 

 

その時だった。

 

 

「おい…!こいつだ!捕まえろ!」

 

 

「…おいこいつ、羽賀じゃあないか?まさか………」

 

 

その先に隠されているはずだった真実を暴くことは、叶わなかった。騒ぎを聞きつけた警備員たちが現場に押し寄せ、気絶している羽賀を発見する。露伴が止める暇もなく、羽賀は犯人として連行されていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど、そんなことがあったのか」

 

 

トレセン学園の一角にある部屋。露伴の報告を聞いたルドルフも、その状況のあまりの歪さに顔をしかめた。その事件にまつわる全ての事実は、謎と呼ぶほかない代物だ。いくらその事実を精査しようとしたところで、現在手元に揃っている情報では、この事件の全貌を明かすことはできなかった。

 

 

「さしあたり犯人の確保には成功しましたが、SNSではその話題でもちきりでして……マスコミもこの事件について取り上げ始めています。学園は今その対応に追われていまして」

 

 

たづなが告げたその状況は、あまりにも想像に易い。実際ホテルで朝つけたテレビにもそのようなニュースが流れていた。注目されることが目的であるというならば、正にこの状況は犯人が求めて止まなかった状況だろう。

 

 

「しかしまさかこの学園の警備員が犯人だったなんて…」

 

 

ウオッカは喉の奥から信じられないといった声を上げる。彼女にとっては、この学園に自分たちの安心を脅かす存在が潜んでいたことに驚きを隠せないようだ。

 

 

事実、警備員と看護師の関係性。犯行動機の不明。犯人たちの人並外れた力…その疑問点を挙げればキリがない。露伴たちの前には敢然たる疑問が障壁となって立ちふさがっていた。

 

 

「…………で、でも犯人は捕まったんですよね?それだったらもう事件は終わったんじゃあないですか?」

 

 

スカーレットの意見は尤もだ。例え2件の事件の犯人が違っていたとしても。その犯人の繋がりが全く不透明だったとしても。またウマ娘を軽くいなしてしまうような力を持っていたとしても。その犯人は2人とも見事に捕まった。つまりこれ以上この事件のことについて考える必要は既にどこにもないといってしまえばそれまでだった。

 

 

「…………確かにな」

 

 

ウオッカも小さくではあるが、肯定の意を示す。それは言い換えてしまえば、思考の放棄だ。全く先の見えない、不気味な暗闇の中にこれ以上身体を留めておくことは、彼女にとっては聊か苦痛だった。その疑問から目を背けるような彼女の提案に、室内にいた一同はその案に甘んじる雰囲気に呑みこまれつつあった。

 

 

「…………いや」

 

 

待ったを掛ける、とある人物が放ったその一言。室内の人物たちはその言葉を放った人物の方をじっと見つめた。ルドルフはその一言を放った人物に向けて顔を見つめた。

 

 

「……それは…それは一体どういうことだい、露伴先生?」

 

 

露伴は自身が掛けたその言葉の真意を口にするため、言葉を続けた。

 

 

「多分…正直漫画家としての勘としか言いようがないんだが、この事件はこれで終わりなんかじゃあない。この事件は………この事件は恐らく…」

 

 

その時だった。

 

 

校舎の方が何やら騒がしくなる。事態の把握をしようと窓の外に身を乗り出した露伴は、外の景色を目に留めた途端、あまりの衝撃に目を見開いた。

 

 

「ナッ……あれは……」

 

 

それは顔を欠いたウマ娘を模した、銅像だった。銅像は校舎の目のまえの広場に、人目を惹くように設置されており、既にその周囲には多くの生徒たちが集まっており、スマホを片手にその様子の撮影に講じていた。それは露伴にとって……否、事件は既に解決したと結論付けようとしていたはずの部屋にいた一同にとってはあまりにも衝撃的な事実だった。

 

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