Muv-luv BreakThrow 技術チートで変える未来 作:あるすとろめりあ改
2001年12月30日
国連軍洲本基地 装備研究開発室
ティーカップには綺麗な琥珀色に染め上げられた紅茶がなみなみと注がれ、白い湯気と柔らかく芳醇な香りがフワっと拡がる。
それを1口目はくいっと舐めとる様に啜ると口の中を期待通りの仄かな柑橘のフレーバーが舞う。
静かで小さな幸福に包まれながら、思い出したかの様にため息を吐き出した。
「ふぅ……」
先程、国連軍総司令部より桜花作戦の発令が為された。
この段階に至ってしまえば、もはや技術士官たる自分には何もすることは出来ない。
いや…………確かに己は戦場を直接駆け抜けることも命を賭すことも無いが、1人でも多くの兵が生還できる様にと努めてきた。
だから「生きて帰ってこい」という言霊を胸中で贈る。
たとえそれがエゴだったとしても、そこには確かに怨嗟にも等しい祝福が宿り、彼らの力になる…………そう、信じたい。
「中佐、失礼するわよ」
コンコンと小気味の良いノック音がドアを叩く。
こちらが返事をする間も無く視線を向けた頃には自動ドアはスライドしていた。
まあ、入室を拒む事情があれば施錠をしているので、彼女もその辺の勝手を知っての行為なのであるが。
苦笑しながらティーカップを机に置き、突然の来客を出迎える。
訪れたのはこの洲本基地の副司令、香月夕呼大佐だった。
「副司令。どうされましたか?」
「ええ、凄乃皇四型の最終確認をして貰えるかしら?」
そう言って渡された凄乃皇四型のデータが纏められた資料に目を通す。
さっと目を通す限り異常の類は見受けられなかった。
システムの都合上、信頼性の突き詰めにも限界がある為に現場での何かしらの不測の事態が発生する可能性はゼロではないが、それに懸念していても仕方がない。
そう判断してから、端末から目を離して彼は幾らか細めていた香月副司令の眼をジッと捉えてみた。
「…………彼らの事が心配、なのですか?」
「…………」
応えは沈黙。
視線と顔を横にずらし、両手はお手上げと言わんばかりに左右に広げた。
否定とも肯定ともつかない、曖昧なリアクション。
察するに、それが彼女の素直な今の心境なのだろう。
香月夕呼。彼女は優れた量子物理学研究者であり、大佐として軍属には身を置くものの指揮官というよりも指揮者と言うに相応しい。
時には人命を数字として捉え、その屍を踏み越えながら前に進む事も厭わない強さを持っている。
しかし、そうであっても彼女は軍人や科学者である前に心と感情を持つ一人の人間である。
──桜花作戦、オリジナルハイヴの攻略という極致を前に何か思うところがあるのかもしれない。
かと言って、それを追及するつもりは彼には毛頭なかった。
「我々は最大限を尽くしました。出し惜しみなく総ての
「……ええ」
彼女を視界に留めながら、よっと机に置いていたティーカップに再び手を伸ばし一口啜る。
一拍、両者に沈黙が流れた。
「……図々しいわよね。今までも“死んできなさい”と言わんばかりの生存率の低い戦場に部隊を送り込んでおきながら、今更」
「…………」
その時、彼は薄情だなと自嘲しながらこの話をどこで切り上げたものかと思案していた。
別にこのまま無益な話の聞き役に徹するのは吝かではないのだが、それでは彼女にも、これから文字通りの死地へと赴く彼女の部下達にも決して良き影響は与えないとわかっていたからだ。
紅茶を口の中で転がしながら、頭中に幾つかのフレーズを取り出し、そして再び机にティーカップを置いた。
「副司令。月並みですが、極地へと挑む折においてはこれまで積み重ねてきたものの軌跡を辿るのが良い、と聞きます」
「…………?」
「僭越ながら、私の昔話にお付き合い頂けませんか?」
果たして、彼女の顔は困惑と疑念の入り混じった表情が浮かび上がる。
「これは、以前に副司令から尋ねられた“何故オルタネイティヴ第4計画に自ら参加したのか”という質問の回答でもあるのですよ」
「ああ……」
そういえば、そんな事を聞いたこともあったな、と言わんばかりの。
「端的に言えば、知っていたんですよ」
「知っていた?」
「ええ。それが、人類に残された最後のチャンスである事を…………1981年には、ね」
「なんですって………?」
言外にそれはありえない、と訴えられる。
そう、オルタネイティヴ第4計画が立案、承認されたのは1995年のこと。
1981年当時といえば未だに第3計画が絶賛施行中であり、何より第4計画の要たる香月夕呼本人が未だに齢7歳の幼子であった。
如何に彼女が天才であろうと、その時分においては第4計画の影も形もない頃である。
「多少長くなってしまいますが、副司令も興味があると思いますよ」
カップに残った紅茶を飲み干し、離席してから戸棚へ歩む。
戸を開けて左下から2段目、すぐにお目当ての物は直ぐに見つかる。
それは埼玉の醸造所で生産されたビンテージウイスキーで、先日購入したのだが、20年の表記…………つまり、1981年に醸造が開始された物だ。
何か縁の様なものを感じて、思わず値札を見ずに購入してしまった。
それを氷の浮かべたグラスに注ぎ、未だに怪訝な表情が晴れない彼女にそっと渡す。
ここで、このウイスキーの薀蓄を傾ける気には、流石にならなかった。
「ことの始まりは、20年前の10月22日でした────」
私は麻雀を咲で覚えました。