Muv-luv BreakThrow 技術チートで変える未来 作:あるすとろめりあ改
1984年8月5日
京都 宮津市 由良海岸
潮の強い香りが磯風に運ばれ、鼻を擽り身体を包み込む。
昔、家族で湘南の海水浴場に行ったことがあるが、あの喧騒で満ちた海とは違って楽しげに弾む声の先に波打ち際で響く潮騒の心地よい音が聞こえる。
視線を左右させると、透明度が高く綺麗で吸い込まれそうな海岸がどこまでも広がっているかの様な感覚に誘われる。
しかし、この美しい海岸も、1998年の侵攻によって青い海は汚され、白い砂浜は剥がされ、人類が喪ってしまうものの一つなのだ。
砂浜に腰掛け海を眺めながら考えていると、この光景に儚さというか、そういった類の煌めきというものが見えてしまう様な気がした。
「…………えい」
「うわっぷ!?」
思考に耽っていると突然、背後から海水が滝のように降り注いできた。
その奇襲に対処することができず、思わず少し水を飲み込んでしまって、むせこんでしまう。
ちょっとした苛立ちを額の皺に集めて後ろに振り返ると、そこには予想をしていた人と異なる姿があり、その不意打ちに力が抜けてしまうのを感じる。
「澪月さん……?」
てっきり、こういうイタズラをしてくるのは玫依ちゃんだと思い込んでいたが、実際の下手人は澪月さんだった。
その澪月さんは砂遊び用の小さなバケツを手に持ったまま僅かに眉をひそめてこちらを見下ろしている。
「須和さん、せっかく海に来たのですから、こんな所で座ってないで行きますよ」
「あ、は、はい」
そのまま腕を引かれて、有無を言わせぬという勢いで立たされ海へと誘われてしまう。
「やあ、澪月に怒られてしまった様だね」
「ええ……」
「海水浴に来たいというのは澪月のたっての願いだったからね、恭太郎くんが素っ気無い態度をしていたのが気に障ったのだろうさ」
「え、そうなんですか?」
皆で海水浴に行くから予定を開けておくようにと言われるがままに従い、そのまま為されるがままに来てしまったので経緯や事情を全く把握していなかった。
そう言えばと、澪月さんの方を見返すとカラフルなストライプ柄のワンピース水着を着ている。
失礼ながら澪月さんには質実なイメージがあるので、学校指定の競泳水着などを着ていそうだが、確かにそういう凝ったデザインの水着を選んでいることからも、澪月さんが望んでここに来ていることが後追いながら察する事ができた。
「最近、恭太郎くんは東京だ明石だと日本中を動き回ってなかなか京都に帰ってこれなかっただろう?玫依も澪月も寂しがっていたんだよ」
「それは、まあ……」
「だから今日は二人にとことん付き合ってやってくれ。さて、私は飲み物やら用意してくるとしよう」
そう言い残して雅匡さんはその場をあとにしてしまう。
暫くそれを見送ってから海の方に振り返ると、澪月さんと玫依ちゃんが手を振りながら早く来いと促している姿があった。
流石にそれを無視するほど薄情ではないので、応じてからゆっくりと砂を踏みしめて海へ向かう。
陽に照らされて熱をもった砂浜と対象的に、海の水はじんわりと浸透するように冷たく、それに小さな躊躇いを見せていると今度は2つの方向から水しぶきが飛んできた。
何事かと見れば、2人は再び笑いながら水を掬って掛けてくる。
「あははは!それっ!」
「ほら須和さん、呆けてないで!」
腕を盾にしてやり過ごそうとするが、2人は止めてくれる気配がない。
流石にそのままやられっぱなしというのも
「この……っ!」
「きゃあ!」
「やりましたね!」
思えば、こんな風に無邪気に笑いながら誰かと遊ぶのはいつ以来だろうか?
少なくとも京都に来てからは、邦畿計画のことばかりに専念していて、そもそも同年代の友人と呼べるような人と新たに知り合うことはほぼ皆無だった。
それを不満に思ったことは無いが、しかし10代の少年としては些か相応しくない不健全な事なのかもしれない。
「ああもう!2対1は卑怯でしょ!」
「えー?じゃあ、私が恭太郎さんの味方になろうかな?」
「それでは結局入れ替わっただけで数的優位に変わりはないじゃないですか」
「ははは……」
でも今は……何も考えずに目の前のことだけに集中して楽しみたい。
純粋にそう思えた。
○
1984年8月5日
京都 宮津市 旅館
「玫依とお父様はお風呂に行ったみたいですが、須和さんはどうしますか?」
「もう少ししてから行きます……」
海で散々遊び、夕陽が沈んで名残惜しさを覚えつつも近くにとった旅館に入る。
これは雅匡さんの提案で、どうせなら一泊してゆっくりした方が良いだろうとの事で、当初は日帰り旅行だったが途中で変更になったという。
結果的に、それは僕にとっては正解だった。
「痛てて……っ」
宿に着くまではなんて事は無かったのだが、少し休もうと横になった瞬間にコレだった。
電流の如く走る痛みに重しがのしかかる様な倦怠感。
つまり、筋肉痛だった。
「普段から事務仕事ばかりで運動不足だからそうなるんですよ」
「……おっしゃる通りです」
うつ伏せなので顔は見えないが、声色からして呆れている澪月さんが見下ろしながら声を掛けてくる。
ぐうの音も出ない正論に、何も言い返せず枕に頭が沈む。
そして何を思ったのか、澪月さんは横たわる僕の身体の上に跨ってきた。
「え……ちょっと澪月さん?!」
「じっとしててください。身体をほぐしてあげますから」
「い、いや、でも……」
「大丈夫です。学校で整体について少し学びましたから」
「はぁ……」
反論しても勝てる気がしなかったので、曖昧に肯定してしまう。
思いのほか強い力が腕や背中の筋肉に浸透していく様に押し込まれる。
あまりマッサージを受けた経験はないが、指が沈む毎に波紋の様に心地良さが伝播していくこの感覚は、嫌いではなかった。
「……どうですか?」
「ああ、はい。とても心地よいです」
「そうですね……あの、このままで良いので少し話を聞いて貰えますか?」
「はい?はい、もちろんどうぞ」
唐突な切り出しに少し戸惑いながらも了承する。
「須和さんも、来年で卒業ですよね。その後はどうされるんですか?」
「あー……そのまま大学院の方にいきます」
結局、どこの声なのかは分からないが、僕には博士号を取って欲しいらしく、その前段階である修士課程の大学院へスライドすることが半ば強制的に確定している。
一応、院試は受けるのだが……まあ、殆ど結果を左右することがないのは想像に難くない。
「そうですか」
「澪月さんも来年ですよね。そちらは?」
「私は……斯衛の衛士養成学校に進学します」
「え……衛士になるんですか?」
「はい、以前に受けた適性検査で合格して……」
そこで、澪月さんの声と手が一度止まる。
僕はそれに合わせて黙し、ただ傾聴することにした。
「色々、考えました。それで、自分に何か出来る事があるのならそれをやりたいと思って……」
「…………」
「衛士になること、戦術機に乗ることに対する恐怖や不安が無いわけではありません。ですが、それよりも──みんなに3年、いえ衛士になったらもっと長い間、会えなくなってしまう事の方が寂しいと思ってしまったんです」
いつの間にか、マッサージは完全に途絶えて肩甲骨の辺りを抑える様に手が置かれていた。
そして徐々に体重が預けられている様な、そんな熱と重さを覚える。
「今日の旅行も、ちゃんと思い出を作っておきたいと思ってお願いして。私のワガママなんです」
「……そうだったんですね」
「だから今日は本当に楽しくて、だけどそのせいで逆に名残惜しくも想ってしまって……矛盾してますよね」
「…………あの」
「ああ……でも、無理に気を遣わないでくださいね?」
「え?」
「私は須和さんが何を、そしてどんな理由でそれを成し遂げようとしているのかを理解することはできませんが……それでも、須和さんはそれに尽くすに値することであると考えてやっているのでしょう?」
「……はい、そうです」
「ですから、本当は今日も須和さんが忙しいことは分かっていたのに、私のワガママで来てもらったんです。だから、もう大丈夫です」
「澪月さん……」
背中の上で、澪月さんがどんな表情をしているのかを見ることは適わない。
ただ暫く、咀嚼する様に澪月さんの言葉を振り返った。
生憎と、センチメンタリズムな事柄は詳しくないし自分がさほど察し良い人間であるとも思えないが、それでもこんな話を2人きりの時に話してきた事に意味があるのではないかと、少ない知識で思考を巡らせる。
「あの、これは、半分くらい独り言なんですが」
「はい?」
「例えば、目の前で困っている人がいたとして、自分の能力や持っている道具を駆使すれば助けることができるとしたら、その余裕があれば、助けようとする人の方が多いと思うんですよね」
「ええ、そうですね」
「僕は、自惚れかもしれませんが、その力が他の人よりも少し強かった。もっと手を伸ばせばさらに多くの人を助けられる……そんな気がするから、やっているんです」
「…………」
「だけど、その力って1種類じゃなくて、僕はどんなに頑張っても多分衛士にはなれません。人によって得意不得意があるから自分にできることを全力で取り組めれば良いと思うんです」
「だから、私は衛士になれと言うんですか?」
「それが澪月さんが全力でやるに値することだと思うのなら」
「私は……はい、私は衛士になりたいです」
「まあ、それに……もしも嫌になったり駄目になっちゃったりしちゃったら言ってください」
「えっと、それは何をですか?」
「もしもどうしようもなくなったら、澪月さんを養うことぐらいなら出来ると思いますし。お世話にもなってますからね、それぐらいなんとかしますよ」
そして、再び沈黙が訪れる。
かと思いきや、少し時間をおいてから肩に乗っかっていた手が動き出し────首の肉を全力で抓られた。
「いっ──!痛い痛い痛い!!澪月さん?!」
「そういうところですよ恭太郎さん、貴方は他意なく無自覚にやっているのでしょうけど、いえ、尚更のこと腹がたちます」
「なっ、何がいけなかったんですか!?」
「全部です」
「えええええ!?」
「もういっそ、わかるまでこのまま抓っていましょうか」
「やめてくださいって!」
結局、この澪月さんの乱心は玫依ちゃんがお風呂から帰ってくるまで続いた。
ちなみに、澪月さんが離してくれた後に玫依ちゃんから首元の傷がキスマークだなんだのと
実態はただの暴力であったと説明してもただケラケラと笑っていたが……本当にわかったのだろうか?