自由とは、自由であるべく不自由になることである
ジャン・ポール・サルトル
2月12~13日。
生徒の下校時刻はとっくにすぎ、すっかり夜の闇に溶け込んだ学園。
その学園の一角にある一室はポツンと明かりが宿り、室内には岸辺露伴とシンボリルドルフ、そして大森亮人の姿があった。
アグネスタキオンの問題を解決し、一同の顔にはいくらか安堵の表情を浮かべていた……もっともたった一人、岸辺露伴の顔には険しい表情が刻まれていた。
「……露伴先生?」
露伴の顔をみたルドルフが、彼の異変に気が付くと言葉をかける。露伴はゆっくりと彼女の顔を見つめ返すと、言葉を徐に口を開いた。
「タキオンの問題は解決した…だが彼女は犯人じゃあない。」
露伴はそう断言する。何かその根拠たりえる何かがあるというのか。ルドルフは首を傾げながら露伴の真意をうかがった。
「……どういうことだい、露伴先生?」
まだ候補は4人いて、タキオン本人からも1度だけ話を聞いたに過ぎない。それなのにここまで言い切れてしまう露伴の本心を、ルドルフ本人は聞いておきたかった。
「タキオンの脚への懸念が、能力を発動させたとして、①どうしてこの時期に能力を発動させたのか。②そしてこのループさせることの意味…この説明がつかない。」
露伴は指を立てながら、自身の説を端的に述べる。
確かに露伴の指摘の通りだ。タキオンがデビューすらしていないこの時期に、自身の脚のことを不安に思った末に能力を発動させた、というのはタキオンの性格を鑑みれば不自然と言える。
彼女は自身の脚のことを鑑みるべき事項としている、それに間違いはないのだが、決してそのことを憂慮している……つまり気に病んでいる、というわけではない。その懸念点を押さえたうえで、どうやって乗り越えるべきなのかに目を向けている。
またこの問題…タキオンの脚の問題が顕在化していない今、わざわざこの時期に世界をループさせることで解決することでもない。つまり今ループをしたところでその効力に意味はないし、タキオン自身もそのことを理解している、ということだ。
「……ということは、事件はまた振り出しってことですか?」
亮人は不安気な表情を浮かべて言葉を口にする。
タキオンが犯人ではない。そのことはわかっても、だからといってこのループを引き起こしたウマ娘誰なのか、それに近づけたわけではないし、解決の糸口を見失ってしまった……そういうことではないか。
しかしこの岸辺露伴という男は、決してそうとは考えていなかった。
「いや、タキオンが犯人じゃあない。そのことが分かっただけでも、この解決に向けては一歩前進したということだ。」
露伴の性分が前向きだということもあるだろうが、彼の言う通りだった。タキオンがシロだと判明した以上、彼女にはこれから、いつものように捜査の協力を仰ぐことができる。
「……それじゃあ、じゃあ次の話を聞くのは?」
「少なくとも、今回のループで問題の解決を図ることは無理だろう。既に今日で12日……いやもう24時を回ったから、13日か。…先に原因と思われる可能性が低いウマ娘…彼女たちに話を聞いた方がいい。」
つまり問題は、簡単なものから先に片付けて、今回のループで得た情報を基にして、次のループで本命のウマ娘の問題の解決にあたった方がいい、そういうことだろう。露伴の言葉に頷いたルドルフは言葉を続けた。
「…だとしたら、次に話を聞くのはシービーがいいだろう」
「それについては、僕も賛成です。彼女はああいう性格ですから……」
ルドルフの提案に、亮人はそれに同意する。
ミスターシービー。ルドルフと旧知の友で、大森亮人が初めて受け持った担当ウマ娘。そんな彼女から話を聞こうという2人の意図を、ヘブンズ・ドアーで彼女の性格を覗いた露伴は理解していた。
つまり彼女の性格を一言で表すというならば、自由。この一言に尽きるからだ。
雨の日でも、走りたい日には雨の中傘もささずにランニングに赴き、夜中でも走りたい時には時間を問わずに外へ繰り出す。そんな何物にも縛られない、自由の名のもとに生きる彼女は、ある種のカリスマ性を孕み、周囲の人たちからは羨望の視線を集めていた。
更に特筆すべきは彼女の「ウマ娘」としての純粋なる強さ。自由の中に力強く打ち付けられた、確固たる才能を、彼女は有していた。
皐月賞、日本ダービー、菊花賞の制覇。
数多のウマ娘たちがその称号に恋焦がれ、ターフで涙してきた。その中であくまでミスターシービーというウマ娘は、「自身が楽しんでレースをする上での延長線」でそのタイトルを全てもぎ取ってきた。
クラシック三冠を制し、彼女と肩を並べるウマ娘など、片手で数えるほどしかいない、そういわれていた。飄々と、しかし確実に。レースを楽しみ勝ち切る彼女の戦い方と、その実力。圧倒的なカリスマ性は、見るもの多くを惹きつけ、そしてその背中を残酷なまでに見せつけてきたのだ。
もっとも皇帝と謂れ恐れられたウマ娘であるシンボリルドルフも、彼女と張り合うことができるといわれたウマ娘の一人だった。シービーにとって現役最後のレースとなった一昨年の有馬記念でのルドルフとシービーの一騎打ちは、去年のルドルフの引退レースの有馬記念と並んでウマ娘史上最高のレースと銘打たれている。
何はともあれ、彼女の現役時代の大活躍。それを初の担当で成し遂げた大森亮人は、若手のトレーナーの中でも頭一つ抜きんでて注目されるに至り、その手腕を買われてチームの創設を理事長に提案され、現在のチームを設立した。
自由という言葉のもとに生きている彼女にとって、ループを発動させるような心理的な問題は見受けられない。記述にもそのような箇所は見られなかったし、簡単な確認を取って特に問題がなさそうであれば、次のウマ娘たちに目を向けてしまった方がいいだろう。
「分かった。しかし今日はもう遅い……寮に足を運ぶわけにもいかないだろう。話を聞くのは明日に……」
既に時刻は24時を回り、学園はすっかり静まり返っている。こんな時間になった以上、今から寮に顔を出してシービーに会うのは失礼だろうし、まず学園側から許可が出るはずがない。それこそ、寮の入り口で寮長か守衛に追い払われてしまうのが関の山のはずだ。
「いや、彼女は今学園外で一人暮らしをしている。この時間でも学園の許可は必要ない」
「……おいおい。学生の独り暮らしをこの学園は許可しているのかい?」
「トレセン学園は基本的には自由闊達、これが基本だからね。許可が出れば独り暮らしも可能なんだよ、露伴先生。実際にシービーとマルゼンスキーが独り暮らしをしていて、マルゼンスキーに至っては毎日自分の車で登校を……」
「……もういい。わかった」
吹っ飛んだ生徒が多いとは思っていたが、これは偏に彼女の学び舎である学園の校風の影響が強いに違いない。これ以上彼女から学園の話を聞いていては、常識の相違に頭痛を引き起こされそうだ。
「シービーにウマインでメッセージを入れておきました。家にいるので、来ても問題ないそうです……時々朝まで散歩に出払っていることがあるので、運が良かったです。」
「……そうかい」
学園の生徒が、夜をかけて外でぶらつく。もはやどこから突っ込んだらいいのかわからなくなった露伴は、そのことについて考えることを諦めると、一つ深いため息をつき、椅子から立ち上がってドアノブを捻り、外へと足を繰り出した。
「……ここか」
シービーが独り暮らしをしているマンションは、学園から5分ほど歩いた場所にあった。府中で独り暮らしの広さとはいえ、都内に一人で住んでいるとは。これもレースで結果を残すウマ娘だからこそ成せることであろう。
シービーの住むマンションのエントランスには、しっかりとオートロックが取り付けられている。亮人はそのままオートロックの装置の前に立つと、部屋番号を手慣れた様子で打ち込み部屋主を呼び出した。
「……あ、トレーナー」
「シービー。さっき連絡した通りだ。開けてくれ」
「はいはーい」
小さな機械音が鳴り、スライド式のガラス張りの扉が開かれる。露伴たちが歩みを進め、エレベーターに乗り込む……やがて目的の階に到着し、一同は渡り廊下を歩く。マンションは竣工からそれほどの年月を隔てていないのだろう、目立った汚れやヒビもなく、綺麗なものだった。
「この部屋です」
先頭を歩いていた亮人はある部屋の前で立ち止まり、ドアをノックする。すると部屋の中から女性の声が聞こえてきた。
「……開いてるよー」
ドアを開け、一同は室内へと足を踏み入れる。部屋の中には一人のウマ娘…黒鹿毛のロングヘアーに、白い帽子の髪飾りを付けたウマ娘の姿があった。
「……やぁみんな。アタシに話、聞きにきたんでしょ?」
誕生日・4月7日
身長166センチ
スリーサイズ・B84・W55・H80
靴のサイズ・25センチ
学年・高等部
所属寮・一人暮らし
何にも縛られない。天衣無縫の陽気なウマ娘