スカイリムの冷たい朝 空は曇りなく澄んでいる。
山賊長は空を見上げて、彼にしては珍しく感傷に浸っていた。
「ソブンガルデ…か」
その呟きを聞いた者はおらず、したがって何の反応も起こらない。
ソブンガルデ
それはこのスカイリムを故郷とするノルド達にとって、重要な意味を持つ言葉。
ノルド達には生まれながら戦士としての適性があり、戦うノルドの殆どは剣を勇ましく振るう戦士となる。
ソブンガルデとはそうしたノルドの戦士達が信じる死後の世界 戦いの中で名誉ある死を迎えた戦士が辿り着き、そこにあるソブンガルデの間で永遠にその魂を休めるのだ。
「…………」
この地で生まれたノルドは皆、ソブンガルデを信じている。
この山賊長もその一人。
自分も死ねばそこに行けるだろうか
最近ふとそんなことを思ったのだ。
理由は山賊長本人にもわからない。
山賊長は余り感傷に浸ったりするような性格ではない。
彼が考えるのは殆どが略奪の計画と相手をどうやって殺すか。
自分が死んだ後の事になど興味無い、筈だった。
自分は今更後悔でもしているのだろうか。
山賊に成り果てた自分の境遇を不幸だなんて思わない。
誰かに許しを乞うつもりも無い。
それは余りにも醜い欺瞞だと山賊長は考える。
好き勝手に殺して奪った、逆らう者、無抵抗の者、それらを守ろうとした者、構わず殺した。
それが悪だと知りながら目的の為、或いは快楽の為に殺した。
その自分が己の事情や過去を哀れんだり、ましてや免罪符代わりの言い訳に使うなどあってはならない。
この魂は既に穢れきっているが、全て自分の意思でやったことだ。
それさえ否定してしまったら自分の中でさえ、今までの全てが無意味になるだろう。
だから自分は後悔もせず、改心もせず、許しも乞わずに死ぬ。
仲間の裏切りで毒でも盛られて死ぬか
この地に潜む伝承の怪物共に見つかって餌にされるか
思い上がった英雄気取りには…負ける気はしないが
とにかく悪人のまま惨めに醜く、苦しんで死ぬのだ。
きっとそうなる それはいい
ただ考えるのは
(ソブンガルデ…)
「オレも死ねばそこに行けるだろうか」
その言葉を聞いて、返事を返す者は誰もいない。
「…ハッ、無理だろうな」
自嘲気味に笑ってその考えを否定する。
山賊が 勇敢な戦士 の内に入るとは思えない。
それに自分が戦いの中で死ねる保証も無い。
「だがそれで良い」
ソブンガルデに行けなくても、その結果を哀しんだりしない
(………………)
だがそれでも何か思うところがあるのか黙っている山賊長。
「日記でも書いてみるか?」
そもそも何故今更自分がこんな感情に囚われるのか。
過去にあった事を振り返れば答えも見つかるだろうか。
思えば今まで過去を振り返る事って自分を知るなどといったことはした覚えがない。
山賊に必要な事だとも思えないが、暇潰し程度にはなるかもしれない。
思い立ったがさっそく、椅子から立ち上がり自室の床にある隠し扉を開けて下に降りる。
下は隠し部屋、というよりも秘密の逃げ道だ。
先に進めばこっそりと外に抜け出せる。
死ぬときは惨めに死ぬとは言っても死にたいわけではない。
無法者である以上、不意に起きる危機への備えは必要だ。
「あったぞ」
略奪品の中にあった白紙の本と羽根ペンを見つける。
松明を付けて灯りを確保し、椅子に座って本をテーブルに広げる。
さて何から書こうか。
昔に自分が体験したことを取り敢えず幾つか書いてみる。
「こんかもんか?」
取り敢えず数ページほど埋まった。
書きながらも思い出していたが、書いたそれを改めて読んで何か感じることが無いか確かめて見る。
山賊になって間もない頃 下手なイカサマで自分を騙してカモにしようとした他の山賊のイカサマを見抜いて指摘したら武器を手に脅してきたので殺した話。
山賊になって暫く経った頃 住処にたった一人で突っ込んで来た無謀な冒険者を多くの被害と共に殺した、そして役立たず共と罵る群れのボスを他の連中と一緒に殺した話。
群れを率いて山賊長になった頃 食料が不足した為に巨人のマンモスを襲った、手下共を上手いこと使って巨人を引き付け見事マンモスを住処の近くに誘い出して仕留めた、ふざけるなと喚く一人生き残った部下を口封じの為殺した話。
山賊長になって暫くたった頃 他の山賊団と大規模な抗争になった 互いに死者を出し合って最後は自分が相手の山賊団のボスの首を跳ねてやった その後こちらに寝返る者達もいたが、大半は抵抗を続けたので殺した話。
改めて振り返って見たが特に思うところは無い。
どれもこれも無法者にはありきたりな話だ。
他には何か、印象に残るような事があっただろうか
山賊になる前は?
そんな言葉が頭に浮かんだ瞬間、過去の風景が脳裏に映った。
鍋で得意の夕食を作る優しい母の横顔
狩りで仕留めた獲物の皮を剥ぐ、頼もしい父の背中
初めて剣を握り、戦士としての戦った日のこと
隣に並び立ち、共に笑い合う戦友
そこまで考えて、その記憶を振り払う。
「くだらねぇ ほんの少しの価値も無い」
吐き捨てるように山賊長は言い放った。
何よりも不愉快なのは、思い出された記憶に対してほんの一瞬 頭の中で言葉にすらなってない浮かんだそれ。
そう思った、と言うには余りに希薄なそれ
それは言葉にするなら安らぎだ
山賊長にとってその存在は何よりも許せなかった。
悪人である自分が、幸せな過去に、常人の生き方に価値を感じるなど、ましてや安らぎなんて。
(それは欺瞞だ 何よりも醜いふざけた欺瞞だ)
山賊長はそう考える。
だからこそ侮蔑し嘲笑する 自分のその記憶も、真っ当な幸せも全て。自分は初めから求めてなどいないと断じる。
その感情などただ浮かんだその風景から連想されただけの紛い物だと。
今の自分は望んでなった姿なのだと。
興が削がれかけた山賊長だったが、今はどうせ他にやることも無い事を思い出し、また何か無いかと記憶を探る。
例えば最近の話だと…
手下共と一緒に狩人の住処を襲撃した それだけならよくある話だがその後の宴会の盛り上がりは記憶している。
(確か酔った野郎に トーロルの住処に行って奴等の親兄弟の頭蓋を盗み出せば一万ゴールドくれてやると言ったけな)
それを聞いてその気になって舞い上がった酔っ払いは、結局戻っては来なかった。
後はかつて住処にしていた砦で反乱が起きた これもよくある話だ、勿論首謀者は殺して砦は奪い返した。
(ちょうど腕の良い連中がいたからな…手際よくやれた 砦の損失もたった2人だけさ)
既に手下では無い首謀者の男は部下の損失の内に入らない。
他には住んでた場所を捨て、新しい住処に向かう途中に戦闘が起きた 傲慢ちきな英雄気取りと薄気味の悪い死霊術師、それと木でできた森の怪物。
(全員ぶっ殺してやったなあ まぁそうして辿り着いた鉱山も…結局落盤が起きて引き払ったんだが……)
今は草原に野営地を設置してそこに住んでいる。周りは丸太の杭で囲まれて、幾つかのテントと小屋がある。
それとそう、予備の武器をくすねて逃げ出した奴がいた 見張りの一人だったんだがある日急に逃げ出したのだ。驚いたのはその逃亡にではなく、予備の武器がこっそり運び出されているのに誰も気付かなかった事。
(全く良い目の付け所だな、ゴールドや宝石なんかは俺らも警戒して持ち歩くが…予備の武器とはな…)
ある意味感心しながらも、次に見かけたら殺してやると決意する山賊長 幸いにもアルゴニアンであった奴の角と模様は特徴的だった為覚えている。
「……取り敢えず日記らしくはなったか」
思い出した過去を本に書き込んだ山賊長、どちらかと言うとそれは日記と言うよりかは伝記に近かった。
「特に意味があるわけじゃないが…暇潰し代わりにはなったぜ」
そう呟いて、考えていなかった事があるのに気がついた。
書いたは良いがこの本をどうするか。
誰かに見せてもどうなる訳でも無し 捨て置こうかとも思ったが、暫く迷って本を懐に仕舞った。
(そろそろ地上の部屋に戻るか)
部屋と言ってもベッドが置いてあるだけの小屋なのだが。
そこでベッドで寝るか酒でも飲もう。
その後は余興として犬でも放って手下共に追いかけさせるか。
そんなことを思いながらも隠し扉を開けて上に上がる。
「しかし野郎共がやけに静かじゃねえか」
「………馬鹿な」
小屋の外に出た山賊長は絶句していた。
正しく言葉を失う、全ての現実が嘘に思える。
今までの生涯でこれ程の衝撃は無かった。
山賊長の前に立つのは一人の男。
野営地の部下は全滅していた。
最初に小屋に戻って感じたのは血の匂い。
それも一人の流血の濃度では無い、何人もの人間の死臭。
ただごとでは無いとすぐに理解し、小屋から飛び出す。
辺りが血溜まりとなり、倒れ伏して動かない部下達の姿。
そして
向こうから歩み寄る一人の男。
「………お前が…これを…?」
山賊長は驚愕を隠せず、男に問う。
「そうだ」
何てことないように男は答えた。
馬鹿な
山賊長は信じられなかった。たった一人で部下達を皆殺しなど。
一体どうやったというのか、少し席を外した間に何が
あの注意深いカジートはどうした?
戦いとなれば周りの連中に的確に指示を飛ばして、思い上がった馬鹿など簡単に殺して見せるあの男は。
ウッドエルフの弓使いは何をしてる?
見張りが近づく敵を見つけたとあれば、敵が近づく前に、敵が魔法や矢の狙いを定めるより早く眉間を射抜くあの男は。
あの屈強なオークに勝ったと言うのか?
見たところ男に剣以外の武装は見えないが、だが斬り合いであのオークに、それも無傷で打ち勝つなど不可能だ。
あの女の隠密を破ったのか?
あの女は暗殺もさることながら、乱戦の最中にほんの僅かな隙を突いて標的に忍び寄り殺すことも得意としていた。
そんな思考は男の顔を見れば吹き飛んだ。
ノルドによく見られる金髪と蒼眼。
その顔は勇ましく、しかし無骨さとは違うどこが清廉さのような物を見るものに感じさせた。
何よりもその目。
強いやつは目を見ればわかる 等とよく言われるが
その男の目は今まで山賊長が出会った、戦いに身を置く者達のどれとも違う。
奥に秘めた強い意志が、その目に映し出されていた。
少しの曇りもなく澄んだ蒼いその瞳。
戦いの中にいて、殺しの快楽や相手を下す愉悦なんかとは無縁の在り方。
それでいて足りないものなど何も無く、この世の全てを内包する果てしない力に満ちているような。
更に歩み寄るその男。
近づくにつれ、ますますその男が尋常の人間ではないことがわかる。
装備だけを見れば何てこと無い、ありふれた鉄の頭防具、胴は皮鎧に鋲を打ち込んで強度を上げた軽装鎧、手足は頭防具同様鉄製だ。鋼の剣も盾も大して珍しくない。
どれも安価で、それなりのゴールドがあれば防具屋ですぐに集められる。
だがそれを着た男が凡庸だとは微塵も思わない。
まだ戦ってすらいない、本当に部下達を一人で全滅させた証拠もない。
だがわかるのだ。この男ならそれが出来る。
この男が放つ、理屈を超えた何がそう確信させる。
英雄 自然とその言葉が頭に浮かぶ。
「首長から依頼があった この地の山賊を倒してほしいと」
男が口を開く 山賊長からすればまるで死の宣告のような内容だが、山賊長はその声の持つ得体の知れない魅力に慄いていた。
この男の声を無視出来ない いつもなら鼻で笑う所だが、黙って聞き入ってしまう。
まるで話術を極めた達人のようだ、もしくは男の声そのものに何か自分の想像もつかない力が宿っているのか、或いはその両方か。
(…ああ……そうか)
唐突に自分が死んだ後の事なんかが気になって、自分の過去を振り返るなど無意味だと思いながら。
それはこの男の襲来を、来たる終わりを予感していたのかもしれない。
「お前が…」
スカイリムに新たにもたらされた神話、世界を喰らう者を打ち倒したノルドの英雄。
偉大なる竜の血脈、ドラゴンボーン。
自分には関係無いと思っていたその噂。
(そうか、この男が……)
何の確証も無く、しかし強くそう確信する。
世界を救った英雄に切られて死ぬ、ただの山賊にしては贅沢な死に方だろう。
聞いた話だけでも、抵抗するだけ馬鹿らしい相手だ。
だがそんな考えは男の、ドラゴンボーンの言葉で掻き消える
「戦いの名誉の中で死ぬが良い 俺がお前の魂をソブンガルデへと送ってやる」
「………!」
その言葉に目を見開いて、男を見つめる山賊長。
ドラゴンボーンの持つ言葉の魅力からだろうか。
山賊長は自分の中の戦士の血が沸き立つのを感じた。
全身を言いようのない感動のようなものが奔る。
頭が冴えてくる、自分の中の穢れた何が消えていくようだ。
戦いを前にこんな気持ちはいつ以来だろう。
快楽も欲望も怒りも無い。こんな戦いは。
かつて見た風景の記憶が唐突に浮かび上がる。
傷ついた父を守るため、単身クマと死闘を演じた記憶が
大切な人の為、巨人を相手に命を掛けて戦った記憶が
ただ一人の戦士として斧を振るったその時を
「名誉か…そうだな」
武器を抜いて構える。
声を張り上げて叫ぶ、その声は濁りない喜びで満ちていた。
「勝利か!ソブンガルデかだ!!」
飛びかかり、斬り掛かったのは両者同時だった。
「……………」
ドラゴンボーンと呼ばれし英雄は、自宅の椅子に腰掛けとある本を読んでいた。
「従士様、準備が出来ました さぁ行きましょう」
そこに同じくノルドの女性、装備からして戦士の人物が話しかけた。
「ああ、行こうか」
ドラゴンボーンが椅子から立ち上がる。
「あら、それは本?読み終わるまで待ちましょうか?」
「本と言うよりは日記…いや伝記か いや良い、本は逃げない」
「では行きましょうか」
「ああ」
椅子から立ち上がりその女性 従者と共に自宅の扉を開けて、外から差し込む光の中へと歩いていった。
ドラゴンボーンが去った家のテーブルには一つの日記が置かれていた。その日記に名前はない。