岸辺露伴は走らない   作:ボンゴレパスタ

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岸辺露伴は戻らない7

 

 

 

生きること、それは日々を告白していくことだろう。

尾崎豊

 

 

夜の帳が下りた府中の街。ミスターシービーが住むマンションは学園から数分の距離にあり、1DKの間取りは学生の一人暮らしをするには少し広い……否、彼女ほどのプレイヤーであれば、手狭と評していいだろう。

 

 

「さぁ、好きなところにすわって」

 

 

部屋には落ち着いた……しかし女の子らしいインテリアや家具が配置されていた。室内に配置されている椅子に各々が腰を据えたことを確認すると、シービーはダイニングの方へと姿を消していった。

 

 

「コーヒーでいいよね?」

 

 

一同が賛同の言葉を返すと、隣から「OK」と返事が来る。しばらくするとトレイの上に湯気の立ったコーヒーカップを4つ乗せたシービーが姿を現し、面々の前にそれらを置くと、彼女は空いていた椅子に腰を落とした。

 

 

……なにから話そうか。

 

 

大森亮人は、話の切り出し方に思いあぐねていた。

 

 

今まで何度も、彼女の部屋には顔を出していた……それは決して、邪な気持ちがあったわけじゃあない。彼女が寮に住まず、独り暮らしをしているため、生活のサポートをすることもトレーナーの大切な仕事だ。彼女の性格上、あまり家事に頓着があるわけじゃあなく、初めて部屋に上がった際には冷蔵庫にはお菓子とジュースしかなく、トレーナーとして目を回してしまった。それ以降、たまに彼女の部屋に上がり、学園で提供される昼食以外の、朝食と夕食のサポートをするようになっていた。

 

 

そんな見慣れた部屋であるはずの彼女の部屋が、何処か違う空気を放っているように感じてしまう、それこそまるで初めて上がった他人の部屋のような。きっと何も変わっていないのにそう感じてしまうのは、彼女がループを引き起こしている犯人の内の一人ではないかと勘繰ってしまっているからだろう。

 

 

亮人は担当のウマ娘を信じ切ることができない己の卑小さを恥じつつ、会話を切り出そうとする。しかしその言葉を皮切ったのは、別の人物だった。

 

 

「……君は今回のループ、どう考える?ミスターシービー君」

 

 

岸辺露伴。彼はテーブルに置かれた客人をもてなすためのコーヒーには手も付けず、肘をついて両手を組み、そこに顔を置きながら淡々と質問を投げかけた。

 

 

「アハハ。まるで刑事と犯人の取り調べみたいだね、露伴先生……ひょっとして、アタシのこと疑ってる?」

 

 

「さぁな。正直なところ君が深層心理にどんな悩みを抱えているのかなんてキョーミはないが、はやいところ次号の漫画を描きたいしな。はやく犯人を発見したいだけだ」

 

 

「……君、意外と性格悪いね。ルドルフはこの人の何処を好きに…って、今はやめとこうか。今のルドルフの表情、レース以上に殺気立っているし」

 

 

怒髪冠を衝くほど。たった一言、軽く揶揄われただけで彼女が一体どんな表情をしているのか、横を見る気にはなれなかった。亮人はルドルフには触れないように努め、シービーを見つめながら言葉をかけた。

 

 

「それで……どうなんだ、シービー?」

 

 

君が犯人なのか?

 

 

口が裂けてもそうは尋ねることはできなかった。どの担当にも等しく接してきたつもりだったが、シービーは自分にとって初めての担当ウマ娘。付き合いは言うまでもなく一番長く、彼女のことは誰よりも一番理解しているつもりだった。

 

 

だからこそ、彼女に対してそんな言葉を吐くことは、間違ってもできない。

 

 

「……さぁね。仮にループを引き起こしているのがアタシだったとしても、アタシ自身が自覚できているわけじゃあないからね。露伴先生の……なんだっけ、ヘブンズ・ドアー?の能力でもかいてなかったんでしょ?」

 

 

「あぁ。書いてない。ヘブンズ・ドアーは本人が認識していないことを読み取ることはできないからな。」

 

 

「彼の言う通り。もしもアタシが犯人だったとしても、アタシ自身が今回のループの原因はわかってないんだ……だから聞きたい。トレーナー、君はどう思う?」

 

 

「……へ?」

 

 

それは一体、どういう意味なのだろうか。突如尋ねられた亮人が素っ頓狂な声を挙げると、シービーは何か弄ぶように目を細めながら口を開いた。

 

 

「だからトレーナーの君の立場として、アタシのことはどう見える?そう聞きたいんだ。トレーナーの君は、アタシのことを怪しいって思う?」

 

 

亮人はその視線から逃れることができず、シービーの目を見つめ返す。彼女のことを見ても、その真意が果たして何なのか、それは彼には皆目見当がつかなった。

 

 

思えば、僕はずっと彼女に試されてきたのかもしれない。

 

 

彼女は「自由」を体現したようなウマ娘……その担当をしていた上で、ずっと彼女には「アタシの担当として、自由の隣を歩くにふさわしい?」、そう尋ねられてきたような気がする。そんな局面の度に、彼女のことを尊重し、そして彼女のために考えながら、自分なりに答えを出してきた気がする。

 

 

彼女はもう、公式のレースからは引退し、あとは卒業をまつのみ。最近はその問いかけをされるような場面がなかったためか、亮人は瞬時に冷たい汗が首筋を張っていくのを感じた。

 

 

口がパサつき、舌を咥内でまわすことで潤しながら、亮人は口を開いた。

 

 

「……少なくとも、僕はシービーが犯人なんて思ってないよ。」

 

 

自分なりに出した、精一杯の答え。決して取り繕って出した答えではない。シービーが犯人ではない、この件には無関係。まぎれもない自分の本心だった。

 

 

「……そっか。」

 

 

その答えを聞いたシービーが浮かべた表情が、果たしてどんな感情を映し出したものなのか。それはその場にいた誰にもわからなかった。

 

 

やがてシービーはいつものような飄々とした笑みを浮かべながら、口を開いた。

 

 

「……じゃあ、それがアタシの答え!アタシはループに関係ないからね」

 

 

「なるほど……亮人君。君、随分と信頼されているな」

 

 

「曲がりなりにも、彼はアタシのトレーナーだからね。ルドルフ、君ならこの意味がわかるでしょ?」

 

 

「もちろんだ。」

 

 

「え、えぇ……?」

 

 

シービーと露伴、ルドルフたちが交わす言葉の意をくみ切れず、首を傾げる亮人をよそに、露伴は同時に椅子から腰を上げた。

 

 

「さて……聞きたいことは聞けたようだし、そろそろお暇しようかな。」

 

 

「え~、おしゃべりしようよ。アタシ、露伴先生の漫画の話を色々聞きたかったんだけどな」

 

 

こいつ、僕の漫画のファンだったのか。そういえば部屋に置かれた木製の本棚には、ピンクダークの少年の単行本が全巻揃っている。

 

 

「……もう既に活動時間を大幅に過ぎてるんだ。はやいところ寝床に戻って寝たいんだよ」

 

 

時刻は既に2時手前。普段健康的な生活を送っている露伴からすれば、十分夜更かしといっていい時刻だ。いい漫画家は睡眠を大切にする……かつて漫画家の水木しげるは、同じく第一線で活躍していた手塚治虫や藤子不二雄が夭折した中、自身の長寿の理由を「よく寝ていたから」と述懐していたが、事実睡眠は百薬の長となる代物だ。

 

 

ファンの言葉を無碍にするのは漫画家として不徳者な気もするが、最も優先するべきは自身のルーチンワークだ。手を振りながら部屋を後にしようとする露伴だったが、テーブルから離れようとした瞬間、その手をシービーにがしりと掴まれた。

 

 

「アタシの部屋に深夜に押しかけておいて、そりゃないよ」

 

 

それは紛れもない正論であった。今年卒業するとはいえ、まだ学生の彼女の家に深夜に押しかけて、さらに無粋な質問を投げかけておいて、家主がいてほしいと言うのを無視して、自分の都合だけで早々に帰宅しようとしている。常識外れもいいところだろう。

 

 

自身の手を掴むシービーの手を緩めることができるような、何かうまい言い訳を言葉にしようとしたが、中々出てこない。助けを求めてルドルフの方を見ると、彼女はゆっくりと首を横に振った。

 

 

「残念だが、こうなるとシービーは強情なんだ。仕方がないが、今日は眠れそうにないよ、露伴先生」

 

 

ルドルフは首を横に振り、その隣でルドルフの言葉に同意を示すために、亮人はうんうんと頷いている。

 

 

……まったく災難だ。

 

 

露伴は呆れたようにぐるりと目を回すと、諦めたようにゆっくりと再び椅子に腰を落とした。

 

 

 

 

 

 

2月13日、早朝。

 

 

2月の朝は肌寒く、ため息を漏らすたびに吐息は白く曇った水蒸気となって空中に霧散していく。

 

 

トレセン学園の朝は早く、既にグラウンドでは朝練に勤しむウマ娘の掛け声が鳥の鳴き声と共に響き渡っていた。

 

 

「……」

 

 

トレセン学園の一室に座る露伴とルドルフの顔にはたった一つ。疲労がその顔に塗りたくられ、その目の下にはうっすらと隈が浮かんでいた。

 

 

結局、シービーの話に朝まで付き合わされた3人は、亮人は睡魔に耐えられずにシービーの部屋で力尽き、2人はそのまま朝を迎え、こうして学園に赴いて作戦会議に講じていた。

 

 

「昨夜は散々だったな……」

 

 

「私としては、久しぶりにシービーと落ち着いて話ができて楽しかったよ。それこそお互いの進路についても報告し合いたかったんだが、シービーにははぐらかされてしまったな。彼女の性格のことだから、仕方ないがね」

 

 

「……進路について話す時、どうして君は僕の方をじっと見たんだ?」

 

 

「そりゃあ露伴先生、私の進路はもう既に決まっていて、その方角に顔を向けただけだからさ」

 

 

「……」

 

 

そういえば有馬記念の際、そんなことを言われた。ルドルフの「君は覚えていないのかい?」といわんばかりの表情は、そういうことだったのか。彼女の卒業もあと1か月たらず。そろそろ覚悟を決めろということだろう。

 

 

「……それで、なにかわかったかい、露伴先生?」

 

 

「……正直、シービーが犯人である可能性はかなり低い。候補としちゃあもっと怪しい奴がいるからな。ヘブンズ・ドアーの記載でも怪しい箇所はなかった以上、今回のループで彼女にこれ以上の探りをいれるのは効率が悪いだろうな」

 

 

ヘブンズ・ドアーで彼女の記載を観た時、ループの障壁と成り得るような原因は何処にも見受けられなかった。目下これ以上彼女のことを追う必要はないし、ヘブンズ・ドアーの記載には明確に問題が記載されたウマ娘がいた。今回のループで可能性が低いウマ娘たちを確認し、次のループで本命のウマ娘たちの解決に充てるのがベストな選択だろう。

 

 

「私としてもシービーの性格を考えれば、ループを引き起こすようなウマ娘じゃあないと思う……それで次は誰をあたるんだい?」

 

 

「……本命はじっくり解決しないといけないからな。次は彼女にあたってみようと思う」

 

 

そう言うと、露伴はホワイトボードに貼られた一枚の写真を指さす。そこにはピンク色の髪色をしたウマ娘の顔写真が貼られていた。

 

 

 

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