Muv-luv BreakThrow 技術チートで変える未来   作:あるすとろめりあ改

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正直、前話と今話の前半は非常に苦しみながら絞り出した様な感じで、筆が進みませんでした
ですが、後半に至っては殆ど時間を掛けずに滝が流れるみたいにスラスラと書けてしまいました。
なかなか、こういうのは分からないものですねぇ


09『父』 1982.11.28

1982年11月24日

京都 帝都城 黒書院

 

 豪奢な造りや調度品の比較的少ない帝都城においても、中枢からやや奥まった場所にあるその部屋は他の部屋と比較して尚一層質素な印象を与えた。

 赤松の柱や天井は黒漆で彩られ、厳格な水墨画で壁を囲んでおり、その部屋は陽光を吸い込んでしまい反射の兆しを見せぬが故に冷たく落ち着いた雰囲気が漂う。

 用途としては執務や応接が担われていたが、大広間や白書院よりも更に私的な空間であり、入室が許されるのも五摂家や一部の譜代による有力武家の当主のみである。

 

その下段に、1人の男が先程から平伏しながら控えていた。

五摂家の一角である崇宰家の当主、崇宰成遵(たかつかさなりたか)だ。

 

 

 

「成遵殿、待たせたな。くるしゅうない、面をあげよ」

 

 

 暫くして、この部屋の主が悠々と現れた。

 そこに御成りになるのは今代の征威大将軍である斎御司経盛(さいおんじきよもり)殿下。

 しかし、声を掛けられた成遵であったが尚も平伏を続けている。

 暫くして将軍の傍付きが再度同じ文言を成遵に告げた。

 

 

「成遵殿、面を上げなさい」

「はっ」

 

 

 そうして、漸く成遵は将軍経盛殿下と顔を合わせる事が適う。

 実に迂遠で厄介なやり取りであるが、これもまた慣わしであった。

 戦時中など緊急時でない限り、将軍当人からの号令では無く傍付きより声を掛けられぬ限り面を上げ見せるのは不敬にあたる……と、その様なものだ。

 

 

「成遵殿、余に願い出たい事があると聞くが何用か、申せ」

 

 

 対して、経盛は急かす様に成遵が話すのを催促した。

 彼はこういった慣例や慣習によって手続きの速度が滞るのを嫌う性分であり、この会談の場が公務に用いられる白書院では無く、ある程度の無礼も見過ごされる黒書院なのも、そこに由縁がある。

 

 

「先日、東京は市ヶ谷にて“自律稼働フレーム”なる戦術機に関する新技術の説明会が行われました」

「うむ、存じておる」

「して、帝国軍参謀本部並びに国防省は河崎重工で独自に行われた実験データと併せて検討した結果、当フレームの採用を内定したのですが……」

「どうした?」

「実は、この説明会よりも以前に国防省と光菱にて密約が交わされていたのです」

「密約、とな……?」

 

 

 その単語を皮切りに、場の空気がピシャリと冷たくなる。

 

 

「はっ。内容と致しましては『次期国産主力戦術機の主要生産企業を必ず光菱とする』というものでした。されど、河崎重工が件の“自律稼働フレーム”を発表した事で国防省内部には『主要生産企業には河崎が相応しいのでは無いか?』という声が挙がり、河崎派と光菱派の二手に分裂し対立しておりまする」

 

 

 事の始まりは、非常に単純なものだった。

 密約を抜きにしても光菱という企業は重工業としての生産能力も、財閥としての経済力も群を抜いており、光菱に任せるというのは理にかなっていると言えた。

 また、自律稼働フレームを研究し実際に現物を作ってみせたのは河崎重工であり、その成果と努力を認め、生産の指揮を河崎に委ねるというのもまた筋が通った話である。

 つまり、どちらの言い分にも一定の正当性があったわけで、つまり見解の違いでしかない。

 しかし、どちらも己の理屈こそが正しいと信じて疑わぬ者達同士の争いであるが故に、これが激化するのだ。

 

 

「仲村国防相は事態の収拾を図る為に自律稼働フレーム搭載機によるコンペティションを行い、これに勝利した企業と契約を交わすとしましたが……これが失策でした」

「何故だ?」

「そもそもの光菱との密約を交わしたのが仲村国防相であり、彼は内外からも光菱贔屓と評判。その様な関係性であるが故に、此度のコンペティションも光菱を主要生産企業に据える為の方便であると噂が流れました」

「なんと、まぁ浅はかな……」

「問題はこの噂が事実か否かというよりも、それが原因で対立が沈静化するどころか激化し、設計開発者である須和恭太郎氏にも被害が飛び火したことです」

「…………まだ15の少年を政に巻き込むとは、誠に世も末よ」

「恐れながら、16で御座います」

「些末な相違などどうでも宜しい」

「申し訳ございませぬ」

 

 

 この対立は国防省の内部に留まらず他の省庁までも巻き込み、さらなる泥沼状態へ。

 河崎派は光菱への悪印象を植え付ける為に情報省から工作員として田所という架空の光菱社員を作り出し、送り込んでいた。

 文部省への働きかけも行われ、海外で言うところの飛び級制度に近しいものを元々の編入システムを流用することで特急にて整備し、これが無理やり通された結果、来年度から大学3年次へと編入されることとなっている。

 尚、この噂を聞きつけてかは不明だが、東京帝国大学工学部の野々垣教授が独断で接触を図るという事態が起きており……これはもはや人災の域であった。

 

 光菱側からの接触、工作が鈍化しているのは情報省が河崎派閥に着いたところが大きく、それらは未然にシャットアウトされていた。

 また『仲村国防相が光菱側だから……』と、光菱の勝利はもはや既定であると楽観視している節も見受けられる。

 

 そして、そんな最中に須和恭太郎が懇意にしていた河崎重工の技術開発本部長の土肥猛史に救済を乞うてきた、という。

 

 

「土肥氏は瑞鶴開発の折に面識を得た(たかむら)家の当主である篁祐唯にコンタクトを取り、須和恭太郎氏の保護を求めてきた、という次第であります」

「国防省や内閣による奸計から逃れるために、政治的な独立性を保つ武家を頼ってきた、ということか」

「左様でございます」

「しかし、私情としては吝かではないでは無いが、我々が介入することで無用な紛擾を産むことにはならぬか?」

「それを甘んじてでも我々が介入せねばならぬでしょう」

「ほう、なぜだ?」

「此度の騒動を鎮静させるには第三者が横槍を入れ無理やりにでも禍根の焔を消さねばなりません。されど、その第三者が米国や露助であれば……最悪、この国は終わります」

「で、あるか……」

 

 

 自律稼働フレームと須和恭太郎の情報がどの程度まで海外に伝わり、それが理解されているのかは不明であるが、日本の政治がそれらを基点に混乱が生じているのは火を見るより明らかであり、そこを突かれて足元を掬われかねない。

 現状は光菱や東京帝国大学に対してと限定的ではあるが、須和恭太郎の抱く悪感情の対象が日本そのものへと拡がった場合、海外からの介入と懐柔により引き抜かれてしまう可能性がある。

 更に、その傷口を抉られる事によって政治の中枢が浸食され瓦解させられる懸念があるのだ。

 

 

「して、どう通すつもりだ?」

「調査の結果、須和家は譜代武家である久賀家の嫡男が最後の徳川将軍を守護するために出奔し興した家でした。故に、久賀家に任せようかと」

「当時は武家の恥と謗られる行いが、今では忠義の誉れと讃えられるか……わからないものよな」

 

 

 大政奉還の折、政治的な混乱を避ける為に徳川将軍は征威大将軍の地位と武家の未来を五摂家に託し、武家としての身分も捨て江戸に残った。

 殆どの武家は新たな時代を築く為に五摂家と共に京都に上っていったが、中には徳川に忠を尽くさんと共に江戸に落ちた武家がそれなりにいたのだ。

 須和恭太郎の高祖父もその1人であり、徳川元将軍が没するとその遺志に沿うように彼らもまた武家の身分を捨て、平民となった。

 

 その当時からしてみれば、武家の身分を捨て今の主君にも背く不届き者として扱われていたが、時代が変われば変わるもので、現在ではその心身を捧げた忠臣と持て囃され、彼らをモデルとした演劇が帝国劇場で上演されている程だ。

 

 

「また、斑鳩(いかるが)殿がその伝手を持って京都帝国大学に口利きを行い、文部省の施策をそのまま利用し彼の学籍を用意するとのことです」

「随分と手際が良いな。まぁ良い……それで、だが、成遵殿?」

「はっ」

「これ迄の流れは五摂家の力のみでどうとでもなる話、わざわざ余を呼びたてて報告する程のものでもあるまい。であれば、()()()()()への用向きがあるのであろう?」

「ご慧眼恐れ入ります。実は、()()()()のご再考をお願いしたく……」

「……その計画は、日の本を二分に別つやもしれぬ故に却下した筈だが?」

「恐れながら、彼の、須和恭太郎の記したレポートは御覧になられましたでしょうか?」

「うむ……」

「彼の構想を実現する為には一軍や一企業という矮小な枠組みではなく多数多分野の企業、教育機関、研究機関がその叡智を共有、結集させねば実現しませぬ」

「…………」

「これは今は近畿地方のみでの構想ですが、やがては全国、ひいては世界中へとその輪を拡げる必要があります────将軍殿下、既に日本という小さな島国の中で小競り合いをしている(いとま)など我々には無いのです!」

 

 

 暫し、沈黙だけが重くその場を支配した。

 傍付きは無言で経盛に目線を向けるが、それをまた無言で否定する。

 そして、静かに思案を巡らせた後にゆっくりと口を開く。

 

 

「……あいわかった、余の名で上意を(したた)めよう」

 

 

 こうしてまた、恭太郎の知らぬところで世界がまた一歩を踏みしめていた。

 

 

 

1982年11月28日

東京府中野区 須和家

 

 土肥さんは早急に対応をしてくれた様で、彼の紹介で東京に在住する斯衛軍の者が家を訪ねてきた。

 曰く、身柄の保証は武家が、もっと言えば城内省が面倒を見てくれるという。

 現将軍の署名と印の押された念書を持ってこられたのは本当に驚いたが……

 

 そして、その事情を両親に話さねばならないのでこうして2人を前にしているのだが──

 

 

「年明けには京都に行って、来年度は大学……ええっ、どういうこと?!」

 

 

 まあ、そうなるわけである。

 今年の4月に高校に入学したばかりの息子から突然来年度から京都の大学に進学します、などと言われたら誰でも混乱するだろう。

 というか自分でもまだ整理がついてないのだから、いま話した両親に理解しろというのは無理があろうというものだ。

 

 

「その、簡単に言うと……趣味でやってた事が河崎重工の人に評価して貰えて、それが経緯でいわゆる飛び級が認められた、感じ?」

「だけれども京都だなんて……住む所はどうするの?」

「ああ、それは……武家の家に居候をさせて貰う事になってる」

 

 

 久賀家、と言ったか。

 その武家は須和家の遠縁であり、一応家系図では追える程度の縁はあるという。

 

 

「そうか、久賀家が……」

「あ、父さんは知ってるの?」

「んー、まあ、祖父さんからチラっと聞いた程度だけどな。絶縁状態だと聞いていたが、ふむ……」

 

 

 あまり動揺した様子を見せない父さんだったが、何やら思考を巡らせている様子で、口元に手をやりながら仕切りにそれを動かしている。

 対して母さんはショックを隠せない様子で、オロオロと視線を父さんと自分へとで行ったり来たりしていた。

 

 暫くそんな状態で沈黙が続いたが、やがて父さんから問いが投げ掛けられる。

 

 

「恭太郎は……京都まで行ってやりたい事があるのか?」

「…………今、この瞬間にも大陸はBETAの侵攻で多くの人の命が犠牲になってる。それはまだ遠い地の出来事だけど、何時かは絶対に日本にもその災禍はやってくる」

 

 

 あくまでも実態のない知識ではあるが、目を瞑ればその光景は容易に想像できた。

 崩れる建物、なぎ倒される木々、削り落とされる山と大地、そして燃え盛る炎と焼かれまいと叫び逃走する人々の姿…………

 それは関東にまで迫り、その最端は横浜にまで及ぶ。

 その被害をできるだけ食い止め、1人でも多くの人の命を救いたいという想いは、紛れもない事実であった。

 

 

「もしも、誰かの命を助けられたり、何かの役に立てられるっていうのなら……僕はそれに全力を投じたいと思うし、それが今から出来るのなら今すぐにでも行動したいと思ってるんだ」

 

 

 だから自律稼働フレームに関するレポートは土肥さんの目に留まったのだ。

 それがまさか、こんなにも早く大事な事になってしまうとは想像もしていなかったが。

 見積もりが甘かったのかもしれない。

 最悪の想定は幾つもしていたが、最高の結果や反応は殆ど考えていなかった。

 その結果、家族や多くの人を巻き込んでしまったわけである。

 

 

「なぁお前、俺は良いと思ってるけど、どうだ?」

「あなた……」

「何時かは3人ともこの家を出て独り立ちして行くんだ。まぁ、正直思ってたよりも遠くへかなり早く行ってしまう事になったわけだが」

 

 

 ハハハと多少の呆れと諦めが混ざった様な乾いた笑い方をする父さん。

 そんな父さんを少し悲しげな目で母さんは見ている。

 

 

「残念ながらそういう血なんだよ、ウチはさ。やりたい事が見つかったらそれだけを見据えて突き進んでしまう……その為に家や友や何もかもを棄ててしまえる程に、一途なのさ」

「…………」

「別に今生の別れって訳じゃないんだからさ。ひかり号なら京都から東京まで3時間で行き来できるし……」

 

 

 右手で背中を、左手で身体を支える様にして母さんを宥めようとしている。

 しかしそれで逆に何か栓でも外れてしまったのか、母さんは涙ぐんでしまう。

 背中を擦りながら、少し落ち着くまで待っていた。

 

 

「わかっては、いるの……だけど、私……」

「ああ、ああ。そうだよ、そんなに簡単に割り切れるもんじゃないさ」

「ええ……」

「だけどお前も言っていたけど、傍で見守ってやるだけが親の役目じゃないんだよ……それにほら、恭太郎の顔を見てごらん?」

 

 

 急にコチラに注目が向けられるものだから、思わず動揺して唇がキュッとすぼんでしまう。

 些か、コチラに非があり親に悪いことしてしまっているなという自覚があるので、ここで視線が注がれると罪悪感に苛まれる。

 

 

「恭太郎はもう覚悟が決まっている眼をしているよ。それなのに、親だけが泣いてちゃ格好がつかないだろ?」

 

 

 父さんは右手で母さんを優しく抱きとめ続けながら、左手でチョイチョイと誘導する様にこちらを手招きしてくる。

 それに抗う理由もないので、素直に従い正座のまま足を擦って移動した。

 しかし、もっと近づけと言わんばかりに手招きをしてくるので、そのまま段階的に移動し、遂には手が殆どぶつかりそうになる距離まで。

 そうしてから、父さんはおもむろにその手を頭に撫でるようにトンと優しく置いてきた。

 

 

「大丈夫さ、恭太郎は恭太郎のやりたい事を、恭太郎にしか出来ないことをやってこい。俺はここで、ちゃんと家を守って居るからな。どうしようもなくなったら、ここに逃げてきても良いんだからな?」

「あ────」

 

 

 小気味良く撫でられる手から、何か暖かいものが染みて来る様な感覚があった。

 それは頭を中心にして身体中に拡がる様な気がして、そして自分でも気付かぬまに何故か瞳から涙が溢れていた。

 理由は、わからない。

 感情的にも、それを言葉にする詩的なセンスも整理出来るような強かさも持っていなかった。

 だけどそれで問題ないと、これが良き事であるというのが、多分、本能的に理解できた。

 

 父の偉大さが、強さが、言葉を通さずとも伝わってくる。

 言葉も出ず、少し情けないと思いながらも嗚咽を洩らして、涙を止めることも出来ない。

 だけどその心地良さにもう少しだけ浸りたくて…………暫く、その優しさにただ甘えていた。

 

 

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