中途半端なやつ。それが最初の印象だが、別に悪い意味ではない。
どんな善良な魂の持ち主も、生死の危険がある混乱のなかに叩き落とされれば保身に走る。たとえそれで他者を蹴落とそうとも、そういうもんだと僕は思っている。それを本性が出たとかくだらないことを言うつもりはない。追い詰められた結果、生存本能が何よりも勝るのは生物として自然なことだ。
だから、呪霊に囲まれてもガキを庇おうとしたそのひとを見たときはいっそ感心したのを覚えている。「震えてるわりには他のやつのこと考える余裕あんじゃん」って。まあ
弱いのに、折れない。
戦えないのに、逃げない。
変なやつ、としかそのときの僕には思えなかったのだ。
たびたび任務先で迎えてくれた彼は、僕たちの強さがいまいち理解しがたいのか態度は結構適当だったが、仕事は丁寧だった。
彼の呪力感知はかなり精度が良く、その指が示したほうに目を凝らせば必ず六眼が呪いを捉える。やるね、と褒めても肩をすくめるだけの彼だったが、それくらいの対応のが気楽でいい。
任務先で彼を見つけるたび、傑と一緒によく絡みにいったものだ。
『あ、ケーサツのオニーサンじゃん。お疲れー』
『どうも。貴方の通報でしたか、道理で』
『……何だよ道理でって』
『いえ、急な任務のわりには事前情報が豊富だったので。いつもありがとうございます』
『そりゃどうも。そっちが本職なもんでな』
被害者および関係者の個人情報、周囲の地形や建造物、避難状況。いくら最強の僕たちと言えど、情報はあるに越したことはない。
彼はいつも状況確認・通報から呪術師が到着するまでの短時間に、調べられる限りの情報をあげてくれた。本職のほうのことはあまり知らないが、警察官としても相当有能だったのではないかと思う。ちなみに伊地知は彼のやり方を参考にして情報の入手や整理、報告の仕方をマニュアル化したらしい。今でも悩める補助監督の強い味方になっているとかなんとか聞いている。
そんな有能な彼だからなのか、今にして思えばプライドの高い傑すらもよく懐いていた。
『この辺り詳しいんですよね? 昼食にちょうどいいお店を知りませんか』
『高くていいから美味いとこでよろしく~』
『こら、悟、安月給のおまわりさんが高くて美味しいお店なんて知るわけないだろう。こういうひとたちがよく行くのは安くて量が多くてそこそこ美味しい店って相場が決まってるんだよ』
『……もう面倒だから訂正はしねえが、それがひとにものを頼む態度だと思ってんなら改めた方がいいぞ、マジで』
そう言って心底呆れた様子で連れて行ってくれたのは、安くて量が多くて美味くて、店主の趣味でこだわりのジャンボパフェまである、まるで僕らのためにあるような定食屋。彼はそこの店主とよく知った仲だったようで、大盛りにしてやってとこっそり口を利いてくれていたのも気付いていた。
テーブルの上に空の器を重ね上げたあとは当然のように支払いをもってくれて(『そんな、悪いですよ、安月給なのに』『夏油、そう言うならせめて財布を出す素振りを見せろ』)、高専まで車で送り届け──る前に別の呪霊を嗅ぎつけてしまったり(『嘘だろオニーサン、何で俺より先に呪霊見つけられんの? ありえないんだけど』『うるせえ知るか。俺は避難誘導行くから』)。
そんなことを何度か繰り返し、僕たちが気安く話せる数少ない大人のひとりになっていた。顔を合わせれば軽口を叩き、調べたいことができればまず一番に連絡を飛ばし、暇なら飯を奢れと正々堂々たかりに行った。
どちらかというと表情は乏しく、無気力な雰囲気のあるひとだった。でもなんだかんだで仕方ねえなと言いながら迅速に動いてくれるひとだった。
それ、誰にでもじゃないと思うよ、と笑ったのは確か硝子だったか。
『あのひと、お前らのことよく微笑ましそうに見てるし。仲良いな~とか思ってんじゃん?』
それが合っていたのかどうかはともかく、──甘いひとではあったと思う。
基本的に高専に寄りつくことのないあのひとが、僕たちを送り届ける以外で高専に顔出したことが一度だけある。傑が離反して少し経った、でもまだ蝉の声が残っていた頃。
いきなり僕の前に現れ、何を言うかと思えば「来い」の一言。僕が立ち上がるまで譲る気はない様子に、仕方なく折れてやれば連れ出されたのはいつもの定食屋。
しかも勝手にいくつもの注文を頼み、テーブルの上を皿で一杯にしたと思ったら今度は「食え」と。単語しか喋れなくなったのかって感じだった。
『もう嫌ってほど考えただろ。なら一旦何も考えずに食え。とにかく胃を飯で埋めろ』
全部、それからでいい。その声はいつもより少しだけ張りがあった。
僕の返事を待つことなく、そのひともすぐにすごい勢いで食べ始めた。釣られるように箸をもてば、自分がどれだけ腹を空かせていたのを理解した。
もう米の一粒も入らないくらいまで食べ尽くしたあとは、何も聞くことなく僕を高専に送り届けて帰って行った。
その晩は、久し振りによく眠った。
*
あのひとは、そういうひとだった。
こういうひと、と言葉にしにくいひとだった。
ただ、少なくとも、どうしようもなく「味方」だった。
無表情くらいじゃ隠しきれない善良な魂をもちながら、
だから、あのひとが生命を懸けて僕に託したものを僕は疑わない。いや、疑えるはずもない、どこまでもいつも通り、こんな隙のない報告書を。
「……傑、」
託された情報を、ひとつひとつ受け取る。
その奥にある、あのひとが本当に伝えたかったこと。
「袈裟を着た夏油傑の姿」
「見えない何かとの会話」
「呪霊の仕業としか思えない人体発火」
「残穢が意図的に消されている」
「堂々と姿をさらしているようで、高専に表向き情報は入っていない」
「あのひとが、このタイミングで殺された」
「わざわざ大金を払って情報を冥さんに託した」
詳細を詰めるにはピースが足りない。だが、それで十分だったのだとこの刹那に理解する。
渋谷駅の地下、足下に転がってきた呪具の箱、聞き慣れた「獄門疆、開門」の声、そして死んだはずの「親友」の姿。
──悟、となれなれしい言葉に虫唾が走る。
六眼は
「誰だよオマエ」
ぎょろり、と割れた箱から現れた眼が僕を捉える。しかし、それだけ。
その奥に立つ傑の顔をしたナニカが、驚愕に目を瞠った。
「
思考するより先に足が床を蹴った。
ナニカの頬にめり込んだ拳に、黒い閃光が走る。
*
──ねえ、誇っていいよ。
強者と弱者の境界線から、貴方は確かにこの僕を護ってみせたんだから。
「普通の人」のあがきが大好物な作者でした。
お付き合いありがとうございます。