岸辺露伴は走らない   作:ボンゴレパスタ

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岸辺露伴は調べない4

 

 

 

 

 

 

 

 

「ったく、このアプリ。誰を育成するとかしないとか、中々面倒な仕様じゃあないか」

 

 

 

 

スマホを片手に露伴は恨めしそうにつぶやく。調査のためにと何気なく始めたこのアプリだが、始めるにあたってどのウマ娘を育成するか決めなければならないようだ。画面に表示されるウマ娘たちの顔をスクロールしていたが、やがて露伴の視線は一人のウマ娘に注がれるのだった。

 

……こいつにするか。

 

 

今となっては、どうしてその少女を選んだのかは分からない。なんとなくとしか形容がしがたいその直感はさりげなく。しかし確実に露伴の視線を注がせ、彼女を自身の担当として迎え入れることを促すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「トレーナー君。時間ちょうどじゃあないか。私がいない間、変わりはなかったかい?」

 

 

 

「あぁ……何も問題はないさ」

 

 

 

 

露伴はそう言いながら自分が開けた生徒会室の扉を後ろ手で閉め、眼前の…机を隔ててこちらを静かに見つめる彼女を見つめ返す。身にまとったしわ一つない制服に、鹿毛のロングヘアに一房の白い前髪。温厚な表情の中に冷静さを孕ませた顔つき……その姿はまさに周囲から呼ばれる「皇帝」と呼ぶにふさわしい姿だった。

 

 

 

――シンボリルドルフ

 

 

 

トレセン学園の生徒会長を務め、レースの実力、カリスマ性。そしてその統治力から周囲から「皇帝」と呼ばれ畏怖される存在。そして彼女こそが、3年間以上もの間露伴の担当として彼の隣を走り続けたウマ娘その人だった。

 

 

 

「会議、お疲れ様。ルドルフは勤勉だな」

 

 

 

なるべく怪しまれることがないように、努めて記憶を取り戻す前の振る舞いを装いながらルドルフに話しかける。彼女はこちらに朗らかな笑みを向けたままこちらに向かって言葉を返した。

 

 

 

「志操堅固、私が目指すのはすべてのウマ娘の幸福…それを叶えるためだったら無茶の一つや二つをしなくちゃあならないさ」

 

 

 

公明正大。私益のために権力を振るうエゴイストではなく、滅私奉公で職務を全うする彼女は、学園中のウマ娘から慕われていた。

 

 

 

そう言いながら彼女は静かに目を細める。細めた瞼の隙間から覗く紅桔梗の色を宿した瞳は、手を伸ばしても到底届きそうにないほど深い底を有した湖のように、深淵を覗くことはかなわなかった。

 

 

そう言葉を発する皇帝に、露伴は理解あるトレーナーとして役目を振る舞うために、笑顔を取り繕うことでその返事として返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

……油断はできない。

 

 

 

 

 

基樹が言ったことが本当ならば、生徒会がこの世界に引きずり込まれた人々を留めおき、その狂愛という名の籠の中に閉じ込める機関で、彼女がその機関を束ねるナンバー1であるとするならば、まさに彼女は、我々からしてみれば悪の親玉と呼ぶにふさわしい存在である、といえるであろう。

 

 

 

…どうして彼女を担当にしてしまったのだろうか?

 

 

 

 

 

今さらながら露伴は1か月前にこの世界に通じるアプリをはじめ、あまつさえ数あるウマ娘からよりによって厄介な彼女を担当として据え置いてしまった自分の短慮ゆえの行動を悔いていた。

 

 

 

もっと頭の悪い、そしてトレーナーに対して執着を見せないような奴はたくさんいただろうに。こちらの世界に自身を引き込んだ時点で、多少なりとも自身に対して執着を見せているという何よりの証左だ。ここから脱出するためには、学園きっての切れ者である彼女を出し抜く必要がある。

 

 

自身の好奇心や思い付きで痛い目に遭ったことは、何も別にこれが初めての経験ではない。人の背中を見たいという風変わりな欲求から命の危険にさらされたこともあったし、殺人鬼を追っていく過程で栄養を全部抜かれてミイラになりかけたこともある。

 

 

 

今回だってきっと大丈夫だ。この岸辺露伴はきっとこのトラブルを切り抜いてみせる。

 

 

 

 

いっそのこと、《ヘブンズ・ドアー》を使ってしまおうか

 

 

 

 

自身がこうも豪語する何よりの証左…自身のスタンド能力で、彼女に「岸辺露伴に攻撃することはできない」と書き込んでしまうことは簡単だが、目の前に鎮座する彼女は人間と似てこそすれ、人間より筋力や走力が圧倒的に秀でた、完全に異なる猛獣であると認識した方が良さそうだろう。迂闊に能力を発して鎮圧に失敗すれば、自身の身の安全は保障されない。

 

 

 

彼女が自身の記憶が戻り、脱出を企てていることを及び知っていない現状では急いて能力に頼るのは得策ではない…あくまで「切り札」は取っておいたほうがいいわけだ。

 

 

露伴は自身の手に握られていたボードに挟まれた資料に視線を落とす…そういえば彼女が会議を終えたあとにトレーニングをしようと約束をしていたな。

 

 

 

3年間を乗り越えて既に第一線からは退いている彼女だが、こうして時折トレーニングをすることは欠かさない。冬服の制服からは着やせしていてわかりづらいが、しっかりと観察すると歳不相応な隆起した筋肉が各部の部位からもうかがい知ることができる。

 

 

 

「それじゃあ、今から坂路でトレーニングだ…今日は10×3を予定している。20分後にいつもの場所で落ち合おう」

 

 

 

この狭い室内で二人きりというのも、聊か不用心であろう。露伴は早々に会話を切り上げて部屋を後にしようとすると、背後からルドルフに声を投げかけられた。

 

 

 

「仔細承知したよ……あとトレーナー君」

 

 

「…?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――何かいいことでもあったのかな?」

 

 

 

 

その言葉に、背筋が途端に氷点下にまで凍り付くのを感じる。彼女は既に気が付いたのか?恐怖が身体を縛り付ける感覚に苛まれながらも、何とか平静な態度と表情を保って露伴は後ろを振り返るのだった。

 

 

「……どうしてそんなことをきくんだい?」

 

 

 

「特に他意はないよ。なんだかいつもよりも浮足立っているのかな、とそう感じたが気のせいだったみたいだ。君に質問するのに、意図がなくたって厭わないだろう? 」

 

 

 

「そ、それもそうだな…それじゃあ先に行ってるよ」

 

 

 

露伴はそう言葉を返すと、扉を開けて廊下へと繰り出し練習場へと向かっていく。一刻も早く、彼女の目の届かない場所へ。軽い空気を肺に取り入れることができる場所へ。露伴は自身が動揺で普段よりもかなり速足で目的地へと向かっていることに気が付かないまま、目的地に向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

露伴と別れたあと、直ぐに基樹は待ち合わせ場所に指定されたトレーナー室に向かった。彼女に油を売っていたことを悟られないように、急いでパソコンの電源をつけて如何にも今迄仕事をしていたかのように取り繕う。

 

 

トントン。

 

 

 

 

 

 

 

「どうぞ」

 

 

 

数度扉を叩く音が鳴り自身は努めて平静に入室の許可を出すと、室内にエアグルーヴが入ってくる。どうやら会議は時間通りに終わったようだ。まだ予定の時間より少し余裕がみられる。

 

 

 

「おとなしく待っていたようだな。いい子だ」

 

 

 

エアグルーヴは片手に抱えていた資料の山を机の上におろすと、自身の正面に座り、ノートPCを起動させた。キーボードをカタカタと叩きミーティング用のソフトを起動させる。基樹もそれにならってソフトを起動させた。やがて業者がミーティングルームに入室すると、そこから駿大祭に向けての準備に関する打合せがスタートするのだった。

 

 

 

 

当日の奉納舞が行われる舞台に用いる器具の配送や、その設置に関する段取り。出店される出店の種類やそこで販売される商品の確認や調理の際に用いられる器具は法律に遵守し、ウマ娘たちの安全に配慮されたものか等、打合せは滞りなく執り行われた。

 

 

 

多岐に、そして細かく確認しなければならない事項も、エアグルーヴの的確な采配によって瞬く間に解決の一途を辿っていき、その様を基樹はぼんやりとみていることしかできなかった。本来の予定よりもはるかに早い時刻にミーティングが終了し業者が退席すると、エアグルーヴはPCの画面を閉じてすぅー、と一つ溜息をつくのだった。

 

 

 

「お、お疲れ様、エアグルーヴ…やっぱり凄いな。あれほどの量の議題を的確にさばいていくなんて……」

 

 

 

「女帝たる者、これくらいできて当然だ。それに駿大祭となれば、抜かることはできない。準備にも漏れがないようにしてしかるべきだからな」

 

 

 

「駿大祭ってそんなに大事な催しなんだね……」

 

 

 

「当然だ…3女神様に感謝を捧げる祭りである以上、ウマ娘としてそれをないがしろにはできない……それに。」

 

 

 

「……それに?」

 

 

 

 

「それに、今年の駿大祭は特別だ」

 

 

…特別?それは一体どういう意味なのだろうか?

 

 

 

 

エアグルーヴの発した言葉の意図を図りかねて首をひねると、エアグルーヴは妖しい笑みを浮かべて言葉をつづけるのだった。

 

 

「然るべき時にそれは教えてやろう…だが、我々ウマ娘にとって、まさに悲願の成就となること間違いない日となるだろう」

 

 

 

そう口にする彼女の顔は、まるで餌を目の前にしてお預けを食らった猟犬のような圧を放っており、基樹はそれ以上その話題について彼女に尋ねることはついにできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……それでこれからどうします、露伴先生…?」

 

 

 

今日の予定を終え、自室へ戻った基樹は自身の携帯に着信がきたことに気が付き、その電話を取ると相手は先程番号を交換した露伴からだった。その日はお互いの情報交換をしつつ、策を練ろうとそう言葉をかけた基樹だったが、当の露伴から返ってきた提案は、彼の予想をはるかに上回るものだった。

 

 

「……昨日の今日で済まないが、もう一度ここから脱出してみようじゃあないか」

 

 

 

昨日失敗に終わった脱出を、懲りずにもう一度行う。その自殺行為としか考えれられない露伴の提案に驚きの声を上げた基樹だったが、そこに返ってきた露伴の言葉はひどく冷静なものであった。

 

 

「まさか君にご執心な担当も、懲りずにまた逃走を図るなんて露とも思わないだろう。それに僕にはウマ娘に対抗する力がある。さらに一度外の世界に返ってしまえば、僕のほかにも彼女たちを撃退する術をもつ奴らが、僕以外にもいる」

 

 

 

 

そう言う露伴の言葉には確かな力強さがあり、荒唐無稽な話だと切り捨てることは、基樹にはできなかった。それに一度元の世界に帰れば、彼女たちの追跡から逃れるすべは何かあるはずだ。露伴の提案に同意の意を示すと、集合場所と日時を短く伝えられ、電話はそこで切られるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時刻は夜の11時。

既に霜月の夜風は肌を刺激し、露伴は寒そうに身体を震わせた。部屋を出る前にルドルフにお休みとメッセージを送るという偽装工作も行い、抜かりはない。依頼通り安藤基樹を元の世界に連れ帰り、自分も元の日常に帰る。もしも彼女たちが自分らを連れ戻そうと来るものなら、康一君や不本意ではあるが仗助の力を借りて彼女たちをこの世界に叩き戻してやればいいだけの話だ。

 

 

「お待たせしました…」

 

 

闇夜から声が聞こえ、露伴はそちらに首を向ける。そこには待ち合わせをしていた人物、安藤基樹の姿があった。

 

 

 

 

「よし、君の担当には気付かれていないな?」

 

 

その問いに、基樹は静かに首を縦に振った。その様子を見た露伴は満足そうにうなずくと、言葉を続けた。

 

 

「それじゃあこのいかれたウマ娘たちが蔓延る世界からおさらばしようじゃあないか…まったくもうこりごりだよ」

 

 

そう言って校門のほうへと歩みを進める露伴だったが、自身の足音に続くはずの基樹の足音が一向に聞こえない。露伴はいぶかし気に後方を振り向いたが、そこにいる基樹の身体は一歩も動いていなかった。

 

 

「…おい、なにしてんだ君?」

 

 

「エアグルーヴ…僕の担当ウマ娘が今年の駿大祭は特別だって言ってたんです。それがなにか嫌な予感がして…」

 

 

 

…こいつは何を言っているんだ?自身の意図から外れた、的外れな発言をした基樹に呆れ気味に白目をぐるりと顔を向け、露伴は苛立たし気に言葉を発するのだった。

 

 

 

「おいおいおいおいおい…僕は君のためにこの世界に連れ込まれたんだぜ?君のその予感だのなんだのに付き合わされるこっちの身になってくれよ」

 

 

そう大人気もなく私怨のこもった言葉を投げかけた露伴だったが、ここで議論を展開しても時間の無駄だし、こうしている間にも誰かに姿を見られるかもしれない。露伴は殴ってでも基樹のことを連れて行こうと、彼のもとへと歩み寄ろうと一歩踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて…トレーナー君。いや、こう呼んだ方がいいだろうか…岸辺露伴先生?私に嘘までついてこんな時間に外出とはどんなつもりだい?」

 

 

 

そんなばかな。露伴は壊れたおもちゃのようにゆっくりと声のした方向へと顔を向ける。そこには月明りを背中にして、自身の担当ウマ娘、シンボリルドルフが両腕を腕組して仁王立ちしていた。

 

 

その表情は月明りの逆光によってうかがい知ることはできなかったが、荒々しく動く尻尾や、倒された耳がその激情を端的に表していた。露伴は静かに彼女に対して臨戦態勢をとるが、それに構わずルドルフは言葉を続けた。

 

 

 

「全く躾がなっていないね…君は素晴らしい漫画を描くそうだが、演技に関してはまるっきり三流と評せざるを得ないな」

 

 

 

「…どこで気づいた?」

 

 

露伴は自分の喉から発せられたその声が、ひどく震えていることに気が付いた。心の奥で彼女の圧に臆してしまっている。まさに怒気のいう言葉をそのまま孕んだ彼女の立ち姿に震える露伴だったが、ルドルフはそれを意に介せず徐に口を開いた。

 

 

「トレーナー君…いつもの君であれば、必ず私の洒落に気が付いてくれるんだよ。生徒会室に入ったときから、僅かな言葉のイントネーションや高低、間に変化があってまさかとは思ったが、その時に気が付いた、というのが先程の質問に対する答えだよ」

 

 

そういうと、露伴に向かってルドルフは一歩ずつ、しかし確実に獲物をしとめる捕食者のように彼に歩き詰めていく。自身の身を守るために露伴は身構えると、声を大きく張り上げた。

 

 

 

 

 

 

「 ヘブンズ・ドアー――――!」

 

 

 

 

 

 

しかし待てど暮らせど、自身が待ち望んだスタンドが出現することはなかった。自身の理解を超えたあまりの異常事態に露伴が動揺を隠せずにいると、その様子を満足そうに見つめたルドルフは口を開いた。

 

 

「君が何か不思議な術を使うことは知っている…ずっと画面の向こうから君の姿を見ていたからね…だけどこの世界では、それを使うことはできない。私たちウマ娘に対する、セイフティロックのようなものだよ」

 

 

 

…スタンドを使うことができない、だって?

 

 

 

あまりの動揺に露伴は口を開閉することしかできず、それはすなわち露伴に勝ち目がないこと、そしてこの逃走計画の失敗を意味していた。ルドルフは恍惚とした表情で自身の担当トレーナーの姿を見つめると、その表情とは裏腹な無機質な印象を孕んだ声で彼に声をかけた。

 

 

 

 

「…言っただろう?君を手放すつもりは毛頭ないと…さぁ、おとなしく寮に帰ろう。寮の前までは私が送っていくよ…」

 

 

 

 

その瞳を夜空に浮かぶ月と見まがうほど爛々と光らせて、ルドルフは露伴の肩に手をかけようとする。しかし露伴はせめてもの抵抗でその肩に手を乗せられる寸前に、自らその毒酒をあおるかのように自身の意思のもとで寮に向かって歩みを進めていった。ルドルフはその様子に肩をすくめたが、役目を終えて自身も彼に続いてその場を立ち去ろうとする…しかしその直前、思い返したかのようにその場に立ち止まると、ぽつんと蚊帳の外で取り残されていた基樹に声をかけた。

 

 

 

「さて、君はエアグルーヴのトレーナーだね?今回の不祥事に関しては不問にしようじゃあないか…彼女がそれを聞けばきっと悲しむだろうからね…もう2度とこんなバカな真似はしないように。彼女はとにかく、私の場合洒落は好きだが、二人とも笑いにさえならない質の悪い冗談は嫌いなんだ」

 

 

 

 

そうつぶやく彼女…正確には人間の姿に似た容姿を持った猛獣にその言葉をかけられ、基樹はそれに頷くことしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

その反応を見たルドルフは満足そうに微笑むと、再び闇夜に消えていった。一人取り残された基樹が極度の緊張から解放されたはずみでその場にへたり込むと、あたりは再び静寂が支配するのだった。

 

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