岸辺露伴は走らない   作:ボンゴレパスタ

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岸辺露伴は調べない1

 

 

 

ただいま。

 

 

 

返事が返ってくるはずもないことはわかりきっていたのだが、それでもこの気怠さと疲労を何とか紛らわすには、扉を開いてそうつぶやかずにはいられなかった。革靴を無造作に脱ぎ捨て、先程コンビニエンスストアで買いあさった商品が詰め込まれたビニール袋を机の上に置くと、ジャケットをリビングの壁にかけてあったハンガーにかけると、外界に自身を縛り付けていた首元のネクタイを緩めてイスに座って袋の中の食べ物の梱包を開け、それに貪りつくのだった。

 

 

 

 

 

キッチンのシンクには、自身の怠惰の証左として、数日分の食器が水に浸けられた状態で放置されており、それが視界に映れば、彼から気力をたちどころに奪い取り、彼はビニール袋の中に入っていたビール缶のプルタブを立てて開けると、口を付けて中の液体を啜るのだった。

 

 

 

 

思い描いていた何もかもが違う

 

 

 

 

就職のために一人暮らしを始めて、はや数か月。6畳の部屋での新生活は、思い描いていたものと比べて遥かに窮屈で、冷たく息苦しいものだった。今日も定時の直前に突然仕事を振られてしまい、結局家に帰ることができたのは10時半ごろだった。

 

 

 

誰か、ここから僕の事を連れ出してくれないだろうか?

 

 

 

 

 

ビールを呷って浮かんだ僅かな願望は、缶の中の泡とともに、泡沫となって霧散していくのだった。やりたくもない仕事に、理不尽なことで頭ごなしに怒鳴りつけてくる上司。給料も満足に支払われず、大学に進学するさいに借りた奨学金をはじめとした、只々自身のもとから溢れ流れていくばかりのお金。そういった自身の心身共に縛り付ける事柄を思い起こすだけで、彼は現実という途方もない牢獄に囚われていることを否応なしに実感するのだった。

 

 

 

 

「寝る前に一回だけ育成するか」

 

 

 

 

誰に言うわけでもない、室内でそうつぶやくと、彼はポケットからスマートフォンを取り出して、アプリを起動させる。

 

 

 

 

 

「ウマ娘プリティーダービー!」

 

 

 

 

 

 

可愛らしい女の子の声でそうアプリのタイトルが呼ばれ、画面がとある学園のような背景に、一人の女の子が自身の正面に向き合うように立っているのだった。画面の向こうの少女…人間とうり二つの容姿をしたその姿であるが、人間との相違点として、少女の頭には特徴的な耳がついていて、背面には人間には生えるはずのない尻尾が生えていた。画面の向こうにいる少女は男を見据えると、彼の敬称を親しげに呼びかけるのだった。

 

 

 

 

「トレーナー!」

 

 

 

 

彼女の呼びかけに思わず顔をほころばせると、彼は疲れ切った身体をソファーに預けるのだった。友人に勧められて何気なく始めたこのアプリだったが、まさかここまでのめりこむことになるとは。最もブラック企業に勤めている以上、趣味と呼べるようなものも楽しむ余裕すらないため、これぐらいしか楽しむことしかできないわけだが。

 

 

 

 

「本当に君のトレーナーになれたらな」

 

 

 

「だったら、こっちにおいでよトレーナー!」

 

 

 

 

…は?

 

 

 

 

今この子、なんていったんだ?誰にも届くわけがない願望に対して、ありえないはずの返事が画面の内から聞こえたことにぎょっとしながら男がスマートフォンに視線を向けると、そこにはいつも通りの表情とポージングで、少女が立っているだけだった。

 

 

 

「…君が言ったのかい?」

 

 

 

そんなわけない、ただの疲労だと心の中で自分に言い聞かせながら恐る恐るそうつぶやいた。きっと会社で働き詰めの結果、そう幻聴が聞こえてしまったのだろう。明日はどやされるだろうが、午前中は体調が悪いといって午後からの出社にしようか。もっとも、そんなことを許してもらえるはずはないだろうが。そう心の中で結論付けた矢先、再び画面の中から声が飛び込んでくるのだった。

 

 

 

「当たり前じゃん!私以外に誰がいるっていうの!」

 

 

 

その言葉に再び緊張と動揺で胸を打ち付けながら、声にならない悲鳴を上げながらスマートフォンに目を向ける。なんの変化のない画面かと思われたが、やがてその中の少女は突然視線をこちらに向けて、言葉をつづけるのだった。

 

 

 

「びっくりしちゃった?ごめんごめん!」

 

 

 

画面の中の少女は、とても自然でなめらかな、そして不規則な動きや息遣いをしており、明らかにプログラミングされた動きとは思えなかった。まさか、こんなことが…目の前の出来事を信じることができず、口をパクパクさせている男を見て、画面の中の少女はますます笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

 

「そんなに驚くことないじゃん!…よし、じゃあ行こっか?」

 

 

 

「行く?」

 

 

 

 

彼女の口から発せられた不可思議な発言に首をかしげると、両者の間には不自然な間と緊張が流れる。目の前の状況そのものがおかしいことに間違いはないのだが、それとは別に彼女の態度が何かおかしいと男が思ったその瞬間、彼女が言葉を口にするのだった。

 

 

 

 

「……こっちに!」

 

 

 

 

……え?

 

 

 

 

その瞬間、彼女の腕がスマートフォンから飛び出し、自身の腕が悲鳴を上げるほどの力で抑え込まれる。そして人間を遥かに超える力で彼女がいる方角へと引っ張り込まれていくのだった。

 

 

 

 

……まずい!

 

 

 

 

男は自身のおかれた状況が窮状と化したことを悟ると、スマートフォンを持っている手で電源を消そうとしたが、ボタンを何度押してもその電源が落ちることはなかった。

 

 

 

男がなすすべもなく、あっという間にスマートフォンに引っ張りこまれると、その身体は吸い込まれてしまうのだった。そこにいたはずの男は瞬時に消え、ぽとりとスマートフォンが落ちると、室内を再び静寂が支配するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さぁ始まりました!本日の杜王町レディオ!本日お送りする曲はこちら…」

 

 

 

 

小鳥たちのさえずりとともに、室内に設置されたラジオから聞こえるDJの声が、杜王町の朝の到来を告げる。男はベッドから身体を起こすと、テキパキと身支度を整えて階段を降り立ち、自身の書斎へと降り立っていく。そして特徴的な指の運動を済ませると、男は書斎の机に向かって作業を開始するのだった。

 

 

 

 

机の上には真っ白なケント紙がおかれており、男はペン立てに差してあるペンを手に取ると、一心不乱にそこに絵を書き込み始めた。まるで時と止めているかのように錯覚してしまうほどの超スピードで、白紙のはずだった紙は瞬時に世界が彩られ、彼の指揮によって物語が織りなされていく。そして最後に男がペンを一振りすると、絵にあっという間にべた塗が行われ、1枚の原稿が完成してしまうのだった。

 

 

 

 

男の名前は岸辺露伴。「ピンクダークの少年」を連載する売れっ子漫画家であり、現在は自身が生まれた土地である杜王町に根をはり、執筆活動にいそしんでいた。

 

 

 

 

午前が終わるころには、露伴は既に1週分の連載を書き終えていた。今日はなんだかペンのノリが良い。このまま夕方までに次の週を書き上げて、週末は取材旅行にでもいこうか。そう思いながら最後のページにペンで書き入れた直後、心の中で密かに積み上げたその予定はドアに設置されたチャイムを鳴らした来訪者によって瓦解することになった

 

 

 

 

…一体全体、誰がこんな真似を

 

 

 

 

この岸辺露伴という男、世間一般的な芸術家に対するイメージに漏れず非常に偏屈な性格の男であり、寧ろその度合いを見れば、常人から見れば常軌を逸しているとも受け取れるほどの度合いを有していた。基本的に他人に心を許さず、自分と漫画、読者のことしか考えていないその男は、どうやって来訪者を追っ払うべきか考えながらドアを開けると、その思考は瞬時に吹っ飛ぶことになった。

 

 

 

 

目の前には二人の少年がたっていて、その内の小柄な少年とは知り合い…いや、親友だった。基本的に人付き合いというものを好まない露伴であったが、当然例外というものも存在しており、目の前にいる少年、広瀬康一に対しては並々ならぬ友愛の念を抱いており、彼も当然自身に対してその感情を抱いているものだと思っていた。

 

 

 

 

「やぁ康一君!どうしたんだい?」

 

 

 

 

来訪者が康一であると判明した以上、追い払う必要はどこにもない。茶の一つでも入れてもてなそうかと家に招き入れようとした露伴だったが、康一が発した発言によってそれは中断されることになった。

 

 

 

 

「実は露伴先生…相談というか、手を貸して欲しいんです」

 

 

 

そう彼が告げると、彼の横から先程から控えていた少年…康一君と同じ制服を着ているということは、彼と同じ高校に通う同級生といったところだろうか、彼はおずおずと露伴の前へと歩み寄ると、頭をぺこりと下げるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…兄の行方を捜してほしい?」

 

 

 

 

 

康一が連れてきた少年…安藤誠の口から語られた相談内容を反芻しながら、露伴は思わず眉をひそめた。

 

 

 

 

 

「それは僕の仕事じゃあない。人探しっていうのなら警察の仕事だろう?」

 

 

 

 

正直言って、がっかりもいいところだった。康一君を介しての相談という手前、一体どんな内容が語られるのかと漫画家としての好奇心がそそられていたというのに、すでにその膨らんだ好奇心は穴の開いた風船のようにみるみるうちに萎んでいっていた。

 

 

 

 

「そうなんですが、警察は成人男性の失踪はただの家出の可能性が高いって言って取り合ってくれなくて…」

 

 

 

 

今にも泣きだしそうな安藤に代わって康一が言葉を引き継ぐと、彼はその瞳をまっすぐ露伴へと向けて、言葉をつづけるのだった。

 

 

 

 

 

「お願いです、露伴先生!僕の知っている中で最も頭が良くて、頼りになるのが貴方なんです!」

 

 

 

 

 

 

 

正直親友である康一にここまで言われて、嫌な気分はしなかった。それにあのくそったれ仗助や阿保の億康、彼女のプッツン由花子ではなく、自身をまず最初に頼ってくれたことも彼の優越感を大いに刺激することになった。

 

 

 

 

それに彼には、取材のために山の別荘地帯を買い取って破産した際に、家に居候させてもらった恩もある。親友が助けを欲しいと、困っているというのならば手を差しのべてやるのが筋というものだろう。

 

 

 

「…わかった。それじゃあその兄貴の家に行ってみよう。何かわかることがあるかもしれない。それとある男の協力が必要だ。康一君にはそいつに連絡を取ってほしい。僕が頼むのは聊かむかっ腹が立つからな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

都会と違って閑散とした杜王町だが、一般的な感覚を有するものにとって苦痛だと感じるのは、恐らくこの蝉の大合唱であろう。鼓膜を盛大に打ち震わす蝉たちの鳴き声は、30度を超える猛暑を聴覚の面から頻りに訴えかけてくる。杜王町の郊外の一角にあるアパート。そこに依頼者である安藤誠の兄、安藤基樹は住んでいた。露伴は康一に連絡を取ってもらった人物を待ちながら、誠に今しがた教えてもらった情報を今一度整理するために反芻するのだった。

 

 

 

 

 

「安藤基樹、22歳。杜王町で生まれ、M大学法学部を卒業後、M県S市内にある商社に勤務…ここの商社、ブラックな職場で有名なところらしいぞ。SNSで調べたら非難の嵐だ」

 

 

 

「兄はあまりインターネットをやる人ではなかったので…多分入ったあとに会社のことは知ったんだと思います。電話で話しても、僕たち家族のことを気遣って普段通りにふるまっていました…」

 

 

 

もしかすると、いや大方ブラックな職場に嫌気が差してとんずらしたってところだろうか。警察も失踪者である彼の身辺をざっと調べて早々に判断を下したのだろう。ともすれば、これからの作業はいかにこの泣きべそをかいているこの弟に、オブラートに真実を伝えるべきか、に尽きるであろう。露伴がそう思いなおし顔を上げると、突然背後から声を投げかけられるのだった。

 

 

 

「よぉー、露伴先生。久しぶりじゃあねぇーか」

 

 

 

どうやら呼んでいた人物がやってきたようだ。露伴が声のする方へと顔を向けると、そこには改造した学生服を身に着け、ツーブロックの髪型をした男が立っていた。男はつかつかとこちらに歩み寄ってくると、こちらに言葉を続けて投げかけるのだった。

 

 

 

 

 

「それで、露伴先生…俺に誰をかぎ分けてほしいんだ?」

 

 

 

 

 

 

その男の名前は噴上裕也。杜王町を根城にする暴走族のリーダーで、地元の不良の間では仗助や億康と並んで名の知れた人物らしいが、そんなことは露伴にとっては些末な、どうでもいいことであった。肝心なのは、こいつが持っている能力であり、そうでなければ過去に因縁があるこいつの顔なんて拝みたくない、というのが正直なところであった。

 

 

 

 

 

「全く夏っていうのはよ~、暑くて参るよな~。ま、汗が滴っても俺は美しいけどよ~~」

 

 

 

 

こいつが鼻につく理由の一つは、こいつの度を越した自己愛にある。何があっても自身の美貌について長々と言葉にし、周囲を呆れさせるのは日常茶飯事のことであるが、物好きもいるのかこいつの周りにはいつも取り巻きのレディースがいる。つまりこんなやつにも女をたらしこむ何か魅力っていうやつがあるということなのだろうか。

 

 

 

「お前のことはどうでもいい。痕跡を探してほしいやつがいるんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アパートの階段を上がり彼が住んでいた部屋の前につくと、誠が持っていた部屋の合いかぎを使って扉を開けると、そこには彼が生活していた痕跡がそのままの部屋の景色が広がっていた。キッチンのシンクに浸けられたままの皿やコップに、無造作に机に置かれたコンビニの袋や、おにぎりやパンの梱包。彼がどんな心境で会社に向かい、この部屋でぼんやりとした、将来の見えない絶望に苛まれていたのがよくわかる。本来ならば何かネタに使えるかもしれないとスケッチしておきたいところであったが、今それを行うことは、聊かデリカシーがない行為であると評せざるを得ないだろう。露伴は部屋の中を見渡すと、後ろに控えていた噴上に声をかけるのだった。

 

 

 

 

 

「おい、早いとここの部屋の家主の痕跡を探してくれ。」

 

 

 

露伴の指示を受けた噴上は部屋の中で鼻を2度スンスンと鳴らすと、部屋のあたりをぐるぐると回り始める。そして窓を開けてベランダに出たり、扉を開けたり不審な動作を繰り返していた。

 

 

 

 

「こ、この人は何をやっているの?」

 

 

 

 

噴上の様子に顔をしかめた誠に、心配しなくていいと康一は頭を振った。まるで犬のように部屋を歩き回る噴上の珍妙な姿に顔をしかめた露伴だったが、やがて噴上はその動きを止めると、顔を横に振るのだった。

 

 

 

 

「なにもない」

 

 

 

 

「…え?なにもない?」

 

 

 

その言葉に、康一は疑念の言葉を上げる。失踪なり事件に巻き込まれたというのなら、この部屋から外に出ていなければ説明がつかないはずだ。それなのに外にその残り香が一切ないということは一体どういう了見なのだろうか?

 

 

 

「そ、そんなわけがないよ!もう一度探してみて!」

 

 

 

「だから、この部屋で痕跡はここで終わってる!やつはこの部屋から動いていないと説明がつかねぇんだよ!俺の鼻には間違いない!」

 

 

 

噴上の剣幕に一歩引き下がった康一だったが、そのあてどころのない不安の出口を求めて露伴の方を見つめる。露伴はリビングの方で蹲りながら、ぽつりと言葉を発するのだった。

 

 

「…案外、そいつの言っていることは正しいかもしれないぞ、康一君」

 

 

 

 

 

 

「…露伴…先生?」

 

 

 

露伴の手には、ひび割れたスマートフォンが握られていた。どうやらソファの隙間に偶然入ってしまい、見つかっていないようだったその代物が発見されたことは、露伴たちに噴上の追跡能力の確かな裏付けと、新たな疑念を与えるのだった。

 

 

「つまり君の兄貴はこの部屋から出ていないってことさ。スマホも待たずに失踪や家出は考えにくい。とすれば何か事件に巻き込まれたという可能性もなきにしもあらずといったところだが、部屋が荒らされた形跡がまるでないことや、噴上がその痕跡を探し出せないことからもその線は薄いだろう」

 

 

露伴はそう言いながら、スマホへと視線を向ける。モノ言えぬ緊張感が室内を支配し、そこにいた者は何も言葉を口にすることができなかった。露伴はその緊張を打ち破るかのように、徐に言葉をつづけるのだった。

 

 

 

 

「つまり、ここで新しい疑問が出てくる。この部屋にいた君の兄貴は、一体どこに行ってしまったのか、ということだ。部屋から忽然と消えてしまったということはそれこそ人智を超える何かがあるってことに他ならない」

 

 

 

 

 

何か手がかりがあるかもしれない、と露伴が発見したスマホを開くと、ちょうどそこにはゲームアプリが立ち上げられていた。スマホの画面をしげしげと眺めながら、露伴は画面に表示された文字を徐に読み上げるのだった。

 

 

 

 

 

「…ウマ娘プリティーダービー?」

 

それはあまり世間に関して興味の薄い露伴でも名前ぐらいは聞いたことがある、巷で話題のアプリだった。確かこのアプリは若者に大人気のゲームであり、確かうちの編集者もこのアプリにハマっていたが…

 

 

「…それ、確か兄がよくやっていたアプリです…」

 

 

スクリーンタイムを確認すると、彼は夜の12時直前までこのアプリを使用していたようだ。その直後から全くスマホが開かれていなかったことを鑑みると、どうやら彼の身に何か起こるまで彼はこのアプリを触っていたようだ。

 

「とにもかくにも、もう少し調べてみよう。もしかしたらこの事件、案外根が深いかもしれないな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の晩、露伴は自宅ですっかりずれこんでしまった予定だった執筆作業の何とか数ページ分を終えたが、生憎その作業は事件によって思うように手がつかなかった。凝り固まった肩を回し、背中を伸ばすと、パキッと小気味良い音が鳴る。

 

 

 

ーーピロン

 

 

 

ポケットに入れていた自身の携帯電話にメールが届いたことを告げられ、それを開くとどうやらそれは自身が待ち望んでいた相手からのメールのようだった。露伴は右手に握っていたペンをペン立てに戻すと、メールに同封されていた資料に目を通すのだった。

 

 

漫画家というものには、およそ様々なネタを収集するために情報網を敷いている場合が多い。露伴もその例にもれず、自身のお抱えの情報屋を有していた。届いたメールは、まさにその情報屋からのメールであった。

 

 

この事件には、何か裏があるに違いない。漫画家としての勘がそう告げている。資料に目を通しながら、露伴は情報を精査するのだった。

 

 

 

 

 

 

この1,2か月の間でどうやら杜王町で安藤基樹と同じように失踪者が増えているようだ。その人数はおよそ5人以上にのぼり、それぞれ住んでいる地区や職業までも共通点はまるで見受けられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

そして最も気になっていたこと。失踪者のスマートフォンのデータを調べたところ、どうやら全員が失踪したと思われる時間帯の直前まで例のアプリをやっていたようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

杜王町に巣くっていた殺人鬼、吉良吉影が倒されてからこの杜王町には平和が戻ったと思われていた。しかし、現実にはこうして再び魔の手が忍び寄っているという事実が、なにより露伴にとって許せない事実としてのしかかっていた。

 

 

 

 

 

 

ーー年齢や性別、職業がまるで違う失踪者たちの唯一の共通点が、失踪する直前までそのアプリを触っていた

 

 

 

「とりあえずこのアプリ、この岸辺露伴もやってみようじゃあないか」

 

 

 

 

失踪者たちがやっていたこのアプリ。やっていれば何かわかることもあるかもしれないと露伴は自身のスマホにアプリをダウンロードするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

事件から1か月。

その間にも機会を見て調査を行ってはいたが、満足のいくような成果を得ることはできずにいた。この間にもますます人たちがこの町から姿を消している。その事実は露伴にとって不快感を与えるには十分だった。

 

 

 

 

 

 

 

「…さて」

 

 

 

 

 

 

今日の執筆を終えた露伴は自身のスマホを手に取ると、息抜きとしてアプリを起動させる。調査のためにと始めたアプリだったが、いざ始めてみたら思いのほか興味深いゲームシステムで、露伴も仕事や打合せの合間にいそしむようになっていた。

 

 

 

 

 

 

ゲームの内容は馬の耳と尻尾をもった人間とよく似た生物、ウマ娘を指導するトレーナーとなって彼女たちを育成するというものであるが、案外ゲームの内容も凝ったものとなっており、片手間でやる分には十分に楽しめるものとなっていた。

 

 

 

 

 

ホーム画面を開くと、自身がよく育成している少女が自身を出迎えるセリフを言いながらポージングしている。露伴はその様子を見つめながら、誰に届くわけでもないとわかりつつ、徐に口を開くのだった。

 

 

 

 

 

「…彼らは一体どこにいってしまったんだろうな」

 

 

 

 

 

「教えてあげようか?」

 

 

 

 

 

唐突に画面の中から聞こえた声。聞こえてくるはずもない返事に驚き目を見開くと、唐突にスマホから腕が伸び、自身の腕を万力のような力でつかむのだった。

 

 

 

 

「へ、ヘブンズ・ド…」

 

 

 

 

 

反撃をしようと、自身のスタンドを繰り出そうとした露伴だったが、強い力で腕を締め上げられるとそのままスマホの中へと引きずり込まれていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

露伴の体が完全にスマホの中へと引きずり込まれると、室内は打って変わり静寂が訪れるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

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