Muv-luv BreakThrow 技術チートで変える未来   作:あるすとろめりあ改

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前回から時間が空いてしまいました


12『冥暗逡巡』 1983.2.17

1983年2月17日

京都 上京区 久賀家屋敷

 

 

 1月の末に予定されていた自律稼働フレームのコンペティションへの招待状は設計開発者として来ていたが、コレは突っぱねさせてもらった。

 正直、見せられたところで得られるものは皆無であるし、斯衛では半ば河崎方式のフレームを採用する事で内定していたし、何よりも場所が東富士演習場だということで静岡まで移動するのが非常に面倒くさいと思ったからだ。

 まあその理由は兎も角として。

 そのコンペティションの成果は散々なものであったと言って良いだろう。

 

 コンペティションの最中、とある上級将校から『長刀を用いた近接模擬戦をさせてみてはどうか』という提案が為され、実行される事となった。

 両機共に従来の撃震を越えた素晴らしい機動を見せて何合も打ち合ったが──突然、光菱側の機体が緊急停止してしまうという事態に。

 何と、フレームの胸部と腰部の接続部付近がボッキリ折れてしまったという。

 まさかと思い、そのデータを取り寄せたが、まあ原因は光菱側にあると言わざるを得ない。

 彼らは従来の設計から離れた構造を嫌がったのか、それとも自分達のオリジナリティを出したかったのかは定かではないが……脚部のフレームが俺が設計した物よりも肥大、重量化されており、つまり従来の撃震に見られる様な下半身に重心が寄った設計に変更されていたのだ。

 それでいて上半身のフレーム設計は俺が仕上げたものとさして変わらない状態だったのだから……重心バランスが崩れて接合部にその負担が行くのは必至である。

 

 せめて同じものを拵えてくれば良いのに、無闇に手を加えようとするから……というか、数ヶ月の突貫でやるなら尚更だろうに。

 それではまるで見よう見まねで料理をして失敗する幼子の様ではないか。

 ああ、いや……案外に料理においては年齢や経験は関係なしに無計画なモノを拵える輩はいるのだが……

 

 閑話休題。

 

 

「それで結局河崎案が採用された、と……」

 

 

 結局光菱側のフレームがそんな有り様だったので特に光菱の技術がフィードバックされる様な事もなく、河崎案を母体としたまま量産に向けた研究が始まる事となった訳で……

 巫山戯ているのだろうか、結局無駄に遠回りしただけではないか。

 いや、もういい。過ぎた事を今更とやかくと考えてもそれこそ益が無い。

 

 このまま量産に入ると言うが、出来る事であれば蓑虫FRPが量産化するまで待って欲しかったが……そこはCFRP(炭素繊維強化プラスチック)を初期型の仕様とすることで妥協した。

 何はともあれ現物が無ければ撃震の更新は進まないし、何なら蓑虫FRPのフレームと後々換装すれば良いし、余ったCFRPフレームは他国に売るなり譲渡するなりしてしまえば良い。

 …………蓑虫FRPでは語感が悪いな。有機繊維強化プラスチックということでOFRP(Organic fiber reinforce plastic)とでも呼称しとくか。

 

 しかし、改めて考えてみるとこの蓑虫の糸を用いたOFRPを開発するにあたって京都ほど相応しい地も他に無いだろう。

 例えば京都では奈良時代の頃から京漆器が伝統工芸品として作られてきた歴史があるが、漆器というのが木製の土台に生漆を塗った上で麻布を貼り合わせ、更にその上に漆と土と絹等の繊維を混ぜ合わせて作った液を塗り重ねていくのだが、製造工程は今日のFRPと類似する部分も多く、天然のFRPともいえなくはない。

 更に、これは俺も知らなかった事なのだが、何と京都では蓑虫研究所なる研究機関が1930年頃には存在しており、蓑虫の糸やその塊である蓑を用いて手提げ鞄や小箱、財布などを販売まで行っていたという。

 そのお陰で0から蓑虫の生産環境を構築する必要があると想定していた所に最初の第一歩がお膳立てされていた訳だ。

 おまけに、通常の蓑虫はその糸を足場とする為にジグザグに糸を吐くのだが、岩清水織機ではこれを真っ直ぐに吐かせる技法を独自に編み出しており、繊維として非常に加工しやすい状態で採集する事ができる。

 京都は蚕都と呼ばれる程に養蚕で栄えた綾部市を有しており、つまり蚕と蓑という違いこそあれ紡績業に親しみが深く、そのノウハウを活かせるということ。

 

 しかも、昨今は化学繊維に押されて絹の生産量も全盛期から大きく縮小し廃業する養蚕家も増加傾向にあったが、ここにきて蓑虫に転化、帰化することで盛り返しも期待できる。

 そう、 つまり養蚕ならぬ養蓑は新たな産業と雇用を生み出すことに成りうるのだ。

 何せ人類としてはユーラシア大陸を喪うかどうかの瀬戸際であり、消費する資源は出来るだけ少なくしたいところであり、それが再生産可能な自然資源であるなら尚のこと望ましい。

 

 

「まずはOFRPの完成を足掛かりに生産拠点を増やして……2年、かな」

 

 

 OFRPとそれを用いた自律稼動フレームの量産体制の確立に必要であると概算される最短期間が、である。

 その頃といえば、徐々に欧州の深くにもBETAの手が延びていき、戦術機でいえばF-16が米軍で制式採用される頃だ。

 材料が無いからと遅延して従来型戦術機であるF-15J 陽炎のライセンス生産や不知火の採用、開発に繋がるのは避けたい。

 つまり、それまでに次世代機を仕上げてこちらを採用する流れとしなければ……

 それを踏まえたタイムリミットは──1988年。

 1987年までに試作機を作り上げ、翌年に88式戦術歩行戦闘機として制式採用に漕ぎ着ける。

 装甲や主機といった物は後から付け足せば良い。

 というか、実際にF-15CはF-15Eに改修するにあたって装甲は全部取り替えているし電子機器の更新なんかを踏まえるとほぼほぼ別の機体と言っても過言ではないのだから、要は完全版へ1998年までに全機換装終了していれば良いというわけで。

 

 今やるべきなのは、そのための基盤造りである。

 

 

「まずは資金の流れを見直して……もういっそのこと会社でも立ち上げて……いや、特殊法人なりにしてファンドの形式にした方が?」

 

 

 特殊法人とは、株式会社などに見られる私的法人と異なり国営の営利組織のことで、例えば公社や公団、公庫、理化学研究所、育英会などかそれに該当する。

 そしてファンドとは、ザックリと言えば出資者からお金を集めて、それを企業や団体に投資し、その利益を配当として分配する仕組みや企業のこと。

 投資信託、といえば聞き馴染みのある者もいるだろう。

 

 さて、ファンドまでは良いとして特殊法人でなければ独立行政法人やその他の形態では駄目なのか?と疑問に思う者もいるかもしれない。

 しかしその理由はごく単純なものであり、ないのだ、制度そのものが。

 独立行政法人を規定している独立行政法人通則法が制定されるのは1999年のことであり、更に言えば我々の世界では1998年にBETAの本土侵攻に曝された影響で民営化だの何だの言っている余裕も無かったので施行されていないというわけだ。

 

 ファンドという仕組みも日本において一般化したのは1990年代後半からであり、こちらに関しては米国の影響や工業生産の拠点がオーストラリアに移転しており、その設備投資や開拓に際して様々な投資ファンドが設立されたという経緯があるために我々の世界でも一般的になる。

 

 まあ、しかし1984年現代においてはある種の先取りとなる。

 

 その概略としては、こうだ。

 

 まず、今回の会合と同様に邦畿計画における指針となる技術開発の指針を提示し、それに参画する企業や団体を募る。

 そして、その群をプロジェクトとして一括にした上で、今度はプロジェクト毎に出資を募り、必要な資金をファンド経由で企業や団体に分配する。

 また、このファンドの目的は営利ではなく資金の分配なので、金利等についてはそのまま出資者へのリターンとする。

 直接的な営利が無くとも結果的にそれで企業の業績が伸びれば景気への反映や財政の増加へと繋るわけで、特殊法人とすればその面目躍如となるだろう。

 

 

「将軍殿下に上申すれば認可されるのか、これ?資金を集めた上でそれぞれの企業の動向を見てこれを分配して……ああ、しかも邦畿計画としての公費予算もあるから官民ファンド扱いになるのか……」

 

 

 頭を抱えながら構想をしていると、背後の襖の向こうから声が聞こえてくる。

 

 

「すみません、開けてもよろしいでしょうか?」

「あ、はい」

「失礼 致します」

 

 

 襖を開けて入ってきたのは澪月(みづき)さんだった。

 澪月さんはお茶を持ってきてくれたらしく、お盆を持って入ってくるとそれを卓の上に乗せてくれる。

 

 

「あ、すみません、態々持ってきてくださって……」

「いえ、自分の勝手でしていることですので」

 

 

 しかし、澪月さんの表情は何というか……無、だった。

 怒りや不機嫌といった悪感情は覚えないが、しかし笑顔も無く淡々とした無表情であった。

 お茶を持ってきてくれたのも恐縮なのだが、その無表情も相俟って非常に申し訳ない気分になる。

 間が持たないのでゆっくりと湯呑を口元に傾けると、仄かな甘みと微かな苦味が口の中を満たす。

 

 

「わ、美味しい……」

「あまり淹れ慣れていないのですが、気に入っていただけたのでしたらば幸いです」

「はい、ありがとうございます」

「ところで──」

 

 

 茶を啜りながら、はてどの様に応対するのが正解かと探りを入れている頃、澪月さんの方から意を決した様にポツリと言葉を投げかけてきた。

 

 

「つい耳に届いてしまったのですが、先程から須和さんはお金や組織の管理について思い悩んでいらっしゃるご様子でしたが」

「ああ、声に出してしまっていましたか?すみません」

「いえ。それで、私は須和さんの様な知恵者ではありませぬ故に誠に僭越なのですが、一つだけお聞きしても宜しいでしょうか?」

「はい、お答え出来る様なことでしたら」

「それでは……須和さんは、何故すべて1人で事を為そうとされるのですか?」

「え……?」

「如何に優れた傑物であったとしてもお一人の力には限度がございます。ましてやお父様から聞くに今、須和さんは国をも動かす大仕事を任されているとのこと、であれば多くの人の力を借りるのが肝要であると私は浅慮ながら思うのです」

「それは……至極その通りです、はい」

 

 

 澪月さんのその諭す様な言い方に、どこか父の面影を重ねてしまう。

 確かに邦畿計画や戦術機の開発というのは国政にも関わる大事であり、到底一人で総てを成し遂げる様なものではない。

 それは己の内にある知識を過信してしまい、傲りによって視野が狭くなっていたのに気づけなかった愚かさそのものであった。

 

 

「申し訳ございません、出過ぎた真似でした」

「いえ、澪月さんの言う通りです。最近色んな事があったせいか、気持ちが傲っていたみたいです」

 

 

 しかし、そのお陰で少し頭を冷やすことが出来た。

 そもそもが一人で全部取り仕切ろうというのが無茶であり不可能な事であると何故気付かずに突っ走ろうとしてしまったのだろうか。

 ひとまず雅匡さんに相談をして、今後の指針を相談してみよう。

 

 

「……あまり、私ではお力添えできないでしょうがお話を聞くことだけならできますから、一人で抱え込まないでくださいね?」

「はい、ご配慮ありがとうございます」

 

 

 少し冷めて渋味が出てきたお茶を啜りながら、ほうと息を吐き出す。

 肩にのしかかっていた重い物が、少し軽くなった気がした。

 

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