岸辺露伴は走らない   作:ボンゴレパスタ

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岸辺露伴は戻らない12

 

 

 

 

「……はぁ⁉」

 

 

両手を机に叩きつけ、ネイチャは露伴の言葉に対して、素っ頓狂な声を張り上げる。そんな反応を取ったのは間違いなく、露伴の今しがたの指摘が、タイシンはともかく少なくともネイチャにとっては紛れもない事実だった。事実ネイチャの顔は、まるで茹蛸のように赤く染めあがっていた。ネイチャは今しがた指摘された内容を否定するために口を開いた。

 

 

「そ、そんな……!根も葉もないことを……!!アタシも、タイシンさんも……って」

 

 

同意を求めるために部室の奥に控えているタイシンの方を振り向いたネイチャだったが、彼女の表情を見たネイチャの表情は瞬時に、まるで冷や水をぶっかけられたように静まり返った。

 

 

怒髪衝天。タイシンの表情を言い表すには、その一言がお似合いだった。まるで豹のように野生味を孕んだ鋭い視線を、発言の主である露伴に投げつけていた。タイシンの怒りに気づいた周囲の人たちが静まり返っていると、露伴は淡々と言葉を続けた。

 

 

「……突然このようなことを言ったのはすまないと思っている。だがこれも全てタイムループを解決するためだ。信じられないと思うのは無理ない……だが、君たちの気持ちに初対面の僕が気付いているのが何よりの証拠だと思って欲しい。他のメンバーの秘密は既に前回ループで解決に導いていたようだ。つまりこのループで君たちのどちらが原因なのか、それを突き止めて解決することができれば、このタイムループは終わるはずだ」

 

 

「……それならば話は簡単だ。この2人のどちらかの気持ちに応えてやればいい。ループが起こらなければ選んだ方が原因だったとわかるし、ループが起これば選ばなかった方が原因だった、そうわかるじゃあないか」

 

 

タキオンは椅子に座って紅茶を嗜みながらそう言葉を発する。タキオンの提案は、まぎれもない事実であった。確かに彼女の言う通り、2分の1の確率でこの問題は解決に導くことができる。

 

 

「……タキオンは僕の話を信じてくれるのか。」

 

 

この突拍子のない話は、事態を説明している露伴自身も信じ切ることができない代物で、話を聞いている一同の顔に浮かんでいる表情は、彼の話が信用に値するものではないことを端的に表していた。その中で唯一冷静さを失わず、更には解決策を提示するタキオンの胆力に露伴は舌を巻くことを禁じえなかった。

 

 

「そりゃあこのアグネスタキオン、既に何度も君に厄介ごとに巻き込まれているからねぇ……もう私の悩みは解決されたんだろう?」

 

 

「僕は覚えていないが、前回のループで君の悩みは解決されている。ヘブンズドアーにはそう書いてあった……」

 

 

「……そうかい。」

 

 

そう一言呟くと、タキオンは再び砂糖を多量に入れた紅茶をすする。誰にも話したことのないはずの悩みが既に知れ渡り、あまつ解決されたと言われる彼女の心中はどのようなものなのだろうか……しかし、少なくとも亮人の目には彼女の表情は幾分か穏やかなものであるように映った。タキオンはティーカップに注がれた液体を全て飲み干すと、小さくため息をついて亮人の方へと視線を向けた。

 

 

「さて……じゃあトレーナー君はどちらのウマ娘を選ぶんだい?」

 

 

「……え?」

 

 

突然話を矛先を向けられた亮人は素っ頓狂な声をあげたが、タキオンはそれには意を介さずに言葉を続けた。

 

 

「さっきも言っただろう?今回のループで好意に応えるウマ娘を選べと言っているんだよ。」

 

 

「そ、そんな……僕には……」

 

 

確かに彼女の言う通りだ。ループを解決するにはタキオンの提案が最も理に適っている。この永遠の監獄から抜け出すことは、記憶を持っていない彼女たち以上に僕自身が望んでいることだ。

 

 

だが。

 

 

果たしてそれでいいのだろうか?もしもネイチャとタイシン、どちらかの気持ちに今答えたとして、それでループが解決したとしても。果たしてそれは「元通り」の日常に戻った、そう言えるのだろうか?ループが終わった後には、失恋という確かな痛みを負ったウマ娘、そして「担当ウマ娘」から「恋人」へと関係性が変容したウマ娘、そしてその一連の出来事を間近で立ち会わなければならないウマ娘たち。彼女たちは果たして、牢獄を抜け出した後に元の日常に戻ることはできるのか?

 

 

少なくとも僕にはそうは思えなかった。例え理にかなっているとしても、それは正しい解決策であるとはどうしても思えなかった。彼女たちは日頃命がけでレースに身を投じているが、その実は紛れもなく、成熟し切らぬ精神を抱えたティーンエイジャーだ。それならばループに解決するのは、トレーナーとして正面から彼女たちと向き合う必要がある。

 

 

亮人は心の内でそう決すると、部室にいるメンバーを見渡しながら徐に口を開いた。

 

 

「……僕はトレーナーだ。ネイチャとタイシンのどちらか、なんて選ぶことはできない。何とか、何とか状況を解決するための方法を……」

 

 

「……は、なにそれ?」

 

 

部室の隅から放たれた一言。だがその一言は、今しがた固めた亮人の決意を瓦解させるには十分すぎるものだった。亮人は自信を喪失させた発言をした張本人であるナリタタイシンへと顔を向けると、彼女は亮人を睨みつけたまま口を開いた。

 

 

「タイシン……」

 

 

「ふざけんな。トレーナーとして、解決したい……?」

 

 

「僕は、ただ……チームを」

 

 

ただ元のように、皆と過ごしたい。チームが元のチームであるように。そう口にしかけた亮人だったが、その想いをタイシンはあっさりと切り捨てた。

 

 

「それはただアンタが傷つきたいだけ……ただアンタが臆病者なだけ。初めからこのチームは一つなんかじゃあないし、アンタが思っているような仲良しこよしのチームなんかじゃあない」

 

 

そんなものは仮初の……せめて目のまえにある歪な平和が崩れないように互いが互いの心の闇を隠して関わり合っていただけだ。突然こんなことをぶちまけられて元鞘に戻りたいと口にする亮人の能天気さに、タイシンの怒りは既にピークに達していた。

 

 

そしてそれは亮人を絶望の淵へと叩き落すにはあまりにも十分すぎる言葉だった。ショックのあまりに言い返すことができずにいる亮人を尻目に、彼女は椅子から荒々しく立ち上がり入り口へと歩みを進めた。タイシンは露伴やルドルフを押しのけながら進み、部室の入り口に立つと、室内から出る直前に皆に周囲を見渡す……そして最後に亮人へ視線を向けると、徐に口を開いた。

 

 

「……絶対に諦めないから。」

 

 

「……」

 

 

絶対に諦めない。その言葉が持つ意味は、今までの会話の流れから見れば明らかなものだった。驚愕と焦燥によって目を見開くことしかできない亮人に対して、タイシンは淡々と言葉を吐きかけ、扉を閉じた。

 

 

「……あと残念だけどアタシが元凶だから。」

 

 

衝撃的なタイシンのカミングアウトは、室内にその日何度目かの静寂を与えるには十分すぎる代物だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

取り残された一同の雰囲気を形容するとすれば、「葬式」という言葉以上に似つかわしいものはなかっただろう。しばしの沈黙を打ち破ったのは、意外にもチームの最古参ミスターシービーであった。

 

 

「アハハ……その……かなり熱烈なプロポーズだったね」

 

 

場を多少なりとも和ませるための、彼女なりの気遣いだった。

しかし彼女の発したその一言は、ただただ室内の冷え切った空気の中に霧散し、室内には再び先程よりも耐え難い静寂が訪れた。

 

 

「……それで?これからどうするつもりだい?」

 

 

この手の状況の打破については気の利いたセリフでも何でもなく、会話が続くような議題の提唱が最善に他ならない…タキオンの発言によって最悪とも言えた室内の空気は少しずつ改善を見せ始めた。

 

 

「……どうするって。タイシン君が犯人だったということだろう?だったら彼女の悩みを解決してやれば万事解決ってことじゃあないか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

生物には、例え同じ種族間であっても「差異」というものが存在する。

生物には所謂個体差というものがあり、常に死が隣り合わせである野生においては、食料の確保やテリトリー、コロニーの奪取、防衛等が必要であり、生存確率の大小において個体差は、まぎれもない大きな要素の一つである。

 

 

ならばウマ娘という生物の場合は一体どうだろうか?

 

 

ウマ娘は人間とは非なれど、言語によるコミュニケーションや酷似している容姿、知能指数に至るまで共通項は極めて多く、ウマ娘の歴史は人間と密接なものであった。

 

 

体躯からは想像できない筋力を駆使して農耕や炭鉱業、工業等で人間の力では及ばない重作業を担う役目。

 

 

俊敏性を活かし交通インフラや通信が発達していない時代には、一番早く郵便物や言伝を伝える手段として飛脚を担い、戦時では軍隊に所属し、遊撃隊や伝令としての役目。

 

 

その中でも「個体差」が最も注目されるに至ったのは、意外にも近代に入ってからであり、それはレースの「競技者」として注目されたことが始まりだった。

 

 

レースは通常、コース取りや瞬発的な加速のために必要な筋肉量のためには必然的には身体が大きい方が有利であるとされている。同期のウマ娘であるビワハヤヒデも、学園内のウマ娘の中でも非常に体躯に恵まれていて、その体躯と卓越した戦術を活かして菊花賞と天皇賞という華々しい功績を収めていた。

 

 

それに比べて。

 

 

……アタシはどうだ?

 

 

タイシンは荒々しく息を吐きだして壁にもたれかかると、自身の目下へと視線を送った。初、中等部の頃から「本格化」を迎えることがなかった自身の身体は、同級生に比べても「貧相」な身体だと表現するに等しいものだった。

 

 

幼い頃からずっとそれで苦労してきた。同級生にはチビとバカにされ、嘲笑われてきた。

 

 

「……アンタ、入学するところを間違えたんじゃあないの?」

 

 

「……クスクスクス」

 

 

「アンタみたいなチビが勝てるほど甘い世界じゃあないわ」

 

 

……さい。

 

 

そんな周囲からの嘲笑も、もはや日常茶飯事だった。そんな外部からの刺激を耐え抜くために、少女の性格はどんどん鋭利になっていき、肯定感という代物が生まれるにはあまりにも苛酷な環境だった。

 

 

「お前には無理だ」

 

「諦めて別の道に……」

 

……るさい。

 

 

うるさい!うるさい!うるさい!

 

 

頭の中に反芻していったノイズをかき消すために、握りこぶしを壁に叩きつける。壁に亀裂を拵えたタイシンは息を整えると、心の内とは裏腹に清々しいほど青い空を仰いだ。

 

 

……トレーナー

 

 

タイシンは心の中で意中の相手の名前を呼ぶ。こんな時、彼なら自身の心にかかる霧を振り払って、大丈夫だ、そう言ってくれるだろう。まるで自身が生涯をかけて悩みぬいてきたコンプレックスを些末な問題だと錯覚させてくれるような、そんな言葉をかけてくれるに違いない。

 

 

トレーナーのことを想い少しばかりその表情は緩んだかに思われた……しかしすぐに彼女の顔は再び厳しい表情が浮かぶ。

 

 

ばれてしまった。もっとも知られたくない……彼に思いを寄せていることを。 全てが音を立てて崩壊していく…それはきっと留まることを知らず、全てを壊すまで終わらない。

 

 

だからこそだ。絶対に諦めてなるものか。そう心の中で静かに決意を固めると彼女はその場を立ち去った。

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