「獲物が来たぞ、準備だお前ら。」
冷え切った真夜中の森に低い声が静かに放たれた。
声量を抑えてはいるが、周囲の静寂もあってその声はあたりにしっかりと響いていた。
その声に反応して暗闇の中で動き出した影が四つ。
姿勢を低くし息を潜めていた影達が、極力音を立てないよう注意を払いながら何かを取り出し手に持ち始める。
ある影は腰から、ある影は背中から取り出した何かを構えながら沈黙している。それ以上影達は動かない。
ふと空を覆っていた雲が風に流されその先に隠されていた月光が顔を覗かせた。その光は待機する影達にも降り注ぎその全容を明らかにする。それは獣の毛皮を加工した皮鎧を身に着けた4人の男女、そしてその後方で同じく待機する金属鎧を全身に身に着けた重装の人物。彼らは全員が弓や剣などの武器を手に取り武装をしていた。特に目を引くのは重装の人物の両手に握られた処刑人の断頭斧を思わせる両手斧だ。
その視線の先には焚き火に照らされた一軒の小屋があった。
かつて偉大なる神々が創生せしこの世界、ニルン。そして最も多くの種族が暮らす大陸、タムリエル。ここスカイリムはそんなタムリエルの北部に存在する地域である。雪と山に囲まれた寒冷地であり、勇猛な戦士の血を持つノルド達の故郷である。だがこのスカイリムはこの時代、正しく激動の時を迎えていた。
決して譲れない信仰と伝統、それを奪わんとする勢力の台頭、帝国との間に生まれた深い軋轢、そうして激化する内戦。だがそれは序章に過ぎない。蘇る終末の伝説、世界を食らう者の帰還、暗躍を始める闇の支配者達…。
スカイリムはこの時代で最も激しい動乱の舞台となる。
そしてこの人里離れた森の中 ここにもまた血が流れようとしていた。
遠目から姿を隠し小屋を監視するこの者たち、まるで獲物を前にし隙を窺う獣の如き様相の彼らの正体は山賊である。
山賊、無法者の代名詞。時に商隊を襲い、旅人を襲い、村々を襲って金品や食料やかけがえのない命を平気で奪い去る悪しき者共。この5人はそんな存在なのだ。ではそんな彼らが人気のない場所で遠目から他人の小屋を監視する目的とは果たして何か。答えはもちろん略奪である。
(これは期待していた以上だな…)
小屋を監視していた一味の一人、全身金属鎧の男は顔を完全に覆っている頭防具の中で笑みを浮かべる。己が計画した略奪が成功を収める時ほどの愉悦は存在しない。そうこの略奪計画は男が発案し指揮を執っている、そんなことが出来る立場など一つしかない。この重装の男こそがこの山賊達を束ねる存在 山賊長なのである。
山賊長は改めて小屋の様子を確かめる。外には焚き火が、その周りには鍋を鉄棒で吊るした調理鍋や毛皮を加工するための皮なめしの棚、窓から室内の様子を見れば寝床の他に大量の肉や毛皮の山。外の焚き火で暖を取るのはつい先程森の中から現れた小屋の持ち主達であろう3人の男女。背中には矢筒と弓、装備は動きやすさを重視した皮の軽装鎧、背後にはここまで運んできたであろう矢で射抜かれ力尽きた鹿や兎。
どこからどう見ても獣を狩って暮らす狩人の集団である。
それもかなり景気良く物資を蓄えた狩人達だ。恐らく明日にでもあの大量の毛皮を街に売りに行くのだろう。顔を見ればそう書いてある。
そうとくればもう待つ理由はない。待ちに待った楽しむ時間がやってきた。
「始めるぞ。」
その言葉を聞いた4人の山賊はまってましたと言わんばかりの笑みを浮かべ、しかし身を低くしたまま、音を立てずに狩人達の死角となる方角から回り込み少しづつ接近していった。
(…やっぱり下っ端に任せなくて正解だったな。)
今回山賊長が連れてきた4人は彼が束ねる群れの精鋭達だ。
チャンスを前にして油断したり、功を焦ってくだらないミスなんてしない。迅速にそれでいて確実に命令を遂行する技量が備わっている。彼らが選ばれたのには山賊長のある考えがあった。
(居ない間に押し入って根こそぎ奪って終わりでも良かったが…どうせなら殺したほうが楽しめる それに…)
逃がすと面倒事になるかもしれないしな
無論、盗みのあとの報復なんぞを恐れる山賊長ではない。
実際に雇いの荒くれ者を差し向けられた事が何回かあった。
それもこの男の凶暴さときたらその雇われ悪漢を返り討ちにするに留まらず、悪漢達の装備を漁り売り飛ばして路銀に替えていたほどだ。山賊長にしてみればその後依頼人を調べ上げ復讐に対する復讐をやってのけるのも難しくない、と言うより実際に過去にやっている。
だが狩人というのも全くの無力であろうはずがない。人より優れた警戒心と集中力がある。街から離れ森で暮らすならそれらの技能は必須と言えよう。下っ端共では感づかれ逃げられる、周囲の地形や生態の知識を利用されれば返り討ちに遭うことすらあり得る。無力な一般市民ならまだしも相手に抵抗する力が少しでもあるなら念を入れる理由にはなる。
(そろそろいいだろう。)
彼らの技量を考えれば配置につくには十分な時間が経っていた。山賊長も事前に決めていた通りの役割を果たす。自慢の両手斧を振り上げて地面にめがけて力の限り振り下ろす。あたりの岩にぶち当たって激しい破砕音が響き渡る。何度かそれを繰り返す。
「ッなんだ!?」
狩人達が一斉に音の鳴った方角に意識を集中する。ちょうど4人が潜んでいる反対側、つまり4人に背を向ける形になって。
狩人達が声を上げるのと4人が隠密を解きこれまた音もなく飛び出したのはほぼ同時だった。
まずは3人の中で最も後ろにいた狩人が走り寄った一人に捕まり背後から引っ張られて体勢を崩した。その瞬間に剣を突き立てられ突然自分の胸から剣先が飛び出した事に驚愕したままわけもわからず絶命した。
次に異変を察知し振り向いた狩人の動きに合わせて一人が矢を放ち狩人の眉間に鋼鉄の矢が突き刺さった。最初に声を上げていた狩人だ。
最後に残った狩人はまだ状況が飲み込めていない。とっさに背中の弓に手を伸ばすが狩人が弓に触れるよりも速く接近した一人が鋭利なエルフ製のダガーを皮鎧で覆われてない腹部に捻り込んだ。ダガーを引き抜くと血が水瓶を逆さにしたような勢いで流れ出た。狩人が命乞いの言葉を口にしようとした瞬間最後に残った一人の片手斧がその首を跳ね飛ばした。
瞬く間に狩人の住処は血で染められた。4人は油断なく周囲を警戒し、万が一にも標的に他の仲間がいないことを確認し、ようやくそこで武器を仕舞った。それからは4人で手分けして食料と毛皮を運び出し、狩人の死体も漁った。本来なら金目の物は見つけたやつの物と言う決まりだが今回の目当ては食料だ。意地を張って己のものと主張しなければいけないほど貧困していない。毛皮はどうせ替えの防具に変わるのだ。ならばさっさとこの場は済ませてしまおうということだ。しばらくして戦利品を集め終わると
そういえばボスはどこだ?
山賊長の姿が見えないことに疑問に思った一人があたりを見渡す。勿論ボスに向かってサボるな手伝えなど言うつもりはない。まぁ分担とはいえ荷物は自分たちに運ばせる事には思う所がないわけでもないが。すると横から今まさに探していた人物の声が聞こえた。
「終わったか?ならさっさと帰って今夜は宴会だ。」
そこには当たり前のように山賊長がいた。防具で表情は窺えないが声色で上機嫌なのがわかる。歪んだ笑みが防具越しに透けて見えた気がした。
そこでふと山賊長の背後に何やら黒い影を見た。それなりの大きさを持つそれは頭をかち割られて死んだクマだった。
どうやら音で気を引く際に余計なものまで呼び寄せたのだ。
知らぬ間にクマと戦い仕留めていたようだ。
これには流石に手下達も少し驚いた。だがまぁクマを倒すだけなら自分たちでも不可能ではない。流石に突然襲われてああも平然としていられるかは疑問だが。
部下に撤収を呼び掛けた山賊長ももうここには用がないと立ち去ろうとした。すると狩人の持ち物だろうか、地面に落ちた装飾品のようなものを見つける。拾って確認したそれはアミュレットだった。偉大なる神々、9大神と崇められし神の一柱のシンボルを象ったものだ。神々のシンボルは人々の信仰心の現れだ。だからだろうか、見ていると何やら感傷的な気分になってくる。山賊長のような悪人には珍しい兆候だ。
(…………………)
この男も何も最初から山賊だったわけではない。彼には彼だけの過去が有り、想いが有り、誰に教えることもなくとも今に至る経緯は確かに存在していた。暴力ではないもっと真っ当なやり方で生きていく道も確かにあった。
(だが真っ当な自分になりたいとは思わない。)
山賊長はアミュレットを手放すと、地面に落ちたアミュレットを勢いをつけて粉々に踏み砕いた。
「死体から盗む方がずっと簡単だからな。」