岸辺露伴は走らない   作:ボンゴレパスタ

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岸辺露伴は求めない8

 

 

あれは…

 

 

初めて窓の外のあれを目撃したその時。あれに私は見た覚えが……一種のデジャヴを感じた。

 

 

チラリとウオッカの顔を見ると、見るからに彼女の顔には動揺と呼ぶには青ざめすぎている表情が浮かんでいる。それについて何か言葉を掛けようとしても、きっと今の自分も彼女と同じような表情に浮かべている。現に開こうとした口の中の生唾は瞬時に渇き、言葉を紡ぐことは叶わなかった。

 

 

……あれは。あれはもしや……

 

 

それはあり得ない。頭の中に浮かんだ一つの可能性を、瞬時にスカーレットはそれを否定した。何故ならば、何故ならば彼女は……彼女は……

 

 

深く抑え込んでいたはずの記憶が、その蓋を押しのけて噴出しそうになるのを必死に抑え込み、彼女は押し黙ることでその場をやりすごそうと決めた。ウオッカに再び彼女に視線を向けると、彼女もどうやら自身と同じ結論を下したようだった。ウオッカとスカーレットは急いで現場に向かう一同に続いて、部屋から外へと出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それはあまりにも異様な光景だった。

解決したと思われた一連の事件がまだ続いていた。それだけでもこの事件の解決に向けて動き続けた一同には衝撃の事実だったが、驚くべきことは他にある。

 

 

「……ッ!」

 

 

一同は急いで窓の外から見えた現場に向かって走り寄る。校舎の外から出て、目のまえの広場に設置されているその代物は、一同の視線を再び釘付けにすることになった。

 

 

学園の広場の中央に設置された、1体の銅像。少々彫像の出来栄えとしては粗削りではあるものの、それが一体何を模して造られたものなのか。それを伝えるには十分なクオリティを有したそれは、校舎にいた生徒たちの目を、惹きつけるものだった。

 

 

大胆で、且センセーショナルなそれ。

そのいわくつきの代物に魅せられた生徒たちは、自分たちのスマホを取り出すとその撮影に講じている。大方撮影した写真を後で友人と共有し、そしてSNSで拡散するためだろう。

 

 

「離れてください!」

 

 

たづなの指示によって生徒たちが現場から引きはがされている間、露伴はじっと考え込むように銅像を見つめていた。

 

 

「……」

 

 

「露伴先生。これって……」

 

 

ルドルフは不安そうな顔を浮かべ、露伴のことをまっすぐと見つめる。2人の犯人が捕まり、終わったと思っていた事件が、実は続いていた。前提が容易く崩壊し振り出しに戻った一同は、その混乱の中でもどうにかしてその解決の糸口を掴もうと思案していた。

 

 

「……犯人は元々、3人いたってことだろうか?」

 

 

確かにそれは、ありえない話ではない。2人の犯人の逮捕に感化され、計画を起こした3人目の仲間。そう考えれば一応整合性はとれるが、そこには説明することができない疑問がいくつも生じる。

 

 

「いや…これはそんな単純な話じゃあない気がする。もっと根本的な…何か…何か」

 

 

ルドルフの読みは間違っている。犯人は元々繋がりがあったわけでは決してない。だとしたら、先程ヘブンズ・ドアーで読み取った警備員の羽賀の記述に、その旨が記載されているはずだからだ。

 

 

羽賀の記述には、犯人の存在の示唆は勿論、犯行の動機やその様子さえも全く記入されていなかった。あるのはたった一つ。「ワカラナイ」という言葉だけだった。

 

 

「……!」

 

 

その時だった。どうして今まで気が付かなかったんだ。今までの犯人の2人…警備員の記述と、更に看護師の証言が本心から出たものだとした場合…スタンドであるヘブンズ・ドアーが暴くはずの精神の根底さえも、阻害することができるのは…できるのは…

 

 

『スタンド使いとスタンド使いは、いずれ惹かれ合う』

 

 

かつて杜王町で吉良吉影を捜索する際に言われた、その言葉。自身がルドルフの依頼によってこの学園にやってきた。その縁を、因果をその言葉に当てはめるものとみた時…真実は。

 

 

「まさか…まさか犯人は…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その時だった。

 

 

「キャーー!」

 

 

先程まで野次ウマの一人として銅像の周りにいた生徒の一人が、ある方向を指さしながら、周囲に響き渡るような大きな声を上げた。

 

 

「……⁉」

 

 

露伴は一体何事かとその方向を振り向くと、校舎を取り囲むレンガ造りの壁に、スプレー缶で何やら絵を描く人物がいた。その目撃によって、周囲の人物たちは口々に悲鳴を上げながら、その方向に首を向けた。

 

 

「止めなさい!」

 

 

たづなは作業に講じている犯人に走り寄ると、その腕をつかみ取る。犯人は振り返り、邪魔者であるたづなを排除しようと試みたが、瞬く間にたづなによって無力化させられてしまった。

 

 

「観念しなさい…!って貴方は……?」

 

 

遅れて犯人のもとへ歩み寄ってきた露伴がその犯人の顔を覗き込む。たづなによって犯人は身動きが取れない状態であり、その顔を覗きこむと、犯人は警備員の制服に身を包んだ老人だった。

 

 

「見覚えがあるのか、たづなさん?」

 

 

「この方は……佐々木清吾さん。この学園で長年警備員として働いて頂いている方です。仕事熱心な方で、生徒のウマ娘たちを自分の子供のようにかわいがっている方で……それなのに」

 

 

つまり、この男は本来であれば犯行に加担するような性格の人物では決してなかった。つまり……この犯行は……犯行は……

 

 

「たづなさん。警備員の業務に関するマニュアルを拝見したい。可能か?」

 

 

「え、えぇ……案内します」

 

 

それは、自身の中で立てられた一つの仮説に対する確認だった。佐々木を警察へと引き渡した露伴たちは、たづなの案内によって、彼女の執務室に案内される。

 

執務室は彼女らしく、非常に整頓され無駄な私物は置かれていなかった。彼女は執務室に据え付けられた棚から分厚いファイルを取り、そのページを捲り目的の箇所を見つけると、露伴たちが見えるように机の上に広げてみせた。

 

 

日本ウマ娘トレーニングセンター学園:警備業務マニュアル

 

 

そう表された紙には、実際の業務にあたって必要な行動、してはならないことがいくつかの項目に渡って記載されていた。露伴はその記載を上から指を指しながら読み進めていたが、やがて一つの箇所でその目は留まった。

 

 

「これは……」

 

 

「露伴先生……?何が書いているんだい?今回の事件と、そのマニュアルが何か関係あるのかい?」

 

 

「あぁ……あるどころか大アリさ。ほら、これを見ろよ」

 

 

露伴はとある箇所を指さしながら質問を投げかけたルドルフがその記載が見えるようにファイルの向きを変える。ルドルフはその記述が周囲の人たちにもわかるようにその記載を、声を上げて読んだ。

 

 

「業務マニュアル21。もしも学園内で不審者と遭遇、もしくは不審者の痕跡を発見した場合。可能であるならば状況の共有のために支給されたカメラで現場の記録をすること」

 

 

「これが……事件と関係あるんですか、露伴先生?」

 

 

「あぁ……これが、この行為こそが事件を引き起こすトリガーだったんだ」

 

 

「トリガー?……って、まさか!?」

 

 

露伴に続き、事件のカラクリに気が付いたルドルフは驚きの声を上げる。いや、この場合。この事件の真実について知りうるのは、室内にいたメンバーの中では、特異な体質・ギフトを持った露伴と、そのことについて聞かされていたルドルフだけだっただろう。

 

 

周囲の人々は、それについて釈然とせぬまま2人のことを見つめている。露伴はそんな周囲の人物たちを置き去りにしながら考え込んでいたが、やがて一つの言葉がその口からポロリと漏れ出た。

 

 

「……これはマズイぞ」

 

 

「……マズイ?」

 

 

ルドルフの質問に、露伴はその顔を顰めながら言葉を続けた。

 

 

「つまり……今回の行動がトリガーとなったということは、それが本当に合っているというんだったら……非常にマズイことが起こる。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その時だった。

 

 

「キャー!」

 

 

校内のあるところで、悲鳴が上がる。その悲鳴の出どころを確かめるために、露伴たちは急いで執務室から出てその方向へと向かっていった。

 

 

「それで、露伴先生!一体何が分かったんだよ!」

 

 

先程から話を読み込むことが全くできなかったウオッカは、そこで初めて露伴に対して抗議の声を上げる。露伴はその現場へと向かう途中で彼らに説明を始めた。

 

 

「君たちにとって、今から話すことは突拍子のないことだろう。だが、驚いたり茶々を入れたりしないで聞いて欲しい……僕には、普通の人間にはない「能力」がある。そしてその能力を持つ者同士は、何の因果かお互いに惹かれ合う、そういうものなんだ」

 

 

「……そして。僕はトレセン学園の騒動を引き起こした能力者に、まるで引力によって引き寄せられるようにここに戻ってきた、そういうわけだ」

 

 

「犯人は……露伴先生の言った能力者ってこと⁉」

 

 

その質問に、露伴はゆっくりと首を縦に振る。そして露伴は能力を持たぬ一同にも理解することができるように、ある程度話を咀嚼しながらその言葉を続けた。

 

 

「犯人の能力は確かではないが、ある程度予測することはできる。今までの事件の一連のやり取りからある程度な…」

 

 

「それはつまり?」

 

 

「……黒幕の目的は一つ。『多くの人の目に触れる・注目される』ことだ。そうでなければあんなセンセーショナルなことをしでかす理由が何一つない。尤も、その方法が「顔の見えないウマ娘をモチーフにした、ポスターや人形、銅像を人目に触れさせる」ことなのはいまいち釈然としないがな」

 

 

「そ、それじゃあ今迄捕まった犯人たちは……?」

 

 

「黒幕に操られていた・能力の制御下に置かれていた、これしか考えれまい。犯人が作成した、ポスターやチラシ、銅像に対してあるアクションを起こすことでその制御下に置かれるわけさ」

 

 

「……あるアクション?」

 

 

「あぁ。それは警備員のマニュアルにもある通り、「その現場を記録する」こと。これしかあり得まい。この学園の警備員たちは、不審者やその痕跡を支給されたカメラで保存するように指示されている。これは能力を用いて、先程捕まえた羽賀から暴いた情報からも明らかになっている。今まで犯人たちが「ワカラナイ」と言っていたのも、偏に自身の意思によって行動をしたわけじゃあないから故だろう」

 

 

能力者によってある条件を満たすと、その目的に助力するものが増えていく。それはまるで犯人を宿主として感染が広がっていくような能力だった。

 

 

「警備員たちは犯人たちによって、その業務にあたった結果能力者の能力に感染した、そういうカラクリだ。さっき言ったカラクリの整合性を確かめるために警備員のマニュアルを確かめる必要があった。」

 

 

「なるほど、そうだったんですね!」

 

 

「世の中にはカタツムリに寄生し、鳥に発見されやすくするためにその触覚を膨張させる寄生虫・ロイコクロディウムや、寄生したカマキリに異常な行動をさせて、水場まで誘導させて水死させる寄生虫・ハリガネムシもいる。犯人がウマ娘にも勝る筋力を身に着けたのはこういうカラクリだ。能力の影響によって、人間に本来備わっているはずの身体のリミッターそのものを外してしまう、というところだろうか」

 

 

 

自分たちの力を遥かに上回る力をみせた犯人たちのカラクリ。その真実に一同はただ驚いていたが、露伴にそれに構わずさらに言葉をつづけた。

 

 

 

 

「そして……「記録する」ことがその感染経路であるとするならば、今の状態は非常にマズイ。」

 

 

「それって……どういうことだい?」

 

 

「気づかないか?写真を撮った時点で犯人の能力下に置かれる。今迄の現場には何がいた?そいつらは何をしていた?」

 

 

露伴の言葉に、ルドルフは現場のことを思い出すために思考を巡らせる。犯行現場には顔の欠いたポスターや銅像があって、そこには沢山の野次ウマがいて……彼女たちは……彼女たちは……

 

 

スマホで撮影を…

 

 

「…写真を撮ってた?」

 

 

どうやら事態は、既に取り返しのつかないところまで進んでいるようだ。現場の記録の保存の結果、黒幕の毒牙に掛かった佐々木が既に行動を開始しているということは。

 

 

一同は急いで声のしたと思われる箇所に到達し、その方向へと首を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……これは」

 

 

目の前の光景を一言で言い表すとするならば、それは「地獄絵図」だった。生徒であるウマ娘たちが、ある者は校舎の至るところにスプレーで何かを描き、またある者はポスターを壁に貼り付けている。先程まで穏やかな空気が流れていたトレセン学園は、僅かな時を経てカオスと恐怖が入り乱れた地獄絵図に早変わりしてしまっていた。

 

 

「…僕たちが犯行の邪魔をし続けていること。これは既に感染元である黒幕にも及び知られていることだろう。そして、黒幕がその1つの目的をもとに人々を操ることができるとしたら…」

 

 

壁にポスターを貼っていたウマ娘の一人がこちらに顔を向ける。その表情は、何の感情さえも窺うことができない洞穴だった。

 

 

「……どうやら逃げた方がよさそうだな」

 

 

目的を達するため、その障害物を排除する。

逃げた露伴たちを追って、続々とウマ娘たちは脚を踏み出していった。

 

 

 

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