岸辺露伴は走らない   作:ボンゴレパスタ

43 / 54
岸辺露伴は戻らない1

 

 

 

02/07

窓の外には雪が降りしきり、寒さを視覚的に訴えかける。駅のロータリーの隅では、数人の子供たちが積もった雪から数体の雪だるまの制作に講じていた。

 

 

そんな様子の杜王町を一望することができるあるホテルの一室に、一人の男の姿があった。男は窓から机に視線を戻すと、カリカリと驚く速さでペンを走らせ、白紙の紙に次々と絵を描き入れていった。

 

 

いつも使っている机や椅子とは勝手が違い、その僅かな感覚のずれがこの男…ピンクダークの少年の作者である岸辺露伴にとってはストレスとなってその肩に降り積もっていた。

 

 

それでもペンをはじめとした商売道具を失わなかっただけ、マシだと思ったほうがいいだろう。露伴は小さくため息をつき仕事に一区切りつけると、部屋の隅の椅子に座り読書に勤しんでいた彼女に声を掛けた。

 

 

「ルドルフ、終わったよ」

 

 

そこにいるのはシンボリルドルフ。かつてG1を7勝し、競技者としての名声をほしいままし「皇帝」として畏怖され続けたウマ娘。彼女は眼鏡を取り外すと作業を終えた露伴に声をかけた。

 

 

「……作業は終わったのかい?」

 

 

「まぁ大方ね……だがなかなかに厳しいね…そういえば家財は取り戻せそうなのかい?」

 

 

「あぁ、来週あたりには手元に取り戻せそうだよ、露伴先生」

そんな他愛のない会話を2人はホテルの一室で繰り広げる。ルドルフはやがてその会話の隙間を縫うように、彼が作業の手を止めたタイミングで言おうとしていた話題を振ろうと決心すると、露伴に言葉を掛けた。

 

 

「……時に露伴先生。一つ君に相談がある」

 

 

「……?」

 

 

「非常に急で申し訳ないんだが、明日からおよそ一週間、トレセン学園に足を運ばなければならないんだ。それに同行してほしい」

 

 

「……それはまた、急な話だな。」

 

 

眉をひそめた露伴に、ルドルフは申し訳なさそうに肩をすくめた。

 

 

「それについては申し開きのしようがない。卒業前に片づけなければならない仕事やら、メディアの対応とやることが目白押しでね…とどめは生徒会を引っ張っているブライアンが地方に遠征することになってしまってね。私が手伝いに行くだけではどうにも人手が足りなくてね。今は猫の手も借りたい状態なのさ」

 

 

ルドルフの話を聞いた露伴はため息を一つつくと、両方の手の平を肩まで上げ、いつものような傲岸不遜な態度でルドルフに対して口を開いた。

 

 

「おいおいおい…これでも僕は売れっ子の漫画家なんだぜ?そんな僕が雑用みたいなこと、するはずがないじゃあないか」

 

 

……やはり断るか。

 

 

普段は可愛げある彼だが、こんな時は少々、否かなり生意気になるな。もちろんそこも彼の可愛いところではあるのだが。ルドルフはためいきをつくと露伴に対して口を開いた。

 

 

「破産した君が、こうして寝る場所に困ることなく生活できているのは、誰のおかげだったか……それをゆめゆめ忘れないで欲しいがね」

 

 

「ウッ……それを持ち出すのかい?」

 

 

ルドルフは、かつての皇帝の威厳を想起させるような鋭い視線を露伴に突き刺す。彼は自身の落ち度に思い当たりがあるのか、その非難から逃れるように顔を俯けた。

 

 

岸辺露伴がしでかした、言い訳のしようのない「やらかし」。露伴は取材のために、自身の全ての私財を投げうち、国内某所にある山を6つほど纏めて買いたたき、もれなく破産してしまったのだ。その日のうちに担保にしていた家や家財は漏れなく債権回収として持っていかれ、露伴と家に上がり込んでいたルドルフは着の身着のままに追い出されてしまったのがおよそ数週間前の出来事。

 

 

無事に取材のネタをもとにして漫画の原稿を仕上げることには無事成功したものの、それだけの収入では当然のことではあるが、失った家財や財産を補填するには全く足りる代物ではなかった。

 

 

恐らく露伴一人であれば、無一文の彼がホテルに泊まるような余裕も当然なく、杜王町の唯一の友人と呼べる人物である広瀬康一の家に転がり込むしか手段はなかったが、幸い露伴は今、一人ではない。

 

 

つまり露伴にはパトロンとも呼べる人物、シンボリルドルフがいるのである。現役時代にG1を7勝し、その地位を確固たるものとしたルドルフは、レースで獲得した賞金はおよそ露伴とルドルフが生活を送るうえで十分すぎるほどの額に達しており、また彼女の生家であるシンボリ家の支援もある。無一文で外に投げ出されてすぐに、ルドルフの手配によってかつて空条承太郎が宿泊していた、杜王町内のホテルの最高級の部屋にしばし宿泊することが叶った。

 

 

ルドルフの資金によって担保として徴収された家財を買い戻すまでの間、こうしてホテルの一室で露伴とルドルフの2人の生活と相成った次第である。

 

 

 

 

 

 

 

しかしながらここで生まれた問題点が一つ生じた。つまりここでホテルに生活しているのも、家財を取り戻す目処が立っていることも、全てルドルフのおかげである。決して露伴が為したことではない。露伴一人では向こう数か月間は一文無しの状態に甘んじるほかなかっただろう。

 

 

とどのつまりこの騒動の結果、ルドルフと露伴の2人のパワーバランスに若干の、否相当の変化を来すようになったのである。いわば露伴はルドルフに対して、大きな貸しが出来てしまい、この一件以降、何事に対しても露伴はルドルフに頭が上がらなくなってしまっていた。

 

 

露伴の顔を両手で抑え、背けた視線が自身に向くように仕向ける。ルドルフは普段より抑えの効いた声で、まるで子供をしかりつける母のように彼に言葉を掛けた。

 

 

「……当然だろう、露伴先生。それくらいの義理は通してほしいものだよ。それに今回の東京への帰省はシンボリ家へのあいさつも含まれているからね。君も顔を出してほしいと両親も言っている……最もこのお願いを聞いてもらった程度ではこの貸しを補填できるじゃあないがね」

 

 

「……は、はい。」

 

 

そう言われてしまっては、強くでることはできない。露伴はルドルフの威圧に、ただただ首を縦に振ることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

02/08

1か月も経たぬうちに訪れた、トレセン学園。

露伴は既に見慣れてしまったその校門の前に立ちながらため息を一つつくと、隣にいるルドルフに静かに声を掛けた。

 

 

「ここまでトレセン学園に足を運ぶなら、もはや学園内に部屋を宛がってもらいたいくらいだよ」

 

 

「……フフ。それもいい考えだ。そうしたら理事長に掛け合って……」

 

 

「……冗談だよ」

 

 

露伴はそう言葉を漏らすと、学園内に足を運んでいく。今日から1週間、この学園でルドルフの手伝いにほぼ寝泊り同然の状態で手伝うことになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

02/09

生徒会室でルドルフのことを手伝いながら、露伴はため息を一つ漏らす。慣れないPC作業や役員たちの書類仕事の手伝いに辟易していたことは事実だったが、露伴の頭の中を占めているのは決してそのことではなかった。

 

 

「……どうして僕が廊下を歩く度に、色んな奴らに絡まれるんだ?」

 

 

前回のトレセン学園の訪問とはまるで様相が違う。色々なウマ娘たちに頻りに話しかけられ、きりにサインやら握手を求められる。露伴はその変化に戸惑いを隠せなかった。

 

 

「それは、君は既に学園にとって有名人だからね。今回で君は3回目の学園訪問だろう?既に君の顔や素性は学園に知れ渡っているし、かなり好意的な印象を抱いていることだろう」

 

 

「……好意的な印象?それはどういうことだ?」

 

 

「君は既にトレセン学園を3度救っている。多くの人には知られてはいないが、ひっそりと……それでも確かに君はこの学園を救っている。その救済された者たちが、君のことをひどく言うわけがないだろう?」

 

 

確かに自身が過去に3度、この学園の危機を救っている。1度目はルドルフやエアグルーヴたちを。2度目はセイウンスカイたちを。そして3度目は、ウオッカやスカーレットたちを。

 

 

「なるほどな。これを機に読者が増えてくれるのは嬉しいが……取材のネタも増えるしな」

 

 

「それは大いに結構だが、ヘブンズ・ドアーの能力で無闇にウマ娘の頭を覗くのはよしてくれよ?」

 

 

 

 

 

02/11

「おや?……おやおやおや?君は露伴先生じゃあないか!」

 

 

それはルドルフの言伝で資料をたづなのもとへ運んでいる時のことだった。廊下の向こうから馴れ馴れしく話しかけてくるウマ娘が一人。

 

 

「……げっ。お前は……」

 

 

栗毛のショートヘアに、頭頂部から飛び出た奔放なアホ毛。ハイライトの失せた瞳にダボダボの白衣を身に着けた彼女の姿は、露伴にとっては何度か見覚えがあった。

 

 

アグネスタキオン。

 

 

問題ある所に彼女あり、彼女ある所に問題あり。そんな言い換えが成り立つほどはた迷惑な事態を引き起こすウマ娘の彼女だが、露伴にとって彼女は腐れ縁ともいえる仲であり、彼女と共に2度この学園を救ってきた。

 

 

「そんないやそうな顔をしないでおくれよーー!露伴先生、私と君の仲じゃあないか!どうしてトレセン学園にいるんだい?」

 

 

「相変わらずお前はやかましい奴だな……今回はルドルフの仕事の手伝いだよ」

 

 

その言葉を皮切りに、露伴とタキオンはしばしの雑談を繰り広げる。互いの近況についてしばらく話し込んでいたが、やがて何処からか声が響き渡った。

 

 

「こらー――!アグネスタキオン!どこに行ったんだ!」

 

 

その言葉は、明らかに目のまえにいるタキオンを探す声だったが、その声色は明確な怒気がふんだんに込められているものだった。

 

 

「……おっと。そろそろ時間だねぇ。露伴先生」

 

 

「お前……一体何をやらかしたんだ?」

 

 

露伴がタキオンに視線を投げかけると、彼女はすくりと肩をすくめ、にやりと口角を引き上げた。

 

 

「……まぁ。いつものことだよ。また私に会いたくなったら研究室においでよ」

 

 

そう言ってタキオンはその場を颯爽と立ち去ろうとする。しかし去り際に彼女はふと足を止めると、露伴に対して言葉を掛けた。

 

 

「ところで露伴先生!」

 

 

「……?」

 

 

「君、変わったねぇ!」

 

 

露伴はその言葉の真意をつかむことができず、ぽかんと口を開けたままその場に取り残されるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

02/14

何はともあれ、ドタバタとして業務を無事片づけ、大きな問題も起きずに終えることができた。その間、10代で漫画家として大成して今の今まで、碌な社会経験を積んだことがなかった露伴は、大いに苦心したことは言うまでもない。

 

 

露伴は凝り固まった背中を引き延ばしながら、ため息を一つついた。

 

 

「お疲れ様、露伴先生」

 

 

ルドルフは、くたくたになり液のように椅子に座り込む露伴に対して、労いの言葉を掛けつつ、淹れたコーヒーを手渡した。

 

 

「……あぁ。ありがとう」

 

 

露伴はそのコーヒーを手に取り、口の中へと運び込む。連日の激務の末に飲んだコーヒーの味は、いつもより幾分か苦味を帯びていた。

 

 

「全く、二度とこんなことはやりたくないね」

 

 

「ハハッ。次からは多少慣れて上手くできるんじゃあないかい?」

 

 

そんな軽口の応酬をしつつ、露伴はルドルフのことを見る。すると彼女の表情の変化に気が付いた。

 

 

なにやら彼女、何かもじもじとしているように見える。露伴は彼女のことを見据えると、徐に口を開いた。

 

 

「……ところでルドルフ。僕に何か言いたいことがあるんじゃあないかい?」

 

 

「……え?」

 

 

その顔には「どうしてわかったのか」という表情がありありと浮かんでいた。いたずらっぽく露伴が笑ってみせると、ルドルフは顔を赤らめながら口を開いた。

 

 

「……どうやら露伴先生にはすぐわかってしまうみたいだな。時に露伴先生、今日は何日か覚えているかい?」

 

 

「うん……?今日は確か、2月14日だったか……って。」

 

 

そういえば今日は……思いついた事柄に、露伴が目を見開く。ルドルフはカバンの中に手を入れると、彼女はずいとそれを露伴に手渡した。

 

 

「これは……」

 

 

「……日頃の感謝も込めて……だよ。受け取ってほしい」

 

 

それは2月14日。バレンタインに備えてルドルフが露伴に用意したチョコレートだった。スイーツの分野にそこまで明るくない露伴でも知っているような有名店から取り寄せたそのチョコに、露伴は目を大きく見開いた。

 

 

「これ……いつの間に」

 

 

「……繰り返すが、これは日頃の感謝。そして付け加えるが、私の君への慕情そのものだ。……差し支えなければ、今、食べてほしいんだ」

 

 

露伴は学生時代から、決してモテる分類にいた人間ではない。彼の難儀な性格を知っているものは、誰も異性や友人へ送る対象として彼を選ぶことはほとんどなかったからだ。漫画家になった今、ファンとしてこの時期になると贈り物の中にチョコを送る者もいるが、それはあくまで「ファン」としてのチョコレートであり、特段それが露伴の心を掻き立てる代物になることはなかった。

 

 

それを今、いい年になって異性からここまでストレートに言葉を告げられ、露伴は言いようのない感情に襲われていた。顔から火がでるように熱を帯び、渡し主であるルドルフの顔を直視することができない。もしも今彼女の顔を見てしまったら。確実に今の取り繕った表情は消え失せ、彼女に恥をさらすことになったに違いない。

 

 

「……あ、あぁ」

 

 

チョコレートの箱を開け、その中身を改める。すると上品な包装の中に、区分けされた6つのチョコレートが収められていた。どれも如何にも高級そうなデザインが施されており、随所にパティシエの意匠を感じ取ることができた。そのうちの一つを手に取り、口元に運ぶ。

 

 

「……ビターでいい味じゃあないか」

 

 

先程のコーヒーに合わせてカカオの風味が濃厚で苦味の強いチョコは、素直に美味しかった。露伴が賛辞を述べるとルドルフは照れ隠しに耳を頻りにいじりながら口を開いた。

 

 

「そうか……本当は手作りにしたかったんだが……時間を作ることができなくてね。なにはともあれ、露伴先生に喜んでもらってよかったよ」

 

 

その日の仕事を終え、2人は学園を後にする。明日の早朝にシンボリ家に顔を出し、夕方には杜王町に帰るため、今日はホテルで荷造りをして、明日は簡単な支度で東京を出発することができるようにするつもりだった。しかしながら連日の仕事やらなにやらですっかりと疲れて切ってしまった露伴とルドルフは、荷造りは明日の自分たちに任せ、泥のように眠りこんでしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

02/08

1か月も経たぬうちに訪れた、トレセン学園。

露伴は既に見慣れてしまったその校門の前に立ちながらため息を一つつくと、隣にいるルドルフに静かに声を掛けた。

 

 

「ここまでトレセン学園に足を運ぶなら、もはや学園内に部屋を宛がってもらいたいくらいだよ」

 

 

「……フフ。それもいい考えだ。そうしたら理事長に掛け合って……」

 

 

「……冗談だよ」

 

 

露伴はそう言葉を漏らすと、学園内に足を運んでいく。今日から1週間、この学園でルドルフの手伝いにほぼ寝泊り同然の状態で手伝うことになった。

 

 

 

 

 

 

02/09

生徒会室でルドルフのことを手伝いながら、露伴はため息を一つ漏らす。慣れないPC作業や役員たちの書類仕事の手伝いに辟易していたことは事実だったが、露伴の頭の中を占めているのは決してそのことではなかった。

 

 

「……どうして僕が廊下を歩く度に、色んな奴らに絡まれるんだ?」

 

 

前回のトレセン学園の訪問とはまるで様相が違う。色々なウマ娘たちに頻りに話しかけられ、きりにサインやら握手を求められる。露伴はその変化に戸惑いを隠せなかった。

 

 

「それは、君は既に学園にとって有名人だからね。今回で君は3回目の学園訪問だろう?既に君の顔や素性は学園に知れ渡っているし、かなり好意的な印象を抱いていることだろう」

 

 

「……好意的な印象?それはどういうことだ?」

 

 

「君は既にトレセン学園を3度救っている。多くの人には知られてはいないが、ひっそりと……それでも確かに君はこの学園を救っている。その救済された者たちが、君のことをひどく言うわけがないだろう?」

 

 

確かに自身が過去に3度、この学園の危機を救っている。1度目はルドルフやエアグルーヴたちを。2度目はセイウンスカイたちを。そして3度目は、ウオッカやスカーレットたちを。

 

 

「なるほどな。これを機に読者が増えてくれるのは嬉しいが……取材のネタも増えるしな」

 

 

「それは大いに結構だが、ヘブンズ・ドアーの能力で無闇にウマ娘の頭を覗くのはよしてくれよ?」

 

 

02/11

「おや?……おやおやおや~~?露伴先生じゃあないですか!」

 

それはルドルフの言伝で資料をたづなのもとへ運んでいる時のことだった。廊下の向こうから馴れ馴れしく話しかけてくるウマ娘が一人。

 

 

「……げっ。お前は……」

 

 

葦毛のショートヘアに、透き通った青空のような瞳。廊下の向こうから現れた彼女の姿は、露伴にとっては何度か見覚えがあった。

 

 

セイウンスカイ。

 

 

自由奔放なウマ娘。それでも学園に在籍するウマ娘の中ではその実力は頭一つ抜きんでたものがあり、多くのウマ娘たちの中でもひと際大きな存在感を放っているとルドルフから聞いていた。

 

 

「そんないやそうな顔をしないでくださーーい!露伴先生、私と君の仲じゃあないですか~!……そういえば、どうして先生はトレセン学園にいるんですか?」

 

 

「まったく……今回はルドルフの仕事の手伝いだよ」

 

 

その言葉を皮切りに、露伴とスカイはしばしの雑談を繰り広げる。互いの近況についてしばらく話し込んでいたが、やがて何処からか声が響き渡った。

 

 

「おー-い、スカイー-!どこに行ったんだ!練習するぞー-!」

 

 

その言葉は、明らかに目のまえにいるスカイのことを探す声だった。恐らく彼女のトレーナーの声のものだろう。彼にも会っておきたいな。

 

 

「……おっと。そろそろ時間ですね、露伴先生‼」

 

 

「君……一体何をやらかしたんだ?」

 

 

露伴が彼女に視線を投げかけると、彼女はすくりと肩をすくめ、にやりと口角を引き上げた。

 

 

「……いつものことですよ~、気にしないでください!」

 

 

そう言ってスカイはその場を颯爽と立ち去ろうとする。しかし去り際に彼女はふと足を止めると、露伴に対して言葉を掛けた。

 

 

「ところで露伴先生!」

 

 

「……?」

 

 

「会えてよかったです!」

 

 

そう言って彼女は颯爽とその場をあとにする。やがて彼女のことを追ってやってきた彼女のトレーナーのばったりと出くわし、しばしの再会を喜び、少々話し込んでしまったことは言うまでもない。

 

 

 

 

02/14

何はともあれ、ドタバタとして業務を無事片づけ、大きな問題も起きずに終えることができた。その間、10代で漫画家として大成して今の今まで、碌な社会経験を積んだことがなかった露伴は、大いに苦心したことは言うまでもない。

 

 

露伴は凝り固まった背中を引き延ばしながら、ため息を一つついた。

 

 

「お疲れ様、露伴先生」

 

 

ルドルフは、くたくたになり液のように椅子に座り込む露伴に対して、労いの言葉を掛けつつ、淹れたお茶を手渡した。

 

 

「……あぁ。ありがとう」

 

 

露伴はそのお茶を手に取り、口の中へと運び込む。連日の激務の末に飲んだコーヒーの味は、いつもより幾分か渋みを帯びていた。

 

 

「全く、二度とこんなことはやりたくないね」

 

 

「ハハッ。次からは多少慣れて上手くできるんじゃあないかい?」

 

 

そんな軽口の応酬をしつつ、露伴はルドルフのことを見る。すると彼女の表情の変化に気が付いた。

 

 

なにやら彼女、何かもじもじとしているように見える。露伴は彼女のことを見据えると、徐に口を開いた。

 

 

「……ところでルドルフ。僕に何か言いたいことがあるんじゃあないかい?」

 

 

「……え?」

 

 

その顔には「どうしてわかったのか」という表情がありありと浮かんでいた。いたずらっぽく露伴が笑ってみせると、ルドルフは顔を赤らめながら口を開いた。

 

 

「……どうやら露伴先生にはすぐわかってしまうみたいだな。時に露伴先生、今日は何日か覚えているかい?」

 

 

「うん……?今日は確か、2月14日だったか……って。」

 

 

そういえば今日は……思いついた事柄に、露伴が目を見開く。ルドルフはカバンの中に手を入れると、彼女はずいとそれを露伴に手渡した。

 

 

「これは……」

 

 

「……日頃の感謝も込めて……だよ。受け取ってほしい」

 

 

それは2月14日。バレンタインに備えてルドルフが露伴に用意したチョコレートだった。スイーツの分野にそこまで明るくない露伴でも知っているような有名店から取り寄せたそのチョコに、露伴は目を大きく見開いた。

 

 

「これ……いつの間に」

 

 

「……繰り返すが、これは日頃の感謝。そして付け加えるが、私の君への慕情そのものだ。……差し支えなければ、今、食べてほしいんだ」

 

 

露伴は学生時代から、決してモテる分類にいた人間ではない。彼の難儀な性格を知っているものは、誰も異性や友人へ送る対象として彼を選ぶことはほとんどなかったからだ。漫画家になった今、ファンとしてこの時期になると贈り物の中にチョコを送る者もいるが、それはあくまで「ファン」としてのチョコレートであり、特段それが露伴の心を掻き立てる代物になることはなかった。

 

 

それを今、いい年になって異性からここまでストレートに言葉を告げられ、露伴は言いようのない感情に襲われていた。顔から火がでるように熱を帯び、渡し主であるルドルフの顔を直視することができない。もしも今彼女の顔を見てしまったら。確実に今の取り繕った表情は消え失せ、彼女に恥をさらすことになったに違いない。

 

 

「……あ、あぁ」

 

 

チョコレートの箱を開け、その中身を改める。すると上品な包装の中に、区分けされた6つのチョコレートが収められていた。どれも如何にも高級そうなデザインが施されており、随所にパティシエの意匠を感じ取ることができた。そのうちの一つを手に取り、口元に運ぶ。

 

 

「……ビターでいい味じゃあないか」

 

 

先程のお茶に合わせてカカオの風味が濃厚で苦味の強いチョコは、素直に美味しかった。露伴が賛辞を述べるとルドルフは照れ隠しに耳を頻りにいじりながら口を開いた。

 

 

「そうか……本当は手作りにしたかったんだが……時間を作ることができなくてね。なにはともあれ、露伴先生に喜んでもらってよかったよ」

 

 

その日の仕事を終え、2人は学園を後にする。明日の早朝にシンボリ家に顔を出し、夕方には杜王町に帰るため、今日はホテルで荷造りをして、明日は簡単な支度で東京を出発することができるようにするつもりだった。しかしながら連日の仕事やらなにやらですっかりと疲れて切ってしまった露伴とルドルフは、荷造りは明日の自分たちに任せ、泥のように眠りこんでしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

02/08

1か月も経たぬうちに訪れた、トレセン学園。

露伴は既に見慣れてしまったその校門の前に立ちながらため息を一つつくと、隣にいるルドルフに静かに声を掛けた。

 

 

「ここまでトレセン学園に足を運ぶなら、もはや学園内に部屋を宛がってもらいたいくらいだよ」

 

 

「……フフ。それもいい考えだ。そうしたら理事長に掛け合って……」

 

 

「……冗談だよ」

 

 

露伴はそう言葉を漏らすと、学園内に足を運んでいく。今日から1週間、この学園でルドルフの手伝いにほぼ寝泊り同然の状態で手伝うことになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

02/09

生徒会室でルドルフのことを手伝いながら、露伴はため息を一つ漏らす。慣れないPC作業や役員たちの書類仕事の手伝いに辟易していたことは事実だったが、露伴の頭の中を占めているのは決してそのことではなかった。

 

 

「……どうして僕が廊下を歩く度に、色んな奴らに絡まれるんだ?」

 

 

前回のトレセン学園の訪問とはまるで様相が違う。色々なウマ娘たちに頻りに話しかけられ、きりにサインやら握手を求められる。露伴はその変化に戸惑いを隠せなかった。

 

 

「それは、君は既に学園にとって有名人だからね。今回で君は3回目の学園訪問だろう?既に君の顔や素性は学園に知れ渡っているし、かなり好意的な印象を抱いていることだろう」

 

 

「……好意的な印象?それはどういうことだ?」

 

 

「君は既にトレセン学園を3度救っている。多くの人には知られてはいないが、ひっそりと……それでも確かに君はこの学園を救っている。その救済された者たちが、君のことをひどく言うわけがないだろう?」

 

 

確かに自身が過去に3度、この学園の危機を救っている。1度目はルドルフやエアグルーヴたちを。2度目はセイウンスカイたちを。そして3度目は、ウオッカやスカーレットたちを。

 

 

「なるほどな。これを機に読者が増えてくれるのは嬉しいが……取材のネタも増えるしな」

 

 

「それは大いに結構だが、ヘブンズ・ドアーの能力で無闇にウマ娘の頭を覗くのはよしてくれよ?」

 

 

ルドルフがたしなめたその一言に、露伴は居心地の悪そうに肩をすくめた。

 

 

 

 

 

 

02/11

「……あの!」

 

 

それはルドルフの言伝で資料をたづなのもとへ運んでいる時のことだった。廊下の向こうから近づいてくる、一人の人物の姿があった。

 

 

「……君は?」

 

 

話しかけた男の顔に、露伴には見覚えがなかった。学園で話しかけてくるということは、ファンの一人だろうか?露伴が訝し気に首を傾けると、その男は徐に口を開いた。

 

 

「そ……その……聞いたことがあるんです」

 

 

「……?」

 

 

要領を得ない彼の発言に、露伴は少々彼に対して苛立ちを感じた。言いたいことがあるとしたら、はっきりと言えばいい。

 

 

「……おい。一体ぼくに何の用なんだい?」

 

 

男はその言葉に僅かに体を震わせると、意を決したように顔を上げて露伴に対して言葉をかけた。

 

 

「……露伴先生の噂を聞いたんです。学園内で困っている人を助けてくれるって」

 

 

そんな噂が回っているのか。露伴は少々誇張された事実に顔をしかめたが、そのことを意にも介さずに男は言葉を続けた。

 

 

「……助けてほしいんです。僕のことを…僕、ずっとこの1週間を繰り返しているんです」

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。