岸辺露伴は走らない   作:ボンゴレパスタ

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岸辺露伴は戻らない8

オタク、狂っていけ。推しという名の合法ヤクで合法ガンギマリしていけ

オタク

 

 

 

 

2月13日。11:30

 

 

ウン……

 

 

頬の表面を走るにぶい痛みで目を覚ます。ゆっくりと目を開け、外界の光を取りいれながら露伴は、自身が早朝に今日の調査の動きをあらかじめ確認したのはよかったものの、睡魔に勝てずに仮眠をとるために机に突っ伏し、そのまま眠りに入ってしまったことを思い出した。

 

 

どうやらうつ伏せに、頬を机につけたまま寝入ってしまったために痛みがあったようだ。頬をさすりながら顔をあげた露伴に、声がかかる。

 

 

「…お目覚めかい?露伴先生」

 

 

「……ルドルフか」

 

 

声のする方へと顔を向ける。自身に声を掛けた人物、シンボリルドルフは既に先に目を覚ましていたようだ。彼女はなにやら、ホワイトボードに様々な情報を書き込んでいたようだ。露伴が訝しげにホワイトボードに目を向けると、彼女は彼の意図に気が付いたのか、口をひらいた。

 

 

「君が眠っている間、今まで得た情報を簡単ではあるがまとめていたんだ……些か私も眠くなってきたよ。少し眠るから、3人目のウマ娘の聞き込みは露伴先生一人でお願いしてもいいかな?」

 

 

「……たしか、アグネスデジタルだったか?」

 

 

ホワイトボードに貼られた、ピンク髪の少女…アグネスデジタル。芝・ダート問わずに活躍をしている稀有なウマ娘。チームにはタキオンの前、4番目に加入したウマ娘で、タキオンをチームへと勧誘したきっかけも彼女だったようだ。

 

 

だとしたら、聞き込みには同室であり、仲が比較的良いタキオンを連れていくのがベストな選択だろう。

 

 

「……気に食わないが、君の考えている通りタキオンを連れていくのがいいだろうな。気に食わないが」

 

 

何度も思っていることだが、彼女は「僕の心を読む」ことに対しては、ある種の気持ち悪さを抱くほどの解像度を有している。それこそヘブンズ・ドアーにも負けず劣らずの、能力である。

 

 

「あまり僕の心を読むのはよしてくれ……って」

 

 

渋い表情を浮かべながら顔をあげた露伴だったが、既にルドルフは寝息を立てて眠りについていた。

 

 

……

 

 

言葉に出さないが、ルドルフも自身が起きてくるまで、我慢して寝ずにいてくれていたのだろう。それにホワイトボードにまとめられていた情報は、非常にわかりやすく整理されていて捜査の役となる代物だった。

 

 

「……まだ2月だ。冷えるぞ」

 

 

露伴は部屋に置かれていた毛布を手に取り、彼女の背中にかけてやった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

12:00

 

 

ルドルフがまとめていた情報を精査し終えた露伴は、先日足を運んだある部屋へ向かっていた。目的地の前にたどり着き、ドアをノックすると、もはや見慣れた顔といっていいウマ娘が顔を出した。

 

 

「……おやぁ。誰かと思えば」

 

 

実験用のクリアゴーグルを着用したアグネスタキオンが部屋の隙間から顔を出す。どうやらいつものように授業に出席せず、実験に耽っていたようだ。露伴が要件を口に出そうとしたが、彼女はその言葉を手で制すると、言葉を続けた。

 

 

「わかっているよ……デジタル君のことだろう?」

 

 

露伴が本題に入る前に、タキオンはまるで彼の心を読んだようにその核心に触れる。露伴はその目を僅かに広げると、言葉を続けた。

 

 

「よくわかったな」

 

 

「私から話を聞いたあたり、原因の可能性が低いウマ娘たちから順番に話を聞いて選択肢を絞っているんだろう?タイミングと、私を訪ねてきたことを考慮して、そうなんじゃあないかって思っただけだよ」

 

 

「……話を聞くのに、ルドルフは今寝ている最中なんだ。君の助けがあると助かる」

 

 

「もちろん手伝うが、その前に15分ほど実験室で待っていてくれないかい?キリのいいところまで作業を進めておきたいんだよ」

 

 

タキオンに招き入れられ、露伴は再び実験室に足を踏み入れる。既に爆発よって煤だらけだったは綺麗に片づけられていて、実験器具も新調されていた。露伴は部屋の隅に置かれていた椅子を引きながら腰をかけると、早々に机に戻って何やら実験を再開しているタキオンに向かって声をかけた。

 

 

「君、一応学生だろ?どうやってこんな器具をたった2日で仕入れられるんだ?決して安いわけじゃあないんだろう?」

 

 

「……フフフ!露伴先生、それはトップシークレットというやつだよ。」

 

 

そういえばこのアグネスタキオンというウマ娘、海外から怪しげな小包を取り寄せているとルドルフが生徒会長をしていた際に嘆いていた。好奇心は猫をも殺す、または知らぬが仏……僕には関係のないことだ。あまり詮索するのは得策じゃあない。

 

 

「そうかい……ところで、君はデジタル君とは寮で同室なんだって?」

 

 

「まぁ、なんということはないよ。たまたま同じ寮の部屋で寝食を共にしている……それだけにすぎないさ。まぁコミュニケーションは上手くかみ合っているがね。」

 

 

「それだけでも十分だと思うよ……君が相手ならね」

 

 

「……それどういう意味だい?」

 

 

タキオンが非難を込めた眼差しで彼のことを見つめるが、露伴がその視線に対して応える様子が露ともないことを悟った彼女はひとつため息をつくと、言葉を続けた。

 

 

「まぁとにかく。彼女は変わった……いや、個性的なウマ娘でねぇ。」

 

 

「……たしかウマ娘が大好き、だったか?」

 

 

「大好きどころじゃあない。あれは『ジャンキー』だ」

 

 

「…………ジャンキー?」

 

 

ジャンキー。決してポジティブな言い回しではない。露伴が今しがた、タキオンが口にしたセリフを反駁すると、彼女は顔にニヤニヤと笑みを張り付かせながら口を開いた。

 

 

「そう。彼女はウマ娘でありながら、ウマ娘のオタクなんだよ。この学園の門戸を叩いたのも、ウマ娘をより身近にその雄姿を拝み、尊みを感じたいからだそうだ……この学園に所属しているウマ娘の情報だったら大体、彼女は把握していると思うよ」

 

 

「そうか……それは確かに、ジャンキーだな」

 

 

日本ウマ娘トレーニングセンター学園は、ウマ娘の育成機関としては間違いなく国内最高峰の機関だ。「勝ちたい」と思い焦がれても、その門に手すら届かない者もいる中で、並み居る想いに負けず、この学園に入学するだけではなく結果を残すことができている。それは偏に才能や実力だけではなく、並々ならぬウマ娘への愛が故である。そういうことなのだろうか。

 

 

「……私も彼女のウマ娘への愛には舌を巻いているよ。対象への嗜好心が肉体や精神にどのような作用を及ぼすのか…非常に興味深いからね。彼女には時々、極めて紳士的に実験に助力してもらっているよ」

 

 

「……なるほど」

 

 

露伴はその手持ち無沙汰を解消するために、机の上に置かれていた液体が入っているビーカーを手に取る…しかしその瞬間、その動作を視界の端に捉えたタキオンが悲鳴に近い声をあげた。

 

 

「……ちょっと!露伴先生!それを持つんじゃあない!」

 

 

「……え?」

 

 

タキオンの動揺ぶりに驚いた露伴がその動作をぴたりと止める。慌てふためきながら露伴のもとに駆け寄ると、そっとビーカーを露伴の手から奪い取り、机の上にそっと戻した。

 

 

「これ、何なんだ?」

 

 

「早い話、衝撃が厳禁な代物なのさ。ちょいとした衝撃で爆発してしまう……そんな代物だよ」

 

 

……まさか。

 

 

衝撃が厳禁な薬品。一学園の生徒が手にできる代物だとは思えないが、そんな性質を持っている薬品を、科学の分野に明るくないとはいえ、露伴は一つしか知らなかった。

 

 

「まさか……ニトログリセリンか?」

 

 

「…フフ、よくわかったね。露伴先生は科学の分野にも精通しているんだねぇ」

 

 

ニトログリセリン。採掘や戦争で用いられた爆薬、ダイナマイトの原料として使用されている。わずかな振動で爆発をするため、取り扱いが極めて難しくこの薬品が原因で爆発事故が起き、死傷者を出したこともある危険な代物なはずだ。

 

 

「そんなことはどうでもいい!お前、こんなものをどうやって仕入れたんだ!消防法で第5危険物に分類されるほどの物だぞ!」

 

 

「そんなに怒ることないじゃあないか。ニトログリセリンは狭心症の治療にも使用されるものだぞ。…これだって、水で薄めているから危険性は低いんだ。」

 

 

「だ、だからって、君がこれを持っていていいものじゃあ…」

 

 

露伴の訴えは、間違いなく…99%の人間が正論として頷けるものだった。しかし、タキオンはまるで、聞き分けの悪い子供を窘めるような口調で言葉を掛けた。

 

 

「だーかーらー!狭心症に処方されるニトログリセリン…血管拡張の作用があるとするなら、ウマ娘が走る上での筋力の増幅に転用できるんじゃあないかって思ったんだ!ウマ娘の可能性の研究のため!すべてのウマ娘の未来のために!必要なことなんだ!だから後生だ!…ルドルフ会長殿に告げ口するのだけは!」

 

 

「……」

 

 

この処遇をどうするべきか。考えあぐねる露伴をよそに、タキオンは言葉を続けていく。

 

 

「それに君だってこの薬に助けられたじゃあないか。忘れたとは言わせないぞ?」

 

 

「…は?一体いつ、僕がこんな危険な代物に助けられたというんだい?」

 

 

「君が会長殿に監禁されている時、これを私たちのチームの反撃の狼煙として使ったじゃあないか。」

 

 

…そういえばこのアグネスタキオンというウマ娘。既に実験室を吹っ飛ばした前科があった。そうか、既にこの劇薬は使用済みだったというわけか。

 

 

「…もういい、わかったわかった」

 

 

その言葉は納得の意として使ったわけじゃあなく、偏に思考の放棄だった。露伴が目をぐるりと回すと、タキオンはニタニタと笑いながら言葉を続けた。

 

 

「……さて、それじゃあデジタル君から話を聞こうじゃあないか」

 

 

そういえばそうだった。本題を思い出した露伴が彼女の居場所を聞こうとすると、それを手で制しながら口を開いた。

 

 

「……待て、言わなくていい。恐らく彼女はあそこにいる。」

 

 

タキオンが窓の外を指さす…その方角へ首を向けると、なにやら一人のウマ娘が道端の植え込みにしゃがみ込んでいた。彼女は荒い鼻息をたて、ぶつぶつと何かを呟きながらトラックへ視線を向けていた。

 

 

「あれが…アグネスデジタルか。」

 

 

「この時間だったら、トラックにいるウマ娘たちを観察している頃だろうからねぇ。彼女曰く、トラック全体を観察できるベストポジションがあそこらしい」

 

 

デジタルは露伴とタキオンに観られていることに気が付かず、自身の生きがいである推しのウマ娘たちの観察に耽っていた。

 

 

「やはりスカイさんのトレーナーさんと話す時……!!いつもより平均眉毛が5度下がっている……!やっぱり……!!スカイさんはトレーナーさんのことを……!!」

 

 

彼女の鼻から鼻血がぽたぽたと漏れ出るが、既に視界に広がる光景に夢中になっているのかそれを拭うことすらせずに、引き続き観察を続けていた。

 

 

「あぁ!スカイさんが笑った!…笑った!!あれはいつもの、のほほんとした笑いじゃあなくてガチのはにかみ笑い……!!ガチの照れ…!緊急事態発生!尊みのキャリーオーバー発生中ですぞーーー!」

 

 

遂に興奮がピークに達したのか、彼女は絶頂に達したまま背中からどうと地面に倒れた…恍惚を超えてある種の悟りを迎えたとも見える表情を浮かべながら気絶した彼女の一部始終を目撃した露伴は、彼女がアグネスデジタルその人であることを確認した。

 

 

「…なるほどな。アグネスがつくやつにマトモなやつはいないらしい」

 

 

 

 

何はともあれ、彼女から話を聞けばいいわけだ。露伴はため息をつくと実験室を後にした。タキオンはそんな露伴の様子をニタニタと笑みを浮かべながら見つめ、彼の後に続いていった。

 

 

 

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