沈黙。
露伴がこの世界がループに巻き込まれているという衝撃の一言を放った後に訪れたのは、沈黙だった。皆それぞれが、青天の霹靂に対して受け止めようとした結果、全員が同じ行動を選択していた。
「えーと、露伴先生…?次の新作のお話ですか?」
「……」
「アハハ……ちょっと面白いかも」
否。室内にいるウマ娘たちは、自分の話を真実と認めず、荒唐無稽なものと片づけたのだろう。言葉の通り自身が漫画のネタを口にしたか、それとも露伴らしからず冗談を口にしたのか……いずれにしても、彼が今放った一言が事実であると認識するものは誰もいなかった。
たった一人を除いて。
「……露伴先生。それは本当かい?」
アグネスタキオン。岸辺露伴に何度も振り回されてきた…基、事件の解決に助力してきた彼女だけは彼の話をすぐに事実であると認識し、恐ろしい事態が発生してしまっていると理解した。
「……え?」
そして一同も、いつもは飄々としているはずのタキオンの焦り具合から、露伴が決して冗談を言っているわけではないと理解し始めた。瞬く間に動揺が、周囲に広がり始める。
「……それ、本当なのかい?ルドルフ」
室内にいたシービーは、自身にとって信頼に足りうるルドルフにその真偽を問う。ルドルフが静かに首を縦に振ると、シービーの朗らかだった表情は曇り、彼女はゆっくりと椅子に腰をおろした。
「……説明してよ。露伴先生」
今まで沈黙を貫いていたタイシンの口から漏れ出た一言。それはこの場の全員の気持ちを代弁するものだった。一同は懐疑的な視線を露伴へ向ける。露伴は彼女たちに目を向けると、一連の出来事の説明のために口を開いた。
「…………というわけなんだ」
露伴の詳しい説明を受け、一同の顔には暗い影が宿る。事態は皆にとって突拍子もなく、そして不安と絶望をあおられるものだった。
「……そんなことって」
絶望を端的に表す一言。その言葉を漏らしたシービーは、ため息をつきながら天井を仰ぎ見る。椅子に座りおとなしく聞いていたタイシンは音を立てて立ち上がると、声を荒げながら露伴に言葉を投げかけた。
「ふっざけんな……!アタシたちをこんなことに巻き込まれ……」
だがその言葉を言い終わらぬうちに、ルドルフがそれを制するように言葉を言い放った。
「言葉を返すようだが、巻き込まれているのは私や露伴先生の方だよ。」
「……どういうことですか、露伴先生……?」
沈黙していたネイチャが、不安気に露伴に言葉をかける。露伴が口を開く直前、再びルドルフがそれを制するように先に言葉を発した。
「先程説明にあったとおり、露伴先生には特殊な「ギフト」……スタンド能力と呼ばれる力がある。その能力で君たちのトレーナーの記述を見せてもらったところ、彼の身に起こっている現象は、彼自身には原因がない、ということになった。」
ルドルフの言葉のタイミングを見計らって、露伴が言葉を引き継ぐ。
「……こほん。亮人君自身には問題はないとしても、記憶の持ち越しが彼だけに起こっている以上、少なくとも彼は無関係じゃあない。つまり間接的に、彼はこのループの問題の核心に関わっている、ということなんだよ」
その言葉を聞いたタキオンは眉をひそめながら露伴に質問を投げかける。
「……その問題の核心ってやつが私たちの誰か、というわけかい?露伴先生」
「僕はそう睨んでる」
タキオンの質問に露伴は、そう言葉を口にする。タキオンはその言葉を聞くと、カラカラと笑い声をあげながら言葉を続けた。
「ハッハッ!だったら私は違うな!私には全く、身におぼえのないことだ!」
「それだったら、デジたんにも身に覚えが……」
「ア、タシも違うから!」
身の潔白を証明しようと各々が言葉を口にする。そんな様子を見た露伴はかぶりを振ると、言葉を続けた。
「いずれにしてもここにいる全員の記録は覗かせてもらう。つまりここで嘘をついたって意味は特にないぞ」
「だから何も知らないって…!」
「……嘘なんてついてない……言いがかりだよ」
疑いをかけられた周囲は皆、それぞれの形で戸惑いや怒りの様子を示す。その様子を確認すると、露伴は言葉を続けた。
「肝心な事は、現象を引き起こしている本人がそのことを自覚していない、という場合。これが一番厄介だ……そして今の君たちの反応をみたところ、どうやらそれが正解のようだな」
最悪の展開。つまり犯人は自分が今回のループの原因であるという自覚すらしていないし、その要因となる問題が一体何なのかすらわかっていない、ということだ。なんだか具合が悪いという言葉だけで病気を診断する医者がいないように、ここまで暗中模索の状態では解決へ導きようがない。
「その自覚を本人がしていないんだったら、ヘブンズ・ドアーの能力でも探しようがないんじゃあ……」
「その通りだ、ルドルフ。精神的なウィークポイントに作用しているとしても、身に覚えのないことは記述には書いていないだろうな……書いていることは、あくまで本人の主観に基づくこと。つまり本人が気づいていない、または認識をしていない物事については、ヘブンズ・ドアーで記述を見たとしても、わかりようがないんだよ」
「……そ、そんな」
亮人は不安そうに言葉を口にする。ここにきて、手詰まりになってしまったという事実を受け止めることができていないのだろう。
「……だが、主観的な事実にも何かしらのヒントが眠っているはずだ。少しでも分かる情報の欠片から推理して、誰がこの事象を引き起こしているのかを考える必要がある」
「なるほど……」
ループを引き起こしている犯人を見つけ、その深層心理に眠る病巣を取り除かなければならない……もっとも本人が自覚すらしていないが。
「ちょ……結局みるんですか⁉アタシたちのこと!」
「何とか、勘弁ならないですか……?」
「当たり前だ。君たちもずっとこの1週間にエンドレスに閉じ込められるのは嫌だろう……少なくとも、僕は死んでも願い下げだね。」
露伴はそう言って、彼女たちの嘆願を無情にも却下すると、じりじりとにじり寄っていった。
チームメンバー5人の記述を粗方読み終わった時には、既にこの日の練習時間はとうに終わり、寮の門限の時刻まであと10分ほど前まで迫っていた。露伴は最後の番だったタイシンの傍から立ち上がると、亮人の方へ向き直った。
「さて……一応、分かったことはある程度あった。後で情報の共有を亮人君にしよう。恐らく今回のループでは解決は難しい…情報は君が見聞きしなければ、意味がないからな。」
「わ、わかりました」
記憶の持ち越しを露伴自身がすることができない以上、ヘブンズ・ドアーで得た情報を会得した情報は逐次亮人に共有し、次のループへ繋げていかなければ意味がない。
露伴は部屋にいる1人のウマ娘へ顔を向けると、徐に口を開いた。
「……じゃあ早速、話を聞くとするか。最初は君だ」
「……ほう?それは大変興味深いね。旧知の仲の私にかい?」
「当たり前だ。明日の12時、早速話を聞かせてくれ……どうせ授業にも出ないで実験にふけっているのだろう?」
「まったくもってその通りだよ」
その言葉を受け、アグネスタキオンは口角を歪な形に引き上げた。
02/13
露伴とルドルフの2人は、これからチームメンバーの一人であるアグネスタキオンから話を聞こうと、約束した通りに実験室に向かっていた。
チーム・ベータ・ポエニーキス
大森亮人にとっての最初の担当ウマ娘、ミスターシービーがクラシック3冠を達成したことによってシービーと彼のトレーナーとしての手腕が買われ、チーム創設の話が学園の理事長から持ち掛けられる。ナリタタイシン、ナイスネイチャ、アグネスデジタルの順にチームに加入し、最後にアグネスタキオンがチームに加入したことによって現在の体制になる。
亮人の最初の担当ウマ娘、ミスターシービーは最古参にしてチームの大黒柱と呼べる存在であり、皐月賞、東京優駿、菊花賞を勝利しクラシック3冠と秋の天皇賞のタイトルを掴んだ1流のウマ娘と言える存在だろう。
彼女は現役時代、シンボリルドルフと幾度となく雌雄を決するレースを繰り広げてきたウマ娘であり、今年の3月をもってルドルフと共に学園を卒業することが決まっていた。卒業後の進路はルドルフがいくら聞いてもはぐらかされてしまっているそうだ。
自由奔放な性格であり、寮ではなく独り暮らしが認められている数少ないウマ娘であり、朝早くや夜中に学園外で散歩やトレーニングの光景が目撃されていた。
2番目のメンバーは、ナリタタイシン。ビワハヤヒデとウイニングチケットと共にクラシックを賑わせたウマ娘であり、彼女は皐月賞を制しているが、現在はクラシック期の秋に患った怪我をもとに、療養中である。
性格は非常に気難しく、気を許した相手以外にはコミュニケーションすら取ろうとしない。その背景には小さな体躯をバカにされ続けたコンプレックスが深く根付いており、レースに出る目的も、過去に対する復讐心が見え隠れしているようだ。
3番目のメンバーは、ナイスネイチャ。いくつかの重賞でタイトルを掴むことに成功しているものの、同期で次期生徒会長として名高いトウカイテイオーをはじめとした相手の活躍に苦渋を舐めることが多く、先のルドルフの引退レースでは3着に落ち着いていた。
下町にあるスナックの店主のもとに生まれ、幼い頃から大人たちに囲まれて生きてきたせいか、性格はよくもわるくも落ち着きのある平熱型であり、その精神には脇役根性が深く根付いているのが、勝ち切れなさにつながっている一因のようだ。
4人目のメンバーはアグネスデジタル。ウマ娘の、ウマ娘による、ウマ娘のための推し活動。正に「オタクウマ娘」という名称がこの上なく似合うウマ娘が、彼女だろう。そのウマ娘の愛はレースにも十分に活用されており、より多くのウマ娘たちのレース姿を見たいという願望をもとに、ダート・芝を問わずの活躍をみせている。
そのオールラウンドな活躍も、彼女の才能と多大な努力のもとに成り立っていることであり、トレーニングも普通のウマ娘と比較してもおよそ2倍の質量で臨んでいるようだ。
5番目のウマ娘は、アグネスタキオン。既に何度か共に学園の危機を解決に導いてきたウマ娘であるが、学園では実験狂いのウマ娘として周知されている。
高い資質を持っているはいるものの、露伴と出会った当初はデビューもしておらず、担当トレーナーも付いていない状態で学園に在籍していた。しかし遂に学園側からのお目こぼしが終わり、至急担当トレーナーを見つけてデビューの目処を立てるようにと宣告され、困っていたところに同室だったデジタルの紹介を経て、先日チームに加入したようだ。
「文句のつけようがないチームだな」
「でもこの中に、今回のループを引き起こしているウマ娘がいる、ということだね露伴先生?」
「あぁ。とりあえず疑わしい可能性を潰して、真実にたどり着くしか方法はない。」
「そのために、まずはタキオンから話を聞こうと?」
「あぁ。加入した時期や性格から考えて、タキオンが犯人である可能性はかぎりなく低いからな。はやいところ話を聞いて、さっさと協力してほしいからな。」
そう言うと、2人は目的地であるタキオンが無断で占領している教室……実験室の前で足を止める。露伴はため息を一つつくと、扉に手をかけた。
その時だった。
ドォン!!
大きな煙と衝撃が室内から生じ、扉は容易く吹っ飛ぶ。扉の衝撃を受け、露伴の身体は後方へ吹っ飛んでいった。
「……!!ろ、露伴先生―――――!」
「……あぁ、すまないすまない。薬品の調合を間違えてしまった……って露伴先生……これはマズイねぇ」
「アグネスタキオンーーーー!!」
頭をしたたかに打ち、のびてしまっている露伴に、絶叫するルドルフ。そして煙の中から姿を現した、煤だらけのタキオン。事態はカオスと表現するにふさわしい代物に様変わりした。