岸辺露伴は走らない   作:ボンゴレパスタ

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岸辺露伴は戻らない11

しのぶれど 色に出でにけり わが恋は 物や思ふと 人の問うまに

平兼盛

 

 

 

 

「……は?」

 

 

露伴の発言に驚愕した亮人は、只々空気が漏れ出るような、声とも言えない音を口から発することしかできなかった。

 

 

ナイスネイチャとナリタタイシンが自分に好意を寄せている。

 

 

言語としては、彼が発した言葉を理解することはできる。しかしながら、その言葉が持つ文意を咀嚼することは、亮人にはできなかった。

 

 

信じられない。普段よく自分に話しかけてきてくれるネイチャはともかく、タイシンは普段から自身に対してとてもじゃあないが好意のあるような素振りをみせたことはなく、つっけんどんな態度を取っている。そんな2人が……2人が……僕を……。

 

 

「その様子じゃあ、まるで気づいていなかったようだな」

 

 

ルドルフが動揺する亮人を見て、そう言葉をかける。亮人が壊れたおもちゃのようにゆっくりと彼女の方へ顔を向けると、ルドルフは言葉を続けた。

 

 

「ネイチャ君とタイシン君の君へのゾッコンぶりは、学園でも有名だぞ。彼女たちの内にどちらが君を物にするのかを賭け事にしている不逞なウマ娘たちもいるくらいだ。」

 

 

大方そんなバカな真似をするウマ娘が誰かは想像がつく。頭の中に奇天烈な行動を繰り広げる葦毛のウマ娘と、賭け事に目がないニット帽をかぶったウマ娘を思い浮かべ、少しばかり冷静になった亮人はため息をつき、指をこめかみにぐりぐりと押し当てながら口を開いた。

 

 

「……それで、どうやって解決すればいいんでしょう」

 

 

本当はトレーナーとして、露伴やルドルフに尋ねるべき問題ではないことは重々理解しているしているつもりだった。競技者として活躍する彼女たちも、その実は年端もいかぬ女の子であることに相違ない。彼女たちを導くトレーナーとして、この問題に自身で考えて対処に当たらねばならぬことも理解しているつもりだった。

 

 

それでも。タイムループという未曾有の事態に、たった今降りかかった問題に直面し、すっかり彼の精神は摩耗し切っていた。摩耗した精神と焦げ付いた思考回路は、彼はこの袋小路から脱出するための術を考え出すことすらすっかり奪い去ってしまっていた。

 

 

「……それは君にしか出せない答えだろう。僕たちが手放しでアドバイスをしていい問題じゃあない」

 

 

疑問に対して返ってきた露伴の答えは、そんな亮人の迷いを端的に現すものだった。彼が予想した通りの答えが返ってきたことに半ば安心、そして焦燥感を抱きつつ亮人が顔を俯けると、そんな彼を横目に露伴は言葉をかけた。

 

 

「……一つ言えることがあるとすれば、ことウマ娘の恋愛に対する入れ込み具合を甘く見ない方が良い。」

 

 

「それは……どういう?」

 

 

唐突な露伴の発言にきょとんとする亮人を尻目に、露伴は言葉を続ける。

 

 

「走ることに全力を注いで……それこそ「命を賭す」生き物……それがウマ娘。そもそも人間とは全く異なる生物なんだよ。そんなウマ娘が、人間に恋する……つまり走ることへの情熱と同じ、もしくはそれ以上の気持ちを抱いたらどうなるか?それはウマ娘たちを日頃見るトレーナーの君にはわかるんじゃあないか?」

 

 

その言葉に亮人の顔はすっかり青ざめる。それに対してルドルフは腕を組み、脚をかきながら冷ややかな視線を露伴に送った。

 

 

「おやおや露伴先生……誰のことを言っているんだい?」

 

 

「……」

 

 

トレーナーとして彼女たちの走りをずっと傍で見てきた。それこそ彼女はその一瞬に全てを駆けて走るのだ……その刹那に全てを賭して、燃え尽きても構わない。そんな美しさと危うさを彼女たちは共存させている。

 

 

ともすれば。露伴の言うことは全くその通りだ。これは命の問題にかかわる……ループを抜け出す上で、自身の命をトリガーとして試したことはなかったが、仮にトリガーだとしてループを抜け出しても、意味がないからであった。

 

 

「……とりあえず彼女たちと話す時間は作っています。放課後に……チームのみんなと」

 

 

彼女のどちらかが元凶だったとして……その原因を取り除いてタイムループが解決したとしても、もうループをする前のあの頃にはきっと……戻ることはできない。何の問題もないと思っていたあの頃にはもう。彼は一つため息をつくと、ゆっくりと天井を仰ぎ見る……そこにしか困惑と虚しさがひしめく感情の逃げ場はなかったからだ。

 

 

 

 

 

 

 

その日のトレーナーさんは、何だか様子がおかしかった。いつものように、朝起きて寮から学園に向かう途中。朝が弱い自分にとっては、朝練が無いのに早い時間に学園に脚を向けるには少々気が滅入る。

 

 

それでもわざわざ、無理をして早い時間に登校する理由。

 

 

それは意中のあの人と、ばったり途中で会うことができるからだ。彼は朝の業務のために、生徒の私たちよりも早く出社する。その道すがら、偶然に出会うことができる……そのためにこうして早い時間の登校に講じていた。

 

 

「……」

 

 

朝早く起きて登校したからといって、彼にばったり会うことができるのは週に1~2回程度の頻度だ。労力に対してあまりにも微々たる成果だが、その一瞬のご褒美こそが彼女にとってのひそかな喜びだった。

 

 

彼女の足は校門を通り、やがて校舎へと進んでいく。

 

 

…今日は会えなかった。

 

 

頻度を考えれば仕方ないことだが、心の中で小さく落胆し、校舎の中に入ろうとしたその時、何気なく横に向けた視線がある一点で釘付けになった。

 

 

…いる。

 

 

道の端にこちらに背を向けるように立っていたが、間違いなく彼だ。落ち込んでいた心が急浮上し、興奮によって心臓の拍動が早くなるのが自分でもわかる。緩みかけた口元を務めて元の状態に保ちながら、彼女は軽快な口調でトレーナーに話しかけた。

 

 

「おはよう、トレーナーさん」

 

 

「……あぁ、ネイチャか。おはよう」

 

 

いつもなら朗らかな笑みを返してきてくれるはずの彼。しかし振り向いた彼の表情には影があり、心ここにあらずといった状態だった。心配をするネイチャをよそに、亮人は目だけをぐるりと彼女へ向けた。

 

 

「すまないがネイチャ、今日の放課後にチームのみんなを部室に集めてくれないか?」

 

 

その言葉に、ネイチャの心臓はドクンと跳ね上がる。

意中の相手であるトレーナーから放課後に話があると言われたことなどなかったネイチャは心躍らせたが、チームメンバーの全員を呼んで欲しいという言葉に自身が思い描くような要件ではないことを悟り、視線を僅かに落とした。

 

 

 

「……わかった。チームのみんな集めておくね」

 

 

自身が発した言葉に礼を言うと、トレーナーはすぐにその場を立ち去ってしまう。小さくなってしまう彼の背中に向けて手を伸ばすが、行き場のない感情はやがて霧散し、その手は力なく下げられた。

 

 

 

 

 

 

その日の放課後。ネイチャが呼んだチームメイト5人は部室に集っている。各々が座る定位置は決まっており、練習がないこの日に自分たちを集めた亮人を待ちながら、各々がゲームをしたり、手遊びをしたり、読書に講じたりと思い思いに過ごしていた。

 

 

「……」

 

 

自身から読んでいる本から顔を少しだけ覗かせ、ネイチャはチームメンバーの面々を見渡す。自身は比較的新しい方のチームの加入だったが、既に加入から1年以上が経過している。それでもネイチャはこのチームの雰囲気にある種の居心地の悪さを感じていた。

 

 

居心地が悪いと言っても、決して仲が悪いというわけじゃあない。皆とはうまくやれていると思うし、喧嘩だってしたこともない……それでも。

 

 

何か……お互いが晒すことができない秘密をひた隠しにしているような……歪な中で「普通」という日常を演じるような、そんな居心地の悪さ。ネイチャはチームメンバーに注視していたが、一人のウマ娘の顔を見ると、そこで停止した。

 

 

……ナリタタイシン先輩。

 

 

部室の一番奥の席で、スマホゲームに講じている彼女。チームの中でも最古参であるミスターシービーの次に加入した古参であり、現在は怪我で療養中の身でありながら去年はG1、そしてクラシック三冠の初戦を飾る皐月賞を制した、学園内外で注目されるウマ娘だった。

 

 

そんなウマ娘であるタイシンだったが、ネイチャ自身は彼女と面と向かってコミュニケーションをとったことが殆どなかった……するとネイチャからの視線を感じ取ったのか、タイシンはスマホの画面から顔を上げるとじっとネイチャのことを見つめ返した。

 

 

ネイチャは見ていたことがばれてしまった恥ずかしさと、タイシンの鋭い目つきから逃れたいがために慌てて視線をそらしたが、タイシンはネイチャから視線を外さずに口を開いた。

 

 

「…ねぇ、ネイチャ。」

 

 

「え、どうしたんですか、タイシン先輩……?」

 

「今日アイツから何の用事で呼ばれたかって聞いてるの?」

 

 

「い、いえ……なにも」

 

「……そう」

 

 

そう淡々とした様子でタイシンは再びスマホに視線を落とす。トレーナーのことを口にした時、口調は随分とつっけんどんなものだったが、彼のことを話すタイシンの尻尾や耳が動きを止めることができていないのを、ネイチャは見逃さなかった。

 

 

……トレーナーに対してタイシンが好意を寄せているという噂は、数か月前から知っていた。

 

 

その噂が本当だというのなら……そもそも生徒であるアタシたちに振り向いてくれる保証なんて何処にもないが、もしも、もしも…………。

 

 

その時だった。

 

 

「すまないみんな……待たせてしまった」

 

 

 

 

部室の扉が開き、部屋に自分たちのトレーナーが入ってくる。しかしトレーナーの後に続いて入ってきた2人の人物の姿に、一同の顔はしかめっ面になった。

 

 

「貴方は……」

 

 

「……久しぶりだね、ルドルフ。M県の方へ隠居して、卒業を待つ身なんじゃあないのかい?」

 

 

「久しぶりだね、シービー。息災そうで何よりだよ」

 

 

チームの最古参であるシービーの声かけに、入ってきた2人の内の1人であるウマ娘、シンボリルドルフがそう答える。学園の生きる伝説の唐突な登場に、交流があるシービー以外の面々には緊張が走る。

 

 

「それでトレーナー、ルドルフ会長……と貴方は?」

 

 

「あぁ、彼は『ピンクダークの少年』を執筆している漫画家、岸辺露伴先生だ。」

 

 

ピンクダークの少年。アニメや漫画に疎い自身は読んだことがなかったが、その名前は聞いたことがある……年齢問わず多くの読者を惹きつける摩訶不思議なストーリーと、その中にも確かに存在する圧倒的な「リアリティー」は他の作品の追随を許さないと定評だった。

 

 

その漫画家先生である岸辺露伴が一体何の用なのだろうか。一同の視線が見知らぬ人物である露伴に注がれると、露伴は徐に口を開いた。

 

 

「……実を言うと、この世界は延々と1週間を繰り返している。そしてその原因はこのチームの君たちの内の誰か、ということが分かった。」

 

 

……は?

 

 

その言葉に一同に、明らかに動揺が広がっていく。チームの内の一人であるタキオンは椅子から立ち上がると、露伴に鋭い視線を投げかけた。

 

 

「……露伴先生。久しぶりの再会は嬉しい限りだが、あまりにも再会初めての会話としては、とても明るいものじゃあないね。」

 

 

学園の異端児であるタキオンと、露伴に交流があることに驚いたが、更に驚かされたのはタキオンが露伴の話を冗談と片づけなかったという点だった。

 

 

「……タキオンが犯人じゃあないということはもうわかっている。原因として疑われるのは……」

 

 

そう言うと、露伴はゆっくりと腕を上げる……そして部室の奥に座るタイシンと、そして自身だった。

 

 

「……え?」

 

 

 

思わず声をあげるネイチャと、目を見開くタイシンを他所に、露伴は口を開いた。

 

 

 

 

「プライベートの問題であることは重々承知しているが、今は緊急事態だから言わせてもらおう……トレーナーに惚れている君たちのどちらかがこのタイムループの原因だ」

 

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