Muv-luv BreakThrow 技術チートで変える未来   作:あるすとろめりあ改

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14『半導体会談』 1983.4.18

1983年4月15日

京都 左京区 京都帝国大学

 

 

 新年度が始まってから少し、邦畿計画にも徐々に動きが見えてきた。

 まず、仮の拠点として京都帝国大学の一室が充てがわれ、連日機材や物品が持ち込まれていく。

 そして、斯衛軍から瑞鶴の開発に携わった技術者達が派遣され集合しつつある。

 

 

「お初にお目にかかります須和主任。帝国斯衛軍より参りました篁祐唯(たかむらまさただ)です」

「こちらこそ、よろしくお願いします大尉。瑞鶴の開発を担当された皆さんとご一緒に仕事ができて感激です」

 

 

 現在、邦畿計画の責任者ということで、一応主任という肩書きを頂戴している。

 一時は軍属に、という話もあったそうなのだが、斯衛所属になると国防省とその傘下の帝国陸海宙軍との折り合いが悪くなり、かといって帝国軍参謀本部なのか陸軍参謀本部なのか国防省直属とするのか、しかしそれでは事実上では城内省に保護されているが故に状況が芳しくなく……などというやり取りの末、保留になったそうな。

 まあ、そういう政治的なやり取りはこちらに影響が出ない範囲内であれば好き勝手にやってもらっても構わないが。

 

 

「それこそこちらの台詞です。まさか自律稼動フレームの開発者である須和主任の主導する次世代戦術機の開発チームに参加できるとは思ってもみませんでした」

「まあ……とは言っても、まだ手探りで何も無いんですけどね」

 

 

 篁大尉は以後、邦畿計画の副主任として様々な補佐をしてくれるという。

 彼らは元々市ヶ谷の帝国陸軍技術廠で次世代戦術機の開発と研究をしていたが、年度の替わり目に伴いこちらに招集されたことになる。

 つまり、城内省は国防省の推進するものよりも邦畿計画の方に可能性があると見てくれた訳だが……城内省から見放されて技術者も流入してしまった向こうのプロジェクトはどの様な心持ちなのだろうか?

 ああ、いや……斯衛のことだからコスト度外視の高級高性能機でも造るのだろうと侮っているかもしれないが。

 

 

「それで早速で恐縮ですが、邦畿計画の次の指針はどの様なものなのでしょうか?」

「はい。現在の邦畿計画の動きとしては素材研究が主になっていて、つまり装甲やフレームの素材なのですが、コチラは正直なところ現在は研究成果を待つ他ありません」

「ふむ……」

「それよりも、私は戦術機開発やその他の事項において根本的な技術の遅延になっている問題の解決に尽力すべきだと考えています」

「問題、と言いますと……それは制度や法律の話ですか?」

「そんなつまらない話ではありませんよ。つまり技術的な話で、それはコンピュータ、もっと言えば半導体です」

 

 

 1983年現在の半導体技術はあまりにも未熟。

 未だに黎明期から早熟期への移行期間程度のレベルであり、製造工程そのものというよりも精度や故障の有無を分析する検査の過程においてはコンピュータの精度に勝るものは無いが、その精度を出す為のコンピュータが無いのが現状。

 ならば作ってしまえば良いではないかと、そういう訳である。

 

 

「しかし、半導体製造となると関西一円の企業や団体だけでは些か手が届かない場面が出てくるのもまた事実です」

「確かに、そうですね。どうしても電子工学の分野などは東京にある企業の方が強いと言わざるを得ません」

「ですので、城内省に確認を取ったところ、関東やその他の地域の企業も対象に入れて良いとのお許しが出ましたから、半導体に強い企業に声を掛けていこうと思っています。実は、既に自律稼動フレームで親交のあるJECさんからは参画して頂けるとお返事を貰っているのです」

「おお、それは幸先が良いですね」

「はい、ところで……篁大尉」

「なんでしょうか?」

「折角、京都にお戻り頂いたところ早速で申し訳ないのですが、東京へ行くのに着いてきては貰えませんか?」

 

 

 

 

 

 

1984年4月18日

東京府 港区 帝芝本社ビル

 

 

 何時ぞや以来の新幹線に乗って遥々来たは生まれ故郷の東京、そしてその東京でも有数の総合電機メーカー企業である帝国芝浦電気株式会社、通称“帝芝”の本社にある社長室まで通されていた。

 傍らには、副主任である篁大尉の姿がある。

 

 企業との交渉だけであれば自分一人でも問題無いとは思うのだが、これまではそういった交渉を行う為に出向く事を城内省から尽く却下されてしまっていた。

 これは只の推測でしかないが、城内省としては護衛と監視を兼ねてその直下にある斯衛軍の信頼できる者を側に置いておきたかったのではないか?

 斯衛の技術士官となれば、邦畿計画に携わる事は立場的に不自然さは無いし武家であれば家柄という身元もハッキリとしているから城内省としても信頼の置ける人物ということだ。

 故に、彼が市ヶ谷から離れられるまで待たされる事になったのではないか、と。

 

 もちろん、それを本人に問い質すことはしないが。

 

 

「改めてすみません大尉、突然のことで」

「いえ、正直なところ、どの様なやり取りが交わされるのか非常に興味があります」

「ははは、御手柔らかに……いやしかし、スーツというのは慣れませんね」

 

 

 久賀の家で着てみた時も鏡を見ながら思ったのだが、やはりスーツというのは慣れないし似合わない。

 高専生の時もそうだったが、制服の様に定められた礼服が無いというのは案外に困る。

 対して、篁大尉は斯衛の制服を着ており、こちらは中々に堂が入っている。

 

 

「いずれ主任もスーツが似合うようになりますよ」

「だと、良いんですが」

 

 

 などと談笑していると、部屋の扉がノックされて恰幅の良い中年の男性が入室してきた。

 状況的に、彼が帝芝の社長だろう。

 

 

「お待たせしてしまい申し訳ありません」

「いえいえ、こちらこそ貴重なお時間を頂きましてありがとうございます。邦畿計画の主任を務めさせて頂いております、須和恭太郎です」

「同じく、副主任の篁祐唯であります」

「これはこれは、ご丁寧にどうも」

 

 

 交換した名刺によれば社長の名前は佐渡正和というらしい。

 

 

「須和さん、お噂はかねがね伺っております。それで、本日のご用向は?」

「はい、邦畿計画ではこの度、次世代半導体の開発を行う為にその参画企業を募っているのですが、日本における半導体事業のトップとお見受けして帝芝さんにご提案をさせて頂きたく馳せ参じました」

「それはそれは、誠に光栄な話です」

 

 

 もちろんアポイントメントを取るために要件は事前に伝えてあるのだが、こういうのはビジネスの様式というか、挨拶だ。

 迂遠で無意味なやり取りだと思うのだが、こうやって牽制を掛けながら相手の動向を探るのだという……何が楽しいのやら。

 

 

「邦畿計画とは、企業間における共同研究を推進する組織であるとお聞きしましたが」

「はい、技術や資金等での斡旋と支援を行っており、何よりも日本という国としての枠組みにおける技術レベルの向上を主目的としていますので当計画にて培われた技術は共有、還元されます」

 

 

 こんな時の為に図解したプレゼン用の資料を用意したので鞄から取り出して机上に晒す。

 つまり参画するメリットとしては、何でも好き勝手に研究できる訳では無いが、軍需レベルの高水準で最先端の技術に対して自分達が資金を拠出せずとも触れる事が適い、更にその技術を極一部を除いて持ち帰る事が出来るというもの。

 この極一部というのは、国内外にその技術を公にすることが時期尚早であると判断したものや、後々にオルタネイティヴ計画に関わる代物を取り扱った時にその流出を防ぐための防衛策だ。

 今回の半導体に至っては、むしろ技術が漏れてくれた方が競争が生じて技術進歩の一助になる可能性すらあるので総て共有情報とする。

 

 

「なるほど、計画の主旨は把握しました……しかし……」

「如何しましたか?」

「我々が懸念するのは情報漏洩です」

「情報漏洩、ですか……確かに、共同研究する上では企業の設備をお借りする事もありますから可能性は0ではありませんが、我々も十分に配慮します」

「ふむ……あとは、技術特許の共有というのも引っ掛かりますね。これでは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()仕組みになってしまっていると思いましてね」

「…………」

 

 

 黙して、相手の出方を窺う。

 経験自体は少ないが、こういう手合いのやり方は何か譲歩を促そうとする為の手法である事は理解できる。

 果たして、向こうは何を求めてくるのだろうか?

 

 

「こちらとしましては、貢献度が高い企業こそ恩恵を受けられる仕組みであるべきだと思うのですよ」

「……それで、具体的に何がお望みでしょうか?」

「つきましては、コチラの提案を承諾して頂ければ、と思いましてね」

 

 

 そう言って、佐渡社長は何やら一枚の書類を取り出す。

 そこには帝芝が邦畿計画に参画するにあたっての提案……という名の要求が連なっていた。

 内容を掻い摘んでみると、新型半導体における技術特許等の専有、帝芝の提供する機材や技術の使用や共有は認可制とすること、出資金の分配等は帝芝側で管理するなど……概ね、そんなところだ。

 つまり、少なくとも半導体研究における邦畿計画での実質的な指揮系統を寄越せと、そういうことか。

 

 

「つまり、本プロジェクトにおいて御社を優遇しろと、そういう訳ですね?」

「いやいや、滅相もない!我々に相応しい立場と権利が欲しいと申しているだけです」

「なるほど、そうですか…………」

 

 

 大した自信だな、と内心で密かに感心してみる。

 もしもそんな要求を通してしまえば、半導体業界において帝芝と対等に渡り合える立場にあるJEC*1やコジマ*2、光菱電機といった居並ぶ大企業達を敵に回しかねないが、それも折り込みなのだろう。

 それは日本におけるトップ企業としての矜恃なのか、それとも交渉におけるブラフの類かもしれないが、まあ知ったことではない。

 帝芝の、佐渡社長のやり口としては、この無理難題ともいえる条件を吹っ掛けて、それに対してコチラ側に譲歩を要求させる事で交渉におけるイニシアチブを握るつもりか。

 

 

「どうやら、御社の当プロジェクトに対する認識と予測は、その実態と大きく乖離している様ですね」

「………なんですって?」

「佐渡社長、失礼ですが集積回路の基本的な製造工程はご存知でしょうか?」

「ええ……もちろん」

 

 

 大雑把に集積回路、つまりCPU等は、土台となるシリコンの上に酸化膜と感光剤になるレジストを乗せ、そこに紫外線の光を照射することで回路図等のパターンが転写され、そこからレジストやゴミを取り除き…………という、前工程と呼ばれる工程をまずは行う。

 1983年当時は、その光源として最先端なのはG線と呼ばれる高圧水銀ランプを用いたものであり、これの解像度が1.25μm。

 勿論これをレンズなどで更に縮小するわけだが、シンセルのCPUのプロセスルールが現状でおよそ1μm程度なのも光源に依存するからだ。

 

 

「もしかしたら帝芝さんでは高圧水銀ランプの研究をされているかもしれませんが……我々はそんな低解像度の光源を使用するつもりはありません」

「…………は?」

 

 

 念の為に言うが、これは別に帝芝の技術力が低いとか他企業から遅れている訳ではない。

 高圧水銀ランプによるG線ステッパーが市場で一般的に使用される様になるのは90年代前半のことであり、むしろ世間的には発展途上の最新技術として認識されており、つまり本来であれば高解像度な光源である筈なのだ。

 ただ、その先にある技術を知っているだけに過ぎない。

 

 

「我々は希ガスやハロゲンを用いた混合レーザーによる光源を模索しておりまして……おおよそ200nmの解像度を目論んでいますが、将来的には50nmの可能性を見出しています」

 

 

 いきなり最新技術の1/7や1/30の数字が出てきた事に佐渡社長は状況を飲み込み切れなかった様子で固まってしまう。

 

 もちろんコレはブラフ。未だにそんな技術は無い。

 しかし具体的な数字や技術の方向性をチラつかせる事で、あたかも本当にそんな物があるのかと誤認させることが出来るという寸法だ。

 

 いや、いま手元に無いだけで未来には存在する技術なのだけれども。

 この希ガスとアルゴンを混合させたエキシマレーザーが見出されるのは1986年のこと、更に普及するのは2000年代初旬なのだが、この普及の足枷となったフォトマスクやミラー、レジストの問題点を既に知っているのでそれ等はスルーする事ができる。

 

 

「それと、半導体の中でも集積回路においては超高純度の単結晶構造が要求されるが故にシリコンが用いられるのが一般的ですが……我々はシリコンではなく化合物半導体を用います」

 

 

 シリコンの他にもセレンだのゲルマニウムだのガリウムだのを用いた化合物が半導体として見出されることが多々あるが、それらは半導体レーザーやパワー半導体として利用される事はあれど、CPUなどの集積回路として用いられる例は殆ど無い。

 その理由は、つまり先程の前工程にてレーザーで回路を転写する際に多結晶構造では不適合となる為である。

 しかし、化合物半導体はシリコンに比べて電子移動度が高く高周波数や高速での通信や演算を得意とし、また熱に強いなどの特性を有しているので、技術的に可能であればそちらを導入したいところ。

 

 それで、現在検討しているのが酸化ガリウム。

 よくシリコンの次世代としてシリコンカーバイトや窒化ガリウムが挙げられるが、これらは製造する為に一度気体にしてから結晶化させる必要がある為にコストが嵩む。

 しかし酸化ガリウムはシリコンと同様に融液から単結晶ウエハーを生産することが可能であり、シリコンと同等か、寧ろ日本においてはシリコンよりも相対的にコストを抑える事になる。

 

 圧倒的な情報量の濁流に飲み込まれ、佐渡社長は目を白黒とさせるだけで言葉が出ないようだ。

 

 

「佐渡社長、ご安心ください」

「む…………?」

「懸念せずとも()()()()()()()()()ことが出来ますよ、それも大きな恩恵を」

「────っ!」

「ですが、しかし……相応しい立場と権利ですか……」

 

 

 これみよがしに、先に提示された帝芝の書類を態と持ち上げてペラペラと揺らして見せる。

 

 

「どうやら我々は帝芝の要求する条件に見合った立場と権利を行使できるプロジェクトを用意することは出来そうにはありません……大尉、残念ながら本日のところはお暇させて頂きましょう!」

「はっ……!」

 

 

 そうやって、一方的に立ち去る準備をする。

 まあ、名刺には邦畿計画の窓口の電話番号などが記載されているので完全に縁が途絶えた訳では無いのだが。

 それにどちらかと言うと半導体に関しては帝芝よりもカノンやニッコーが参画する方が余程重要であって、飽くまでも事業規模等を鑑みて声を掛けたに過ぎない。

 帝芝のプライドがそれを許さないと言うのであれば、それも仕方がないだろう。

 ただしフラッシュメモリの技術は欲しいので、帝芝の中で冷遇されるぐらいであれば部署ごと引き抜いてしまうか。

 

 

「それでは、帝芝の益々のご発展とご健勝をお祈りしております」

「…………待ってください!」

「おや、何でしょうか?」

「……出過ぎた真似をしてしまい申し訳ありませんでした。そちらの提示する条件を総て受け容れます、ですから、もう一度我々にチャンスを……っ!!」

「わかりました。条件としましては、事前に公表されている要項に記載されているものだけです。私は、日本の総ての企業が()()()()()()()()()()()だと思っていますから、ね」

「そう、ですか…………」

「細かい話は後ほど、本日は帝芝さんの参画の表明を書面に残させて頂きます」

 

 

 こうして、帝芝電機の邦畿計画への参画が決定した。

 

 

 

 

 

 

「いやぁ、何とか上手くいきましたね」

 

 

 帝芝電機の本社ビルを出た頃には良い時間だったので近場の蕎麦屋に入り遅めの昼食を頂くことにした。

 しかし、朝食以来なにも口に入れていない空きっ腹で蕎麦というのも何だか味気ないのでカツ丼を注文する。

 篁大尉はざるの二八蕎麦を注文した様だ。

 

 

「私は黙って隣で見ているだけでしたか……いやはや、主任には末恐ろしいものを感じましたよ」

「何がですか?」

「帝芝という大企業の社長に対して一切の物怖じをせずにあんな交渉をする胆力に、ですよ」

「ああ、あれは……そもそも自分の方が圧倒的に有利な手札を携えている事が分かった状態で臨んでいましたから、最初から気負ってはいませんでした」

 

 

 それこそ、初めから役が出来ている手札を仕込んでおくイカサマの様な手口であった。

 しかも相手が逆立ちしたとしても用意出来ない様な……さながら、花札の勝負で麻雀の複合役満をぶつける様な理不尽である。

 まあ、孫子も『勝兵は先ず勝ちて而る後に戦いを求め、敗兵は先ず戦いて而る後に勝ちを求む』と言っていたぐらいなのだから、曲がりなりにも交渉をするというのなら勝ち筋を用意してから臨むのは当然のことだろう。

 

 

「しかし、酸化ガリウムですか……己の不勉強さを恥じ入るばかりですが、初めて聞きました」

「そりゃあそうでしょう、まだこの世に存在していないマテリアルですから」

「えっ」

「でも、流石に存在しないではお話にならないので、京都に戻ったら大学の研究室の設備を少しお借りしてサンプルを作っておきますよ」

「は、はあっ?!えっ、でも存在しない物をどうやって……?」

「ああ、大丈夫ですよ。作り方は頭の中に入ってるので、材料と設備があればそれほど難しくはありません」

「…………やはりフランクと同じ人種か……これだから天才は……」

「え、あの?どうかしましたか?」

「いえ、何でもありません」

 

 

 いやしかし、急に俯いたかと思えば険しい顔でブツブツと呻く様に何かを呟かれるのは、怖い。

 何か問題があれば指摘して欲しいのだが……問い質してみても問題は無いの一点張りだった。

 

 

「いや、しかし……主任の最後の物言いですが」

「最後……ああ、恩恵の件ですか?あれは先に向こうから言い出した事でしたし」

「なんと言いますか、京都に染まったのだなぁ、という印象を受けました」

「…………どういう意味ですか、それ?」

 

 

 

*1
NEC

*2
富士通

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